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郡山の夜・下


<前回までのあらすじ>

 Monksの怪しいカクテルに酔いしれる一行。 レイミー会田の心地よいピアノに、酒はどんどんすすむのだった。 眠気で朦朧としながらも、ひたすら飲む。 我々の発するナニモノカに引き寄せられるように、酒好きが入れ替わり立ち代り現れる。 もう飲めない。 誰もがそう感じ始めていた頃、二人のミュージシャンが空のグラスを手に、傍らに立っているのだった。


ミュージシャン

 「ここいいですか。」 かなり年配のドラムス太田、人なつっこそうなベースマン堀川。 波瀾にみちた音楽人生談が聞けようことは、容易に想像できた。 改めて挨拶を交わしながらも、先程とはまた違う打ち解けた雰囲気があった。 酒のせいだろうか、既に友達感覚だ。 名刺に刷られたキャッチコピーが目を惹く。 「ソロでも唄えるベーシスト」。 「いやあ、今日は9時から、結婚式の仕事が入ってまして。」 「じゃあ早く寝ないと大変ですねえ。」 地元郡山での仕事について。 クレイジー・キャッツがいかに偉大なバンドであったか。 バンド生活の興味深いウラ話。 話題は目まぐるしく移り、酒も弾んだ。 「会田さんはすぐ倍テン仕掛けてくるんだけどね。」 と、ドラムス太田。 「でも、行きたくない時ってあるんだよねえ、疲れるし。」 いいのか、そんなことで。 そう言えば、今日の演奏ではベースのリードで倍テンになる場面があった。 仕掛けられたドラムス太田は、素直に従っているように見えたが、抵抗するのはレイミー会田が仕掛ける場合だけなのか。 とても興味あるテーマだ。 酔いにまかせて、さらに突っ込んで聞いてやろうと思ったが、まあ止めてお いた。

 「ばきっ」 木か何かが折れたような音。 何だろう。 音のした方に視線が集る。 晶子嬢が座っている椅子の背もたれの柱が、2本ほど無くなっているようだ。 残り2本の柱で、辛うじてぶら下がっている椅子の背もたれは、なんだか奇妙なオブジェを思わせた。 「一本はあったけど、もう一本ないね。」 その辺りをコアラ嬢が探している。 「うん、ないね。 きっと初めからだよ。」 そうなのか。 いいのか本当に。 晶子嬢の大学の先輩ということが発覚し、強気になっていたベースマン堀川がからむ。 「ああっ、壊したな。 おまえは、皿を洗え。」 かなり酔っているようだ。 「これはもう帰れないかも知れませんねえ。 住み込みですかねえ。」 無責任な一行。 「ええっ、そんなあ。 私は別に何も...。」 「ああ、いいですよ。 もう壊れてましたから。」 微笑を絶やすことなく、マスターが椅子を片付ける。 それにしても、何かしなくては椅子というものは壊れない。 いったい、なにしてたんだ。

 いつの間にか、マスターも我々のテーブルに加わり、何やら楽しそうに話している。 さすがにマスターはアルコールには手を出さない。 プロだ。 我々の演奏について、自分でも気がつかなかった様な特徴を指摘するマスター。 ちゃんと聴いてくれていたようだ。 マクリーンをアイドルとする二人には、少々以外な内容だったが、うなずける点も多い。 ううむ、プロだ。 ひょっとすると、このマスターもミュージシャンだったのかも知れない。 理由もなくふとそう思う。 さらに酒はすすむ。 皆の顔がわからなくなってきた。 どうも私は、時々居眠りしていたようだ。 このあたりの記憶がはっきりしない。 「あのう、これおみやげなんですけど。」 マスターに名物ういろうを差し出すmasakiさん。 「いやあ、ういろう嫌いなんですよ。 あはは。」 「次は守口漬けをお願いします。 あれは最高ですよ。 いいですか、守口漬けですよ。 頼みましたよ。」 果たして、こんな会話が本当にあったのだろうか。


'Round about Midnight

 「そんじゃ、やっちゃおうかな。」 ほんの少し意識が途切れていた隙に、さっき片付けたベースに歩み寄っているベースマン堀川。 いったい、何を始めるつもりなのか。 心なしか目の焦点が定まらないようだ。 ベースを引っ張り出してしまった。 「え〜、本日はインターネットで出会った方たちと、こうして楽しく過ごすことができました。」 足元も、どうやら危ない。 「え〜、わたくしの感謝の気持ちといたしまして、」 椅子に座ったほうが良くはないか。 「ラウンド・ミッドナイトを、演らせていただきます。」 9時から仕事なんじゃなかったのか。 「あまり上手くはありませんが、心を込めて演奏させていただきます。」 モンクスでウェイターをやっていたところを、レイミー会田に抜擢されたというベースマン堀川。 太いアルコで奏で始めたそれは、演奏できる喜びに満ち溢れているのだった。 縦横に自在に飛翔する音に、その男の生命が感じられた。 それは、まさに音楽だった。

 私は、この人がたまらなく好きになった。 かなり酒に酔っているとはいうものの、音楽に対する純真な思いが痛いほど伝わってくるのだ。 慈しむ様に寄り添ったベースから、彼の唄が涌き溢れる。 ひたむきなまでに真摯に音楽に取り組む、一人の人間の姿がそこにはあった。 テクニックなどとは全く次元が違う、一人の男の思想が宿っていた。 それに引き換え、私はなんだ。 音楽を始めた頃のあの熱い思い。 忘れていた自分が、ひどく恥ずかしく思える。 こうしてはいられない。 何としても、あの感覚を取り戻さなければ。 私は確かに、ここで何かを学んだ。 それが何なのかは上手く説明できないが。 「この人に出会えて本当に良かった。」 心からそう思った。 「最初にここでね、あなたに会ったとき言ったでしょ。 だいたい音楽ってのはねえ。」 また宮ちゃんにからんでいる。 誉めているそばから、いったい何しているんだ。

 「そろそろ帰らないと、いけないんじゃありませんか。」 ベース・ソロを披露した男に、マスターが水を差し出す。 腕時計に目をやるベースマン堀川。 じっと見つめている。 顔色がさっきとだいぶ変わった。 「ええと...やべっ。 ああっ、やべっ。」 「でも、このまま行けば間に合うな。」 「その格好で出るんですか。」 「ええと...あっ、やべっ。」 結婚式に、ジャージではまずいんではないだろうか。 驚くべき素早さでベースを片付けると、男は挨拶もそこそこに店を飛び出していった。 賑やかだった店内に静寂が訪れた。 今や酒の入ったグラスに手を出す者はいない。 店内には夜を徹してのばか騒ぎを示す痕跡が、いたるところに散乱する。 「やってしまった。」 誰しもが徹夜明けに感じる、一種寂寥感に似た感覚に私は捕らわれていた。 「酒はもう、いい。」


開放

 皆思い思いの格好で、椅子やテーブルに横たわっている。 それは、累々と積み重なる死体を思わせた。 まるで腐臭が漂ってくるようなおぞましい光景だ。 「熱いコーヒーが飲みたいですねえ。」 カウンターにぶら下がり、マクリーンのビデオを見ているmasakiさんと私の前で、マスターが何やら作っている。 そう言えば郡山駅に着いた時から、コーヒーを飲んでいなかった。 「ああ、コーヒーいいですねえ。」 と、目の前にカクテル・グラスが置かれた。 「はい、どうぞ。」 マスターの穏やかな目が、作品の出来を物語っている。 会心の一品。 そんなところだ。 「ああ、きらきらして綺麗だあ。」 軽い頭痛がする。 「なんだろう、これは。」 見れば分かる。 酒だ。 どうやらウィスキー・ベースのカクテルのようであった。 誰もがぐったりとへたり込んでいた明け方、テーブルを片付けるマスターが「吉田」を取り上げ、目を細めながらつぶやいたという。 「これで作るかな。」 後に晶子嬢が語った。

 カウンターの男はまだ本を手放さない。 読んでいるというよりは、ただ時間つぶしにページを捲っているという感じだ。 午前5時までというモンクスの営業時間はとっくに終わり、時計は午前7時を廻った。 宮ちゃんはタウンページを眺めながら、今日一日のプランを立てているようだ。 「ここは10時からですか。 ここはどうですかね。」 「ああ、ここは高いからねえ。」 マスターも相談に乗っている。 このままここに居ては、マスターに迷惑が掛かってしまう。 それより何より、早く外に出たいのだ。 ここは冷房が効きすぎている。 まるで洞窟の中にでも閉じ込められている感じなのだ。 「ここに居ても何か悪いので、ファミ・レスにでも行きましょう。」 宮ちゃんに提案する。 「えっ、ファミ・レスでいいんですか。」 「いいですよ。 全然平気です。」 ひどく寒い。 「ファミ・レスで時間をつぶしてから、温泉に行きましょう。」 早くここから出してくれ。 「そうですか。 ファミ・レスですか。」 宮ちゃんの力ない言葉と、ファミ・レスなら近くにあるというマスターの言葉の力強さが、妙に印象的だった。 カウンターの男が、静かに本を閉じた。

 12時間。 初めてこの店に入ってから、本当にそんなに時間が経っているのだろうか。 しかし、とても長い時を過ごした様にも感じられる。 何だか時間の感覚がおかしい。 体にへばり付いた疲労感だけが、夜の長さを記憶していた。 「じゃあ、ファミ・レスへ行きましょう。」 避難民のそれを思わせる頼りない足取りで、一行は動き出しす。 「幽閉」 「拉致」 様々な言葉が頭を駆け巡った。 「開放」 ああ、漸く店から出られる。 予定では、始発の新幹線で寝て帰ることになっていたはずだ。 思わぬ長居をしてしまった。 「では、外で待ってます。」 荷物を片付ける宮ちゃんを後に、店の扉を開ける。 「ちょっと待ってて。 私も出ますから。」 店を出る我々に、マスターの嬉々とした声が掛かる。 店を閉めるのだろう。 階段を降りると、雨はあがっていた。 外はまばゆいばかりの五月晴れだ。 薄暗い店内から出た我々は、疲れきった顔を眩しさに歪める。 「ああ、眩しい。」 「いやいや、しかし飲みましたねえ。」 「何だかお腹が空いてきましたよ。」 その言葉には、どこかしら充実感が漂っている。 それにしても濃いオフ会だった。 「いやあ、楽し かったですよ。」 遅れてマスターと宮ちゃんが階段を降りてくる。 その後ろには、何故かカウンターの男、モンクス客人の姿があった。


<次回予告>
 私は気付いた。 まだ出番の無い「登場人物」がいることに。 あれは夢だったのかもしれない。 「そうだ、無かったことにしよう。」 だが、私は書かなければならなかった。 本当に書かねばならないのは、この先なのだ。 郡山の夜は、まだ終わってなどいないのだ。 ついに一行の旅は次元を超え、禁断の世界へ...。 轟々たる読者の非難を浴び、いよいよ新シリーズ登場! あ、物を投げないでください。

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