2001年8月4日〜5日
いざスーパースター・エーリス号へ
 
 やっぱねー、青い空でしょうクルージングは。ウッドデッキで日光浴や読書、おまけにカクテルなんかやっちゃって!
 演歌調の冬の釜山港ではいけないのです。
5月の連休が過ぎ去ろうという頃、日増しに夏の空を見ながら気がつくと指先は、クルーズネットワーク(クルーズ専門の旅行会社)へとダイヤルしていた。
対応に出た女性は対応が良く話もトントン進み、爽やかにカナディアンロッキーをドライブする予定だったこの夏が、湿度120%で雨季本番の、あのスーパースターエーリスが待っているタイへと簡単に進路変更されてしまった。

 ずーっと雨かもしんないな-、言葉通じるっかな・・・ の不安と期待と青山のスーツを詰め込んだJL717便は2001年8月4日、バンコックへ向って離陸した。
ところがJALWAYS・・・・なんじゃこの飛行機は!? たしかJALの子会社だと聞いてはいたが、飛行機全体が日本航空を目指す為の予備校のような様相であった。 一ヶ月前にアムステルダムから乗ったJALとは何かが違うのだ---。 オレンジとか黄色とかの蛍光色のペラペラのシャツで、ゴトジョアリアトマースの発声では、国際線どころか会社の2次会でお世話になる、新宿あたりの異国人パブになってしまうのだ!!
 まっともあれウイスキーをコーラで割ったコ−クハイで、高校生の味をたのしむこと約6時間、空とぶ新宿歌舞伎町化B747は軽やかに、ドン・ムアン空港へと着陸した。

 ボッタクリのタクシーをかわし、500バーツで交渉が成立したトヨタカムリのタクシーは、訳もなく高速道路を
120キロでぶっ飛ばし、40分で本日のお宿であるパン・パシフィックホテルへと僕らを連れて行ってくれた。
バンコク初日の夜は、かの有名なパッポンストリートを横切り、ロビンソンやトップスというスーパーの特価品を荒らしまわったり、ベトナム料理を体験したりしてバンコクの街を楽しんだのであった。


 8月5日午前11時、白い制服をピシッときめたスタ−クルーズのシャトルサービス運転手が、真っ白なベンツで登場した。 ここからスーパースターエーリスが発着するレムチャバン港までは約1時間から1時間30分のドライブである。
 ちょうど東京から成田くらいの距離を、誠実そうなドライバーはやはり120キロ近くでブっ飛ばした、しかも一般道を・・・ タイ人よそんなに急いでどこへいくのか・・・乗船開始は午後4時だけど。
 脇の下に汗しつつ緊張しつつ1時間。12時ちょっと過ぎに一番乗りで客船ターミナルに到着した。
キャンセル待ちでもないのにちょっと早すぎじゃないの?は全く関係なく、チップを受取るとドライバーはまた神風タクシーとなってどこかへ消えてしまった。
入り口まで迎えに出てくれたスタークルーズの陸上職員は、まだ受付も始まっていないのを気の毒がって特別に受付を早くしてくれた。
 また僕らのためにシャトルサービスを手配した職員は、「ちょっとお迎えが早すぎましたね、道路が混んでいると思いまして・・・」などと申し訳なさそうに詫びると、僕らを倉庫を改造したような2階の待合室に案内し、3時間もの長時間を快適に過ごせるようにエアコンを最強パワーでブォーンとつけてくれたり、タイ語のスポーツ新聞?などをくれたり、カップラーメンの品定めを手伝ってくれたり?、いろいろ親切にしてくれた。

新潮文庫夏の一冊を読んだり、コーヒーを飲んだりして時計が3時30分になりかけた頃、「Are you redy?」の一言でスタッフから声を掛けられると、もう一組の家族連れとともにミニバンへ案内され、約15分離れているエーリスのある埠頭へと連れて行ったくれた。。
 ここレムチャバンはシンガポールの港と違い、新しく埋め立てて作られた埠頭なので、客船ターミナルと言う立派なものは無く、乗船口は運動会の時に使うような大型テントが5つくらい張ってあるだけであった。

ミニバンで一緒だった家族の次に2番手でエーリスに乗船した。
さてVirgo同様にウエルカムドリンクか。っと思ったが、今回はそれはなかった。
日本のスタークルーズ支社がくれた、エクスプレスチャックアウトのめいっぱい日本語表記の用紙を出したり
(多分理解できていない)ガラディナーの予約やサムイ島でのシュノーケルツアーを予約した。

 ゆったりとしたバンド演奏を楽しみながら夕食をゆっくりゆっくり済ませた頃、定刻8:30出港のスーパースター・エーリス36000トンは雨のなか静かに埠頭を離れていった。
 さて明日からどんな船旅になるのだろうか?