笹子峠を挟んで大菩薩連嶺と御坂山地を繋ぐ稜線を歩いてみました(GPSログはこちら)。 朝一で富士山を眺めようと笹子雁ヶ腹摺山(ささごがんがはらすりやま)から登ったのですが,朝霧と低い雲が残っていて,きちんと富士山が見えたのは山行の終盤となる三ツ峠山以降でした。 なお,前日に下界は大雨だったので,富士山はきれいに雪化粧していました。 |
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紅葉の季節なので,かなりの登山客が笹子駅で降りた。ほとんどの人は清八山や本社ヶ丸に向かうようだった。 駅前の身ごしらえを整えている人の群れから抜け出して,車が行き交う甲州街道を笹子峠方面に向かった。 工事の影響で,笹子雁ヶ腹摺山の登山口は2年前に歩いた時とはかなり変わっていた。 「迂回路」の標識に従って,笹子峠旧道の分岐にある 墓場に入り,墓地の真ん中のコンクリート階段を登る。墓場から出てすぐのトラバース気味に延びる山道を辿って本来の登山道に入った。 笹子雁ヶ腹摺山への登山道は,急な尾根に付けられているので,一気に高度を稼ぐことができる。ついついペースを上げすぎて息を切らすことになった。 |
曇りのち晴れ
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朝霧の笹子雁ヶ腹摺山 |
笹子峠までの紅葉 |
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笹子雁ヶ腹摺山の山頂直下には,マイクロウェーブ反射板の鉄塔が立っている。この鉄塔は,このあと稜線のあちこちから見えたので,山を同定するのに良い目印となった。 美しい富士山が見えるはずの笹子雁ヶ腹摺山の山頂に到着したときに,ちょうど濃い霧の中に入ってしまったのは残念だった。 頂上直下の急斜面を降りたところから,足場が悪いところにはプラスチック製の土留めで階段が切られている。この付近の登山道は送電線巡視路も兼ねているらしい。 |
笹子峠に降りるところは,ザレて悪い |
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笹子峠に下る途中で,稜線の東斜面をトラバースする新道が分岐した。ここは稜線を忠実にトレースする尾根道を歩いてみた。稜線上のポコは小さいので,おそらくどちらを歩いても,時間的にあまり変わらないと思う。 笹子峠に降りるところはステップが消えた,のっぺりしたザレた道となっていた。滑りやすいので,トラロープを掴みながら降りた。 笹子峠から南への登り返しは,落ち葉に覆われた笹の中の踏み跡だった。出だしは少々不安になるほど,か細い道だったけれど,しばらく登るとはっきりした踏み跡となった。この後は,完全に落ち葉に覆われた,あまり人に歩かれていない様に見える山道を歩くことになった。 しかし,稜線の要所要所にはヒノキでできた立派な指導標が立っている。特に,達沢山方面の稜線とのジャンクション=ピークにあたるカヤノキビラの頭には「笹子峠〜清八峠登山道案内」という概念図とコースタイムが書かれた立派な指導標が立っていた。それに,笹子峠とボッコノ頭の間で2名の単独行者とすれ違ったので,笹子峠と御坂山地の間は,それほどマイナーな山域ではないのかもしれない。 |
狂い咲きのミツバツツジ |
三ツ峠山が見えた(右奥の高いところ) |
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カヤノキビラの頭にあった立派な指導標 |
三ツ峠山を見ながら進む |
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大沢山から下ったところにある女坂峠からの登り返しは,木の根に掴まりながら登る急尾根となっていて,今回一番登山道の状態が悪かった。 笹子峠からの稜線は,八丁山と清八山の間で御坂山地と接続する。この先は,いわゆるメジャーなルートなので登山者も増えた。まずは,展望の良い清八山の山頂に向かった。相変わらず富士山は雲に隠れていたが,北側は歩いてきた稜線がよく見えた。 |
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歩いてきた稜線が全て見えた。正面に大沢山,右端に笹子雁ヶ腹摺山(清八山の山頂直下から) |
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清八山から三ツ峠山に至る縦走路のうち,三ツ峠山から大幡山の間は,まだ子ども達が小さいときに家族で歩いた懐かしい道である。かつては子連れでも安心できる印象だったけど,御巣鷹山への登り返しなど,荒れて危ないところがあった。 若い子達が騒いでいる三つ峠山の山頂で富士山を拝んでから,天上山への道を下った。この府土尾根は,奥多摩の金比羅尾根のように,なだらかで歩きやすい尾根道で自然に駆け足となる。 |
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残照の富士山 |
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突然。ダウンジャケットや分厚いコートを着込んだ人たちでごった返すカチカチ山ロープウェイの山上駅に飛び出した。外国語が飛び交う異世界だった。自分のTシャツとザック姿は完全に浮いているし,ここまでとのギャップが大きすぎて逃げたくなったくらい。下山のハイキングコースをすぐに見つけられたのは幸運だった。 皮肉なことに,下山途中の河口湖駅にほど近い公園の展望台から望む残照の富士山が,この日見た富士山の中で一番美しかった。 |