1998年12月 メーサリアン→メホ村ミニマラソン

 北部タイのメーホンソン県メーサリアン郡の山中を連日,山岳民族(カレン族)の人夫さんを引き連れて地質調査をしていたのだが,ある日のことメーホ村の人夫さん達に「明日はお祭りがあるので,仕事を休んでもいいか?」と聞かれた。
 メーホ村はボアトンというひまわりを小さくしたような花で有名なのだが,この花の咲く季節に山岳民族の「花祭り」が行われる。前座として「マラソン大会(!)」があるとのことであった。「三好は山を歩くの速いから,このマラソンに出てみたら」とカレン族の人夫さんたちとタイの地質屋におだてられ,すっかりその気になる。

 メーホ村小学校の校長先生がエントリー受付をしていると言うことなので,山仕事のあとで小学校へ行ってそこらで遊んでいた子供たちに聞くと「校長先生はもう帰宅した」という。校長先生の自宅に直接伺うことにした。突然押し掛けたにも関わらず校長先生は快く受け付けてくれ,しかもエントリー費は「ただ」
 「ルートはメーサリアンからメーホ村までの国道です。1位から3位までは賞金が出ます。一位は1000バーツ,2位は700バーツ,3位は500バーツです。さらに25位までに入った人は,メーサリアン郡の郡長さんから賞状が出ます。明朝6時に,メーサリアンはずれの警察のチェックポストをスタートです。5時から受付をします。」とのこと。
 ルートとなる国道はいつも通勤に使っているルートなので様子は分かっている。メーサリアンからメーホ村までは,ずっと一本調子の登り道。タイの国道は1kmごとに立派なキロポストがある。これによるとスタート地点であるチェックポストからメーホ村まではほぼ16km。5万分の1の地形図によれば標高差700m。距離的にはハーフマラソンに満たないのでプレッシャーは少ない。しかし,こちらに仕事で来ているだけに,翌日からの調査に疲れを残したりしたら面目が立たなくなる。

 当日はいつもの通り良い天気。この季節,北部タイは全く雨が降らないのである。ただし,早朝はユアム川沿いは霧が立ちこめる。真っ暗の中,朝4時前から目が覚めて,ごそごそしてお湯を沸かしてコーヒーを飲んだり買っておいたバナナを食べたりしているうちに団長の高畑氏を起こしてしまった。結局,厚意に甘えてスタート地点まで車で送ってもらった。

 受付には,昨日の校長先生のほかに近隣の小学校の体育の先生方がいた。ここで手書きのゼッケンを受け取る。ランナーの数は200人ぐらいで,半分以上は小学校高学年から高校生ぐらいまでの生徒らしい。学生と先生を除くと,一般人は数十人というところか?外国人は当然のことながら僕一人だけ。スタートは6時とのことであったが,結局だいぶ明るくなった7時少し前にスタートのピストルが鳴った。

 スタートとともに小学校高学年と中学生たちが全速力で飛び出したのが印象的。そのため最初の1kmは道路いっぱいの混戦。今回は飛ばさないつもりなので先にやり過ごしたが,予想通りこのグループは2kmぐらいでバテてしまったのでゴボウ抜き。体育の先生や高校の運動選手からなる本当のトップ集団は,もうこのあたりで見えなくなってしまった。

 カーブの多い登り坂を自分のペースを守って走る。自分の順位は分からないが,最初に飛び出したせいで歩きはじめた人たちを次々に追い抜く。賞金レースのせいか,所々チェックポイントがあり,ここで手首にひもをかけてもらう。10kmほど行ったところで給水を受けた。

 お祭り会場手前は坂がきつい。「歩いちゃおうかなぁ」と思ったところでゴールラインが見えた。知り合いの人夫さんたちが手を振っているので,歩くわけにはいかない。「ゴール」。ゴールで見ていた人によれば,順位は17・8位だったらしい。入賞者以外の計時はなかったが,自分の時計では1時間45分ぐらい。タイムはともかく,完走。

 地元以外の人が走ったのが珍しかったのだろう。たいした成績でもないのに,ゴール後,メーサリアンの放送局のインタビューを受けた。インタビューを受けるほどタイ語はできないので,判ったところだけ質問に答えるが(年は何歳だとか,子供は何人だとか),きっとこちらの人には「日本語なまりのいい加減なタイ語を話している」としか聞こえなかったろう。ああ,恥ずかしい。

メーサリアン−メーホ ミニマラソンの賞状
 翌日の夕方,メーサリアンのキャンプにメーホ小学校の校長先生が,みずから賞状を届けてくれた。

 「走」で,完走賞以外の賞状をもらったのは生まれてこの方初めてです。



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