時代の証言者

時代の証言者

「コンピュータほど社会の要請に応じてタイミングよく世に出た発明はない。」 ジョン=エッカート(ENIACの開発者・コンピュータ開発者)

(2006/9/26初出)

 わたしは幼いころ,米国「アタリ社」のコンピューターに接していた.今においては記憶に無いが,そのころの経験が何かコンピューターには凄いことが出来るかもしれない.という気持ちが芽生えるきっかけとなった.


 現在のコンピュータの進化は目を見張るものがあります.3ヶ月もすれば新品を買っても直ぐに型落ちしてしまう現代です.しかし,過去の技術者のコンピュータの研究がなければ今のような情報化時代はやって来なかったように思います.少し昔の時代をワープしてみましょう.

1725年ころ オルガンメーカの息子Basile Bouchon(仏)が最初にパンチカードを用いる.(ピアノロールを発展?)

1896年 Herman Hollerith(米)がパンチカードを機械で読み取らせた.これが現在の記録装置の原型となる.Tabulating Machine Company社が設立される.後のIBM社である.

1912年 世界最初の実用無線電話機(逓信総合博物館).同年,烏潟,横山,北村の共同開発によってTYK無線機が誕生.以後,真空管が登場するまで鉱石によるTYK無線電話機が使われる.
TYK無線機TYK無線機 (画像出典: 『プレジデント』(プレジデント社))

1945年 Vannevar Bush(米)がウェブの起源となる,「メメックス」と呼ばれる情報検索システムの基本構想について「私たちが思考するごとく ("As We May Think")」という論文の中で説明している.

1946年2月 世界初の電子計算機ENIACが発売される.現在の価格で5億7000万円.世界二次大戦中ということもあり米軍に受け入れられた.

1947年12月 Bell Laboratories Inc.(ベル研究所)の三人がトランジスターを発明.その内の一人,科学者&思想家のWilliam Shockley(米)は,TIME紙の今世紀の100人に選ばれた.

1952年5月 IBM社社長Thomas J. Watson(米)が,世界初の商用計算機IBM 701を公式に発表.パンチカードリーダIBM 711を発表.1秒間に21,000回の演算が可能(単純比較できないが,現在のCPU(Core i7)では159,000,000,000回)現在の7,570,000倍掛かる計算.

1955年 史上初めてOperating Systemが誕生.ノース・アメリカン航空会社とゼネラル・モータースが開発したFORTRANモニタであるといわれている.FORTRANコンパイラを用いて計算を行う際の自動化を目指したもので,いくつかのジョブを次々と人間の介入なしに処理(バッチ処理)していくものであった.

1963年 Joseph Carl Robnett Licklider(米)が現在のインターネット(コンピュータ相互の通信規格)の前身となるARPANETについての原案を得る.「ひとつのネットワークに多様なコンピューターをつないで統合し,協調動作させる」ことを構想した.

1968年 Hewlett-Packard社が“Hewlett-Packard 9100A”を発売.世界で最初のパーソナル・コンピュータである.Hewlett-Packard社の設立者の一人,William Reddington Hewlett(米)は「これはパソコンと呼ばれないかもしれない!何故なら風貌がIBMと異なるからね.」と言っている.

HP 9100AHewlett-Packard 9100A $4,900(USD) (画像出典: Hewlett-Packard Homepage)

1969年 UNIXがこのころ生まれる.きっかけは,当時開発されていた大型機のTSS方式のOS“Multics”の失敗にあった.それに対抗して名付けられた名前が“UNIX”である.当初,DECのPDP-11上で動いた.

1971年11月 インテル社が,日本人技術者 嶋正利らが開発した「4004」が世界初のMPUマイクロ・プロセシィング・ユニットとなる.そのマイクロプロセッサーを使った,パソコンはマイクロプロセッサーと呼ばれた.あのマイクロソフトのマイクロもここから来ています.

1974年 DOS 1.0の発売。ケーリー・ギルドールによって発売された.CP/M-80.

1976年

NEC
1978年ころのNECのロゴ (画像出典:ASCII June 1978, アスキー出版社)

 現在のNEC(日本電気)のロゴは青色ですが,昔は赤色でした(上図参照).そのころのNECのマイコンは「PC国民機」と呼ばれるほど良く売れました.

TK80 NEC
図3(左図):1976年に発売されたNEC TK-80,図4:増設用16KBメモリ(右図)
(画像出典:ASCII June 1978, アスキー出版社)

 NECの最初のコンピュータは1976年3月に産声を上げました.ワンボードマイコン・トレーニングキットTK-80(TKはTraining Kitの略)が発売されました(図3参照).この時から日本のマイコン時代はスタートしたのです.
同じころスタートしたNECのBitinn(無料サービスルーム;東京,大阪,名古屋)には,毎週熱心なマニアが溢れんばかりに集まりました.
定価は88,000円,メモリは増設してやっと1KBです.当時16KBの増設メモリは97,000円(図4参照;三菱 4B×1BitスタティックRAMを使用し,4K単位で増設可能.アクセスは450nsMAXとある.

1978年

HITACHI

HITACHI
 日本初の単体のコンピュータが日立製作所から発売されます。ベーシックマスターです。(上記写真参照)発売は、1978年9月。マイクロコンピュータショウ'78(通商産業省後援)が1978年5月18日から20日までの、三日間東京流通センターにて催されましたがそのときに初めてお目見えしました。そして、1980年5月、レベル2(右写真参照)を経て、ベーシックマスターレベル3が発売される。
MPUはHD46800(8ビット並列処理)→6809(8ビット並列処理)
ROMは8Kバイト*2→8Kバイト*3
RAMは16Kバイト(32KBまで拡張可)→32KB標準実装(最大60KBまで本体内拡張可)
表示構成は横32文字*縦24文字(768文字)→横80文字*縦25文字
の進化があった。

comkit 8060

 COMKIT 8060。家庭用TVを用意するのみで、すぐに高級言語BASICが使用できます。とある。RAMは1KB内臓。12KB拡張可。1978年6月のアスキーより。隣の記事に、日本発のレンタル制のマイコンショップ”コンピューター・ランド”が東京の渋谷にオープンした。とある。

comkit 8060

拡張メモリとグラフィック・ボード。4KBRAMで\39,500、8KBで¥66,500である。”MB”ではない。1000KBでやっと1MBである。1KBは1000バイト。1バイトは8ビットである。

model/4004A.jpg
LOGIC HOUSEより販売されていた48桁放電プリンター Model/4004A (以上1978年の画像出典:ASCII June 1978, アスキー出版社)

 48桁放電プリンターが発売される.印字速度は 3桁/秒以上,印字桁数 48桁 5×7ドット,\22,000とある.

1979年

NEC PC-8001
 その、関心の高まりはやがて3年後の1979年9月PC-8001の発売という形で結実。32KBのメモリにBASICを搭載。CPU:Z80(3.9MHz)、ROM24KB(最大32KB)、RAM16KB(最大32KB)、80×25(8色)。1980年代は約2台に1台はNECのマイコンといわれていた時代であった。キーボードのみ買ってディスプレイは別売り。使用用途は、ゲームやワープロといったくらいであった。
 当時の価格を見てみると、12インチのカラーディスプレイが219,000円、フロッピーディスクが310,000円、プリンタが、エプソンで145,000円であった。





PC-8001の商品広告

 わたしの生活と切り離せなかったもの,それはパーソナルコンピュータ(PC, パソコン)でした.小学校の時,NEC(日本電気)のワープロを安く親戚より譲って頂いた以来,その面白さに病み付きになり,小学校六年生にはパソコンを購入しました.
 わたしが初めて触れたマシンはワープロでしたが,高校生の時,親戚の叔父さんに見せてもらい,一時借りたパソコンはPC-8001(1979年発売)でした.キーボードにCPUが組み込まれているマイコン(マイクロ・コンピューター)は当時では一般的でした.グリーンディスプレイという画面表示用のブラウン管と本体を接続して使用するのです.BASICといったプログラムを打ち込みました.プログラムの保存はフロッピーではなく,カセットテープにRECボタンを押してしていました.簡単な,ゲームしか遊べず,インベーダーゲームといったゲームでも長いプログラムを打たなければ出来なかった.キーボードはフンクションキーが五つありsaveやloadなどの命令コマンドに割り当てられており,一文字ずつキーボードから打たなくても,簡単に入力ができたのです.この機種は,わたしの生まれる前に発売されたPCでしたが,当時,喫茶店にあったインベーダーの卓上ゲームが自宅のテレビとキーボードをつないでする事が出来る愉しさを思い浮かべたものです..

PC-8001の主な機能仕様

CPU:μPD780C-1(Z-80Aコンパチブル)4MHz
ROM:24Kバイト(最大32KB)
表示:最大80文字×25行、カラー機能8色
カセットインタフェース:FSK方式、600ボー


メモリーの増設といえば、現在では○○MBが当たり前ですが、この当時はKBの世界です。1MBは1024KBですから、それにも満たない16KBです。少ないですが、当時では画期的な容量でした。

 

 

 

 

 フロッピーディスクといえば、今のチビッ子たちはピン!と来ないかもしれません。DVD-R(W)やBDに書き込む前は、皆がこの媒体を使っていました。
 当時は8インチ、5インチがありました。下図のDISKY ディスキーは紙のような薄っぺらいディスクで,容量は約430KBです(下図は2D(両面倍密度;1980年より)→2DD(両面倍密度倍トラック)→1990年頃 2HD(両面高密度; 1.44MB)の容量の変遷を経る)).現在は,「640MBのCD-ROMは、『フロッピー約640枚分』」とたまに言われる位しか,その存在を認識してもらえません.5インチより大きさが小さく厚みが増した,3.5インチフロッピーディスクを搭載したパソコンも見なくなりました.

 

 

 

 

 

 

 

 

 



シアトルコンピュータプロダクツ社 SCP86 DOS 1.0 (画像出典:http://www.os2museum.com/)

1981年 シアトルコンピュータプロダクツ社の86-DOSとコンパチ(SCP86 DOS 1.0)発売.パーソナルコンピュータは,メインフレームと異なりマシンが変われば,ソフトウエアを変更する必要がある.しかし,それでは,ソフトウェアの流通に問題が出てくる.その問題は,マシンに依存する部分をDOSで吸収することによって解決できるのである.
 また同年にIBM社は,パーソナルコンピュータ市場に進出.“IBM-PC”を発売.

1982年 10月に日本電気(NEC)よりPC-9801(初代)が発売される.


シャープ日本語ワードプロセッサ(卓上型)WD-1000 (画像出典:プレジデント 1982年12月号, プレジデント社)

 シャープ株式会社より,日本語ワードプロセッサ(卓上型)WD-1000が発売された.価格1,198,000円.日本で最初のワープロは東芝より1978年に発売されたJW-10である.

1983年 Windows 1.00の発売。(1983/11/20)


Microsoft Windows Version 1.00

このMS-WINDOWSを利用することによって各種のアプリケーションをそれぞれのウィンドウズに割付け実行することが可能である.(写真と文章:『月間ASCII』1983年発行)


ATARIi 800XL

 米国で発売された,Atari社の800XL.1983年夏に発売.余り記憶に残っていないが,そのころAtari社のPCに触れる.

1984年

 日本電気(NEC)からPC-9801Eが発売された。82年の10月に「PC-9801」が発表されたから二年後のことであった。10Mタイプの大容量5インチ固定ディスクを搭載。固定ディスクとはつまりハードディスクドライブの事である。CPUは8MHzの16ビットを搭載。N88−日本語BASIC(86)を搭載。1000を超えるソフトもあった。256KBのメモリで640KBまで拡張可能。MS-DOS(Ver.2.0)を搭載.MS-DOSはシアトル コンピュータ・プロダクツ社の開発した86-DOSをIBM社が買い上げ,改良,強化し,MS-DOSと名前を替えた(IBMの呼称は,PC-DOS).マイコンと呼ぶに相応しいつくりである。PC-98シリーズはこれから10年にわたって各家庭に、浸透し始めた。


増設メモリはやっと64KBまだ1MBも達していない!フロッピー一枚にも満たない容量しか増設できなかった。512KB(0.5MB)が13万もしていた。今のパソコンの二次キャッシュと同じ容量である

 FM-77
富士通 FM-77の広告より

 富士通のFM-77が発売.メモリは64KBビデオRAMは48KBである.上記の画像は当時の広告.有名芸能人タモリの若かりし頃の写真である.

アイシーエム
(株)アイシーエム製ハードディスク(画像出典:月刊ASCII 1984年8月号)

  上図は,1984年当時のハードディスク広告より.(株)アイシーエム社製で型番は,FD-1020n, FD-1010n.20MBで498,000円,10MBで\358,000から.2015年現在では,ハードディスクの最大容量は,10TBである.メーカはBUFFALO製で,(RAID 6対応Thunderbolt 2搭載 外付けHDD 10ドライブ 80TB)HD-DH080T/R6である.価格は,\1,866,774.80TB(テラバイト)は,80,000(八万)ギガバイト→8,000,000(八千万)メガバイトである.1984年のものと比べて,容量は4,000,000倍に増え,価格は3.7倍ほど.2015年は,またフラッシュメモリを使用したSDD(Solid State Drive)ドライブがHDD(磁気ドライブ)に対し,売れ始めた.

1988年


CANON Navi広告(画像出典:月刊ASCII 1990年1月号)

CANON Naviのワープロ機能(画像出典:月刊ASCII 1988年2月号)

NAVIの基本仕様
CPU:80286 10MHz
メモリ:ROM 3Mbytes 表示装置:10インチモノクロCRT (640×400ドット)
入力装置:タッチパネル,日本語キーボード,スキャナ(読み取り幅:A4縦,精度8ペル)
印字装置:熱転写プリンタ(印刷幅A4縦;印刷速度 32×34,20.0CPS)
外部記憶装置:3.5インチFDD(720KB:フォーマット時),本体内蔵(1ドライブ),オートイジェクト機構
通信装置:FAX用モデム(V29 9600/7200bps ほか)
音声処理装置:ADPCM 音声入出力用,FM音源(メロディー音:15音色,リズム音:5音色)
インターフェース:RS-232C 1・F 最大9600bps 1ポート,マウス 1/F,モジュラージャック
オプション:20MB 3.5インチHDD SCSIバス接続
価格:598,000円
 上図は,キヤノンが販売したパソコンに複写機や電話の機能などを内包した複合機である.1988年頃デパートで展示されているものを見た覚えがある.タッチパネルでワープロや絵を書くこともできた.当時のこの機器の位置づけは”通信機能付きコンピュータ”であった.当初は,テレビ電話の様なものを想像していたが,文字入力や通信がこの端末で出来ることを知り,興味を持った.親戚のPCに興味を持つ(1989年項目参照).


1989年

初めての業務用ワープロ、NWP-5N

 1989年,NECの文豪ワープロ(NWP-5N:左図;昭和59年発売,当時の価格\398,000)を,先生をされていた親戚より4万円で譲って頂いた.以前から親戚が使われていたSHARPの書院に興味を持っていた.1987年発売で機種は,SHARP製 WD-540(右図:画像出典:SHARP CORPORATION)である.SHARPの書院これが私の初めてのワープロとの出会いである.このワープロは,本体からキーボードを倒し電源を入れ,画面が付く.ワープロ,グラフ作成(円・棒など),罫線などをモノクロの画面であったがスムーズに行うことができた.3.5インチフロッピーを1枚入れて使用する.
 1988年ころ親戚の自宅にて当時学校の先生の間に使われ始めたPC-9801 RX2(1988年9月発売)を買ったばかりで封に入っていた大きなコンピュータの筐体(14インチ?CRTディスプレイ及び四角の本体)を見せて頂いた事があり,筆者もデスクトップのパソコンが欲しい事を伝えたが,タイピングの練習をしてからパソコンに移ったほうがよいといわれ購入.当時の文豪ワープロは本体の上にプリンタが乗っている.印刷は,当時感熱紙に行っていて普通の紙に印刷するときは、インクリボンを付けて熱転写で印刷する必要があった.感熱紙は摩擦によって文字や図形を印刷するのである.また,当時はフロッピー・ディスクが全盛時代.NWP-5Nのワープロの場合,5インチのフロッピー(文章など保存するための媒体)をディスクに入れ緑の電源ボタンを押すと日付入力画面となる.システムディスクや編集ディスクがあり,それを前者はAドライブ,後者をBドライブに挿入するとメニューが現われ「新規」「校正」「編集」とありカーソルを矢印で合わせて決定.マウスなどなくキーボードですべての操作を行った.
 フロッピーを入れようとするとディスクの口がとても薄いので,たまにフロッピーが折れ曲がってしまい使えなくなってしまったことが度々あった.文章入力や,簡単な絵を罫線で描いた覚えがある.ワープロの画面から大きく世界が広がると感じ,今思うと貴重な経験であった.現在,このワープロは他人に売ってしまった.

NEC NWP-5Nにて印刷
筆者が罫線機能を用いて作成した図(NEC NWP-5Nにて印刷)  

上図は,NEC文豪ワープロNWP-5Nにて印刷した1990年ころ作成の図である(一部),1995年ころ再印刷したもの.感熱紙の状態がよく20年以上経つが紙の経年変化は感じられない.当時のワープロは罫線と文字が入力できたこともあり,このワープロで図をよく描いた記憶がある.漢字を小さな領域に入力する際には,「縮小」や「拡大(横のみ2倍角,4倍角以外は無し)」機能がなく,半角のカタカナを入力した.ひらがなや漢字は全角のみ用意されていた.罫線を引く際には,Ctrlキー+Shiftキー?+テンキーの組み合わせで左右上下の一本線を一気に引く事が出来た.また,上図の店中において絨毯を表現したドットは「網掛け」機能で,数種類の模様が用意されていた.
 良く見ると,文字のギザギザが少し見えるが,当時は学級新聞やクラス新聞によく活躍しました.このワープロの後には,学校でSHARP 日本語ワードプロセッサ書院 WD-X800(学校備品)で新聞などを作成しました(1995年から1996年ころ).タッチペンが使用でき,使いやすかったワープロです.

NEC PC-9801RX2
親戚が購入したNEC PC-9801 RX2,ディスプレイは異なる(日本電気(NEC)カタログより)

 親戚が1988年(か1989年)に新規購入したパソコン.新しく買ったパソコンを見せてもらう為に親戚のご自宅へ行くと大きな筐体が置いてありました.何か未来を予感する瞬間でした.PC-9801RX2の主な特徴.・5インチミニフロッピィディスクを2台内臓,・高速CPU80286搭載,・グラフィック用VRAM(4096色中16色を640×400ドットの高解像度2画面に表示可能,・640Kバイトの大容量ユーザーズメモリを標準実装.とある.

Computer Name:PC-9801 RX2/4
Disk Unit:5 Inch
Memory:標準640KB(最大11.6MB)
OS: MS-DOS Ver.2.0?
CPU:i80286相当品クロック約12/10MHz切替可 V30
Graphics VRAM: 256KB
Graphics Card: 本体内蔵 640×400ドット (4096色中16色 アナログRGBディスプレイ使用時)
Input Device: NECキーボード(JIS標準配列準拠)
拡張スロット: 汎用拡張スロット x 4
外形寸法: 380(W) x 335(D) x 150(H)mm
発売年月日: 1988年9月20日

光栄 三國志
1986年発売ゲームソフト『三國志』(Copyright © (株)光栄)

 1989年頃,親戚の自宅にて新品のNEC製PC-9801 RXで歴史ゲームソフト『三國志I(上図)』『信長の野望』,冷戦時代の各世界間の戦争を防ぐ『Balance of Power (Mindscape Inc.)』,箱庭で都市を作成する『Sim City』をよくプレイさせて頂きました.これらは,パソコンの可能性を大きく気付かせてくれたソフトで,世界が大きく広がる気がしました.特に,三國志のゲームでは,劉備や呂布など自分がプレイする主人公を設定し,それぞれの国内のエリアを20のコマンドにより命令していき,全てのエリア(中国国内)を統一していくものである.命令表を見ると,1.移動(国間の移動),2.戦争(隣国の領地を得る),3.輸送(物品食料の輸送),4.臨時徴収(民衆から金食料を得る),5.人材登用(他のエリアから金食料を引換えに人材を得る),7.施し(民衆へ食料を与える(忠誠度が上がる)),8.洪水対策(土手の工事により大雨時でも被害を抑える),9.開発(土地の開拓など),10.兵士を鍛える(戦闘力を上げる),11.捜索,・・・18.放浪,19.何もしない.コマンドが並び,それぞれを実行すると値が増えていく仕組みである.静止画像と数値の上下により,想像力が付く利点がある.動画は簡単な16色アニメーションにより,移動のコマンド実行の際には,人物の移動が数秒間表示されるのみであった.

▲ちょつと寄り道

 1989年ころ,SONYよりNEWSと呼ばれる最強マシン
が発表されます。左のマシンのスペックは
CPUは68030(25MHz)、メインメモリは16MB(最高32MB)  ー3.5インチFDD(1.44MB)
ハードディスクは286MB(1960は768MB)
標準インタフェース:イーサネット
            SCSI
            RS232C×2
            パラレル
OS:          NEWS-OS
 NEWS-1960はMOドライブ付き

   NWS-1830:3,050,000円(本体価格)            NWS-1960:8,750,000円(本体価格)

MOが付いているところが最先端をいっていた、5年後のパソコンを見越して作ったコンピュータです。SONYの弛まぬ研究心と冒険心には脱帽します。

SONYの周辺機器も凄かった(右図)。ディスプレイは、CADやDTPに適した20型。CRTで液晶はまだ無かった時代。丁度そのころNECからPC-9801nが発売されたノートパソコンの誕生である。しかし、モノクロで白黒であった。(画像出典:SONY Corp. NEWSカタログ)

ちょつと寄り道

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上図は,1989年頃の携帯電話(メーカはIDO(現在のKDDI)呼称はハンディフォン)です.値段は11万と高額である!通話料は,公衆電話(今では余り見かけなくなった!)よりも相当高く,バブルの時代とはいえ,持つ事が出来た人は,ビジネスマンか官僚,社長位であろう(写真:『プレジデント』(プレジデント社)1989年発行 ).

 2015年現在では,この携帯電話は,ガラケー(ガラパゴス・ケータイ(携帯(電話)))と呼ばれ,スマートフォン(多機能な携帯電話)に押されてしまっている.2003年頃から,小学生でも携帯電話を持っていたが,通話と電話番号の登録に特化した事が仇となった.機種変更も無料で出来た時期もあった.携帯電話ばかり見つめて人と話そうとしない若者が増えてきたのは少し残念でもある.1989年に簡易型携帯電話(Personal Handy-phone System;PHS)が発売,1995年ころにポケットベルが流行り,1998年位に携帯電話が広まりだした.1996年には,スマートフォンの原型となる,携帯電話+PDA(Personal Digital Assistant;携帯情報端末)が発売.筆者は,SHARPのザウルスというPDAを購入,学校の教員がメールや住所登録によく使っていた.スマートフォンにおいては,コンピュータで用いるインターネット,メール(チャット,SNS(コミュニティ型サイト)など)に加えて,電話の通話も可能であり,今後広範囲化と高機能化が進んでいくであろう.

macintoshII


○Macintosh II:Apple社が1989年に出した始めてのディスプレイと本体分離型のパソコン。値段が高く一般庶民はなかなか手が出せなかった。と或る家具屋で見かけました。胴体が大きく色々な可能性を秘めたマシンだと思いました。このパソコンのソフトに優れたCADや絵画ソフト、プログラミングソフトがありことを後で知りました。
MacintoshIIのスペック:CPU:68030/Speed:40MHz
Min.RAM:4MB/Max.RAM:128MB
No.of Slots:8/Memory Type:64pin SIMM
Hard Disk:40-160MB/SCSI
ディスプレイは別売り。


CLARIS社 マックペイント version 2.0の商品説明 (画像出典:Macintosh Software Guide, Apple Computer Japan, 1989/01)


MacPaintのサンプル図

 Apple社のMacintoshの元祖お絵かきツールがMacPaint (マックペイント)である.上図はVersion 2.0の説明文書である.プログラムサイズは156KB,最小機器構成はMacintosh plusでFDD起動,システムへの対応は漢字 Talk 2.0,ImageWriter II/LQ 等,各ネットワークへの対応 Apple Share File Serverとある.販売価格は当時で\25,000.マックペイントは,マッキントッシュプラットホームのための最初の絵ツールであった.Bill Atkinsonが開発した.現代の絵画ソフトを見ても,これが原型となっているものが少なくありません.AdobeのPhotoshop,Illustlatorにしても然りです.ちなみに,「MacPaint」と検索したら,以前はMacintoshの筐体に色を塗った個人ページが現れました,最近は,ソースを公開したと云う情報が手に入りました.1989年頃,大型デパートで最新のMacintosh Plusが展示されていて,パソコンで絵を描くソフトを初めて見て興味を持ち担当者様よりカタログを頂きました.今でも此のカタログは大切に保存しています.このカタログには,HyperCard日本版(version 1.1)が掲載されており,ビル・アトキンソンは「マウスによる操作で,カードを自由にめくったり検索したりすることができる,システム手帳のようなソフト」を当初アイディアを持っていたが,ハイパーメディアと呼ばれる新しい技術を使って,テキストやグラフィックス,サウンド,アニメーションなどの異なるデータを相互に関連付けることをこのソフトで可能にしたのである.プログラムサイズは372KB,最小機器構成はMacintosh Plus & FDDである.標準小売価格は\9,800である.
 Macintosh IIで動作する,1600万色フルカラーを使用できるPixelPaintも掲載されていた.

 PC-98XL2 左図:1989年当時,NECから発売されたハイエンドパソコンPC-98XL2(XLダブル)

1989年パソコン雑誌ASCIIの表紙裏にNECのハイエンドマシンが発表された.NECのPC-98XL2である.通常のPC-9801より大きい筐体で,広告のパソコンの画面にはCADが映し出されており未来を予感させるパソコンであった.簡単で本格的なDTP(Desktop Publishing)の総合環境として,コラージュというパソコンソフト,Z'sWORD JGといった本格的なグラフィックツールを組み込んだ,使いやすい多機能ワードプロセッサの紹介がされていた.
 月刊アスキー Feb 1988によると,PC-982の仕様は,スペック表に挙げたようなものであるが,この仕様は,次世代のOSであるOS/2を意識したものである.と書かれている.


●仕様
CPU…i386DX(16MHz)/V30(8MHz)
RAM:1.5Mbytes (最大14.5Mbytes)
グラフィックス:512kbytes (256kbytes)
グラフィックス表示:ハイレゾ表示 600×400ドット(1120×750ドット)4096色中から16色
1Mバイトタイプ5インチFD2台,40Mバイトタイプ5インチ
固定ディスク1台内臓
インターフェース:セントロニクスプリンタ
RS-232C
マウス
1Mbytesタイプフロッピードライブ
アナログRGB
SCSI
本体標準価格…988,000円

●ワープロソフト

Z's word JZ
ツァイト社『Z's word JG』 (画像出典:ASCII 1991, アスキー出版社)

 上図は,1991年当時のツァイト社『Z's word JG』の広告である.当時のワープロソフトは,ジャストシステム社の『一太郎』,管理工学研究所の『桐』,クレオの『ユーカラWAVE』などが発売されていた.CAD作成に当たっては『CANDY』というソフトが知られていた.他に,『Z's word JG』も特に有名で,開発したツァイト社は3Dソフトも販売しておりPC-9801を使う者にとっては良く知られたソフトであった.現在,このメーカは無い.
 日本語ワープロソフト:Z's WORD JG(ジーズワードJG)
必要メモリ:640KB以上 価格:58,000円


●FM-TOWNS (1989年発売)

FM-TOWNS
富士通 FM-TOWNSシリーズ

富士通 FM-TOWNSシリーズ モデル2H スペック
CPU:Intel i386DX(16MHz), メインRAM:2MB(MAX:8MB) ,VRAM: 512KB (640×480ドット:1677万色中256色 2画面,320×240ドット:32768色 2画面)
CD-ROM ×1, 3.5"FDD×2,
HDD:20MB,
SCSI I/F×1, スロット(専用×3),音源:8ビットPCM音源(ステレオ19.2KHz,8チャンネル),FM音源
マウス/パッド添付
 1990年に富士通からFM-TOWNSシリーズが発表される.そのころでは珍しいCD-ROMを内蔵していた.1989年頃には『広辞苑』が丸ごと収録されたCD-ROM(直径:120mm,ブロック数/回転:9.0(内周)〜21.0(外周)(線速1.3m/sにて),記録変調方式:EFM (EIGHT TO FOURTEEN MUDULATION),再生に適するレーザ波長:0.77〜0.83mm)が発売された記憶がある.当時の雑誌では「これまでのフロッピィディスク540枚分の大容量を持ったCD-ROMを標準装備」,「ケタはずれの表現力を発揮する32,000色同時発色やFM音源6ch・PCM音源8ch」とある.1994年に発売された「Model 1F(上図参照)」は更に,フロッピーディスクドライブを装備していた.CD-ROMは縦にセットするという近代的な趣向で,ゲームやワープロ,作曲ソフトといったソフトが多く販売された.パソコンの展示会で初めてFM-TOWNSに触れ,カラー表示でドライビング・ゲームやロールプレイングゲーム,シミュレーションゲームに触れ,迫力あるものだった.科学館にもFM-TOWNSが設置され自由に触れる事が出来た.又,パソコン通信で,今で言うアバター(画面上で自分の分身となるキャラクター)を操作して,他の人とチャット(お喋り)が出来るソフトも発売されていた.私が「マルチメディア」という言葉を大きく意識したのはこの頃からである.


NECの初のノートパソコン PC9801Nの広告 (画像出典:PCマガジン 1990年1月号, 新紀元社)

 PC-9801シリーズの最初のノートPC(PC-9801N;定価 \248,000;上図参照)が1989年に発売.A4ファイルサイズ,2.7kg.と気軽に持ち歩ける小さなパソコン,3.5インチ1MバイトFDD1台と1.25MバイトRAMドライブ(FDD1台分に相当)を内臓,見やすい八階調バックライト付き液晶ディスプレイを内臓.とある.日本発のノートPC 東芝のPC/AT互換機ノートDynabookに対抗しての発売である.そして1991年には,初のTFT液晶のカラーのノートパソコン(PC-9801 NC;16色,定価 \598,000)が発売された.初のTFT液晶のカラーのノートパソコンの発売である.当時,学校の先生が購入したPCがPC-9801 nシリーズを新品で購入し,よく持ち歩きながらパソコンを使用できる事に驚きました.いつでも,ワープロソフト,表計算ソフトを使用できたのです.

1990年

キャラベルデータシステム
(株)キャラベルデータシステム製ハードディスクの広告より(画像出典:月刊ASCII 1990年1月号)

  1990年当時販売されていたハードディスク.80MBで218,000円する.2004年現在の最高容量を持つハードディスクはI・O DATA HDZ-UE1.6TSという機種です。値段が、1.6T(テラバイト)つまり1000GB=1000000MBで178,800円。他の現行商品も、GB単位が殆どでMBの機種を探すのが難しい。 容量が12,500倍増え価格は半分。接続は、当時はSCSIボードで接続していたのだが現在は、IEEE1394やUSB2.0と高速の通信が可能となった。


世界で初めて公開されたウェブページ(画像出典:ASCII May 1991, アスキー出版社)

 1990年11月にスイスのCERN(ヨーロッパ粒子物理学研究所)が開発したインターネット上のマルチメディア情報システムがWWW(World Wide Web)である。テキストや動画、静止画、音声などのリソースをインターネット上のハイパーテキストによるリンクで統合的に扱うことが出来る。WWWではこれらのリソースの転送にHTTP(Hyper Text Transfar Protocol)を用いる。インターネット上のリソースの位置はURL(Uniforme Resource locator)、WWWのページはHTML(Hyper Text Markup Language)と云う書式に従って記述する。URLはhttp://やftp://と云ったプロトコルを示し、コンピュータ名、ファイルの種類という形で記述する。(現在は国名も付される)HTMLは埋め込み式のコマンドから成るタグ言語で、WWWページの体裁をコントロールする。Mosaicは主要なブラウザであった。


NEC PC-PR3000PS (画像出典:ASCII Oct 1990, アスキー出版社)

 1990年に発売されたNEC(日本電気)製のプリンター.当時のプリンターは給紙トレイを二つ持っていた.印刷方式は,この頃半導体レーザー,LEDの二つがあった.このプリンタは後者の方式である.解像度は320dpi,メモリ容量は4MB,インターフェースはセントロニクス RS-232C,使用用紙はB4〜B5 ハガキに対応,重量は約30kg,消費電力は850W,価格は658,000円であった.尚,カートリッジ単価は38,000(約5000ページ)である.

1991年

PC-9801 DS2本体
筆者宅のNEC PC-9801 DSでHF(High Quality Filter)を起動させている.

スペック

Computer Name:PC-9801 DS2/DSU2 (1990/10/24〜)
Disk Unit:5 Inch+3.5 Inch(後付け)
Memory:標準640KB(最大14.6MB)+4MB SCSI-2(増設)
Hard disk:540MB(外付け)
OS: MS-DOS Ver.3.3 & 6.2
CPU: Intel i386SX(16MHz)
Graphics VRAM: 256KB
Graphics Card: 本体内蔵 640×400 (4096色中16色)
Input Device: NECキーボード, 他社マウス
拡張スロット: 汎用拡張スロット x 4 (内1つはHDD接続用に使用)
サウンド: FM音源3和音、SSG音源3和音
外形寸法: 380(W) x 335(D) x 150(H)mm
付属品: キーボード,電源ケーブル,アース線,ケーブルカバー,ケーブルラベル,保証書,グリーティングカード
    お客様登録カード,サービス網一覧表,マニュアル
    FD4枚:N88ー日本語BASIC(86)(Ver6.2)システムディスク,辞書ディスク(1),辞書ディスク(2;外字用)
    PCトレーニングディスク
発売年月日: 1991年1月

 1990年にパソコンPC-9801DSを両親に買ってもらいました.当時の価格は358,000円.ディスプレイ(CRT)とプリンタを含めて購入.基本ソフト(OS)は,MS-DOS 3.3C(1986年出荷)をインストールした.1983年に出荷されたMS-DOS 2.0シリーズの後継である.コンピュータのフロッピーディスクにMS-DOSの2枚のフロッピーをセット(5インチは当時ミニディスクと呼ばれ,当時緑色の紙製ケースに収納していた.).すると,COMMAND.COM(実行ファイル)とCONFIG.SYS(環境ファイル)が実行され,メニューが表示される(文字のみで構成される).特に環境ファイルは,同時実行ファイル数やメモリ領域を英語と数字の命令文で記入.実行するものである.コマンドでは,cp(ファイルコピーの意)format a: -s(A:ドライブフロッピーディスクをシステムフォーマットの意),ファイル名は,EXEが実行ファイルSYSがシステムファイルBATがバッチ(実行)ファイルTXTがテキストファイルである.MS-DOS 6.2(1993年出荷)が最後に使用したMS-DOSである.尚,2014年現在Windows 7のコマンドプロンプトでcmdと打つと,バージョンが出てくる.当時のMS-DOSでcommand.comを打ち実行した結果を引き継いでいると思われる.MS-DOSから様々なアプリケーションのソフトを立ち上げ,ソフトを終了した後には必ず(MS-)DOS画面に戻った.その後,PC-9801であればSTOPキーを押して,ディスクの書き込みがされていないかを確認し電源をよく切ったものである.

ユーカラWAVE(東海クリエイト)
東海クリエイト(現 クレオ)ユーカラWAVE(Copyright © CREO CO.,LTD)の画面,1992年当時筆者が作成した文章より.

 ソフトについては,まず購入したのは,東海クリエイト社(現 クレオ)のワープロソフト,ユーカラWAVE(上図参照)である.当時9,800円で購入.文章や絵(グラフィックエディタ(4096色中16色)機能を用いる)を描画することができるワープロソフトである.キーボードのファンクションキーにそれぞれの機能を割り当てており,「領域選択」「コピー」「挿入」などを一つのキーで実行できるものである.更に,SHIFTキー,GRPH(グラフ)キーで他の多彩な機能が出現した.辞書は「ユーカラ変換」の他.一太郎の辞書ソフトATOK 6も利用できる.ちなみに初めて打った文章が「1990年プロ野球、西部優勝」であった.ワープロソフトであるが,パソコン通信も可能(モデムが必須).


株式会社 光栄「オランダ妻は電気ウナギの夢を見るか?」(Copyright © (株)光栄)

 「オランダ妻は電気ウナギの夢を見るか?」というゲームソフト.現在のコンピュータゲームのように,写実的とは言えない.当時のグラフィック性能はこれが限界だったのである.(株)光栄は,「信長の野望」や「三国志」を世に送り出した会社であることはあまり知られていない.
 初めて買ったゲームは,「野球道PLUS(1991年9月)」という日本クリエイト社(現 ニホンクリエイト)の最高傑作のひとつでパソコン通信で常に選手の最新データを手に入れることができたソフトである.その頃はモデムを持っていなかった為,既存のデータのみでプレイした.30試合のみプレイできた.近所の友人とよくこのゲームで遊んだものだ.親戚の家で,光栄(現在のKOEI)のゲームソフト「三国志II(1992年発売)」や「信長の野望 全国版(1986年発売)」でよく遊んだ.特に信長の野望というゲームは,日本各国の城と城主を決定し全国を統一するのだが,4つの四季を巡る毎にコマンド(訓練,民衆への施し,戦争 など)を実行し,忠誠,軍事力などの数字を上げて行くものである.また,「SimCity(初代;1989年発売)」,世界各国の取引などで自国の力をつける「Balance of Power(1988年発売)」やロゴジャパン株式会社の「ロゴライター2(1994年頃?)」と云う教育ソフトにも関心を持った.亀がカーソルと成り,「くりかえせ 10」 「まえへ 12」などと命令して図形などを描くソフトである.
 パソコン雑誌においても,「月刊ASCII(アスキー出版社)」,「ログイン(エンターブレイン社)」や「I/O(日本マイクロコンピュータ連盟)」,「マイコン(電波新聞社)」「マイコンBASIC(電波新聞社)」を時々買っていて,特に「ASCII」では新製品の情報,海外のコンピュータ動向,「ログイン」では,新作のゲームソフトやバカチン市国などの企画を楽しんだ.1995年頃ゲームソフトで興味深いのは,アートディンク社「A列車で行こうVI」や「甲子園は君に」,「ビッグオナー(ゴルフのゲーム)は特に面白いソフトであった.
 プログラミングは、「N88-BASIC(86) 日本語」で本格的なゲームを作った。漢字を入力する際には、漢字フロッピーを使用した。ファミリー・コンピュータ(任天堂)のように凝ったゲームは出来ないが、どれなりには楽しめたと思う。雑誌「マイコンBASIC」に掲載されるプログラムの存在は大きかった。2000年ころまでは「PC-9801」のプログラムのページが大半を占めていたのだが、最近はVisual Basicのプログラムに取って代わられた。BASICでコンピュータに備わっていたFM音源三和音をプログラムによって演奏させるのである.サンプルプログラムとして,J.S.Bach: Invention 13 in A minor bwv.784を打ち込んだ.
 Computer Graphicを始めたのは、1992年ころに、アスキーの「CGツクール(ログイン版ミラージュ)\4,400を買ってからである。640*400のCGをレンダリングするのに丸3日以上かかる恐ろしいソフトである。「HYPER彩子」といったフルカラーソフトが欲しかったが、フレームバッファと云うフルカラー表示のためのボードを定価16万円で買わなければならなかったのでこれで我慢したのである。

信長の野望 天翔記(光栄)
光栄 信長の野望 全国版 (Copyright © (株)光栄)

 ゲームのデータは、"TAKERU"というベンダーマシンで買うことができた。大抵のパソコン店に置いてあった。ゲームも数多くやり、先に紹介した「野球道Plus」パソコン通信で対戦できる。ノーマルでは試合数が30試合しかなかった。「Super野球道」も楽しかった。こちらは130試合することができた.親戚から譲ってもらったイマジニア社の「SimCity」は、町を自分のパソコンで作れる画期的な作品だった。自分が市長となり、100万人(Megalopolis)を目指す。途中で災害が起きたりしてなかなか苦労した。最高が24万人だったように思う。高校入学祝にDTM(Desk Top Music)製作の代名詞といわれるRoland社の「ミュージ郎55 for Windows (DOSモードでも使用可)」定価85,000円を購入.モジュールは往年の傑作機Sound Canvas SC55 mkIIである.最大同時発音が16音でオーケストラの表現は物足りなかったが,小編成の弦楽アンサンブルは充分であった.現在でもたまに使用している.1997年頃から,とうとう本体の5インチディスクが駄目になってしまい近くのHardOffの外付け5インチディスクを購入.それも1998年頃つぶれてしまい,3.5インチディスクと450MBのHDDで稼動している.今でもMIDIで作曲や曲の修正をしている.インターネットで取り込んだMIDIデータをミュージ朗で加工している.楽器の練習と合わせて使うことも出来る.1994年ころに,光栄の「トップマネジメント」を購入.また1998年頃まで「信長の野望 天翔記」を良くプレイした.各国の武将との駆け引きを文化の側面や武将の忠誠心などの要素を含み戦略的にゲームを進めていく.


Windows 3.0 (Copyright © Microsoft)

 Windows 3.0:同年発売.日本語MS-WINDOWS (Ver.3.0)1MBタイプ(8/5/3.5インチ)で25,000円.初めて普及したWindowsである.Windowsのファイルで出見てみると,ライト→ワードパット,ペイントブラシ→ペイント,ファイルマネージャーがエクスプローラに変化している.MS-DOSの上にWindowsが乗っている感じであった.
動作条件:機種:80286/386SX/386/486CPU搭載のPC-9800シリーズ
メモリ容量:リアル/スタンダードモード動作時 1.5Mバイト以上
386エンハンスモード動作時は4.5Mバイト以上
       ディスク装置:20Mバイト以上の固定ディスク
OS:日本語MS-DOS(Ver3.3以上)

PC-9801の14万のフレームバッファ
デジタルアーツ社製フレームバッファの広告 (Copyright © Digital Arts Inc.,月刊ASCIIの広告より)

 フレームバッファとは,現在でいうグラフィック・アクセラレータのことである.当時発売されていたPC9801シリーズの画面をスーパーインポーズし,1670万色を同時出力できる.当時のPC-9801のカラー表示は4096色中16色表示が標準であり,フルカラーの表示は特に魅力的であった.上図のボードとペイント付きソフト,モデラー等を合わせて価格は138,000円は当時としては破格であった.

1989年
Simcityの画面(画像出典:http://soshg.free.fr/imagelog/simcity.gif)

Maxis Software SimCity(上図):Jeff Braun氏がWill Wright氏と1987年に創設したMaxisの最初のソフトウエアがシムシティー。Will氏が1985年にCommodore64用のソフト「Metropolis」のプログラムをMacintosh用に書き換え完成させた。後に、SimAnt、SimEarthを生み出す。下がその画面であるが、街が段々出来てくると道路に車が走った。凝った演出はなかったが想像力を駆り立てられた。

ビープ音:当時のパソコンのFM音源では、3和音で室内アンサンブルでもとても聴けたものではなかった。しかし、フリーソフト「BPLAY」の登場で一音しかだせないビープ音を細かく分割することによって擬似的な和音を聴かせてくれるようになった。作者は、うっほっほ氏/八丁堀氏。

メインメモリ:現在のパソコンのメモリは標準は256MBといわれる。当時は、上記のように非常に巨大なボードであった。当時で8MBが235,000円もする。640KB(0.640MBが標準搭載のパソコンが多かったからであろう。I.O.データは、当時からメモリに関しては強かった。

 1992年頃パソコン教室へ通い,ジャストシステム社の花子や一太郎に触れました.花子は罫線や塗潰しを用いながら描画していくソフトであり,一太郎は文書作成,図の挿入を得意とするソフトでありました.

1992年

CASIO PB-100
CASIO PB-100

 現役のポケット・コンピュータ(Pocket Computer)CASIOのPB-100.親戚に譲って頂きました.この電卓は,いまのポケコンのようにメモリがメガバイトの世界ではなく1.5KBと電卓に限りなく近いものであった.12行表示できる大画面.プログラムを保存するセクタは10個あり,おのおののプログラムを保存でき便利であった.プログラムは,市販されている本に載っていたBASICに近い言語を打ちゴルフやルーレットゲームでよく遊んだものである.1983年発売.
・カシオポケコン PB-100のスペック
Operating system(オペレーティング システム): own(独自)
Main storage: 1.5 KB
Processor: The whole computer consists - apart from something small stuff - only of a chip with the designation HD6191A04
Announcement: A line with 12 indications LCD mono chrome (モノクロ12行)
Year of construction: 1983年

DECstation 5000/125
日本発のホームページを発信したコンピュータ 1980年代
Digital Equipment Corporation DECstation 5000/125 (大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構ギャラリーにて撮影)

1992年9月30日,文部省 高エネルギー加速器研究機構(現在の高エネルギー加速器研究機構(KEK))(茨城県つくば市)のメールサーバより日本発のホームページが発信された.CERNよりWebサーバ設置が依頼されたため.
機種は,DECstation 5000/125(Digital Equipment Corporation製)
CPU: R3000 25, R3010
メモリ: 最大 128 Mバイト - 8Mバイトまたは2MバイトのSIMM×2個ずつ追加可能
拡張スロット: TURBOchannel×3スロット

1993年

 左図:1993年現在の内臓メモリの価格.6MBで\23,500,8MBで\37,500である.内臓HDD(ハードディスク)は120MBで\65,800.まだまだ当時のパソコンへのメモリ増設は憚られた.PCノートについては,PC-9801NC(カラー液晶)とPC-9801NS/L(白黒液晶)と分かれていた.
 因みに雑誌『アスキー』のソフマップ(東京・大阪)の広告であるが,現在でもソフマップは営業を続けている.この頃のパソコン雑誌には多くのパソコン小売店が広告を出していた.PC関係には強いT-zone(東京)や広告の配置と情報量にこだわった大西ジム(兵庫),阪神商会(大阪),中古パソコンに強いコンピュータバンク(東京),パソコンハウス ダイナ(愛知名古屋)など個性豊かであった.(写真引用:雑誌『アスキー』1993年1月発行)

 

 

 

 


上図:PC-9821 model S1 (98MULTI) \318,000/PC-9821 model S2 (40MバイトHDD内臓) \438,000.

 日本語MS-DOS(Ver5.0A-H)、日本語MS-WINDOWS(Ver3.0A-H).98マルチと呼ばれたNECのパソコン.音楽(ステレオPCMサウンド)やグラフィック(1677万色中256色表示)機能があり,小・中学校の授業で次第にパソコンが取り入れられたきっかけとなった機種ともいえる.当時は,N88-日本語BASIC(86)やN88-DISK BASIC(86)のプログラミング言語(1991年頃発売)をPCへ入力することによりプログラムを動作させた.


Windows 7にてN88互換BASIC for Windows95を実行している所

 特徴は,行番号10,20,30(標準;1,2,3でも100,200,300でも可能)を入力し,10 print "Hello! World"<改行> 20 goto 10<改行;end)を実行すると10の命令が繰り返されるのである.2016年現在は,JAVA言語やC++,Visual Basicのプログラム言語が盛んに使われている.2020年から,文部科学省は小中学校よりプログラミングを必須化するとのこと.

1994年

 左図:1994年現在のメモリの値段.昨年に比べ,メモリの値段が下がってきました.Microsoft Windows 95が発売された頃です.ハードディスクは2GBで4万円していた.(写真引用:雑誌『ログイン』1994年発行)
 この頃,ミュージ郎(モジュール SC-55mkII)を購入.Windows or MS-DOSで動作した.レコンポーザーというソフトもよく使われていた.

 

 

 

 

 

 

 

 この頃,パーソナルコンピュータとワープロが共存していたが,学校の学級新聞を作る際にはワープロが活躍した.その頃のパソコンの印字は家庭用のプリンタの性能では,ギザギザが目立っていたからである.シャープの書院で印字(現在“印刷”)すると文字が滑らかで非常に読みやすかった記憶がある.パソコンはプログラムやグラフィック,ワープロは文章作成&印刷と役割が分かれていた.現在ではパソコンの進化によりワープロを余り見掛けなくなってしまった.

1995年

1995
PC-9821 Lt/260(1995-11-3〜 )

スペック

CPU:i486DX2(50MHz)
ディスプレイ:9.5インチTFTカラー液晶(256色)
メモリ:7.6MB(最大35.6MB)
ハードディスク:260MB
外付け3.5インチFDD×1ドライブ
定価:388,000円

 親が初めて購入したノートパソコン.OSはMicrosoft Windows 3.1を搭載している.MS-DOS Ver6.2の上にWindowsが乗っている感じであった.実際,MS-DOSのメニュー画面からWindowsを起動できたのである.Maxis社のゲーム「シムシティ2000」でよく遊んだ.また文章作成はジャストシステム社の「一太郎 Ver.6」と「花子」,ロータス1-2-3を使用した.3.5インチのフロッピー1枚のみで起動させていた.ノートでもきれいなカラーが出せるのに驚いた.

CANON LBP-A404F
キャノン プリンタLBP-A404

 1995年に発売されたキヤノン製LBP-A404F.プリント方式は,半導体レーザ+乾式電子写真方式.正方形に近い底面と高さを抑えた平たいフォルムを持つ.本体前面パネルを開けると操作スイッチが現れる.入力解像度は300/600dpi,印刷速度は4枚/分,メモリは1.5MB,給紙容量は250枚,インターフェースはパラレル,シリアル,価格は138,000円

1996年

PC9821 V20/M7 modelE3/F3
→1996年頃に発売された,NEC社製 PC9821 V20/M7 modelE3/F3.OSは一世を風靡した,Windows 95である.製品名がPC-98”01”ではなく98”21”に変わっていることに注目いただきたい.FAXモデムが付き,33.6kbpsでインターネット・エクスプローラはバージョン3.0.メインメモリは32MB(EDO)を搭載CPUはPentiumプロセッサ(200MHz).ハードディスクは3GBである.学校でもマルチメディア教育に力を入れ始め,理科や家庭科の授業でもパソコンが扱われるようになってきた.



1996年ころNASAのホームページをNetscape Navigator Version 2.02で表示させているイメージ (© Netscape Communications Corporation)

 1994-1995年頃から1990年に初めてインターネット上のマルチメディア情報システムとして誕生したWWW(インターネット)という文字をパソコン雑誌で多く見るようになってきた.筆者は1996年ころ地元のマルチメディア情報センター(第三セクター)のマルチメディア体験コーナー(下図参照)にてインターネットに初めて触れた.当時のページの一つに,「ナホトカ号重油流出事故(1997年1月2日)」の救援物資一覧表が掲載されていた.1995年11月に発売されたOSWindows 95の追加機能ソフトPlus!により,Windows 95搭載のパソコンでもInternet Explorerによりインターネットが使用できたのである.ブラウザはNetscape Navigatorであったように思う(Webページの読み込み中に,流れ星のアニメーションが右上に出ていた(上図参照),Mosaicとも呼ばれ,現在のFirefoxブラウザ,Mozzilaに引き継がれ筆者はこのブラウザをよく2016年現在も使用している.).検索サイトのYahoo!からキーワードを入力し,様々な機関のページへ飛んだ.その後,インターネット・カフェ(現在は閉店)などで,インターネットを使用できるパソコンでよくアメリカ航空宇宙局(NASA)のページや首相官邸のページ,大学等研究機関のページを“ネットサーフィン”した覚えがある.


1997年ころのマルチメディア体験コーナー(当時のホームページより)

 当時は,まだ文字情報が主体で,画像や動画,音声は最小限に抑えられていた.画像においても,jpgファイルやgifファイルで圧縮されており,その画像をよく見ると,擬似色によりモザイク状に見えたものである.当時,自宅でインターネットをするには,ダイヤルアップ回線で通常の電話からインターネットの回線を引く必要があった.しかも契約するプロバイダは殆どが従量料金製であり,ブラウザでWebサイトを閲覧する際に文字情報ならば閲覧に余り時間が掛からなかったが,容量の大きいサイズの大きい圧縮されていない画像やまだ当時はまだ珍しかった動画を閲覧するにはかなりの時間を要した.ちなみに,回線速度はモデムによるが,アナログ(33.6kbps、56kbps)であった.深夜早朝の時間帯(23時〜翌日8時)のみ料金が“一定”のテレホーダイ(NTTにより1995年よりサービス開始−現在までサービスは継続)に加入した記憶がある.
 当時,学校で使用していたPCは,PC-9801VM21(1986年発売,CPUクロック:V308Mと10MHz切り替え,標準RAM:640KB,グラフィックVRAM画素数:640*400,グラフィックVRAM色数:4096色中16色2画面,標準実装ドライブFDD:5インチ1M/640KFDD2-DRIVE,漢字:標準:第一,第二オプション:拡張)が特に印象に残っている.教師がそのパソコンでDTM(desktop music)というMIDI規格のモジュールを接続してよく作曲や楽曲演奏をしていた.
 また1998年頃は,東風荘などのネットゲーム,パソコン通信でのPC-VANなど閉じられたコミュニティの掲示板から全世界に公開される掲示板の交流も盛んであった.筆者が初めて開設したホームページは,2000年頃オーディオ掲示板Audio FAN(1996年3月の開設,現在は閉鎖,<http://audiofan.net/>)ページ内のAudio FAN Web Communitiesに属するコミュニティgaiax(株式会社ガイアックスのコミュニティーサービスの一環;<http://audiofan.gaiax.com/ >)から個人のホームページを簡単に発信でき,掲示板やチャット部屋を作成(現在は閉鎖)して使用していました(2004/10/30サービス終了,筆者は2001年頃からLycos® ホームページを使用).(Lycos® is a registered trademark of Carnegie Mellon University, from 1995.).そして,ISDNとなり,デジタルの64kbpsとなり回線もだいぶ早くなってきた.そして,ADSLとなり,上りと下りでは速度は異なるが,最高8M/bpsの速度を出すことができた.現在は“光”回線で60Mbpsほどの速度を実現している.個人でパソコン,インターネット,ホームページ,更にはTwitter,FacebookなどのSNSで簡単に個人から情報発信が容易となった.
 2019年3月末には老舗のホームページ作成の為のサイトGeoCities <https://geocities.yahoo.co.jp/>(日本語版は1997年〜2019年(予定))米国版(1994年〜2009年))の日本でのサービス終了に伴い,Spinnet(JENS(Japan ENhanced System) SpinNet 1984〜),FC2(1999年〜)にてページを作成・保存している.ホームページの作成は,オープンソースのソフトウェア,Wordpress (2003年〜)などによるブログ形式のページ作成,Facebookなどを代表するSNSによる情報共有の広がりにより,プロバイダが提供するホームページ作成の為のサービスを除いては民間提供によるサービス終了が今後増えていくと懸念される.

1998年ころ

Fujitsu FMV-5166D7
大学で使用していた「富士通 FMV-5166D7」(画像出典:http://www.fmworld.net/)

 大学で使用していたPC(富士通製)FMV-5166D7 \238,000より.
Windows 95モデル.CPU:Pentiumプロセッサ (166MHz),メインメモリ:32MB(最大 128MB),内臓フロッピィディスク 3.5インチ,内臓CD-ROMフォライブユニット(標準(8倍速,IDE),画面制御機能:VGA/SVGA 1280×1024ドット(256色)・・・800×600ドット(1677万色),VRAM容量:2MB,LAN 標準装備(100-BASE-TX/10BASE-T,オンボード)
 DELLのディスクトップコンピュータを一時期使用.注文時にCPU,メモリ,HDDの容量を指定できる.CGやインターネット用に使用.大学に設置されているPC(富士通製)をよく使用しました.

Onyx2 InfiniteReality2
Onyx2 InfiniteReality2 R10000-250MHz×2で3376万2000円(画像出典:ASCII Oct 1998, アスキー出版社)

 InfiniteRealityは,1996年から2005年までシリコン・グラフィックス(Silicon Graphics)によって開発および製造された前述のハードウェアアーキテクチャを実装した3Dグラフィックスハードウェアアーキテクチャとグラフィックスファミリを指します.
InfiniteRealityの機能
・8×8マルチサンプリングアンチエイリアシング
・48ビットRGBAの最大色深度
・16枚のオーバーレイプレーン
・24ビット浮動小数点Zバッファ
・各ピクセル256〜1,048ビットのデータ
・ステレオ表示がサポートされ,クワッドバッファリング対応

InfiniteRealityのパフォーマンス
・毎秒1100万個の非ライト,Zバッファ(深度バッファ),アンチエイリアス,三角形ストリップ(各40ピクセル)
・毎秒830万のテクスチャ,深度バッファリング,アンチエイリアス処理された三角形ストリップ(各50ピクセル)
・1秒間に7,000,000以上の照明,テクスチャリング,アンチエイリアス処理された三角形
ミップマップされた8億の三線式,テクスチャ付き,16ビットテクセル,1秒あたりの深度バッファされたピクセル数
・7億5000万線分のミップマッピングされたテクスチャ付き16ビットテクセル,1秒あたり4×4のアンチサンプルエイリアシング,デプスバッファ付きピクセル
・1秒間に710万以上のテクスチャリングされたピクセルとアンチエイリアス処理されたピクセル
・300万表示ピクセル/秒,1〜8出力に分散.

2000年ころ

2000年ころのGoogle
2000年当時のGoogle画面

 インターネットによる検索エンジンGoogle(1998年4月設立)当時のURL http://google.stanford.edu/がYahoo!に組み込まれる.当時の検索エンジンは,ExciteやYahoo! JAPAN(ディレクトリ型検索), ALTAVISTA, 千里眼, goo, infoseek,Lycosなどがあった.当時は,自らのホームページを作成した際には,検索ブラウザに申請して登録してもらい一般に供する形が一般的であった.キーワードから検索を行うGoogle!と特定のカテゴリで検索を行う,筆者は,1995年から1998年ころまでYahoo!で情報検索を行っていた(殆どキーワード検索)が,2000年ころから現在まで,Google!で統一している.Googleはロボット型検索エンジンで,2015年現在では60,000,000,000,000(60兆)ページ以上を扱っている.
 自らの覚えの為にホームページを新規作成(筆者)

2002年 SONY VAIO PCG-FX77Z/BP [2002/6/16-]

PCG-FX77Z/BP

OS:Windows XP Home Edition
プロセッサー:AMD PowerNow! テクノロジー対応モバイルAMD Duron プロセッサー 1.1GHz
メモリー:256MB(128MB×2)
ビデオメモリー:8MB 液晶表示装置 15型 SXGA+(1400×1050ドット)対応
 CGの作成の際は、オークションで買ったディスプレイ GDM-17E01Tをノートパソコンにつないで利用。ケーブルは、D-SUBではなく5BNC方式。トリニトロンのディスプレイだと自然に見える。 表示モード:最大約1677万色(1400×1050、1280×1024、1024×768、800×600)
ハードディスク : 約30GB
ドライブ : CD-RW/DVD-ROM一体型
メモリースティック : 別売アダプター使用
使用感想:パソコンは大阪日本橋の上新電機で購入。中学生の時にPC-9801を購入して以来であった。このパソコンは画面が繊細でとても見やすい。ADSLでインターネットも快適。DVDも見られる。しかしビデオメモリが8MBしかなくゲームの3Dが満足に出来ないのが惜しまれる。2014年現在も写真加工用などに使用。
Scanner:Canoscan D2400UF

2004年

 Thefacebook(米国;現在のSNS Facebook)が稼動する.当初は大学内学生に限定.旧サイト名:Facemash

2005年

Power Macintosh 8500/180 (2001/03/09-2004/8)
 初めて自分で購入したApple社のMacintoshシリーズの一。Microsoft社のWindows 2000が市場に出回っていたが、小学校のころ見た高級家具店で見た堂々としたMacintoshIIが忘れられずYahoo!AuctionでPower Macintosh8500を競り落とした。10万位でした。
OS:Mac Os 8.0
 150MHzのPowerPC 604マイクロプロセッサで256KB二次キャッシュメモリを搭載。16MBのRAMを標準実装、512MBまで拡張可能(128MB)1.2GBの内蔵ハードディスクドライブを標準実装。8倍速のCD-ROMドライブを標準実装。オンボード上に2MBのVRAMを装備、最大4MBまで拡張可能
 VHSのビデオ画像をMacintoshに取り込み、画像加工ソフトで簡単に加工できた。

 2005年当時のNEC社製の新製品(参考).本体は水冷である.HTテクノロジ,Intel Pentium 4プロセッサ 640(3.20GB)メモリーは1GB標準最大2GB。OSはWindows XP Pro SP.2,ハードディスク500GB,メインメモリは1GBで24,800円だった(I.Oデータ)
 ついににメモリが標準1GB搭載のパソコンが発表されたのである.NECが初めてマイコンを出してから約30年.メモリは16KBから1GB(1000MB→1000000KB)約62,500倍のメモリ容量である.

2006年

マシン 2006/09/15-2010/05


自作DOS/V
PCケース:Windy ALTIUM SUPER X S-Silver(ソリッドシルバー)
電源:XIAi SF-480T14(530W)

CPU:AMD Athlon(tm) 64 X2 4400+ Dual Core Processor 2.21GHz Socket 939
2次キャッシュ:L2 Cache=1MBx2/SSE3対応/1.35-1.40V/110W
マザーボード:GIGABYTE AMD Socket939 nForce4 SLI ATX GA-K8N Ultra-SLI
チップセット:nVidia nForce4 SLI
グラフィックボード:nVIDIA GEFORCE 6600GT(GV-NX66T128D) 128MB
メインメモリ:DDR400, 4000MB
HDDドライブ:Eドライブ:Western Digital WD74 (SATA, Raptor, 10000rpm, 74GB)
      CドライブとDドライブ:Seagate Barraccuda (SATA, 160GB, 7200rpm x2)
光学ドライブ:Pioneer DVR111(CD-R,CD-RW,DVD-R,DVD-RW)
3.5インチドライブ:バルク品の3.5インチディスクドライブ
LAN:1000BASE-T対応。INTEL製
無線LAN:buffaro 無線LAN子機をUSBで接続(WLI-U2-AMG54HP)
スロット:PCI-Express X16*2
     PCI-Ex*2+2PCI+IEEE1394b
オーディオ:AC97 8ch(MIDI兼)
スピーカー:IBM製中古スピーカー
OS:Microsoft Windows XP Pro Version 2002 SP2

ディスプレイ:CRT NANAO EIZO FlexScan T765

プリンタ:canon BJF900

一言:主に、CG作成、ホームページ作成等で使用していたコンピュータ。静音化とグラフィックの高性能化を目指した。ケースはアルミニウムでケースの高温化を防いでいた。

現在のメインマシン(仕事用) 2017/12-


ハード:DELL XPSマシン1台(Win 10 Education,CPU:Intel Core i7-4770,メモリ:20GB):Computer Graphics用自作機1台,PowerMac G4(ストック)を使用.
ソフト:Adobe Photoshop CS3,Microsoft Office 2016, VMWareにより仮想環境(Linux系Ubuntu)を使用.
ポケコン:SHARP PC-E650
関数電卓:CASIO fx-CG20
プライベート
Panasonic Let's note 2台

研究用(-2015)
Canon NeXTCube
Processeur central Motorola 68040 à 25 MHz.
Connecteur Ethernet coaxial fin et 10 Base-T à 10 Mbits/s.
2 ports séries RS423.
3 slots libres d'extensions NeXTbus.
Port imprimante NeXTprinter.
Port DSP.
Port MegaPixel.
 ディスプレイ,本体,マウス,ハードディスクが付属し,筐体も大きく重量もあるが,今となっては貴重なコンピュータである.

2010年

 写真共有サイト Burbnが稼動.(現在の写真共有サイト”Instagram”の前身).

2015年


タワー型ワークステーションの一例(写真:アプライド(株))

 2015年現在,タワー型ワークステーションの最高峰の製品が上図である.CPUは,Xeon® E5 4600番プロセッサー,1CPUあたり8ソケット、合計32ソケットのDIMM socketを装備しており,最大1TB(DDR3)に対応している.HDDは2TBを装備.メインメモリ1GBのメモリが初めてパソコンに標準搭載されたときと比べて隔世の感がある.メモリ1TBが拡張で装備できる時代が来たのである.
 メモリ単体の価格は,2015年現在,8GB(858,993,459KB,DDR3;1600MHz)で7,000円である.1978年当時は,4KB(4096KB)で\39,800の価格であったので,メモリ容量が37年で約20.9万倍に増え,価格は18分の1である.
 現在に至っては,コンピュータは主にインターネットの利用(情報収集,発信),MIDIでのマイナスワンにおける楽器練習に使用している.ネットゲームでは,SIMCITY 4(2003年発売)をプレーすることがあり,昔のPCゲームの楽しさを思い出すことがある.
 現在のコンピュータの主な使用目的は,
ネットワーク(インターネット(Webページ(画像・動画)による情報発信・保存・リンク・関連付け))
・ソーシャルネットワーク(個人・グループ間,リアルタイム)
・調査研究(学術研究機関によるレポジトリ,学術雑誌,遠隔講義,アーカイヴ)

・様々なOSの使用(MS-Windows, Linux,Apple OS, Android,)
プログラム言語による処理(C言語,Visual Basic,アセンブラ,機械語)

人工知能(AI)

・文書作成・保存(Microsoft Office,一太郎,フリーソフト)
・ゲーム(ネットゲーム,個人用ゲーム)
・作曲や楽曲の演奏(MIDI,DTM)
・電子メールの使用(Outlook,Thunderbird)
・Cloud Computingによるリソースの使用(フリーサーバへコンテンツをアップロードする原理と同じ)
 等がある.パソコンの処理能力と記憶能力の進化はとても早い.またインターネットも世界に更に広がっている.ネットワークと情報の保存・発信を容易にするコンピュータの今後がこれから大いに楽しみである.


ナノメートルのトランジスタを持っているチップの稼動しているサンプル.(写真:Darryl Bautista/IBM)

IBMは2015年7月,7ナノメートル(1nmは1mmの100万分の1)のトランジスタで素子の働いているサンプルを作成したと発表,IBMは純粋なシリコンの代わりにシリコンゲルマニウムを使うことにより,実用化に前進をしたとのこと(The Economist, July 11th 2015).

 ネットワークの広がりについてここに興味深い記述がある.マーク・ブキャナンの『複雑な世界,単純な法則』(草思社)によると,「人間の脳内をつないでいるニューロンをつないでいるネットワークや生態細胞内で総合作用をしている分子群のネットワークも全く同じ素時期的構造をしている」という.つまりさまざまなネットワークは,それぞれ異なる状況の下で全く異なる要求を満たすべく発達してきたのに,構造に関してはほ同一であることが明らかになってきているという.即応性,保存について紙媒体,人間よりも優れたコンピュータ・ネットワークの使用法について今後楽しみである.
 良く考えると,人間の脳のニューロン(情報処理と伝達),DNA(情報のコピーと後継)とコンピュータの考え方は大変似ていると感じる.デジタル信号の0と1と脳内の光信号の伝達,光が波と粒子の性格を持つ事が知られ,情報と人間の関りが深くなっていくのであろう.

2016年〜2017年

ムーアの法則により10nm(ナノメートル)のプロセッサが出来ると予想されていたが,14nm〜22nmの範囲で推移.2017年遅くには達成予定(The Economist, Sep 5th 2015).
 Microsoft Word 2013(文章作成),Excel 2013(表計算)により,論文作成や実験データ整理が容易である.また,サーバ用途としては,Linux (Cent OS, Fedora)がセキュリティ,実用性ともに優れていると感じる.ホームページ作成においては,FTP転送とTeraPadなどのエディターソフトが有用である.デジタル情報の効率的アーカイヴと過去の情報の整理分類が今後の課題である.
 Yahoo!は,2016年12月14日,10億人分以上のデータ流出を発表,9月にも,5億人分以上の情報漏えいについて発表している.インターネットは,この20年で,大学から私たちの生活に入り込み,学術データの便利な共有のためのネットワークとしての生命を始めました.セキュリティは後の考察でした.電球から車に至るまでのあらゆる種類の日常的な物体がインターネットに永続的に接続されたコンピュータを組み込んだ「物のインターネット」(IoT)が,遠隔操作,ハッキングなどにより状況が更に悪化する可能性があることを示唆した(The Economist, Dec 24th 2016 "Incentives need to change for firms to take cyber-security more seriously"より).
 現代の神経科学で使われている分析ツールキットをコンピュータでテストする良い方法であることを米国の研究者が発表.1975年に最初に制作されたMOS Technology 6502で,Atari、Apple、Commodoreの初期のコンピュータの中でも特に有名である.わずか3,510個のトランジスタで,6502は全てトランジスタの電気的状態をモデル化できるシミュレーションを作成し,仮想チップが動くにつれてそれらのトランジスタを互いに接続する数千本の配線のすべての電圧をモデル化できるほど簡単である.特定のプログラムこのシミュレーションでは,約1.5ギガバイトのデータが大量に生成されるが,現在,生物学の脳の謎を解明するために現在採用されているアルゴリズムの能力の範囲内である.(The Economist, Jan 21th 2017 "Tests suggest the methods of neuroscience are left wanting"の記事より.).

2018年


Python (https://www.python.org/ Python Software Foundation)
 プログラム言語Python(キラー機能(コードを簡単に覚えて共有できるシンプルな構文と,膨大なサードパーティ製パッケージが特徴)は,汎用性の高い優れた言語)生みの親,Guido van Rossum氏が仕様策定から離れるとのこと.他のプログラム言語として,Javaは大規模で複雑なアプリケーションを構築するために人気があり,JavaScriptは,Webブラウザを介してアクセスされるアプリケーションのための選択言語である.PythonはAI研究者のために選択された言語になっているとの意見もある.Pythonはすでに2014年にアメリカの大学で最も人気のある導入言語でしたが,その教授法は一般に科学,技術,工学,数学を学ぶ人に限られている.(The Economist, July 19th 2018 "Science and technology section"- "And now for something completely different").

2019年

 個人ホームページ提供サーバGeocitiesが2019年3月31日にてサービス終了.タグ入力等が必要のないWordpress, WIXなどのホームページ作成が盛んとなっている.Social Networkが盛んとなる.代表的なFacebook(2003年Facemashが起源), Twitter(つぶやき;2006年のtwttrが起源)により個人と個人のつながりが密となっていく.ホームページにて情報を遺していく意義について再考の余地がある.

2020年以降

 筆者がワープロに初めて触れて30年が経過.
 今後の流れとして,科学者の90のグループは次世代ソフトウェアを開発中である.それらはレシピ上にではなく人前でデータベースを積み上げた科学的な文献(少なくとも5000万の科学的文書において1つの符号)の膨大な集成(コーパス)の上にそれを使うことを望んでいる(The Economist, October 4th 2014).


参考)
コンピューターの機種 |
|
|---Personal Computer 通称パソコン。個人単位で使える小型コンピューター。
|      |
|      |--IBM(IBM PC)
|      |--COMPAC--------|
|      |--DELL Computer--|-IBM PC
|      |--GATEWAY-------|
|      |
|      |--Apple Computer Macintosh シリーズ
|      |            Power Macintoshシリーズ
|      |その他 NEC PC-98シリーズ
Microsoft MS-DOSの歴史
MS-DOS Ver. 1.0  1981年発売,64KBのメモリ空間のうち約12KBを占有.IO.SYS.
MS-DOS Ver. 2.0  1983年発売,10MBのHDDに対応.(システム)フロッピーをドライヴに入れるとDOSが起動した.光栄の三國志Iで使用のOS,筆者が初めて接したOS.
MS-DOS Ver. 3.3C 1987年発売,1.44MBのフロッピーに対応.多くのPC-9801ゲームソフトで動いたOS.数年に亘って文章作成ソフト・ゲーム等で使用.
MS-DOS Ver. 5.0  1991年発売,スキャンディスク対応.NECのパソコンからDOS/VへもOSとして採用.
MS-DOS Ver. 6.2  1993年発売,スキャンディスク対応.Windows 3.1も同時に入っていた.
Windowsの歴史
Windows 1.0(初代Windows,現在のWindowsからみると,操作性が悪く速度も遅く制限も多かった.1985年登場.
Windows 2.0
Windows 3.0 1991年3月登場.筆者がNEC PC-9801DSを買った時発売.DOS(Ver 3.3〜6.2)を使用.
品名 日本語 MS-WINDOWS(Ver.3.0) 25,000円
動作環境 機種:80286/386SX/386/486CPU搭載のPC-9800シリーズ(PC-98XAは除く)
メモリ容量 リアル/スタンダード動作時:1.5Mバイト以上。386エンハンスドモード動作時:3.6Mバイト以上
ディスク装置 20Mバイト以上の固定ディスク。
OS:日本語MS-DOS(Ver.3.3以上)
Windows 3.1 1995年5月に出荷.
Windows 95 ブームに沸いた,インターネットが広がりはじめる.
Windows NT 4.0 1996年登場
Windows 98 1998年登場.一般家庭にPCが広がる.
Windows Me (Millennium Edition) 
Windows 2000 Windows NT系,2000年公開
Windows XP Service Pack1 2002年9月公開
                 Service Pack 2
Windows Vista 2006年登場,スタートボタン(丸型)を採用.一つの画面から多くの画面で処理が行う事が出来る.
Windows 7 2009年登場,スタートボタン(丸型)が付いた最後のWindows.
Windows 8.1 2013年にWindows 8よりアップデート,タブレットを意識したOS.
Windows 10 2015年7月発売.
Windows Redstone 2016年発売,このバージョンから1年毎のアップデートとなる.
Windows Redstone 4 大幅アップデート予定
Windows Redstone 5 2018年後半で終了.(Windows 10延長サポート期限は2025年10月)

Linux:無償のOS(主にRedHAT系を使用)
Vine Linux 3.0 2004年発売,ホームページサーバ用とメーリングリストサーバ用OSとして使用(〜2007年サポート終了)
Fedore Core 6 2006年リリース:ホームページサーバ用OSとして使用(〜2007年サポート終了)
Fedore Core 7 2007年リリース:ホームページサーバ用とメーリングリストサーバ用OSとして使用(〜2008年サポート終了)
Fedore Core 8 2007年リリース:ホームページサーバ用とメーリングリストサーバ用OSとして使用(〜2009年サポート終了)
Fedore Core 9 2008年リリース:ホームページサーバ用とメーリングリストサーバ用OSとして使用(〜2009年サポート終了)
Cent OS 6.0 2011年リリース:ホームページサーバ用とメーリングリストサーバ用OSとして使用(〜2020年メンテナンス更新期限)
Cent OS 7.0 2014年リリース:メーリングリストサーバ用OSとして使用(〜2024年メンテナンス更新期限)
 Cent OS 7よりコマンドが大幅に変更された.GUIでのコマンド入力もあり.


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参考文献・写真出典

『パソコン革命の旗手たち』, 関口和一, 日本経済新聞社, 2000.
『インターネットの基礎』, 村井純, 株式会社KADOKAWA, 2014.
『グーグル−ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ』,スティーブン・レヴィ 仲ほか訳,2011.
雑誌『マイコン』, 電波新聞社.
雑誌『月刊 アスキー』, アスキー出版社.
SANWA SUPPLY
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NEC(日本電気)ホームページ

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