●03:モグリの魔術師とセカンドオーナー――side 凛




 ……なんだか、彼の声に隠し切れない悲痛な響きにじみ出ているような気がする。
 自分でもちょっとキツイ言い方だったとは思う。かといって遠慮する気はまったくない。わたしは泣いてうずくまっているヤツになぐさめの言葉なんてかけない。そんな言葉は役に立たない。
 それぐらいなら、背中に蹴りを入れてでも立ちあがらせてやる。そうしたら少なくともそいつは前を向く。

 しかし、これではまるで人生相談を受けているみたいだ。
 他人の悩み事にかかわるなんて心の贅肉だとは思うが、ここまで聞いて「はい、そうですか」とは言えない。
 しょうがないか、もうちょっと付き合ってあげよう。なにやら納得できない言葉も混じっていたし。

「死にそうな思いをして、まったく成長がないですって? 貴方それなのに4年間ずっと努力を続けてきたって、おかしいわよ。報酬がまったくないのに何年も努力なんて続くものじゃないわ!」
「そうか? 頑張るのに報酬なんていらないだろ?」

 ……こりゃ、だめだ。こっちの路線で話すのは止めよう。

「理解できないわね……。とりあえず、それは置いておいて。
成長しないって話だけど、それって絶対やり方がおかしいんじゃない? ちゃんと正しく教えてくれる人を見つけなさい。この世の中、手間とお金さえ惜しまなければ学べないことは何もないでしょう?」
「世間からは存在を隠されていて、知られていないことなんだ」
「なによそれは。魔術だとでもいうつもり?」

 うわぁ、口が滑ったわ。我ながらこのうっかり癖はなんとかならないものか。
 彼の言った『存在を隠されている』という条件に当てはまるものが一つしか思い当たらなくて、思わず自分の裏事情を引き合いにだしてしまった。

 魔術。それは表の世界ではおとぎ話。しかし裏の世界では確かに存在している。
 かくいうわたしも魔術師だ。それも二百年続く魔術師の家系の生まれだ。それだけじゃなく、この冬木市を裏から管理するセカンドオーナーという立場でもある。
 でもそれは一般人には知られていない。魔術師は自分と魔術を世間から秘匿する。それが絶対のルールだからだ。したがって世間様では魔術なんてお話の中だけにしか存在しないことになっている。
 これは、茶化すなってまた怒るか、笑い出すわね。


「なんでさ!? 何も言ってないのに!」


 ……だというのに相手の反応は、わたしの予想を完全に裏切った。
 バッティングで前方に打った球が空間を跳躍して、自分の背中にぶち当たったみたいなありえない予想外。

「え? ちょっと、なんで貴方動揺してるのよ!? そこは普通笑うところでしょ!?」
「い、いや、動揺なんてしていないぞ。う、うん!」

 嘘だ。
 目が泳いでる。
 額に汗がでている。
 口元が引きつっている。
 顔色まで変わっている。
 裏返った声が、すごくうさんくさい。

「……怪しい。まさか……とは思うけど」
「えっと、と……遠坂……さん?」
「ちょっと黙ってなさい!」

 ベンチから離れ、わたしの迫力に押されているらしい相手の前へ立ちふさがり、小声で魔力感知の呪文を唱えた。もし間違いだとしても、この程度、後から幾らでも記憶を操作できる!

「え? え?」
「――っ!! これ、魔術回路の痕跡! いや……痕跡じゃなくて休止してる!?」
「ま、魔術回路なんて言葉、なんで知ってるんだ!?」
「くっ! アンタ、魔術師だったの!!」

 幽体と物質をつなげ、魔術師に神秘を可能とさせるもの、それが魔術回路。魔術回路は存在するだけで大気からマナを吸収し、魔力を生成する。従って魔術師はかならずその身に魔力を帯びている。
 ……だから、油断した。
 目の前の相手が魔術師だということに気がつけなかった。

 セカンドオーナーの土地に魔術師が滞在する場合は許可が必要だ。もちろんわたしは彼の滞在など許可していない。セカンドオーナーの仕事には、そういったモグリの魔術師の処分も含まれる。従って、わたしにその存在がばれた以上、彼が取る行動は逃げるか、戦うかのどちらかだ。こちらも迷っている暇は無い。

「――Das SchlieBen. Vogelkafig, Echo――」

 左手の魔術刻印が青く輝き、呪力を増幅する。その助けも借りて、即座に公園全体を覆う結界を張った。これは、事実上の宣戦布告だ。魔術師は神秘を秘匿する。従って人目に付くような魔術を使うときは、結界を張って一般人を締め出す。つまり、セカンドオーナーが処罰対象であるモグリの魔術師を前にして、一方的に結界を張ったということは「これから遠慮なしで魔術を叩き込む!」と宣言したに等しい。

 目の前の魔術師の力量は不明だ。だが魔術回路は自動的に魔力を生み続けるもので、それを止めることは不可能だ。それなのに、目の前の相手はその魔術師の常識を無視している。
 聞いたことも無いこの技術、あなどっていい相手じゃない!!


 ……なのに何故、目の前の相手はいまだに戦闘準備どころが、戦闘の意思さえ見せていないのか。

 例え相手がこれから魔術回路を起動させても、こちらが魔術刻印でガンド――相手を病気にする呪い――を放つ方が速い。魔術刻印は魔術の行使をサポートするだけでなく、刻印に固定化された魔術を瞬時に発動させることもできる。わたしのガンドはフィンの一撃とも呼ばれ、相手を昏倒させることができる強力なものだ。
 加えて、立って身構えているわたしの方が有利だ。こちらの勝利は、ほぼ確定したといっていい。ガンドを発射寸前の左手を突きつける。

 ……相手は狼狽しているばかりで、魔術回路のスイッチを入れて防御の姿勢を取ろうと
すらしない。

 正直、拍子抜けだ。
 相手の未知の能力に脅威を感じた。
 結界を張る時間の不利を克服しようと、思いっきり気合を入れた。
 右手には魔力を込めた宝石を握り締めている。それを使うのは散財するコトだが、その覚悟も完了している。

 ……いまだに、相手は何もしていない。

 なんだか一方的に戦闘を予測したこっちがバカみたい。
 考えてみれば、相手は魔術師とはいえ中学生。というか、ほんとにただの中学生の反応だ。魔術師なのは間違いないはずなんだけど。相手のあまりの情けなさに自信が無くなってきた。

 ――っていうか、目を白黒させるのをやめて、何か言いなさいよ。

 はあ、とため息をひとつ。
 どうやら相手からのリアクションを待っていては話が進まないらしい。抜けかけた気合をもう一度入れて、とりあえず情報を収集することにする。

「さあ、人払いと閉鎖の結界をはったわ。ついでにいうと、もう逃げられないわよ。聞かせてもらいましょうか、モグリの魔術師さん。いったいどうやってセカンドオーナーのわたしの目をごまかしてきたわけ? 魔力隠しの魔術礼装を持つならともかく、魔術回路を休止させる手段なんて聞いたことないわ」
「ご、ごまかしてなんていない。ただ……誰がセカンドオーナーとか知らなかったし。今
まで何も言われなかったから、まあいいのかなあって」
「……」

 う、うふふふ。
 本気で殺意が沸いた。
 ソレはアンタを見つけられなかったわたしをバカにしてるわね? そうなのね?
 命じてもいないのに魔術刻印が輝きを増す。
 とりあえずガンドを百発くらい打ち込んでやろうか。
 そしたら口は利けなくなるだろうけど、脳から直接情報を吸い出してやる。

 がんど、はっしゃよーい、よし。もくひょう、おおばか。

「いや、待ってくれ! 本当に遠坂がセカンドオーナーだなんて知らなかったんだ! 頼むから、やめてくれ!!」
「冬木市ほどの霊地に居座っておいて、その管理者たるセカンドオーナーが誰か知らないはずがないでしょう!」
「親父は魔術師について、あまり詳しいことを教えてくれなかったんだ! 管理者が誰かなんて聞いていない!」

 相手の声はほとんど悲鳴に近い。両手を振り回して体を庇う動作も真に迫っている。どうも嘘をついてる様子ではない。

「……魔術協会は知ってるのよね?」
「あ、ああ。それは親父に聞いたことがある。本部がロンドンにあって、魔術を秘匿するための閉鎖的な組織だって。親父は連中には関わるなって言ってたけど。だから連絡先とかは知らない」

 魔術協会は、流れの魔術師が霊力の強い土地で無茶をしないように、有力な霊地を管理している。そこの土地の管理を任されるのがセカンドオーナーだ。

「セカンドオーナーのいる土地に入ってきた魔術師は、協会への届出と上納金を納めて、初めてそこに滞在することが許されるのよ。セカンドオーナーの仕事にはそういったルールを守らない魔術師を取り締まって、処罰することも含まれているの」
「――しょ、処罰はされたなくないな。じょ、上納金って幾らぐらい?」

 あ、怯えた子犬みたいな目になった。ふふ。この顔、ちょっといいかも。

「少なくとも中学生のお小遣いでなんとかなる額じゃないわねー、貴方のお父さんから払ってもらいましょう」
「親父は……1年前に死んだ」
「はあ……。じゃあ、貴方はルール破りのモグリの魔術師の、その息子ってわけね」
「そ、そうなるのかな」

 顔を寄せて『嘘は許さないわよー』とじっと士郎の目を覗き込む。
 あ、士郎の顔が赤くなった。
 ……目を覗き込んだのを、なにか違う意味で解釈されたかな?

「嘘じゃなさそうね。後で裏は取らせてもらうけど」
「じゃ、見逃してもらえるのか?」

 なーに、甘いことを言ってるんだか。いまさら見逃したりするわけ、ないじゃない。
 『追い詰めたら、骨の髄までしゃぶるべし』――今度、遠坂家の家訓に追加しておこう。

「そんなに甘いわけないでしょ! お父さんの滞納している分の上納金も、しっかり払ってもらうからね!!」
「――わ、わかった。親父が残した遺産から払うよ」

 上納金が納められると聞いて、わたしの敵意が薄れるのを感じたのだろう。士郎はあからさまにほっとした顔になった。「助かった」なんて呟きまで聞こえてくる。

 むう、現金なやつ。って、それはわたしか。
 魔術協会への上納金の一部は、セカンドオーナーであるわたしの収入になる。
 つまり、臨時収入ゲット。そう思ったら許してやってもいいかって気になってしまったのだ。

「それと本来は無断で住み着いてたことに対して厳罰を与えるんだけど、本人の責任というわけでもないし、それはちょっとかわいそうかな」
「む、無罪放免とか、情状酌量の余地はありませんか?」
「――本当なら厳罰ものなんだけど。勘弁してあげる」
「……あ、ありがとう」

 わたしの温情に基づく寛大な措置に感謝しなさい。『厳罰にしたら上納金が入らないかも』なんて思ったから、厳罰を適用するはやめようと決めたワケじゃないから。
 ええ、絶対違う。心の底から否定しよう。わたしは守銭奴なんかじゃない。


 さて、これで終わり、というワケにはいかないだろう。
 正直なところ、セカンドオーナーとしての仕事は、ほとんど言峰綺礼にやってもらっている。言峰綺礼は新都にある言峰協会のエセ神父で、わたしの兄弟子にして後見人だ。6年前に父親を亡くし、天涯孤独の身となったわたしが一人前になるまで、セカンドオーナーの代理をしている。あんなヤツに頼るのは嫌だが背に腹は変えられない。
 わたしが名実共にセカンドオーナーを名乗れるには、あと数年かかるだろう。モグリの魔術師を見逃してきた、監督不行届きの責任は『とりあえず綺礼に押しつける』として、もう少し相手の情報が必要だ。
 この件は綺礼に任せる気にはならない。この程度ならわたしだけで十分だ。



                 ◇  ◇  ◇



《嘘分岐》

「ご、ごまかしてなんていない。ただ……誰がセカンドオーナーとか知らなかったし。今まで何も言われなかったから、まあいいのかなあって」
「……」

 う、うふふふ。
 本気で殺意が沸いた。
 ソレはアンタを見つけられなかったわたしをバカにしてるわね? そうなのね?
 命じてもいないのに魔術刻印が輝きを増す。
 とりあえずガンドを百発くらい打ち込んでやろうか。
 そしたら口は利けなくなるだろうけど、脳から直接情報を吸い出してやる。

 がんど、はっしゃよーい、よし。もくひょう、おおばか。

「いや、待ってくれ! 本当に遠坂がセカンドオーだなんて知らなかったんだ! 頼むから、そのあくま丸出しの凶悪な顔はやめてくれ!!」
「死ねぇ! ガンドガンドガンドオォ!!」


DEAD END