■80:纏ろわぬ神
 日本の歴史は結構浅い。中国でやれ利権だなんだので戦争してた頃、我々はまだ石器で頑張っていたわけだから、その差は歴然である。そんな訳で卑弥呼とかが出てきて中国にへりくだってだ、あたしを日本の王に認めて頂戴なんて使い出してだ、鏡やらハンコとかもらってたりしたわけだった気がするが、この頃の中国は何しろ偉かったわけでさすが中華民国。「中華」とは自分達の国土が世界の中心にあるという意味だ。そんなんでわれわれ日本はなんか奴隷扱いだったらしく、よく考えてみたらその頃の日本の王や国に当てられている漢字は全部酷い漢字ばっか。「卑弥呼」の「卑」は卑しいって意味だし、邪馬台国の「邪」も倭の奴の国の「倭」も「奴」も全部人をさげすむ為の漢字だ。ありがたくそんなの頂戴していた日本の昔の人たちってどうなのよ。っていう感じ長い導入部を経て何を話したいかって言うとなんだっけ。

 そうそう日本の神様についてだったね。昔から日本人はものを加工するのが上手だったらしい。なんでもかんでも吸収し、自分達流にそれを変換するのが得意なようで、神様もその例外ではない。儒教、神道、陰陽道、仏教、キリスト教とかなんとか、いろいろ影響を浮けまくっているせいで、日本独自の、つまり純国産の神を探すのはとても難しい。例えば日本の神様を語るのに欠かせない「日本書紀」と「古事記」、この二つに書かれている神話を総称して「記紀神話」と言うのだが、ここにももうのっけから外国の宗教の影響がよく見て取れる。例えば「岩屋戸」神話。日本の主神たるアマテラス(大神)が弟の乱暴さにあきれ果て、自分から洞窟(或いは岩屋)に閉じこもってもうお前なんかしらねぇよ。アマテラス=太陽なので、世の中真っ暗お先真っ暗、これ困ったよみんなでアマテラス様連れ戻そうぜやれ歌えやれ踊れ、ってな感じで祭りを起こしてアマテラスが気になって岩屋戸からちょっとのぞいたところをまた連れ出してめでたしめでたしってな訳だが、主神格が一度いなくなってまた復活するという下りは、キリストの復活神話の影響なことがわかる。

 そもそも日本の記紀神話は皇帝への信仰を強化する為に、あることないこと盛り込んで書かれたいわくつきの神話であるから、都合の悪い神様は書かれてなかったり、あるいは悪魔や妖怪の類に貶められたりしている。例えば荒覇吐神(あらはばきのかみ)は朝廷成立以前に信仰されていた神だで、日本古来の土着神だったようだが記紀神話ではまったく触れられない。大和朝廷成立以前の神話や伝承や朝廷により多くが消された為、それ以前の古い神や歴史については謎な部分が多い。

 という訳で書いてるうちになんか神様の話というより日本の謎の話になってきてしまったが、そうそう、邪馬台国の謎についてご存知だろうか? 中国の歴史書「魏志倭人伝」には、魏の使いが日本の邪馬台国を訪れるまで詳細な道のりが書かれている。ところがこれが変なのだ。壱岐島までの道のりは今の地理と正確に一致しているものの、そのあと魏の使いは今の地図だと海上の地点に「陸上」し、そこから何日か歩いた後再び船に乗って「海上を南下」して邪馬台国に到達している。このため邪馬台国の場所は今になっても特定できずじまいである。ところが今になって一つの事実が発覚した、歴史の話に関係なさそうな話だが、プレートテクニクス理論の話である。もともと全ての大陸は一つの大陸「パンゲア」であり、これがすごい昔に別れ別れになって今の色々な大陸が出来たとするのがプレートテクニクス理論であるが、もしかしたらこの現象は我々が思うより最近まで頻繁に、しかも予想よりかなり速い速度でプレートが動いていた可能性があるという話だ。さて、話を日本に戻そう、日本列島はプレートの集中地帯にあるが、その大部分は二つのプレートに乗っている、その二つのプレートが衝突することによって日本アルプスが産まれたわけである、この二つのプレートの衝突境界線をフォッサマグナ(大地溝帯)とか言うのは多分中学で習ったとおもう。中国に残っているとても古い地図の中でおかしなものがある、中国沿岸をかなり正確に測量したものなのだが我等が日本の形がヤケにおかしい。というのも本州が真っ二つに分かれている上に九州が北海道の左下に90度くらい反転してかかれており、しかも九州と四国と真っ二つになった本州の西日本側がくっついている。しかしながらそれぞれの形は今の地図と比べての遜色ない正確さでかかれているのだから、学者も頭をひねる地図だ。というもののこの地図はあまりの突拍子の無さに実は相手にされてないのだが。でもこの地図が事実だと受け入れれば実は多くの日本の謎を解決することが出来る。例えば前述の魏志倭人伝の謎だが、魏の使いが壱岐島を立ってから最初に到着したのが今の九州の長崎辺りで、それから陸を何日か歩いた後、今は瀬戸内海である四国と九州と西日本の間にあった内海を船で南下したのではないだろうか? 日本にいた弥生人と縄文人の二種族が、ある時期を境にしていきなり戦争を始め、大和朝廷として統一されてしまったのはそれまで本州が分かれていたからではないのか? 日本アルプスがあったとはいえ地続きだった筈の当時の西日本と東日本に文明の格差が大きかったのはこのせいじゃないのか? 熊野神社に祭殿が二つあり、30年ごとに祭神の場所を移すのもこれに関係しているのでは? 何故天皇のことを「ミカド」と言うのか? 「ミ」は尊敬語「御/美」だとして「カド」は? そう言えばキリストの12使徒の一人に「ガド」という名の使徒がいて、彼は「マナの壷」と言われる神聖な種を収めた壷を持っていた。そう言えば前方後円墳はさかさまに見ると取ってのついた壷の形じゃ? 皇帝の御印は菊紋だけど、なんでユダヤの古い家屋にも菊紋が? おっと、これ以上書くと宮内庁に口封じされちゃいそうだ(謎)。そう言えば他の古墳は結構調査させてるくせに、なんで仁徳天皇陵だけ調査禁止なんだろうね宮内庁。