■「地獄の辞典」
ベルゼブブという悪魔がいる。彼はベェル=ゼデブとか、バールゼブブなどの異なる読み方もあるが、おそらく現代において、サタンやメフィストフェレスと並ぶほどに有名な悪魔であることは確かである。彼が有名になった理由として挙げられるのがその特異な姿であろう。「蝿の王」と称される通りの巨大な蝿の姿をした悪魔、と言えばベルゼブブの名を知らない人間でも思い当たるかもしれない。もう一つの特徴は、その羽にある斜めに組み合わせた骨の上に髑髏を描いた有名な紋章である。そう、毒物を入れたビンや海賊が穂に掲げるあのマークだ。彼が何故蝿の王と呼ばれるようになったのか? 実は神学や悪魔について系統的に研究しているものにとって、彼ほど難解な存在はいない。今日は一章割いて、その理由について語ろうと思う。
15世紀から16世紀にかけて多くの悪魔研究家やソレかぶれの者達によって書かれた一連の書物を「グリモア(魔法書)」という。数多くの霊質的存在(悪魔や天使)などを列挙し、整然とまとめ、その召還方法や特徴、能力などについて詳しく書いたものだ。現在多く刊行されている悪魔辞典や神名辞典を先駆けとも言えるかもしれない。が、この二つには大きな差がある。というのは、これらグリモアに登場する悪魔は古代から存在する悪魔以外の悪魔が付加されていたり、或いは存在するあくまでも著者の独自の設定や思い込みによって書かれた悪魔が数多く存在する点だ。古代の文献や伝承が発掘しがたい場合はようとしてあるので、近代、現代の悪魔に対する知識の多くは、これらグリモアに頼らざるを得ない場合があり、それが、古代から伝わる悪魔、言うならば「由緒正しい」悪魔の姿の保存を難しくしている要因となっている。
「レメトゲン」という文献はこのグリモアの中でも最も有名な「ソロモン文献」と呼ばれるものの一つである。古代イスラエルの王であったソロモン王はヘブライの伝承の中で悪魔を支配し自在に使役したとされ(ここまでは古代からの伝承ではある)、ソロモン文献は著者を一様にソロモンだと嘘をつくことによって、これこそが本物の悪魔達だと主張しているわけである。しかもそもそもの「レメトゲン」の本体は、第一部「ゴエティア」のソロモンが封印し使役した72人の悪魔が紹介されている部分のみで、それ以降は17世紀以降に付け加えられた可能性が高い。その上悪魔達の名前も版によって微妙に違いがあるため、全てを列挙すると72人を超えてしまう。「ゴエティア」に紹介される悪魔の多くは「エノク書」(旧約聖書外典の一つ)の流れをくむと称する「偽エノク文書」(「偽」とは当時の信仰にその内容がそぐわないため、偽物と勝手に決め付けられた聖典のこと)の目録と重複するが、それ以外の悪魔の出自はわからない。しかし「レメトゲン」が後世の悪魔学に多大な影響を与えたのも事実である。
さて、問題のベルゼブブだが、彼の本来の姿はフェニキアにおける神「バァル・ゼブル」に間違いない。彼が悪魔におとしめられた経緯は容易に想像できる。敵対する国で信じられていた神や、或いは旧制度の中で重んじられていた神が「悪魔」と呼ばれるのは当たり前のことだからだ。かくしてバァル・ゼブル(Baal-Zebul=天の住処の王の意)はユダヤ人によってベルゼブブ(Beelzebub=蝿の王)と読み替えられた。ここまでが新約聖書などに登場する彼、ベルゼブブの「由緒正しい」姿であると言える。彼は例えるなら閻魔に似た様相をしており、悪魔らしい姿はしているが、ハエの姿ではない。では何故現代では、ベルゼブブ=蝿の姿なのだろうか?
その要因はひとえにコリン・ド・プランシー(本名ジャック・アルバン・シモン・コラン、1794〜1881)というフランスのジャーナリストが執筆した、「地獄の辞典」のせいである。彼は悪魔研究家であったヨハン・ヴァイエルなども通じており、博識な人物であった。つまり悪魔学に対して全くの素人と言うわけでもなかったが、その中途半端な知識によって書かれた「地獄の辞典」は近代グリモアと称するにはあまりにも幼稚で、伝統的な悪魔学を混乱させたと非難されることも多い。その彼の成果の一つがベルゼブブである。「地獄の辞典」には550という膨大な挿絵がつけられているが、その挿絵の一端を担い、72人の悪魔を描いたM・L・ブルトンなる画家の描いたベルゼブブが、今伝わるベルゼブブの姿なのである。蝿に似ているが蝿ではない、膨れ上がった青紫色の巨大な昆虫の姿で、頭蓋骨の紋章を刻んだ羽をもつその異形の姿は、古来の伝承とはまったく意を隔てるものだったが、その強いインパクトで後世まで伝えられ、私たちの間で定着した訳である。