■け
人間はとても狭い範囲でしかものを見ることが出来ない。例えば、光一つをとっても、我々が見えるのは赤から紫の狭い波長だけで、赤外線や紫外線を知覚することは出来ない。勿論それ以外にも、気体の流動だとか気温だとか湿度だとかも、目で見ることは不可能だ。だが、我々はこれら目に見えないものの挙動を、視覚以外の他の感覚、つまり聴覚や嗅覚、触覚や或いは第六感で感じることが出来る。反対に蜂のような虫は人間とは光の見える波長がずれていて、ただの黄色い花も彼等の目から見れば、中心が赤く見える。お陰で蜂は花の中心が分かり、蜜にありつくことが出来る。
ところで、猫は時々何も無い空中をじっと見ていることがある。きっと何かを見ているには違いないのだが、それは人間には見えないものなのだろう。日本ではそういった「目に見えないけど存在するモノ」を総じて「ケ」と呼ぶ。感じにすれば「気」・「化」・「怪」といったものだ。目には見えないし感じることも難しいのだから、その姿や存在理由についてはまったく想像にゆだねられるわけだが、例えば人に纏ろう目に見えないものはその人の出している生気(オーラ)だと考えられたり、或いは背後霊、守護霊のような、個人に付き添いその身を案じてくれる霊だと考えられたりした。人に纏ろわぬ「け」は俗にいう「物の怪」、或いは「妖怪」だと考えられたりした。その思想は大体にして「け」を根本においたものである。勿論、「人気の無い」とか、「気圧(けお)される」といった言葉も、ここから派生したものだと考えられる。
この「け」、目に見えないものだから、そんなに人間の生活に対して影響力はなさそうに思えるが精神的な部分で大きく関わってくるし、時には人間に対して物理的な干渉もするようだ。「物の怪」の「モノ」とは「物体」といった意味ではなく、この世に存在する全てのモノ(つまり生き物も含めたモノ)だ。目に見えないながらも、「け」は我々に影響を与えているのだと思う。そんな「気」がしないでもない。