■Wrongdoer
人間はおかしい。おかしいと言うのは面白いじゃなくて変、という意味の方だ。この頃、どうにもこうにもシリアスな話しばっかになっているが、まぁ勘弁していただきたい。人間が変だというのは人間が必ずしも動物とは言えないからだ。じゃあ何なんだといわれても困るが、知性という我々の最大の武器は、人間を「動物らしくないもの」に変貌させていると思うのだ。純粋な動物であれば、食料を捕食し、成長し、子供を産んでいるだけでいいのだ。生物の決定的な定義と言うのは実は無いのだが、一般的にはその目的は「増えること」或いは「子孫を繁栄させること」にあると思う。ところが人間は医療のおかげで、その固体が強かろうが弱かろうが大体生き残ることが出来る。どうにか生存することはできるのだ。そのおかげで人間は食べることに困るくらいの勢いで地球全体に大増殖してしまった。おかげで医療で人が救われている裏では、飢饉で人が死んでいくという矛盾を繰り返している。
人間は動物としての「欲求」と知的生命体としての「理性(知性といってもいい)」を持ち合わせている。「食欲・睡眠欲・性欲」の三大欲求を理性で上手くコントロールすることによって人間は反映してきたといえる。食料を効率よく生産したりといった意味でだ。だが、やはりこれらの欲求を否定するようなことは出来ない。動物だからだ。セックス嫌いです、なんていう人間はどうも信じられない。人間は動物であるがゆえにこれらの欲求に縛られているとも言える。どんなに理性でそれらを拒んでも、結局は欲求を満たすように行動したいという欲求から逃れることは出来ない。セックスが気持ちいいのも、物を食べたら満腹になるのもすべてはそういうことだ。世の中には、今では多くの職業が存在するが、太古から確実に存在したと言われている職業のひとつに娼婦がある。そして今でも人間はこの欲求の鎖から逃れることが出来てないのは誰の目から見ても明らかだ。もっとも鎖という言い方は何か悪いことを連想させるので適当ではないかもしれない。それはまだ我々が動物であるという証でもあるから。
そう、時々私は自分自身に矛盾を感じる。漫画やドラマに出てくるような綺麗で清潔感のある丸で作り物な恋愛を楽しみたいと思いつつも、ラブホテルに三日三晩泊り込んでこいつの体を隅々まで開発してやりたいという衝動を感じたりする。こんなに綺麗なこと付き合えるなんて夢みたいだと思いつつも、そいつが屁したり糞したり(汚い表現でごめんなさい)することも知っているのだ。そんなことに矛盾を感じるのは私だけだろうか? 私が未熟なだけなのだろうか?
援助交際する女の子に疑問をもったりするようになったのは最近のことだ。動物であるがゆえに、セックスをするとまるで他では得られない快感を得ることが出来るだろう。そんなのは百も分かっている。しかも生活する為のお金までもらえるのだ。何も働かなくていい、何も作らなくていい。自分の体を欲望のままにひらけだすだけで、巨額の金を都合できるのだ。これほど美味しい商売も無いだろう。金は人間が生きていく為に必要となるものの一つ、範疇で言えば「理性」の部分にあたるだろう。セックスはもちろん「欲求」以外の何者でもない。だが、こういった行為は、人間の「欲求」にも「理性」にも反するような、裏切り行為に思えてしまうのだ。
人間が人間を誇れるような尊厳とはそこらへんに隠れているような気がするのだ。