2013

日記はツイッターに書いています。是非読んで下さいね。

2012

7月8日(日)
やっとライブが7月21日にある。
ノチェーロにはチャマメの思い出がたくさんある。
TBS テレビの「心のスケッチ」の撮影もノチェーロだったし、読売新聞の取材もノチェーロだった。チャマメが生き生きと伸びて行こうとしていた頃の事だ。

私はこの5月いっぱいで所属していた事務所をやめさせて頂いた。
だからと言って、希望がある訳ではない。

チャマメが生き生きと伸びて行った頃の自分に戻りたかった。
このスマートではないホームページは亡き父が本を片手に必死で作ってくれたもの。
たくさんのメディアさんがチャマメに希望をくれた頃、私はチャマメを心から愛する音楽業界ではないビジネスマンの友人と活動を行っていた。
友人は病気でチャマメ活動から離れ、その頃、事務所が現れた。

私は長い月日をその事務所と無駄な時間を過ごしてしまった。
私はチャマメを知っているとは思えない人を信じる、という過ちを犯してしまった。
私は愚かだった。
私はたくさん、たくさん、無神経な言葉に傷つけられて来た。
みんなから「彼は政治家にもなれる」と言われているcoba氏が己の活動を事務所を立ち上げてやっているように私は出来ないだろう。
無神経な言葉に私はすぐ打ちのめされ、二度と立ち直れなくなるほど、情けないほど私は繊細だ。

でも、もし私の音楽に感じてくれる人たち、まだ私の音楽を聞いてみたいと思ってくれる人がいたなら、ライブに来て私に声をかけて欲しい。
それだけで、私は嬉しい。

チャマメは暖かい人の声を持つ音楽だ。
冷たい心の人には響かない音楽かもしれない。

4月20日(金)
今年は、まだ、依頼された演奏しか、今の所、受けていない。
大きな会場でのコンサートより、小さなライブで聞きたい、とおっしゃって下さる方には申し訳なく思っている。
秋以降にはまた、ライブをやるかもしれないが・・・・。

4月5日( 木)
オフィシャルサイトのブログ、ツイッターそして、ここ。
私の中で混乱状態だったが、オフィシャルサイトのブログを終了し。
最近はツイッターのみ。となっていた。
このプライベートホームページも自身で書けるので。長ーい内容の時は、書いて行きます。日々の心模様はツイッターを読んで下さいね。


2011

11月20日(日)
昨日のFiesta Nacional del Chamame報告コンサート、そして今日の戸田のコンバルまつりのゲスト演奏、と二日続けての演奏。
演奏している時は自分がこの世の中の、ここにいる意味を感じられてありがたく思える。私は演奏し続けなくてはいけないんだろう。そうでなくては自分を失ってしまう。
今年は演奏会が少なかった。
自分自身、透明人間になってしまったかのような錯覚さえ起きてしまった。チャマメを演奏して、皆さんが「元気になった!! 」と言って下さる事。
私はその為にここにいる。

10月5日(水)
今日は寒い・・・。肩が痛む。
アコーディオン弾かなくちゃ。今度の日曜は谷口楽器のサンデートーク。
何を弾こうかな。

10月4日(火)
最近、間食が止まらない。
生徒さんから頂いたおせんべい。
夏が過ぎてチョコレートが美味しいっ!!
と家族はばんばん買って来ちゃうし・・・・。
まだまただアイスクリームは冷蔵庫に入ってるし!!!
クッキー、ビスケット・・・。
食べ続けてる・・。
夏には、もう少しで低体重に突入しそうだったんだけど。
気づけば、肥満・・・???????
人生、楽しみたいもんな!!!

10月3日(月)
今年、3月に浜松に演奏に行ったあ際に。お客さまから「ホームページしょぼ過ぎーー」と言われました。
こちらプライベートホームページ、すみません。かなり御無沙汰してしまいました。
最近はツイッターとオフィシャルホームページと、ブログの書き分けが難しくて・・・・。
このプライベートホームページは私自身で、苦手なパソコンに向かって直接、書いております。最近は、オフィシャルホームベージのウエッブマスター殿が、お忙しいみたいですし、なるべく、こちらに書いてみます。
三日坊主になるかも・・・。
でも、気取りのない、生身の私をボソボソと書いて参りますので、宜しくお願い致します。
それにしても・・・、かなり長い事。触っておりませんでしたので、このキーボードがほこりにまみれておりまして・・。
反省しきりです・・・・・・。
では、また。

4月17日( 日)
3月の地震以降、精神的にひどい状態が続いている。
アルゼンチンから戻り、川崎市と浜松でのコンサートを絶好調で終了し、
4/15の新宿文化センターでの帰国報告コンサートに向けて準備していた矢先の地震。中止になり、精神的にも体にも不調が襲って来た。
毎日、朝目覚めるのとどうしようもない不安が心を締め付ける。
更年期の症状なのか、すごく汗あをかいたりすごく寒くなったり、憂鬱な気持ちがなかなか払えない。


2010

10/29までオフィシャルホームページが工事中。しばらく、こちらにブログを書いて行きます。

10/26(火)
日経新聞の文化欄に師匠ラウル・バルボサの記事が載った。
私にとっては師匠は親父の様な人。
今から10年ほど前、確か2000年6月6日に同じく、日経新聞の文化欄に私のチャマメ活動について取り上げて頂いた時は師匠バルボサ氏とツーショットの楽しい写真だったっけ、何て思い出しながら今日は記事を読んでいた。長い月日がたった。
先日10/16インストアライブの後(インストアライブではチャマメがなかった、アルゼンチンをまだよく知らないギターの音もマエストロと私の間にあった)チャマメの心を感じ合いながら、師匠バルボサとふたりだけでアコーディオンで会話したあの夜、周りにいた人たちさえ感じず。
ワインの店で弾いたチャマメが忘れられない。


2009年

7月16日(木)
私は不器用な人間で、
大人の世界を調子良く渡って行けるタイプではない。
でもいいさ。
私は己の音楽の世界を極めたい。
アコーディオンは重いから、体力のある内に、もっともっと極めたい。
不器用だから時間がかかる・・・。
今の12キロのアコーディオンを激しい蛇腹使いで弾けるうちにもっと多くの人たちに演奏会を届けたい・・・。

7月4日( 土)
まだ、心がすっきりして来ない。
弾き始め10分、楽器が果てしなく重く感じられる。
音楽家の成功って何だろう・・。
純粋に何も考えずに、不純なもののない心で演奏し続けられたら、どんなに素晴らしいだろう。人間は余計な事を考えすぎる動物だ・・。
時々、私の音楽は世に知られないまま終わるのか・・、と心が暗闇に落ちて行く。

7月3日(金)
世の中には傲慢な人がいる。
俺は何でも知っているから、おまえに教えてやる。というタイプの人だ。
しかしそういう人は半端だ。本当に力のある人は肩の力が抜けていて、謙虚である。今日はそういう人の話を聞かされて、うんざりした。
もう何年も前からその人の話がある人から出て、顔も知らないまま、嫌な人。として私の中で膨らんでいた。
音楽演奏をする人には時々そういう人がいるらしいが、幸いな事に私の周りにはいない。

7月1日(水)

大人になって行くに連れ、心は純粋なものを失って行く。
大人になっても心に純粋なものを持ち続けられる人は
とても傷つきやすい。
純粋であればあるほど不純なものを感じる感性が強い。
とかくこの世は生きにくい。
心のきれいな人たちよ!!!
その美しさに誇りを持って、頑張れ!! 頑張れ!!

6月29日(月)
しばらくの間、アルゼンチン、リトラールの大自然の大きな木の下で、海のように大きなパラナ川を眺めながらマテ茶を飲みながら、アルゼンチンの仲間たちとチャマメを弾いて過ごし、心の中を「わたし」に戻したい。
でも、この日本でチャマメの魅力を、熱く語れるチャマメ弾きがどこにいる?
私が頑張らなくては・・・頑張らなくては・・・。

6/19
わたしの心の叫びが 、わたしのこの想いが 届け!! 届け!!届いてくれ!!! と、夜寝ようとすると、暗闇から自分心のの声が聞こえて来て、苦しくなる。
音楽活動がもう続けられないかと・・真剣に悩んだ日々・・・。
わたしの声。あなたに、届いてくれ!!!

6/13
私は心配症でありながら楽観主義的な所もある人間だ。しかし父が死に、精神状態が不安定になっていた時期に溺愛していた犬は老犬にさしかかり。不安な心の状態が続き、自分は不安神経症なのでは・・・と感じ始めていた。心療内科には行かず何とか、今まで切り抜けて来た。職業が表現の仕事なので、心が辛い状態は悲しいかな、音楽の深い表現をする時に力をくれる。表現の幅がぐーんと広くなる。溺愛していた犬は去年、死んでしまった。六ヶ月過ぎてなお私は時々、どうしようもなく彼に会いたくなりひとりで大泣きしてしまう。彼は私にとって大切な子供だった。苦しくてたまらなかった時期に私は「禅語」をよく読んだ。そこに「愛心」という言葉があった。愛する心は煩悩の最たるものだから、仏道修行では捨てろ。といわれているらしい。・・・とても無理だ・・・。難しい。


私のわたし

私はチャマメを弾くアコーディオン弾きである。
歌は本職と思っていないが、あなたの歌が聞きたい。と言って下さる方がいらっしゃるので歌う事もある。アコーディオン演奏は心をアコーディオンに託し、歌は心を声に託しているだけで私の中で区別がない。
ステージで私は自分をさらけ出して表現する方なのでもう見抜かれているかもしれないが、私は根は朗らかだが、アコーディオンを膝から降ろすと、暗い人間だと思っている。オフィシャルホームページでは2009年2月からブログを書き続けているので、こらプライベートホームページは、いささか暗い私が中心になるかもしれないが、是非おつきあい頂けたら幸いである。(2009年6月)