ハーベス(Harbeth) 

          
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         Harbeth Monitor HL 1980
 

   1977年、BBCモニタースピーカーの開発技術者だったダッドリー・ハーウッドが引退後に立ち上げたブランドで、日本にはモニターHLがタイプV以降のモデルになって入ってきました。タイプWはウィーン・アコース ティックにも使われた透明のXPPと同じ系統の材料TPX材を着色した黒いコーンのウーファーで、ポリプロピレンに材料が移行したときの仕掛け人であるダッドリーがやはり開発に関わっていたものです。私が持っているのは最初に入ってタイプVの方で、これはBBCモニターのLS5/8や5/9と同じく、ベクストレンに代わって導入された乳白色のポリプロピレンで。 エッジはゴム製のものが使われています。ツイーターはフランスのオーダックスHD12D25−8(手元の個体はHD12×9D25と印字)という1インチのシルクドームでした。他にもハーベスはより小型のモニターである Mも出していました が、日本には恐らく入ってないのではないでしょうか。

 ハーベスモニターHLは私が聞いたイギリスのダイナミック型スピーカーシステムの中では最も気に入ったものです。BBCの似た
よ うな構造のモニタースピーカーとは違い、のびのびした躍動感がありながらナチュラルな響きで、高域も繊細に伸びています。やや中高域の張った独特のバラン スで明るく感じますが、特定周波数に音圧の凹凸があるわけではなさそうです。一方で耳に痛いキンキンした帯域とその上のチンチラしたところ(4KHz以上 7KHz以下)には嫌な癖がなく、さらにその上のヴァイオリンなどの繊細な倍音成分を再現する帯域、細かな音の輪郭に影響する帯域はしっかりと出ていま す。
BBCは伝統的に男性アナウンサーの声で音合わせをしてきたのだそうですが、このスピーカーの音は生の弦楽器やその合奏の音色を知っている人の微妙な調節によるのだと思えてきます。色づけを感じさせないながら、これほど音色の整えられたものはあまり聞いたことがあ りません。

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   BBC Monitor LS5/5   ハーベスのダットリー・ハーウッドが BBC 在籍時代に完成させたスタジオ・モニタースピーカー。紙に代わって樹脂のベクストレンが振動板材料として用いられた。ツイーターは初代のモニタースピーカーである LS5/1と同じで、セレッションの HF1300。


 音色の善し悪しは各部の材質よりも作り方に起因するのだと思いますが、とりあえずウーファーのコーン材料であるポリプロピレンは良いもののようです。ポリプロピレンはダッドリー・ハーウッドと、彼の下で働いていて後にチャートウェル社を興したデイヴィッド・ステッビングスベクストレンに代わって着目した材料です。同じマグネットで同じフレーム・バスケットに入ったベクストレンと比べてみたこともあるのですが、紙やベクストレ ンのコーンに比べて適度に歯切れがよくて透明な明るさを感じさせます。F8MKVというこのユニットのフレームはアルミダイキャスト製で、メイド・イン・イングランドながらロジャースの制作メーカーであるスイストーンのロゴが見えます。ここではその20センチのウーファーが十分な大きさのバスレフの箱に入れられていますが、実際、20センチ・ウーファーに1インチ・ドームという組合せは2ウェイのシステムで最もバランスが良いのではないでしょうか。 重低音とは行きませんが、50ヘルツまではフラットに出ているようで、スケール感も十分です。ポリプロピレンはその後チャートウェルがパテントを譲り渡し、ロジャースを経て日本のメーカーが買ったらしいという話を聞いた後、スピーカー材料としてはあまり見かけなくなってしまいました。残念なことです。

 
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         Audax HD12D25-8  tweeter

 ツイーターがまた素晴らしく、色々な1インチドーム型を聞いた中、適度な湿り気と透明さがあって出しゃばらないメリネックス製のKEF−T27(LS3/5aに使われたもの)
も良かったですが、倍音が繊細で自然な艶が美しいHD12は今もって最高のユニットだと思います。

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BBC Monitor LS3/7   オーダックスの優れたツイータ、HD12が用いられた BBC のスタジオ・モニター。ハーベス・モニターHLは一般市場に売り出されたものだが、BBC に納入されたものとして、モニターHLのルーツの一つだと言えるかもしれない。


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        Harbeth monitor HL crossover network

   ネットワークもまた良くできているようで、調べた人によると、ツイーター側のコイルのコア剤にスーパー・パーマロイが用いられているのだそうで、材料試験に出してそれが分かったという話です。パーマロイはテープレコーダのヘッドにも使われるし、真空管アンプを作られる方はご存知かもしれませんが、トランスのコアとしても歪の少ない大変優秀な材料です。ばらしてみるとフェライトのように黒くはないメタリック・シルバーの薄板をラミネートしたコアであり、目に見えないところに色々とこだわりがあるスピーカーのようです。
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                           schematic diagram

 回路はツイーター側18dB/oct、ウーファ側12dB/oct の組み合わせスロープ逆相接続で、ツイーター側にはレベル調整の抵抗が入っておらず、ウーファ側は極細の線で巻かれた鉄芯入りコイル(写真右上の青いもの ですが、このときは LCR メーターもなく、私のスピーカー用測定器ではインダクタンス値が計れませんでした)を加えた変則のインピーダンス上昇補正回路が用いられています。同時期 の
BBCモニターに用いられたネットワークよりも若干シンプルな回路に見えますが、面白いのはBBC 系統には比較的珍しくウーファー側のコイルが空芯であること、また、ツイーター側のフィルターを構成するコンデンサー3個にそれぞれ別の銘柄が使われてい ることです。特に4.4uF の部分は2.2uF のものが二つ、緑とベージュの ITT 製フィルムコンデンサーがパラッてあります。こういうことは新生ハーベスの回路がメタライズド・ポリエステル・タイプによく見かける茶色いキャンディーの ようなコンデンサーに全て統一してあったりするのからするとなんとも不思議な光景です。音色合わせのためにこうしたのでしょうか。
 キャビネットは薄めの合板で一見安物に見えるながら、内部に黒いダンプ材が貼付けてあります。東急ハンズなどで売っているオトナシートに似た外見のべたっとした薄いものです。吸音材はスポンジで、ユニットと端子はハンダ付けされています。音を聞いて作ったと思われる職人の技が随所に見て取れます。
 

     
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      HARBETH HLCompact 7ES-3  2006

 さて、このハーベスですが、HLで言えばタイプWまで出たところでハーウッド氏は辞めてしまい、弟子のアラン・ショーに引き継がれました。それが現在商売的に成功している新生ハーベスです。その交代直後のHLコンパクトはツイーターがアルミ系のハードドームに変わったものの、今でも人気があるようです。ただ、私はこのハードドームに変わって以降のものは音色が好みではなくなってしまいました。振動板を硬い金属で作ることのメリットは、周波数が高くなったときに分割振動が出ることが防げるということです。不規則に振動板がたわんで部分的に違う周波数を再生するとなると歪みが生じて特定の音色を生み出しやすいですし、球面波の形も崩れてしまいます。ただ、理論的にはそうであっても、うまく作らないと金属の振動板は特定の金属的な鳴きの音を混じらせる場合が多いと思います。それを積極的に音として利用する場合と理論通りに排除する場合とがあると思いますが、布を成形して弾性剤などを塗ったり靱性のあるプラスチックで作ったりするソフトドームは初めから分割振動を利用しつつも鳴きが耳につきにくい性質があり、耳で聞いてナチュラルな音を追求する場合はソフトドームの方が作りやすいのかもしれません。振動させないためにアルミ以外にもチタンやベリリウムなどの軽くて強い材料もハードドームとして作られてきましたが、金属を叩くような楽器は得意かもしれませんが、弦などの生楽器の音を自然にやわらかく伝えるものは少なかったように思います。発音構造が近いものの方が似た音が出るような気がします。それでも現在のモニター7ES3はなかなか艶めかしい音を出しているようで、モニター HLと並べて聞いてはいないですが、分割振動を可聴帯域外の高い周波数まで追いやったB&W805Sと聞き比べてもよりしっとりしていながら色付けは同様に少なく、評価が高いわけが分かるような気がしました。



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