EMIT, オーダックス, ポリプロピレン

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 ネットワーク製作時の試聴風景。どこかのオーディオ屋のようで部屋の美観も何もありはしない。オーディオファイルというとかっこいい気がするものの、 オーディオギーク(オタク)という感じ。左のスピーカーは参照用のハーベス・モニターHL。真ん中の列の上に乗っている黒いのがインフィニティのインフィ ニテシマル3 で、このシリーズ3のみ黒いダイキャストの箱に入っている。


 
色々 な機会に様々なスピーカーを聞いてきて気づいたことがあります。それは素材の面から言うと、低音側を再生するユニットの振動板材量としてはベクストレンと ポリプロピレンがどうも好みらしいということ。高音側を受け持つツイーター・ユニットとしては、ひとつにはフランスのユニットメーカーであるオーダックス 製のシルクドームのような倍音がきれいだということです。これは具体的には HD12と13という二機種だったのですが、薄いシルクの振動板に粘着性のダンプ剤が塗り付けて あるソフトドーム型であり、このポリプロピレンとオーダックスのシルクというのはどちらもイギリスの BBC が製作したモニタースピーカーの系統で耳にしたもの(ハーベスモニター HL、チャートウェル=ロジャース LS5/8、5/9)でした。素材自体に加えてその用い方がいかに重要かということは後で言いたいのですが、ともかく部品としてはまずそれらのもの、それ にアメリカのメーカーだったインフィニティの初期のスピーカーが良かったということがあります。インフィニティはこれまた BBC モニターの系統と同じポリプロピレンを低音側に使い、一方で高音用としては EMIT と名づけられたリボン型のユニットを採用しています。EMIT は極薄のフィルムにボイスコイルをフォトエッチングし、両側から強力なマグネットで挟む構造をしており、オーソドックスな金属箔によるリボンや片側だけの マグネットのものとは違って静電型のように透明で繊細な音を持っています。アコーディング・プリーツ状のテフロンカーテンを伸び縮みさせるハイルドライ バーとも混同されがちですが、ハイルドライバーのはっきりとした、やや即物的な音とも出方が異なります。
 そこで自作派としては、ポリプロピレンのユニットをウーファーに使って、ツイーターとしてはオーダックスのシルク・ドームとリボンの EMIT のどちらがいいか確かめてみたいという気持ちになりました。

インフィニティの改造


 まず一つの方法として、インフィニティのインフィニテシマル3(0.3)という小型の優れたスピーカーを手に入れ、ネットワークを改造するという方法を 試してみました。これはその方法で素晴らしい音を出しているショップがあったからなのですが、市販のスピーカー・システムというものはコストの制約から電 解コンデンサーや鉄芯入りのコイルといったあまり音色の良くないものを使わざるを得ず、ハイエンド製品の走りだったインフィニティですらそのような部品を 上手に組み合わせて使っていたということがあります。それと、これは一種の信仰の問題かもしれませんが、ネットワークの回路は「もしユニットの性能が十分 に良いならば」部品点数が少ない6dB/oct の緩いスロープのフィルターで作った方が良いという考えもありました。回路に使う部品というものは、たとえそれがどんなに高価で性能の良いものであっても 何らかの色づけ=劣化があるからです。
 システムのエンクロージャーは元のアルミダイキャストのもの(シリーズ1、2は引き抜き材と樹脂+木)をそのまま使いました。ダイキャストの箱はあまり箱鳴りを感じさせなかったからです(独特の低音で鳴っているとい う人もいます)。

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          Infinity Infinitesimal 0.3  1982

 参考にできたネットワークの回路は、インフィニテシマルのシリーズ1〜3までの三種と、同じユニット構成のカーステレオ用のシステムが一つ、それにRS7という3ウェイのシステム用のものがありました。この中で
6dB/oct のものはインフィニテシマルのシリーズ1とカーステレオ用のものの二種類で、後は12dB/oct スロープです。インフィニテシマル1はウーファー側がワトキンス型のダブルボイスコイルになっているために変則的ですが、ウーファー側のコイルが1mH でそれに3.5Ωの抵抗が並列接続されています。ツイーター側のコンデンサーは1.5uF です。ウーファー 側で大 きめのコイルに抵抗がパラってあるということは、比較的低い周波数からレベルを落として行きながらも、一定周波数から上のスロープを鈍らせる(浅くする) 効果があるようです。これはウーファー側の中高域での盛り上がりを抑える狙いなのかもしれません。この回路で音を聞くと中域が少し痩せてすっきりした音に なります。シリーズ3の元々の回路もこれにさらにコンデンサーと0.3mHのコイルがもう一つ加わっていますが、同じような傾向の音に聞こえます。一方で カーステレオ用のものはウーファー側0.4mHのコイルだったようです。

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 インフィニテシマル3のネットワーク(Infinity Infinitesimal 0.3 dividing network)。左が元々のもので、右が改造したもの。ウーファーの複雑な回路はやめ、ツイーター側の音圧調整の抵抗も省いてある。また、余分な接点は 増えるものの、ツイーター側は1次と2次のスロープをスイッチで切り替えられるようにしてみた。最終的には2次の方が合っていたのでそちらに固定しても良 い。B&Wに使われて有名なムンドルフのサプリーム・シリーズのコンデンサーは大変高価だ。小さい方のコイルは写真よりも基板から離して設置して ある。このように
部品のクオリティを上げ、回路を単純化するのは あくまでも音色の改善のためであって、周波数特性が規定の幅に収まったものを出したいメー カーとしてはこういう手は使えない。アマチュアだからこその楽しみだ。

 今回は色々試聴をしてみた結果、
1次フィルター(6dB/oct スロープ)の場合はウーファー側0.4mH〜0.47mH、ツイーター側2.2uF 〜2.67uF の組み合わせにしたものがもっとも自然な音になりました。最終的にはムンドルフの2mmφの線径で巻かれた0.47mH のコイルと同じくムンドルフのシルバー/オイル・タイプの2.2uF に決定し、あえてレベル調整の抵抗は入れませんでした。このように部品点数が2点しかないような回路だと、その一つひとつのパーツの持つ音色が大きく影響するようになります。コイルの方はお金をかければ銀のフィルム・タイプもあるようですが、.99より純度の高いものや音 色の素直な PCOCC は手に入らず、市販のものの中からムンドルフをチョイスしたわけです。ジェンセンのものも試しましたが、ムドルフの方がおとなしくて太い音、ジェンセンの 方が高域にやや華やかさが乗るように聞こえました(線径の面からは一見逆のようですが)。したがって特性上は矛盾するのですが、ムンドルフを使うときは一 つ小さな値にすると聴感上ジェンセンの音に近づくような感じになります。フォ ステクスはその中間ぐらいでしょうか。他には IT エレクトロニクス製のものも出てますが、以前トリテックとの提携で出ていたものを除けば試したことはありません。そしてコイル全般に言えることですが、コ ア入りのものよりも空芯の方が音が伸びやかで自然です。直流抵抗分の増大とコストの面から市販のスピーカーシステムではコア入りが多いですが、比べるとコ ア入りは全般に音が少し痩せ、歯切れよくにぎやかになるようです。

 コンデンサーは色々試してみましたが、最終的には昔からのお気に入りであるドイツの IT エレクトロニクス社製オーディン・キャップシリーズの中から錫箔の KPSN と、B&Wでおなじみのムンドルフのシルバー/オイルのタイプの一騎打ちとなりました。どちらもポリプロピレンをベースにした箔巻きですが、前者 は錫箔、後者は銀箔にオイルが含浸させてあります。ムンドルフの方が高価ですが、損失は前者の方が一桁少ないようです。音色はどちらも高域が繊細に延びて ディテールが出ますが、KPSN の方がやや細身でクリア、かつはっきりしているのに対して、シルバー・オイルの方はシルキーでしっとりし、独特の雰囲気を持っています。好みですが、値段 分の差があるかどうかは人によると思います。

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 コンデンサー(上から)ムンドルフ・シルバー・オイル [Mundorf Supreme Silver & Oil capacitor]、
IT エレクトロニクス オーディン・キャップ KPSN [IT Electronics Audyn-Cap KPSN]、抵抗(下二つのうち上から)デール無誘導巻線型 NS-5 [Dale NS-5]、デール・メタルクラッド NH-25 [Dale Metal Clad NH-25]。

 音 量を調節することなどに用いられる抵抗ですが、メーカー製のものはたいていセメント抵抗です。これは巻線抵抗をセラミックのケースにセメントで塗り固めた ような構造です。しかし自分が今まで使ったものの中ではアメリカ(現在はメキシコ工場)のデール(Dale)製の5Wのものが評判通りで使えました。セメ ント抵抗と同じ巻線型ですが無誘導巻きになっており、さらにその上には放熱用のアルミケースに封入されたメタル・クラッドの抵抗もあり、25W のものはさらに繊細さが出るようです。他にも良い抵抗はあるかもしれませんが、同じような巻線型ではホーロー抵抗が安く、ちょっと固めの輝きが乗る感じが しましたが、実験用には悪くありませんでした。

 さて、1次スロープのフィルターで組んでみた後でさらに実験を重ねたところ、ひとつ気づいたことがあります。それはどうやっても、緩い6dB/oct スロープのフィルターでは各楽器の分離が今ひとつすっきりしないということです。ムンドルフのシルバー/オイル・タイプのキャパシターを使うと、えも言わ れぬやわらかな、弦では周りの空気に音が浸み込むようなシルキーなテクスチュアが感じられ、一種麻薬的な魅力を覚えます。しかしオーケストラの合奏などで 楽器が増えてくると、とくにフォルテで少しうるさい感じがするときがあり、何だろうと思っているとあるとき、楽器間のセパレーションが悪くて位置がはっき りしてしないことに気づいたのです。どうやらクロスオーバー・ポイントの下方で各ユニットの重なりが大きいためにそうなっているようです。 かといってクロス点を開くと間の抜けた艶消しの音になってしまいます。オリジナルのネットワークにあったような、 ウーファー側のコイルを大きくして抵抗を並列につなげるような工夫をしていないので(音色の面でなるべくシンプルにしたいのです)、中域が少しせり出して きていることも関係があるかもしれません。
 そこで元々の哲学には反しますが、ツイーター側を2次スロープ(
12dB/oct )にしたフィルター回路でも追い込んでみることにしました。耐入力を上げるためではありません。結果、ウー ファー側は同じ0.47mH コイルのままで、ツイーター側のみコンデンサーを4uF(2.2uF のムンドルフと1.8uFの KPSN )にし、0.1mH のコイル(ムンドルフの線径1.4mmのシリーズ)に0.5Ωの抵抗(デール NH-25)を並べたものをスピーカーと並列に入れた回路に決定しました。結果は EMIT で陥りがちな線の細い音を脱し、楽器の分離も良い状態に持ち込めました。前述した通りウーファー側のコイルに特別な細工はしていないため、このウーファー の元来の性質である中域のはっきりしたバランスも持ち込まれましたが、悪くはないと思います。ただ、1次ス ロープのときに感じたようなやわらかくシルキーな魅力は半減し、よりくっきりとしています。ひょっとすると錫箔のコンデンサーを加えたことによる表情の違いかもしれませんが。
 しょうがないので、邪道だとは分かりつつも2回路の切り替えスイッチを一つかませて、キャビネットの裏から 6dB と12dB のフィルターを選べるように工夫しました。

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          Schematic Diagram of Infinity Infinitesimal 0.3 Modified Network

 クロスオーバー点をもっと上にすることで6dB/oct のスロープのまま楽器の分離を改善する方法も考えられますが、振動板質量から解放されたせっかくのEMIT の受け持ち帯域が減ってしまう上にウーファー側の分割振動域を活用することになり、コーン・ウーファー+スーパーツイーターになってしまうのも残念な気がします。
結局問題は、シンプルな回路ゆえに、この帯域を強調してこっちを下げるというような音色上の微調整がやりにくいということです。ヴァイオリンがもう少し艶が乗って張り出すと色気があって良いなということがあったにしても、そこだけいじるわけには行きません。艶にかかわる帯域は強調されると耳に痛くなる帯域です。2〜3KHz と8KHz あたりの出方をうまくコントロールできると良いわけで、3 次フィルター(18dB/oct )とマルチユニットで臨めば調整代(しろ)が増えてやりようがありますが、単純なシステムでは不可能です。そして単純こそが純粋にもなり得るわけで、ユ ニットの性質を活かした直球勝負というのがこのシステムの狙いだったわけです。ユニットから開発できるといいのですが。

 とは言いつつ、結果としておとなしいバランスの音ながら、繊細で高域の反応性が良いシステムに組むことができました。ネットワークのスロープ切り替えは 最終的には2次で聞くことがほとんどになり、スイッチを外して直結にしてもいいかなと思っています。このインフィニテシマルのスピーカーに、KEF の B139 楕円ユニットをドロンコーンで低音補強したもの(前の記事で触れた自作品)をスーパー・ウーファーとして接続したシステムが今最も良く聞く基準の再生装置 となっています。

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 ロ ジャーズのスタジオ3用ユニット(DU125) とオーダックスのツイーター HD13(TW034)の組み合わせでハードメープルの箱に入れてみた。箱の材質が良くなかったことも響いたのかネットワークがなかなか難しく、当初試みた緩いスロープ のものではうまく行かなかったため、結局 BBC モニターで使われるような18dB/oct の複雑な回路を組まざるを得なくなった。LS5/9やハーベスの HL モニターのような色気と穏やかさの共存をねらったのだが。

オーダックスのドームとポリプロピレンのウーファーによる自作 


 さて、もう一つの実験として、オーダックスのシルク・ドームのユニットを使ってどこまで納得できるシステムが組めるかというものがあります。ベンチマークとしてはずばり、ハーベスモニター HL です。それなら最初から自分の
モニター HL があるからそれでいいではないか。たしかにおっしゃる通りです。さて、オーダックスのドームは以前に作った大型の4ウェイのシステムでモニター HLと同じ HD12を試しましたので、ここではロジャースの LS5/8や5/9などに使われたより大きな口径の HD13(1.5インチで、型番は TW034)を使いました。ロジャースのこれらのシステムも大変良い音色でしたので、試してみるまで1インチの HD12とどちらが良いか分かりませんでした。結論を先に言ってしまえば12の方がちょっと繊細できつさが出にくく、線が細いながら滑らかな音に仕上げやすいように思います。大変似た系統の音なのですが。

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   Audax TW034 X0   フランス製のツイーターで、BBC モニターの LS5/8 や LS5/9 に用いられた HD13 と同じもの。ハーベスモニター HL 用の HD12 の 1.5 倍のサイズながら、構造と材質がほとんど同じなのか周波数特性の形もそっくりで、HD12 のグラフをそのまま下へと引き伸ばしたような凸凹を持っている。音色も良く似ているが、13 の方がエネルギーが強いように感じられ、下側を上手にカットしないと子音のきつい音になりがち。それでもトータルで弦の音が繊細であり、よくできたユニットだと思う。同じような外観のヨーロッパ製ユニットはたくさんあるが、ソフトドーム型は個々に音色が違う。

 ウーファーとしてはロジャースの LS2用の14センチのポリプロピレン(R125)も考えました。これと同じようなものではハーベスのモニター ML(日本には入っていません)用のものやチャートウェルのものがあり、モニター MLは後期モデルではフレーム・バスケットがアルミダイキャストになっていて鉄板プレスのものよりもしっかりしていそうでした。しかし手持ちの LS2のものはエッジと振動板の接着が片方はがれかかっていたのでやめ、代わりに同じくロジャースのスタジオ3用の ユニット(DU125)を手に入れました。ノルウェイの SEAS というユニットメーカーが作っているダイキャスト・バスケット入りの乳白色ポリプロピレンのものです。そして同じバスケットに入っていてマグネットが小さいウィーン・アコースティック S1 用のもの(T14RC)と、センターキャップが銅のフェイズプラグになっていてマグネットが大きな ProAc Response SC1用のもの(T14RCY/PH)も用意しました。この二つはどちらもTPX(メチルペンテンポリマー)系の透明な振動板で、SEAS では XP と呼び、ウィーン・アコースティックでは XPP と名付けていて、XPP の方はポリプロピレンとの複合素材だと説明しています。着色はされていませんが、ハーベスのダッドリー・ハーウッドがタイプWのモニター HL で採用したのに近い材料だと思います。
 ProAc のようにセンターキャップがなくてフェイズプラグにしてあることのメリットは、ボイスコイルの温度変化とキャップの反射による波形の影響を受け難いことだ とされますが、一方で振動板センター付近の強度はキャップ付の方があるため、一長一短だと思います。
 それと、これは後述しますが、インフィニティ RS-7用のポリプロピレンのユニットも調達しました。これはインフィニテシマル・シリーズ3と同じものです。
 エンクロージャーはハードメープルの3cm 厚の集成材で作り、内部にフェルトの吸音材を一層貼付けました。結果的にこの選択はあまり良くないものだったと分かりました。ソナスファベルのミニマとい うイタリアのスピーカーが側板に単板集成材を使って大変良い音を出していたので(木材はウォルナット)、同じように単板の集成材でやってみたのですが、 ハードメープルという材料は硬いせいもあって共振すると高域に華やかな色が乗るようです。単板ならウォルナットやマホガニーといったよりやわらかい木材にするべきだったのでしょう。
ピアノでもそれらを寄り合わせて合板にしているのだし、初めから良いバランスだと分かっていたアピトン合板で行くべきでした。

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 SEAS製の低音ユニット。左がプロアック用
T14RCY/PH (ProAc W14CY1-O)、右がウィーン・アコースティック用 T14RC (Vienna Acoustics 710041697)。この中でウィーン・アコースティック向けのユニットのみマグネットが小型のものとなっている。同じような違いはインフィニティのイ ンフィニテシマルのシリーズにも見られ、シリーズ1と2はロジャースやプロアックとほぼ同じサイズの大きなマグネット、シリーズ3はウィーン・アコース ティックと同じサイズの小型のものとなっている。マグネットが大きくなると、同じ低音を出すためにはエンクロージャーも大きくしなければならないが、それ 以外でも高域に向 かってレベルが若干上がる傾向が見られる。ネットワークの設計時にはこのことを考慮しておかねばならない。           

 まず低音ユニットの振動板材料による音の違いですが、乳白色のポリプロピレンは中高域がやや張った傾向になりやすい明るく素直な音で、PVA のダンプ剤を塗らない分だけベクストレンよりも高域が延びています(LS3/5a用の KEF B110とロジャース・スタジオ3用の R125 を同じ回路で比較)。それに対してTPX系の材料はポリプロピレンよりも軽く、内部損失はあるとのことですがより固いためもあるのか、ポリプロピレンより もさらに高域が伸びているように感じます(グラフ上はマグネットの違いの方が大きいぐらいであまり差はなさそうですが)。ただしその伸びた部分の音質は チーンという感じの独特の音の輝きがわずかに加わり、半透明のポリプロピレンよりもすっきりしていて細身に感じます。したがって使用にあたってその帯域を フィルターで落とし込む場合は材料本来の良さが出難いとも言えます。実際にうまく行ったフィルターは12dB/oct か18dB/oct のものでした。一方で、インフィニティのインフィニテシマル(3)に使われるウーファーでやってみると、ツイーター 側はどうやっても18dB/oct で行かざるを得ないものの、ウーファー側のハイカットは6dB/oct の単純なコイル一個でバランスを取ることができました。結局製作にあたっては TPX 系は使うことなく、ポリプロピレンのインフィニティを採用することになってしまいました。同 じポリプロピレンでもロ ジャースの DU125 は1次フィルターではハイを切りきれませんでしたので、振動板材質のせいだとばかりも言えないのかもしれませんが。それと今回の実験ではハードメープルの 箱を使ったことで華やかさが増しているので、もう少し素直なキャビネットなら素子の値などは違っていたかもしれません。

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          Schematic Diagram for the system built with Infinitesimal woofer and Audax HD13 tweeter


 また変えるかもしれませんが、今回取り組んだネットワークは、ウーファーのハイカット・コイルが0.8mH 一個、ツイーター側が18dB/oct で、4.7uF と8.3uF のコンデンサがスピーカーに向かって直列に入り、その中間点からアースに向かって0.35mH のコイルと68Ωの抵抗を並列で落とすというものになりました。
コンデンサーは KPSN、音圧調整の抵抗はなしです。コイルに対して抵抗でバイパスする手法は LS5/9の後期型ネットワークに学びましたが、音を聞いて結果が良かったので採用しました。もちろん R も C も値はウーファー側に合わせて変えてあります。このようにすると、本来の設計で目指されていたローカット側のカーブに対して、ウーファーのハイカット側はずっと緩いカーブで出会うわけですから、元々の手法の意味が別のものになってくるとも言えます。
 余談ですが、コイルと抵抗を並列にしたときの働きは、周波数が上がるにつれてコイルの抵抗が増し、高い音が通り抜け難くなってきたときに、抵抗値との割 合に応じて抵抗側に信号が逃げることを意味します。つまり高域側でのカットオフが緩まるわけです。
今回のようにアース側に落とす回路ではその逆数になるので、低域側でのカットが緩まります。同時に全体の音圧も下がります。そ の度合いは周波数ごとにコイルに生じる抵抗を計算し、それと並列抵抗の合成値をスピーカーとの比率にかけてグラフにプロットして行けば分かります。しかし 実際には残りのコンデンサー二つと合わさってフィルターを形成していますので、それら相互の共振の度合いからカーブを求めねばなりません。本格的に設計す るには、やはりコンピューターの助けを借りる必要があるでしょう。
 
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 Infinity Infinitesmal 0.3 woofer (
902-4962 / 733TNG)  写真は eBay で手にいれたRS−7用のユニットで、フランジの外側が黒ではなくグレーに塗装されている。型番は両者とも同じく 902-4962 / 733TNG となっており、インピーダンス・テスターで計っても全く同じカーブ、音も同じであった。このユニットは大変音色が良く、特性的にもクセが少ないのか、 6dB/oct のフィルターでたいていうまく行く。フルレンジで使ってもいいという人もあるようだ。同じ Infinitesimal でもシリーズ1と2(0.1/ 0.2) に使われているものに比べるとマグネットが小さく、ボイスコイルもワトキンス型のダブル・ボイスコイルになっていない。シリーズ1には同じポリプロピレン ながらグレーっぽい不透明なコーンのものが初期モデルとしてあり、その方が音がいいと言う人もいる。

 オーダックスのツイーターは、うまく使うと独特の艶がありながら耳にやさしく、しかも高域の繊細さが出るように仕上げられます。これは HD13 よりも HD12の方が微妙にきれいな響きにしやすいようです。13の方はちょっと間違うとキンとしたきつさを見せるところがあり、ネットワークの調整をしっかり やらねばなりません。そして上手く行ったときの音はインフィニティの EMIT とは違い、非常にリアルに聞こえる「作られた音」なのかな、と思うところがあります。セレッション等の昔のユニットが持つ魅力的な癖というほどではないで すが、生っぽく聞こえるよく選ばれた音の形です。ユニットメーカーがどこまで意図しているかは知りませんが。そしてハイエンドの細やかさ、ヴァイオリンの 擦れるシュッとした音の成分などが非常に繊細に出るので高域の再現 性が良いのかと思いますが、一方で、一聴して高域がさほど出てないようにセッティングした場合でも、むしろリボン型の EMIT の方が細かな情報を伝えているようにも聞こえます。振動板が軽いせいでリニアに反応して立ち下がりも良いためか、何げないオフな高域でありながら、その静 けさの中に細かな音が含まれていることに気づくことがあるのです。ただ、どっちがいいかとなると、正確なのはリボン系の EMIT で、音色のきれいなところがうまく寄せ集められた感のあるオーダックス・ドームも大変気持ちの良い音なので捨てがたいというところでしょう。

 ソフトドーム・ツイーターというものは、一見同じように見えるものでも機種によって独特の音色を持っています。そういう意味では残念ながら楽器だと言わ ざるを得ないでしょう。ソフトドームに限らずハードドームでも、リボンやホーンでも結局音色は持っていますが、やわらかい材料で作られたソフトドームはと くに楽器のような鳴り方をします。しかしヴァイオリン同様、名器からは素晴らしい音が奏でられるものです。一方でリボン系はときにさらっとしていて色っぽ くないように聞こえるときもありあす。プレーヤーやアンプ等、組み合わせる機械に影響されますので敏感ということになり、オーディオ機器として追求した場 合は EMIT の方が優れているということになるのでしょうけども、個人的にはハーベスのドームの方を聞きたくなることも多いです。

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          LS5/9  Schematic Diagram


 ネットワーク、これがスピーカー製作において最も重要なことのひとつだということは強調しておかなければなりません。せっかくの良いユニットでも、つなぎ方が悪ければただ刺々しいちぐはぐな音にしかなりません。そ
の 点ハーベス等 BBC モニター系統のスピーカーのいくつかは大変うまくバランスを取っています。彼らは大分前から設計時にコンピューターを導入しているようです。最終的な音合 わせは耳で行うものですが、回路の組み合わせはそれこそ無限にあるので、ユニットの特性に合わせて最初にだいたいのところを何パターンか計算しておけば労 力がぐっとはぶかれるはずです。実際に設計してみれば各素子の数値は決して計算値通りには行きません。ユニットのインピーダンス変動に合わせ、出力の変動 に合わせ、音色の癖に合わせて色々と変えて行きます。ただし、その計算公式からずれた値についても、ソフトウェアを上手く組めばある程度計算はできるで しょう。フィルターというものは L(コイル)と C(コンデンサー)の組み合わせで作りますが、2次(12dB/oct)以上のスロープになれば一つのユニットに対して複数の素子を使います。計算公式は それらの値が一番良いカーブを描くように決められているわけですが、最初の素子でぐっと低いところから落とし、次とその次はお互いに近い値にして最初の素 子からは大分離して、などと変則的なカーブも描けます。素子の並ぶ間隔にしたがって肩特性(共振し合う度合いによる Q 値の変化)も変わってきて、位相特性や過渡特性に変化が出ますが、それも昨今の精密なコンピューターをもってすればあらかじめ計算ができます。複雑な補正 用の等価回路などもはじき出すことができるでしょう。彼らは1973年に UC バークレーで開発されたオープンソースのソフトウェア、SPICE を使ったようですが、現在はそれぞれに社内で発展型のものを持っているのかもしれません。原始的ながら私も、個々に紙で計算してグラフにプロットして行く ということは試したことがあります(もう定年されたかもしれませんがフォステクスに和田さんという方がおられ、以前変則的で複雑な計算方法を色々教えてい ただいたことがあり、感謝しております)。

 結論としては、こうしたコンピューターと音楽を知っている耳との組み合わせで、イギリスの技術者の何人かは大変優れた回路を生み出しているようだ、とい うことです。自作した方が高いクオリティのものを自由に作れると思って作業を始めてみても、いい加減に組み合わせているだけだとなかなか良い音になりませ ん。やってみて初めて、ほう、 と感心するプロの技もあるわけです。
 参考にした回路としては、ハーベス・モニター HL、ロジャース LS5/9、プロアック・レスポンス SC1などがありました。どれも2次以上、主に18dB/oct のスロープを用いたものです。

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 ネットワークの製作にあたっては、ワニ口クリップのコードで様々な部品をつなぎ変えて音を聞く。18dB/oct の複雑な回路ともなると、終いには自分でも何だかわけが分からなくなる。


 そしてネットワークについて一つ分かったことがあります。少し前にも書いた通り、構成する素子は少ない方が部品による音の濁りも少なくなる、だからシン プルな回路の方がいい、そのことの正しさは変わらないのですが、18dB/oct のような複雑な回路の場合、複雑なだけに調整も大変ながら、裏を返せば音色を整えるためにいじれる部分も多くなるということです。6dB/oct の一次スロープでは、そのスロープのあり方は一通りでしかなく、どこから落ち始めるかしか決められませんが、部品を増やすと複雑なカーブを描いて減衰させ られるのです。これによって音色の調整ができます。周波数特性上は理想値は一つしかないように思われるかもしれませんが、ユニットに起因する凸凹は最初か ら避けようがありませんので理論通りには行かず、選択できる値も色々と出てくるというのが実情です。その際に複雑な回路は自由度が多いのです。そして、緩 いカーブの一次フィルターだと両方のユニットが重なって音を出す部分が多くなるため、ユニットの素性いかんでは音に濁りを感じることがあります。その点、 急峻なカーブで落とすと、通る部品による音の濁りの分を補って余りがあるほどに透明な音が出ることがあります。必ずしも6dB/oct のスロープがベストだとも言えないわけで、頭で考えた通りに行かないのはこういうところにも現れてくるわけです。
 
 結局ポリプロピレン系のウーファーにオーダックスのシルク・ドームを組み合わせたシステムでは、本家の BBC モニターの製作会社がやっているような(高域側)3次フィルターのものに落ち着きました。値は前述した通りですが、キャビネットの鳴きが加わったことも あったものの、そうしないときれいな音色にはできなかったのです。中でもハーベス・モニター HL のようにウーファー側のハイカットコイルをちょっと大きめ(2.8mHほど)にして下から落として行くという手法は参考になりました。元来計算値よりもク ロス点を開いて使うことはよくあるのですが、ポリプロピレン系のこうしたユニットを使ったシステムでは、インフィニティもそうであるように、中高域の張り 出しをコントロールしているかのように見える手法を目にすることがあります。そしてそのインフィニティのスピーカーではネットワークを高品質な部品で自作 した方がいい結果が得られましたが、ドーム系の今回のシステムでは、正直なところイギリスのメーカー製を超えたとは言いがたいところもありました。単体の 部品クオリティよりもバランスこそが命というのがこういったシステムの性格だからだと思います。すべてがすべてのシステムでバランスが良いわけではなく、 KEF も105だとか、スペンドールの BCUだとか、
あるいはロジャースの何だかとか、個人的な好みの問題でもありますがどうしてこのバランス、いうものもあります。でもトータルでやはり彼らの耳は大したものです。



INDEX