デイリー・インサイト

2003年6月

2003/06/29(日)

■『マトリックス リローデッド』は、まあ面白いことは面白いんだけど、無理にストーリーを長引かせている感じがしてちょっと冗長。だったらモニカ・ベルッチをもっと出せっつーの。そんなこの映画の最大の笑い所は、モニカ・ベルッチに嫉妬するトリニティでもなければマカロニほうれん荘のきんどーちゃんみたいに増殖するエージェント・スミスでもなく、ネオがフランス人の館で戦う相手の中にみうらじゅんみたいな人がいるところだ。

■日テレ『バンキシャ』でt.A.T.u.の座り方に対して嫌味を言った福澤アナは、長渕剛とかドラゴン・アッシュにも同じことを言えるのかな。


2003/06/24(火)

■山崎邦正と押尾学の顔の区別がつかなくなってきた。


2003/06/23(月)

『ウィッカーマン』と『血を吸うカメラ』、どっちを買おうか悩んだんだけど、結局『ウィッカーマン』を買うことにした。ずっと前から見たかったので。


2003/06/22(日)

週刊誌アーカイブスC



『サンデー毎日』1976年11月21日号
「赤信号 日本の景気はどうなる」

 不況風が一段と身にしむ。水面下からの浮上どころか、景気の本だるみを予測させる悪材料があまりに多すぎるのだ。国の赤字財政が個人への”増税”政策としてはね返り、企業の自身喪失が高水準の失業、倒産を更新し続け、国鉄再建の大義名分が五〇%という空前の値上げで国民を苦しめ、インフレ激化の導火線となり・・・。(中略)

 GNPの半分以上を占める個人消費は、実質増税や公共料金アップの仕打ちを受け、もはや盛りあがることはないかもしれない。輸出もダメ、消費もダメ---だとすれば、赤信号のついた日本経済に出口はないかもしれない。
 徳川ニ百八十年の鎖国時代はゼロ成長。その間に日本文化が開花した。物質成長から精神的なものへの成長へ、という時代の到来か。あまり国家や経済政策に心遣いせず、自らの「生き方」を大切にする方が賢明かもしれませぬぞ。

 インフレとデフレという違いはあるものの、オイルショックから立ち直れない当時の日本の経済状況に対する危機感っていうのは、今のそれとかなり近いものがあったことがわかる。こんな苦しみの後でバブルというパーティータイムが待っているなんて想像も出来なかったろう。こうしてみると「経済大国から文化大国へ」という論調って、不景気時の風物詩なんだな。

 そういう意味で最近気になるのが日立の企業広告。日の丸をモチーフとした映像で、「Next MADE IN JAPAN」っていうコピー。気持は分かるんだけど、なんかもう後が無い悲壮感が見え隠れして、少し恐くなる。


■今朝も竹村健一の番組を見たら、やっぱり彼がパイプを咥えるところはほとんど映らない。禁煙意識がたかまっている影響で、パイプを持ってるところをテレビ局がなるべく映さないようにしているのかもしれない。


2003/06/21(土)

■昨晩は六本木で天山と川田を立て続けに目撃。プロレスラーにもボーナスってあるのかな。


2003/06/18(水)

■大滝詠一の久しぶりの新曲『恋するふたり』は、リリース前の仮題が『春立ちぬ』だったことからも分かるように、かつて彼が松田聖子に提供した『風立ちぬ』へのオマージュになっている。
 
 堀辰夫の文学作品を題名に持ち、「秋=別れ」をテーマとしたアイドル歌謡の傑作『風立ちぬ』に対して、今回の作品は『東京ラブシネマ』という番組内容にあわせて「春=出会い」がテーマになっていて、見事に「風立ちぬ」と対称的だ。

 実際に音のほうもいわゆるウォール・オブ・サウンドが継承されていて、番組で流れているバージョンでは歌の後ろに2拍づつのハンドクラッピングが入っているけれど、シングルでは3連のカスタネットにさしかわっていたり、イントロのストリングスに「哀愁漂うギター」が追加されたりして、より『風立ちぬ』に近いアレンジになっている。

 しかしながらせっかくのそんな新曲も、たいして売れないままにチャートを下降中。アイドルとR&Bとヒップホップと青春パンクとビジュアル系と(独唱)が並存するアナキーなデイリーチャートの中では、純粋に綺麗なメロディーと音を追求した「純歌謡曲」は居場所をみつけにくいみたいだ。もう春じゃなくて夏だしね。

■セブンイレブンで売っていた新商品「気分転換飲料BINTA Cool Menthol」を飲んでみた。モンダミンとしか思えない味がして、確実にマイナス方向に気分が転換した。


2003/05/20(火)

■都内の白金トンネルでライトが赤い夜は幽霊が出るという噂。(B級ライセンスを持つタクシー運転手・談)


2003/06/16(月)

キリング・ジョーク復活。といってもこの人たちとダムドに限ってはどんなにブランクがあっても「復活」という気がしない。なんか気がつけばいつも変らずそこに存在している道祖神みたいなもんだから。芸能界における岸部一徳のポジションに近い。


2003/06/15(日)

■t.A.T.u.に対抗できるのはジュエミリアでも推定少女でもなくW-SAYAKAだろう。


2003/06/14(土)

シブヤ経済新聞を運営している人とデパチカドットコムを運営している人が夫婦だと言うことを今日の日経流通新聞の記事で知った。二つのサイトを合わせた月商は150-200万円だそうで、それでも二人の会社「花形商品研究所」の年商に占める割合はまだまだごく僅からしい。

 思えばはてなとか@cosmeも夫婦で立ち上げたサイトなわけで、家内制手工業的なサイトのほうが上手くいくみたいだ。これからは夫婦というユニットでビジネスや表現活動をする人が増えるのかもしれない。


2003/06/11(水)

■杏さゆりが激ヤセしたのは小倉優子の体形に憧れているからとの噂。


2003/06/10(火)

週刊誌アーカイブスB



『週刊朝日』1967年9月15日号
<日本人は変った>クールな時代・クールな人間

 「クールにいこうぜ」
 これが、近頃の広告業界、テレビ業界の合言葉だそうだ。(中略)
 いま、広告業界やテレビ界に旋風をおこしているマクルーハンというカナダの社会学者によると、まさに相手の好奇心や想像力をかきたて、知らず知らず参加意欲をあおるものはクールで、逆に相手を受身にさせるものはホットだという。(中略)
 心理学者の宮城音弥・東工大教授はいう。
 「クールの概念は、まあ三つぐらいにまとめられると思う。
 第一に、”堅くない”こと。一つの主義や立場に固執しない。物事に凝らぬというのがそれです。
 第二に、”多様性”がある。一つの仕事にとらわれず、いろんなことをやりたいと思っている。つきあう相手によって、器用に表情、態度を変えうる適応性もある。
 第三に、”さめている”。仕事に没入せず、人間関係でもほどほどにつきあっていける」


 7〜8年くらい前だったか、インターネットが一般に普及し始めた頃、マクルーハンの再評価という動きがあった。その彼が日本で最初にブームになったのが1967年。こうして当時の記事を読むと、結構軽薄な形で騒がれていたことが分かる。江藤淳に「山本富士子みたいな美人はホット」なんてどうでもいいことを言わせたり、「クール・ホット鑑定テスト」なんて質問をつくって著名人に答えさせてはしゃいでるだけなんだもん。

 でもそのテストの回答者の中に後の総理大臣・田中角栄(当時は自民党都市政策調査会長)がいて、「政治に一身を賭するなんてないねえ。小説家になりたいよ」なんてクールに答えてたりするのは皮肉なもんで、実際日本はこの後、文化的にホットな70年代に突入することになる。マクルーハンが忘れられるのも無理は無い。

 ところで日本にマクルーハンを紹介したのは竹村健一なんだけど、一昨日だったか、朝のテレビ番組で久しぶりに彼を見たら、すっかり恍惚の人みたいになっていてビックリした。トレードマークだった頭部側面のボワボワ髪も萎んでるし、ハマキも持ってなくて。石原慎太郎と養老某の対談中、ソファーの端っこでボーとしてたと思ったら、自分のコーナーでは急に妄想寸前の極論をぶちかまし、喋り終わると再びあらぬ方向を見てポケーとしてるの。その恍惚っぷりはある意味でクールだった。


2003/06/08(日)

■今日のPRIDE26は”暴走本部長”高田の寸劇につきる。猪木の「ダーッ!」よりもはるかに良かった。

■叶美香と叶恭子の関係は、たぶんジョニー大倉とYAZAWAの関係に近い。


2003/06/07(土)

■今月の表紙画像は『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』のドリュー・バリモア。僕はキャメロン・ディアスよりもドリューが好きだ。

■そのチャーリーズ・エンジェル来日パーティーでエンジェル三人を唖然とさせていた叶姉妹だけど、今日の『ayu ready?』を見る限り、美香は恭子から逃げたがってるな。近い将来二人は決別してドロドロの暴露合戦とか繰り広げるような気がする。

■地下鉄の中でケータイの写メール画像を眺める若いリーマンがいたので後ろから覗き込んでみたら、女のヌードショットばかりだった。


2003/06/03(火)

燃焼系オギノ式はNGワード。


2003/06/02(月)

週刊誌アーカイブスA-1



『週刊朝日』1970年4/24号
「ただいま評判の「マンガ+劇画」総まくり」

 長屋出身の星飛雄馬、ドヤ育ちのあしたのジョー、のんだくれのおやじにいじめられた銭ゲバ、と主人公は、みんなきわめて日本的な<不幸>を身につけている。出生に、ある暗さがつきまとうだけでなく、その主人公が生きる人生が、これまた複雑である。”人間みな兄弟”式のお人好しのヒューマニズムは、劇画ではもっとも排斥されるところ。かつての「鉄腕アトム」では、もはや子供は見向きもしなくなっているらしい。
 なかでも、「少年マガジン」には、非行、戦争、とこのところ”極限状況下”の劇画が増えている。編集長の内田勝氏は(中略)現在三十四歳の若さだが、これについて、「子供たちは、どんどん成長している。この子供たちに読まれるためには、マンガはよりシリアスに人間性を追及しなければならない。人間の悪魔性をむきだしにした主人公であるがゆえに、もっとも人間的な悩みを持っているんです」と、”切れば血の出るなまみのヒューマニズム”を強調してやまない。


 大学生(=戦無派世代)がマンガ雑誌を読むことが当たり前になり、マンガが「文化」「産業」として語られはじめた1970年のマンガ・レポート。ちょうどこの年に阿久悠が北原みれいのために「ざんげの値打ちもない」という歌を書いたわけで、そう思うと<人間の悪魔性><生身のヒューマニズム>というキーワードは、マンガにとどまらず当時の時代のキーワードだったのかもしれない。

 その一方で”神様”手塚治虫が1970年時点で過去の人扱いされているのがちょっと新鮮だ。現在オンエアされている新作「鉄腕アトム」アニメはビックリするほど幼稚っぽくて、アトムはここまでガキっぽいマンガじゃあなかったはずのに、と違和感を感じまくってるんだけど、この記事を読むと、当時もガキしか読まないマンガとして認識されてたのかもしれない。手塚は悔しかったろうな。その屈辱が『火の鳥・復活篇』(1970)を生んだような気がする。「僕はロボットになりたい」っていう、血も出なくなるほどのヒューマニズム。

 このマンガレポートは結構面白いので、次回も引き続きネタにしてみたい。


2003/06/01(日)

■「ねえ、地底人の話してたよね。自分が地底人で、一番底から見上げてて、井戸の底から見上げてるみたいな感じ、って。でも私はね、私の思う地底人は違ってて、こう、空洞の地球があるでしょ、それで大地をはさんで表に私たちがいて、裏側に地底人が立ってるの。全部が反対にいてね、地底犬とか地底象とか、全部があるの。なぜかというと・・・<人間様>じゃないはずだから!」「でも僕は、この一番下の、最低なとこにいます」「そんなの歩いてくればいいじゃん。こっからクルッて」「でも地底人にはかわりないです」「裏側に誰かがいるって頼もしいよ。頼もしいじゃん。こう、足の裏っかわに私たちみたいに生きてる人がいるんだよ」
NHK教育『中学生日記』5/1「地底人伝説C」より

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