これを書いている今は10月10日、ベッドで寝られる幸せ、感じてます。
さて、0泊3日のカザフ遠征から帰ってきました。
羽田→関空→モンゴル→カザフ(往路)
← ← ← (復路)。
出発は、羽田に夜の八時に集合。そのときに「明日の今ごろは・・・もうう帰りの飛行機の中なんだよね・・」とつぶやいた友人Y女史(匿名希望)。ううう(涙)。
3時間くらい寝たところで、いつも乗り継ぎで起きなきゃならない。ちょっとした拷問な感じです。55名のツアーでした。
飛行機の席に余裕があったため、私たちは飛行機を乗り継ぐたびに先頭をきって機内で、アイコンタクトをとりながらの、すばやい攻撃に。私たちは他の客をおしのけて(?)、席数を多めに確保。一人3席をキープし、貴重な睡眠時間を得ました。しかし、爆睡すると機内食を食べそこなうという、人間の生理的欲求のせめぎあい。・・・ちなみに1食、食べ損ねました。
カザフスタン・・・。広がる平野の向こうに、唐突に、城壁のように広がる天山山脈。頂上が切り立った、聳え立つ山々。まるで書割のような、あきらかにいままで見たことのない不思議な光景の国。(カラオケで「異邦人」とか「飛んでイスタンブール」を歌うと画面にでてきそうな感じの光景だったなあ)。街路樹が豊かで、道路が広く、まるで外苑の銀杏並木のような町並み。
町を走る、レトロな車と、路面電車。素朴でキレイです。多民族国家のため、モンゴル風の人あり、ヨーロッパ系の人あり。イスラム系の建物やロシア正教の教会もエキゾチックな雰囲気を演出。
そして街。ふと見渡すと、看板や表示が妙な感じ。「おお、この国では、すべてが文字化けか?!」 と思ったらそれはロシア文字だった・・・。読めやしないよ・・・。
「トイレには個室のドアがないらしい」という情報でしたが、それはごくごく1部。ちゃんとしてました。ホッ。しかし、ペーパーはない。日本から持参したテレクラ系ポケットティッシュたちが役に立ちました。
「スタジアム編」
観光(平和記念公園、中央博物館。けっこう楽しかった)後、昼食。サッカーの知識がなく、のんびりしている添乗員を尻目に、「早くスタジアムに行きたい! こんなにのんびり食べてる場合じゃない!さあ、みんなそろそろ出発しましょう!」と、ついに、勝手に仕切りだす、我ら、女王隊。
バスの中でユニ、ヅラなど、正装に着替え、いざスタジアム。
| 添乗員@能天気 |
「では、いきましょう」(と、バスを出ようとする) |
| 女王隊@出陣モード |
「集合場所や時間は?」 |
| 添 |
「・・・試合後、ここに・・・(あわあわ)」 |
| 女 |
「試合後って、試合後何分ですか!?ここって、言わずに具体的に指示してくれないと困ります!」 |
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・・・・(以上の切迫した会話がヅラ姿で行われたことを報告)・・・。 |
| 添 |
「席は、えっと・・・(しばらくわからず)。日本側です。前半は北のゴール裏、後半は南のゴール裏です」 |
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・・・なんじゃ、そりゃ?? 代理店としては「日本ゴール裏がいいだろう」と気をきかせたらしいが、そんなの聞いたことないぞ!
そんな指示は女王隊は無視。日本人が固まっているバックスタンドへ。まもなく朝日くんたちもそこに登場。(テレビでは、ここのクローズアップなし)。
そして試合前の君が代。一部で有名な(笑)、Y女史のビブラートかかった高音の美声にウルトラスの、柔道着を着ている男性がクルリと振り返り、「・・・上手ですねえ・・・」と、うなる。(笑)
私たちの席のまわりには、セキュリティが。もちろんカッコいい軍人たち。韓国でもそうだったけど、最近の海外アウェイではこれも楽しみの一つであることを思い切って告白します。(笑)
テレビでは聞こえなかったと思いますが、後半、なかなか攻めあぐねている日本代表に対し登場の前から、ウルトラスを中心に福田コールが起きてました。
そして稲本による、追加点。これがあって、ホントによかった。0−1のままだったら勝ったとしてもちょっと後味が悪かったはず。すると試合終了を待たずにカザフ応援の人たちがぞろぞろと帰りはじめました。しかも、試合中にもかかわらず「MVPはナカ〜タ〜!」の場内放送まで・・・・。こういうところは、カザフ、ちょっと中東っぽいのね。
●正しいカザフ語講座●
スタジアムで購入したパンフレット(米ドル50セント)はカザフ語。ロシア文字です。しかし、愛と努力で選手名は読めるようになりました。アルファベットだけで書けるものをピックアップすると・・・
HAKATA→中田
HAKAMYPA→中村
TAKAXAPA→高原
●バカサポ日記●
本日、帰国の関空→羽田→自宅でシャワー→国立でJOMO練習見学と、0泊3日に拍車をかけた体力を発揮したのは私です。ちなみに前出のY女史は羽田からまっすぐ、国立でした(笑)。
以上、失礼しました〜!