● 完璧な試合
  − ポーランド戦 −

2002.04.01

     

 完璧な試合だった。

ポーランド戦は、昨年のカメルーン戦(日本代表史上最高の試合)と比較しても、攻めの多彩さでは劣ったかもしれないが(攻めの多彩さを披露する前に2点取って勝負を決めたのだから何の問題もないのだが)、守備の見事さと中盤の制圧と言う意味では遜色なかった。しかも、今度は中立地どころか純粋なアウェイ。欧州、南米の列強でも、ポーランドにアウェイでかくも完勝するのは容易ではあるまい。成果と言う意味では、カメルーン戦を凌駕すると言っても過言ではなかろう。
 クライフ(もちろん選手として)率いる全盛期のオランダでさえも、76年の欧州選手権予選で、ポーランドにアウェイで1−4で完敗した事があるのだ(もっとも、その後のホームできっちりと3−0で仕返しをしたが)。そのポーランドに。敵地でかくや完璧な勝利を上げたのだから、愉快極まりなかった。
H組のライヴァルたちはもちろん、決勝トーナメントで日本と当たる可能性が高いブラジル首脳陣も相当日本への警戒を深めたに違いない(な〜んて訳ないか)。

1.1点目へのプロセス

       1点目に関する分析の多くが、市川の素早いインタセプトを起点に論じられている。しかし、私はその前の日本の守備と攻込みに、結構興奮した(以下の「左右」はすべて日本から見て)。

まず守備から。ポーランドの3人がかりの左サイドからの攻撃を稲本、小野で迎撃。2人の巧みな連携で、2対3の数的不利な状況を、2対2に持ち込む。さらに小野の実にクレヴァーな動きで、敵FWを1人孤立させ、この2人と後方からカヴァーに来た中田浩で囲み3対1を作る。最後は小野が見事にボールを奪い、稲本が前線に好フィード。まさに絵に描いたような集中守備だった。私は、「いやまあ、何とも巧く守るものだ」と感嘆した。

稲本のフィードは鈴木が巧みに受けたが、ポーランドDFが必死の守備でタッチにボールを出し、日本のスローインとなる。そこからの攻めが、何とも日本らしくまた素晴らしかった。
 小野が後方の中田浩に投げる → 中田浩が巧く顔を出した戸田へ → 戸田が後方の宮本へ落とす → 宮本が右の松田へ(ジャストミートせず?やや浮いたボール) → 松田が浮いたボールの処理に手間取るが、(十分にフリーだったため)落ち着いて持ち直し前線へ好フィード → 高原が敵DFの激しい寄せにも関わらず確実にキープし左方向へドリブル後に鈴木に展開(この時、中田の鈴木と反対方向への進出が高原のキープを大いに助ける) → 鈴木が巧みな入れ替わりで敵陣に向いてボールを受け、一度前進してから左へ → 鈴木の好ターンが奏効し、余裕を持って受けた小野が一拍おいて、後方から進出してきた稲本へ得意の振りの速いパス → フリーで受けた稲本がダイレクトで、(小野の一拍の間にタッチ沿いに攻め上がってきた)中田浩へ → 中田浩は余裕を持ってニアサイドに好クロス 
 このクロス自体は、敵センターバックが何とか撥ね返し、得点には至らなかった。しかし、日本のこのような、高速横展開によりフリーになったタレントが高精度パスを繰り出す攻めは見ていて本当に愉しい。この一連の流れでは、松田、小野、中田浩の三人がそれぞれの位置でフリーになった。私は、「いやまあ、何とも巧くゆさぶるものだ」と感心した。

 さすがにこれだけゆさぶると、ポーランドも余裕がない。かろうじて、DFが跳ね返したボールを受けたMFのパスは精度が悪く、戸田のインタセプトの好餌となる。戸田も前進が速過ぎたか、ボールは意図通りに収まらず、再び敵にボールを奪われるが、執拗に再チェック。苦し紛れにドリブルで抜け出そうとした敵MFを市川が襲った。ここから後は講釈を垂れる必要もあるまい。見事なゴールだった。私は、「いやまあ、何とも中田は凄い選手だ」と感動した。


2.中田

       思えば、中田が代表チームに参加したのは、コンフェデ以降では、イタリア戦だけだった。イタリア戦は、「コンディションが悪い世界トップに、ホームで相応の抵抗ができる事を示した試合」とも言えたし、「『どうせ先方のコンディションが悪いならば、この機会にただ勝利を目指せばいいのに、イタリアだぜ、フィリップ、あんたもイタリアには勝った事なかったろうに(多分)』とトルシェ氏に一言いいたくなる試合」でもあった。したがって、野次馬としては存分に愉しめたが(稲本がボールを奪取した瞬間の柳沢の挙動開始には本当に興奮したが)、試合内容をどうこう言えるものではなかった。
 そのような意味では、このポーランド戦前の、「中田の代表ゲーム」は、あの豪雨の豪州戦まで遡らなければならない。あの試合中田は、初めて代表チームで腕章を巻き、決勝ゴールを決め、数的不利の終盤再三単独突破で好機を作った。本当に凄かった。97年の日韓戦でA代表にデビューして以降、再三我々に歓喜を提供してくれた中田だが、あの豪州戦はその中でも白眉の試合と言っても過言ではなかった。
 その後、中田は厳しい日々を送る事になる。ローマでは「ローマ出身のトッティ保護目的の塩漬け」と言う理屈が通る話だった(それはそれで腹が立ったが)。しかし、パルマでは全く理屈が通らない。そりゃ確かにシーズン序盤調子が悪かったかもしれない。しかし、何故にパルマのサポータたちは、あそこまで中田にブーイングを浴びせなければならなかったのか。鉄面皮に見える中田も案外人の子で、どんどんと調子を落としていった。あれほど調子の悪い中田を見るのは、アトランタ五輪を終えた後のベルマーレ時代以来に思えた。大体、「ミクーが中田より優れている」とは当のミクー本人も思ってはいないだろう。結局パルマサポータたちは高い金を出して購入した貴重な中田をムダ使いする事になった。自業自得である。
 ポーランド戦で、改めて中田の偉大さが示された訳だが、中田がチームの中核として機能するために何が必要かを、この日の市川が明確に示してくれた。何の事はない、周囲の家来が、中田を信頼してオープンスペースに素早く飛び出せばよいのである。1点目の場面で、インタセプトして中田に預けた市川は、中田からボールが出ると信念を持って、すさまじいスピードで前進した。そして、あの得点以降、ポーランド守備陣は、中田にボールが渡り、ゴールライン近傍にスペースを空けると、非常に危険である事を理解し、いよいよ押し上げが遅くなり、日本のペースにはまっていったのである。
日本はウクライナ戦では、たびたび中盤でプレスを外され、決定的ピンチを招いていた。しかし、中田がいればウクライナもそうは押し上げできず、日本はあそこまで苦戦はせずにすんだのではないか。また同じくウクライナ戦では、ラインを高く保とうとしたためか3DFが縦のフィードにこだわり、単調な攻めが多かった。中田がいれば、縦のフィードの収まりもよく、もっと多彩な攻めができたろう。月並みな話だが、中田の存在で、格段にチームは強化されたわけである。
 まあ、パルマの首脳陣もチームメートもサポータも、この試合のVTRを見ることで、少しは物の道理を理解するのではなかろうか。もっとも、我々は彼らに感謝すべきにも思える。セリエAは非常に厳しいリーグだ。もし、中田が実力相応にシーズンを通してフル出場していたら、相当疲労が溜まっていたはずだ。彼らの間抜けな行為のおかげで、シーズンの多くを休養して過ごせた中田は、ベストコンディションでワールドカップに臨めると言うものだ。彼らには感謝しつつも、ワールドカップで付加価値を高めた中田には、「パルマは最低の町」と言い切り、別なチームに移ってもらいたい。日本のマスコミに対して不遜な態度をとるのならば、イタリアでも同様にふてぶてしい態度を見せてくれても面白いと思うのだが。
 それはそれとして、中田の不振の要因として、一つ思い当たる事がある。先ほど述べた豪州戦の翌日、極めて怪しげなタイトルではあるが「後1勝で世界一」にも関わらず、中田は日本を後にしてローマへ戻ってしまった。サッカーの神様はその誤った判断に対して、罰を与えたのではないか。と馬鹿な冗談を言えるほど、「中田の不振」を過去の事件と笑える日が来たのは、本当に嬉しい事だ。
話は変わるが、この日、中田に残された課題は、前半終了間際のとどめの3点目となるはずだったGKとの1対1を外した事ではなく、左腕に腕章を巻かなかった事だけである。


3.埼玉へ戻るために

       この日の日本は、「カウンタ得意のポーランドに良さを出させない」と言うテーマを完璧に実演した。これは単に守備的とか攻撃的とか単純な表現では描写できない見事な試合ぶりである。敵のよさを出させないと言う意味では守備重視とも言えようが、そのためにできる限り敵陣近くでプレスの網を張ると言う意味では攻撃重視とも言える。
私は、トルシェ氏がチームをここまで成熟させてきた事に感慨を禁じえない。

 シドニー五輪の1次リーグ。日本は苦戦しつつも2連勝したが、あろう事か最強と目されていたブラジルが南アフリカに苦杯を喫したため、自力で準々決勝に進出するためには最低引き分ける事が要求された。
 このような試合では、まずは点を取られない事を考えなければならない。ところが、日本は立ち上がりから、漫然と試合に臨み(そう見えた)立ち上がりに猛攻を許し、敢え無く先制され、そのまま押し切られた。
 もちろん、A代表ではない若いチームだった。しかも、攻守の両輪だった中田と森岡を警告累積で欠く布陣だった。しかし、あの時点では、トルシェ氏のチームは「強いチームに対してまず守りを固める」モードを持っていなかったのだ。

 昨年のコンフェデ以降、チームの成熟が高まると共に、攻守のバランスが飛躍的に向上してきた。冒頭に述べたカメルーン戦、あるいはキリンカップのパラグアイ戦など、ほぼ完璧な内容で完勝した。
 この日のポーランド戦では、上記2試合と同様に完璧な内容の試合を、アウェイでベストメンバのワールドカップの準備を狙っていたチームにきっちり行う事ができた。しかも、この日の日本は、小野のスルーパスも(フルタイム出場はしていたが早めにリードした事もあり、無理はしていなかった)、中村のセットプレイも、森島の飛び出しも、柳沢の素早い挙動も(小笠原も三都州もと言うとキリがないが)使用せずに勝ってしまった(その分、攻撃の多彩さが欠けた訳だが、文句を言う筋合いではなかろう)。つまり、日本としては力半分でそのような成果を出せたとも言える。

 もちろん「完璧な守備」と言っても、わずかなほころびがあったのも事実。後半30分ごろ、敵FWにフリーのヘディングシュートを許した場面(川口好捕)は、中田浩の集中力欠如が要因。前半たびたび宮本が敵の前進に身体を寄せつつもウラをつかれたのは、宮本自身の守備能力の問題。こう言った問題は、チームと言うよりは選手の個人的能力の問題であり(特にディフェンダにとって、集中が90分間継続するかどうかは、もっとも重要な個人能力である)、個々の選手の成長に期待するしかない。
 私はかつてこの2人について、「知的ではあるが、守備者としての基本能力に欠ける」と厳しい評価をしてきた。しかし、彼らに謝罪をしなければならない嬉しい時期が刻一刻と近づいているように思える。だからこそ、これらの問題も解決し、できるだけ早急なタイミングで謝罪(と感謝)を行わせて欲しい。
 またポーランド戦には、服部、森岡と言う最も信頼性の高いディフェンダが2枚欠けていた。本大会に向けて、一層守備を完璧にするための伸び代は残されているとも言えよう。

 ベルギーはポーランド以上に守備が固く、決して容易には崩せないだろう。ロシアの中心選手の技巧はポーランド以上に高く、単純な個人能力から決定的なピンチを招く事があるかもしれない。異様に楽観視されているチュニジアも、全体的な技巧とパスワークはポーランドより高いから、プレスを巧く外されるかもしれない。
 しかし、この三国相手ならば、ポーランド戦で用いなかった強力な攻撃兵器の使用と、森岡と服部の復帰で、いずれも互角以上に戦えるだろう。決して楽観はしないが、決勝トーナメント進出の可能性は、相当高いと思う。

 問題はそれ以降である。
 究極の目標であるベスト4を目指そうと言うならば、アルゼンチン、フランス、ブラジル、イングランドのどれかを粉砕する必要があろう。これらの国には偶然で勝つのはほとんど困難である(余談ながら、こうして見ると、韓国の方が日本よりよい組み合わせにあるとも思えてくる)。
 シュケルもストイチコフも釜本もいない我々は、これらの最強国を破るためにはどうしたらよいか。私は、短い時間帯でよいから(例えば後半30分以降の15分間だけでも)、これらの最強国以上の素早く変化に富んだ技巧あふれるパスワークで、敵DFを崩すような布陣を組む事だと思う。ポーランド戦で見せた守備と中盤の制圧を、一層高い技巧レヴェルで行うのだ。

「そんな事は不可能だ」
とおっしゃる向きが多いかもしれない。私はそうは思わない。既にトルシェ氏はそのような技巧的なチームの原型を、我々に見せてくれたではないか。
 そう、アジアカップである。
 繰り返そう、現在のバランスが取れたチームに、アジアカップで全アジアを驚かせた、素早く変化に富んだ技巧あふれるパスワークを加えるのだ。そのためには、何が必要か。

名波浩である。


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