● 2002年最初のビッグゲーム
  −天皇杯決勝、エスパルス対セレッソ−
2002.01.15

       チケット確保問題を除き、愉しみでならない2002年が幕を開けた。その2002年の開幕を彩るに不足ない素晴らしいゲームをすっかり愉しませていただいた。森島、三都主、森岡と言った、我らが誇るトップスターが縦横無尽に活躍し、お互いの攻撃の仕掛けも変化が多く、満足できる試合。

1.森島と三都主

     

 まずはこの2人を論じたい。

 もう20年以上前の事。テレビ東京の金子アナウンサが、ダイヤモンドサッカーでシュートを外しまくる名手について、
「岡野さん、まさに『Not His Day』ですね」
と語った。画面が物語る意味は明確で、我々の世代の人間は、英熟語を一つ学ぶ事ができた。
 まさにこの日は、「Not Morishima's Day」。
開始早々から、森島のシュートは外れまくった。エースがあれだけ外すと、いつしか敵にペースが移る。

 ただし、森島は並みのタレントではなかった。0−2の状況下で、まずは追撃のゴールを決める。通常、「Not His Day」の選手は、最後の最後まで決められない事がほとんどだ。しかし、森島は決めた。私は素直に感動した。やはり森島は「唯の好選手」に留まらない何かを持っている。
 そして、あの終盤の猛攻時の、運動量と技巧の素晴らしさ。エスパルスDFがかろうじてクリアしたボールをセレッソが拾うと、すぐに森島がそのパスを受けられる位置に入り、猛攻を再開。しかも、ボールを受けた後の森島の展開は多岐に渡る。ボールが尹晶煥に届けば鋭いスルーパス、大久保に渡れば強引なドリブル、後方につなげば制空権を握った岡山への好クロス。そして、それらを経由したラストパスを受けるべく、ここしかないスペースに飛び込む森島。エスパルスのDFたちは、かろうじてクリアし、それが拾われて森島が受ける度に戦慄を覚えた事だろう。まさに日本の宝である。
どうせならあのPKも森島が蹴るべきだったのではないか。そうすれば、サッカーの神様も「うむ、森島にハットトリックをさせて初春の栄冠を渡そう」と思ったのではないか。

 しかし、森島は全く別な意味で試合を決めてしまった。延長前半、Vゴールの起点は森島のミスだったのである。まあ、あれだけ終盤にもう一踏ん張りすれば、疲労も出るよな。誰が疲労で腰がよれてしまった森島を責められようか。
 しかし、ボールが渡ったのが、よりによって三都主だったのである。

 この日の三都主もまた素晴らしかった。
決勝Vゴールのアシスト。左サイドを突破した後の三都主独特のもう一歩の縦への前進。立ち足をよく踏み込んだセンタリングはコースといい強さといい絶品。
さらに先制ゴールの技巧と冷静さには舌を巻くばかり。田坂を外した後に、セレッソDF(確か3人いたはず)とGKの位置取り全てを改めて観察し、冷静にチップショットを決めた。凡人のプレイは、敵陣前で敵を抜く前にシュートのイメージを固め、抜いた後も(もっとも三都主でなければ、あそこで田坂を外す事自体も難しかろうが)そのイメージのままシュートまで持ち込もうとするはず。しかし、ここでは三都主は見事な技巧を披露した後、再度周囲をルックアップして新たなイメージを作り、そのイメージどおりのゴールを決めたのである。
 このようなビッグゲームで、このような技巧と知性あふれるゴール。「6月」に向けて期待は高まる。

 とは言え、私には三都主のプレイ参加頻度の低さがとても気になった。この試合はセレッソペースだった時間帯が非常に長かったが、三都主はこの苦しい時間帯に、ほとんどプレイに参加していなかった。エースであれば苦境時に、工夫して自分がボールを触る頻度を増やし、その苦境から脱する算段をすべきだろう。しかし、残念ながら、三都主にはそのような工夫は見られなかった。むしろ、反対サイドの平松の方が、押し込まれた時間帯に、再三工夫してボールをもらい、独特のキープから突破を狙い苦境の脱出を試みていた。
 三都主は、この日ベストの体調ではなかったと言うが、この参加頻度の少なさは現状のプレイスタイルから来るものと考えた方がよいようだ。過去のエスパルスでの活躍を思い起こしてみても、三都主は90分間フル出場して、味方がよいリズムの時間帯に良好なボールを貰い、そこから技巧をこらした突破を狙うスタイルを持つ。つまり、スタメンから起用しないと、その有用性が十分に発揮できない選手なのだ。
 一部報道で、三都主を代表チームのスーパーサブに起用する事が推奨されているが、それでは三都主は十二分に活躍できないのではないかと思う。

 一方、森島は正反対で、短い時間でも、長時間でも絶えず自らの能力を発揮しようとする。ただし、絶えずフルパワーなので、体力の限界まで来ると、この日のように三都主にアシストしてしまうリスクもある。森島こそは、勝負所でスーパーサブとして使われるプレイヤなのである。
 チュニジア戦の後半20分、1億2千万国民の期待を一身に集め、森島がタッチライン際に立つ。横で口泡を飛ばすトルシェ氏。必ずや、我らが日本の宝は、期待に応えてくれるに違いない。


2.森岡の付加価値と課題

     

 三都主が参加頻度の少なさにもかかわらず決定的な仕事をしたと言う事は何を意味するか。セレッソDF陣が多くの時間帯で、巧く三都主を抑えていたが、肝心な場面で抑え切れなかったと言う事である。
セレッソDF陣の能力の問題なのである。私の持論だが、ディフェンダの能力の最も重要なポイントは、つまらないミスからの失点がいかに少ないかと言う事にある。
見事に組織化されたセレッソDF陣であるが、最初の二失点の要因は集中力の欠如そのもの。そして、その集中力の欠如こそ、DFとしての能力なのではないかと思うのだ。セレッソの三人のディフェンダ、斎藤、鈴木、室井。皆、堅実でよい選手だが、失礼な言い方をすれば、いずれも日本のトップディフェンダとは言えない選手たちだ。このようなビッグゲームの重要なポイントで、彼らの能力の不足が顕在化してしまった。
 
 そこで、セレッソDF陣との差を見せたのが、森岡である。序盤あれだけ押し込まれた場面、無失点でしのいだ森岡は見事だった。このあたりはDFとしての格の違いだろう。まさに森岡の付加価値である。
 昨年のサンドゥニの惨劇で、トルシェ氏は守備の中心を松田から森岡に切り替える判断を行った。そして、コンフェデ以降、森岡はすっかりと守備の中核として、日本の要となってきた。
一昨年までは代表で主将を務めながらも、やや危なっかしいプレイ振りだった訳で、昨年代表チームでもっとも伸びた選手とも言えた。2001年の代表のMVP的存在と言っても過言ではないし、現在の代表の鍵を握るプレイヤである。

 しかし、森岡に課題はまだまだ多い。序盤押しこまれた場面を、何とかしのいだのは見事だった。しかし、後半終盤に押し込まれた時間帯なすすべもなく、再三セレッソに守備ラインを崩され何ら適切な対応ができなかったことに不満は大きい。
押し込まれてしまった事は、彼我の戦闘能力や作戦の巧拙により、森岡の責任とは言えない。押し込まれてしまう事自体は、守備の中核の問題ではないのだ。しかし、押し込まれたとしても、それをしのぐ工夫は守備の中核の課題である
 サッカーでは敵に押し込まれている時間帯は多々あるものだ。その時間をいかにしのぐかに守備の中核としての存在感がある。しかし、森岡はまだそのレヴェルに達していない事を、この初春のビッグゲームで証明してしまった。
しかし、これは仕方がない事だ。多くのプレイヤは、テクニックとか戦術的能力とかは、二十代前半で能力はほぼ確立する。しかし、駆け引きとか全体戦略をリードする能力は、経験が重要だ。森岡はこれからそのような経験をつんでいけばよいのだから。
 ただし、気になる事がある。一連の報道を見る限り、あれだけ決定的なピンチを招き、セレッソのシュートミスに救われた試合にも関わらず、苦戦の反省の発言が見当たらないのだ。
 立ち上がりの猛攻を防ぎ、セレッソの隙をついたゴールを決め、遂に念願のビッグタイトルを獲得した事には、一層の自信を持ってもらいたい。しかし一方で、あの終盤をしのぎきれなかった事を反省して欲しいのだが。
もっとも、彼を主軸にした我らが代表チームの、極めて重要なタイトルマッチが半年後にあるので、評価が自然厳しくなってしまうと言う事も否定しないが。


3.西村氏に与えられた失敗経験

     

 セレッソの奮戦について、監督の西村氏の功績が非常に大きい事に異論を唱える人は少ないだろう。
 シーズン半ば、あえなく二部落ちが決定したチームを引き受け、見事な修正を加えてチームを決勝まで導いた。3DFの斎藤、鈴木、室井、ボランチの田坂と従来から中軸だった選手で、組織的な守備ラインを形成。既存のプレイヤで守備ラインを再構築したのだから、明らかに西村氏の功績である。さらに、状況に応じて3DFと4DFを併用する仕掛けまで作り上げたのだから恐れ入る。
 加えて尹晶煥をトップ下、森島を最前線に置き直し、攻撃ラインも立て直した。2人の特長を活かした攻撃ラインを具現化した事も功績として評価されるべきだろう。
 尹晶煥と言うと、MFの後方から挙動を開始するイメージが強かったのだが、前方で起用すると別な意味で技巧とパスさばきが活きる事が判明した。ヒディング氏の喜びはいかばかりか。
 このゲームの采配も見事なもの。特に0−2になった以降の交替劇。岡山の空中戦と、森島、尹、大久保精緻な技巧の組み合わせ。ただの力攻めでなく、仕掛けがあったのだ。ロスタイムがもう少しあれば…

 ただし、西村氏がここまで見事な監督振りを見せるに至るまでには、日本サッカー界は大きな犠牲を払って、氏を育成した事を忘れる事はできない。
 そう昨年のユース代表の惨敗である。
 ワールドユースでの1次リーグ落ちの主因は西村氏の采配ミスだったと、改めて強調しておこう。特に、初戦に豪州の注文相撲にはまり、ズルズルと前掛りになり先制を許したのみならず、単調な攻撃に終始し、敢え無く苦杯を喫した采配ミス。あれは選手の若さではなく、監督の拙さである。しかも、空前の強化プランを提供されてあの結果なのだから、氏に言い訳の余地は一切なかった。
しかし私は、氏の責任を追求するのには、結構つらい思いがあった。それは、氏が選手時代、その知性と能力を最大限に発揮し、日の丸のために戦った選手だったからだ。

 選手西村は、80年代を代表する日本屈指の守備者だった。
西村の代表史のピークはあの85年。宮内と組んだミッドフィールド。2人の献身的なボール奪取とスペースメークにより、木村和司(フリーかつ前向きの体勢でボールを受け取れれば、ファンタジーを発揮できる天才)が才能を遺憾なく発揮したチームだった。宮内の読みとボール奪取能力と展開の早さに、西村の忠実な上下動とスペースカバーの素晴らしさ。
 能力と素質を駆使して、我々の喜びのために戦ってくれた男が、管理職として不適切な采配を振るうのを見るのは、私にとってはつらいものだった。
フランスから来訪し不遜な発言を続ける男や、80年代日本サッカー界最高のスターを抱えながら一度しか日本リーグを制覇できなかった男や、現役時代天賦の才を持ちながら精神力の欠如から大成できなかった割に管理職に転身してから傲慢な発言を繰り返す男ならば、彼らの管理職としての能力を評価しつつも、からかってみたくなる。
 しかし、西村氏を批判しようとすると、あの選手時代の知的なファイトぶりが思い出され、とにかくつらかったのである。

 繰り返そう。昨年のユース惨敗の責任は西村氏にあった。しかし、氏はその失敗経験を活かし、見事な監督として成長している。
 もう、上記したつらさを味わう事もなくなるだろうかと思う安心感は大きい。そして、あれだけ日の丸のために闘った選手だったら、管理職見習としてワールドユースの失敗経験くらい許されていいのかなとも思う。甘いかしらん。

 このあたりの中年サッカー馬鹿の感覚を理解できない若いファンの方々も多いだろう。言い方を変えよう。10年後、森島が日本ユース代表監督に就任し、采配ミスで惨敗したとして、あなたは森島を非難できますか?


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