● フィリップ、私には貴方が理解できない、でもありがと
   −フランス戦−
2001.06.21

1.幸せな2週間

     

 試合後、東京五輪以前から日本代表を応援している友人(と言うより大先輩)と一杯やりながら、しみじみと語り合った。
「やっぱり世界一への道は遠いねえ。」
 インチキ臭く、怪しげな大会だった。ブラジルは二軍で来日し、ジダンもアンリも現れず、今大会を通じ世界屈指のタレントである事を改めて示した(世界がどの程度本大会に注目していたかは疑問だが)中田は決勝を前にチームを去った。
 しかし世界大会だったのだ。そして、私の代表チームは後一歩で世界一になる所まで来たのだ。果たして、今40歳の私の残りの人生で、私の代表チームが、あと1勝で世界チャンピオンになる機会は訪れるのだろうか。
 もっともこれは考えすぎかもしれない。92年のアジアカップ決勝前夜、友人たちと
「今後の人生でもう一回アジアの決勝に進出できる事があるだろうか」
と、語り合った事もあるのだから。
そして、「世界2位」となった後、逸した大魚の大きさと、ここまで来る事のできた満足感、そして決勝のトルシェ采配に対する疑問、それらが微妙にブレンドされた不可思議な思い−やはりこれらをまとめて快感と呼ぶべきであろう−は格好の酒の肴となった。
それにしても、幸せな2週間だった。新潟に行かなかった事を心底後悔させられる程、序盤の日本の出来は素晴らしかった。準決勝の豪州戦の出来は褒められた物ではなかったが、中田を軸としたチームスピリットは凄まじいものがあった。そして、フランスに玉砕。

 少なくとも決勝戦については「勝てないにしても、もっとやれたのではないか」ではないかと言う消化不良も残ったのもまた事実だった。本稿では、その消化不良への愚痴をつらつら述べる事になる。


2.リザーブで戦った決勝後半

       後半立ち上がり、稲本が交替でフィールドを去る時に、「日本は、世界チャンピオンに対して、リザーブのメンバをMFに並べ戦おうとしているのだ」と思った。私の持論だが、ミッドフィールドの戦いを優位に進めるために最も重要なのは、所謂ボランチとサイドMF(4DFならばサイドバック)。稲本交替後のこれらのポジションは、波戸−戸田−伊東−三浦淳。これらの4選手は、(あくまでも私にとってはですが)大変失礼な言い方になるが、日本代表選手ではあるが、日本を代表するミッドフィルダとは言えないタレントたちである。
さらに2人目の交替がオーロラビジョンに大写しになった瞬間の驚きたるや、なかった。小野もフィールドから去ろうとしている。
 中田も名波も中村もいない(これはトルシェ氏が気の毒)。明神もいない。そして稲本も小野もいなくなった(こちらはトルシェ氏の選択)。考えてみれば、この6人がいなくても、世界チャンピオンとまともに試合を行っているのだから、凄いと言えば凄いのだけど。
 試合前日のトルシェ氏は、共同インタビューで「中田の不在」を問われた時に、「いない人間の事は語らない」と言ったそうだ。おっしゃる通りだ。したがって、ここでは決勝時点で横浜にいなかった人間、つまり中田、名波、中村については論じないようにしよう。しかし、明神、稲本、小野の不在は、全てトルシェ氏の判断によるものなのだ。
今大会、日本が最も出来がよかった試合がカメルーン戦だった事に異議を唱える人はおるまい。いや、あのカメルーン戦は、「今大会最も出来がよかった」と言うよりは「かつての歴史上最も出来がよかった」と言っても過言ではないと思うが。
あの時のボランチとサイドMFを思い起こしてみればよい。明神−稲本−戸田−小野である。
 そう。私は明神を起用せず、稲本、小野を早い段階で交替させた事が、トルシェ氏の自殺行為だったと思うのである。


3.堅固な守備をいかに崩すか

     

 フランスの守備は実に強い。デザイイとリザラスは健在。ブランとテュランとデシャンがいなくなった(あるいはいなかった)が、そこにはルブフとカランブーとビエイラがいた。
かつて将軍プラティニが君臨していた時代の、トレゾール、ボッシ、バチストン、アモロ、フェルナンデスらも相当だったが、彼らは大事な所(これが大抵西ドイツ戦なのだが)で、必ず間抜けなチョンボをして、前線の将軍を失望させていた。しかし、最近のフランスの後方の名手たちは、そのような愛嬌は期待できず、強いし巧いし安定している。しかも(上記の先輩たち同様に)攻撃能力も抜群。
このような堅固な守備は、偶然には崩れないのだ。私の持論だが、守備が強いチームと弱いチームの最も大きな違いは、「つまらないミスによる失点が多いか少ないか」にあると見ている。
98年ワールドカップのアルゼンチン戦やクロアチア戦の失点を思い起こしてみよう。アルゼンチン戦の失点は、相馬のミスパスから。クロアチア戦は、中田のミスパス(今の中田があのようなミスをするとは思えない、あれから3年、本当に成長してくれたものだ...まともに試合の出場権を与えられない不合理な環境の中にいたにも関わらず)と山口の淡白なプレイの組み合わせから。いかに岡田氏と井原が技巧と知性の粋を尽した守備ラインを構成しても、個人のミスは防ぎようがない。そして、今回のフランスにはそのような偶然は殆ど期待できない(その僅かな偶然が、豪州戦の失点と言えるのかもしれないが)。
 決勝戦を思い起こしてみよう。安易なクロスは全て、撥ね返されるのみならず、確実につながれる。判断が遅れた瞬間にパスコースを塞がれる。不用意なドリブルは全てコースを切られる。そして、あの将軍時代の魅力的な時代と異なりミスがない。
 彼らからゴールを奪うためには、偶然に頼ってはならないのだ。つまり強引なクロスを入れて敵DFのミスを待つとか、滅多に突破に成功しないFWの単身突破に期待するとか、そのような偶然によるゴール(私はこのようなゴールを「交通事故」と呼ぶ)は、敵が強ければ強いほど、期待できないと言う事だ。
 では偶然に頼らないゴールとは何か。言うだけは簡単である。真面目に労働者がスペースを作り、丁寧にパスをつなぎ、時に名手がドリブルを織り合わせ、最後のラストパスなり突破なり得点なりを、天才に託すゴールである。つまり、正々堂々と技巧、戦術、駆け引き、ファンタジアを組み合わせ、守備ラインをこじ開けての本格的なゴールである。具体的には、我々がカナダから奪った2点目、3点目がよい例である。
 相手がフランスのように、強ければ強いほど、偶然に頼る攻めは通用しない。つまり、本格的なゴールを生真面目に狙う必要があるはずだ。だから、ここまでしつこく、ガタガタ愚痴を言っていたのである。フランスが強いからこそ、間合いの天才小野も、展開の広さの天才稲本も、スペースメーキングの天才明神も、もちろんフリーランニングの天才森島も、全員並べる事で、技巧で崩す事を志向する攻撃を見せて欲しかったのである。あの決勝戦、確率は低いかもしれないが、フランスを撃破して、世界一になる可能性は、これしかなかったのではないかと思うのである。
 考え方を変えよう。もし、今大会の狙いを来年の成功のための準備と仮定しても話は同じである。明神や森島のスペースメークを受けて、稲本や小野がフランス相手にどのように巧技を発揮し、どのくらい好機を作れるかは、来年の試金石として極めて重要なテストだったはずだ。来年の本大会で、久保と中山の2トップに戸田と伊東が精度の低いロングボールをぶつける機会があるとは思えないのだ。

 本コーナでに再三触れたが、明神を外し、波戸、伊東を起用した事は全く納得できない。
波戸はよい選手だ。しかし、そのよさはあくまでもスピードを活かした強引な突破と、頑健なタレントに負けない脚力にある。つまり技巧的な攻撃を仕掛けてくるチームに対しては、守備面に課題を残すタレントである。スペイン戦でもムニティスの技巧の前に、再三突破を許していたし、豪州戦でも敵のパスワークに後方に下がる事を余儀なくされ、終盤再三クロスを上げられ、苦戦の要因となった。そしてこの日はヴィルトールに対し、ズルズルと後方に後退。後半、日本が全く抵抗できなかったのは、波戸の押し上げの遅さも主要因となった。この選手は右サイドをどうしても突破したい時に起用すべきであり、守りを固めたい時、つないで敵DFラインを破りたい時には起用されるべきではない。
 伊東についても、何故トルシェ氏がここまで拘泥するのかは不明だ。若い頃から、その技巧と冷静な球捌きが期待された伊東だが、早いもので20代後半となった。若い頃、私が期待したボール捌きのスピードは上がらず、また強引に攻撃に参加する頻度も上がらない。フランス戦でも、DFからのショートパスを、周囲に散らすでもなく、つなぐ事に終始し、90分間を終えた。明神のようなスペースメークも、稲本のような大きな展開も、名波のような展開の速さも、何も実現できていない。若い頃の期待が大き過ぎたのだろうか。トルシェ氏が伊東に拘泥する理由も不明だが、来年の22人に残る可能性は、今回のコンフェデカップで完全に消えたと見た。


4.ありがとう、フィリップ

     

 しかしながら、世界2位である。

 しかも、名波と中村と高原が離脱し、最終日には中田も帰国してしまった状況だったのだ。ベストメンバとは言えない状況下での見事な成績である。

 決勝については愚痴の残る展開だった事は確か。
 しかし、あのカメルーン戦(特に後半)を見せられて、一体何の不満があるのだとも、思う。
 日本協会は、神業としか言えない彗眼で、フランスワールドカップで凡庸なチームだった南アフリカの監督フィリップ・トルシェ氏を代表監督に招聘した。以前も述べたが、日本の技巧を駆使したパスワークを活かすサッカーと、トルシェ氏のコンセプトは完璧に一致し、徐々に素晴らしいチームが作られつつある。そして、紆余曲折あったが、あのカメルーン戦のような、完璧と言っても過言ではない、日本代表チームを見せてもらえたのである。
今後のワールドカップ準備がどう進むかはわからない。ISLの倒産のために、最悪2002年大会そのものが中止となる恐れもまだ残っている。何とか、2002年大会が無事開催されたとして、特長と欠点が明瞭な日本代表が、上位進出するのは容易な事でないかもしれない。
 しかし、あのカメルーン戦のような「完璧な日本代表」を一度でよいから見せてくれたのだから、私はある意味満足している。あの試合ができただけでも、我々はトルシェ氏を呼んだ甲斐があったのである。

 ああ、新潟に行くべきだった…

 結びに余談。
 トルシェ氏の今大会で最も残念だったのは、中田の帰国阻止に失敗した事でも、決勝の謎の采配でもない。トルシェ氏には何の責任もないのだが、決勝戦試合前、ラ・マルセイユズをフランス代表が歌っていた際に、TVカメラが氏を大写しにしなかった事である。


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