● フィリップ、気を取り直せ    
−豪州戦−
2001.06.09

       豪雨の中の死闘は、「類似の戦闘能力のチーム同士の戦いにおいては、両軍の中で一番巧い奴がいる方のチームが勝つ」と言う、古典的サッカー格言(な〜んてのがあるのか、どうかは知りませんが)を再確認する試合だった。
 ああ、それなのに。

1.ようやくの腕章だったのに

       先頭で入場する中田を見て、ようやく「最適なタレント」が腕章を巻いた事に安堵感を覚えたのは、私だけではないのではないか。
  中田の栄光に包まれた歴史はまだ始まったばかりである。まだ若い中田だが、既に今までも何度となく個人能力で、日本の危機を救い、我々に歓喜を提供してくれてきた。そして、この日の試合も、そのような「中田マッチ」フォルダに保存される試合の1つとなった。しかし、この日の豪州戦は、彼の偉大な歴史の中でも、特別 な「中田マッチ」となったはず。今後、10年近く(もしかしたら10年以上かもしれない)巻き続けるA代表の腕章を初めて巻いた試合だったのだから。
 FKの強烈な弾道も素晴らしかった。そして、後半人数が少ない状態で、頑健な豪州DF陣を、技巧と肉体の組み合わせで薙ぎ倒して前進する姿は、感動的だった。
 私は日本人であり、思い込みの激しい人間である。だからこそ、断言しよう。中田は、ジダン、リバウド、ダビッツ、ヴェロン、ラウル、フィーゴらと、もはや同ランクの選手である。

 未だ信じられないのだが、本当に中田はローマへ向かう(向かった?)のだろうか。後1つ勝てば、「世界チャンピオン」なのに。
  当初中田が発言した「ローマに戻りたい」は、完全にフェイントだと思っていた。どうせ、トルシェ氏得意の「強い要望」により「泣く子とトルシェには勝てない」(もとへ「トルシェと地頭には勝てない」の方が正しいか)ので、日本に残ることになる。とりあえず中田はカペロ氏とカフーとバティステュータとローマサポータへ「ローマへ戻りたかったのだが」と発言した実績を残せる。
 私はコンフェデ前は、中田の将来にとってはコンフェデには参加せずローマに残る方が、有効ではないかと思っていた。正直言って、錯乱フィリップが解消されているとは思えず、中田の力をもってしても、優勝を狙うのは難しいと思っていたからだ。しかし、私は間違っており、トルシェ氏と中田たちは素晴らしい仕事をして、後1つで(若干インチキくさいが)世界チャンピオンと言うところまでたどりついた。だったら、そのまま日本のために戦うべきではないか。
 私は過去何度となく、「己の要求をひたすら追及したがる」トルシェ氏をからかってきた。しかし、今回は完全にトルシェ氏を支持する。今回だけは中田はローマに戻ってはいけない。
 何故か。理由は簡単だ。 「今後、中田が欧州のトップリーグで優勝の機会を迎える確率と、日本代表が公式大会で優勝する確率では、明らかに前者が高い」 からである。前者の確率が相当高い事は言うまでもあるまい。しかし、後者に関しては、中田が現役中はおろか、いやこの小原稿を読んでいる皆様が生きている間はおろか、いや人類が滅亡するまでの間かもしれないが、2度と訪れないかもしれないのだ。
 私にしては謙虚すぎるのではないか、と思われる方もいるかもしれない。では、逆(つまり思いっきり尊大なスタンスで)の理由も書こう。 「中田がワールドカップを制し、高々と掲げる機会は、2006年しかない(やはり2002年はちょっと難しいのでは、2010年は年齢的にやや厳しい)。今回のコンフェデを優勝すれば、2005年のコンフェデに自動出場できるので、2006年向けの強化には最適である」
 もちろん、2004年のアジアカップを制すればよいのであるが、ご承知のようにそれはそれで容易なことではない(急に現実的に戻りました)。もっとも、いい加減なFIFAのやることだから、次回コンフェデカップがまともに開催されるかは甚だ疑問であるが。しかし、もし、2004年アジアカップを勝ち損ね、2005年にまともにコンフェデが開催されたときに、今回の中田の選択を苦々しく思い出すことがない事を、切に願う。
 中田の勘違いを指摘しておきたい。HPを通じて「セリエA優勝の瞬間に日本人がいる事に意味がある」と言う趣旨の発言をしたと聞いた。はっきり言って納得できない。なるほど、セリエA優勝チームに、我が同胞が所属する事態は初めてだ。しかし、世界最高峰のリーグ制覇に日本人が貢献するのは、決して初めてではない。
 77−78シーズン、当時世界最高峰と多くの人が認めていたブンデスリーガ、天下の名将バイスバイラー氏に率いられた1FCケルンが見事な優勝を遂げた。そのフィールドに奥寺がいた。欧州のトップリーグの優勝を経験する日本人は、既に過去にいたのだ。 読売新聞によると、中田の帰国を承認した?「日本協会」にトルシェ氏が激怒していると言う。そりゃ、怒るよな。少なくとも、フリだけでもよいから、最後まで中田を慰留する格好を示して欲しかった。 まあ、以前「トルシェ氏をどう評価するか」でも指摘したのだが、トルシェ氏はいつも些細な事でも自分の要求を通 そうと大騒ぎする傾向がある。日本協会は、「ああ、またトルシェ君が騒いでいる」くらいにしか思わず、ついつい中田の希望を聞いてしまったのではないか。だから、あの原稿を書いたときに指摘したのだ。いつもいつも、妥協してもよいような瑣末な事でも声高に要求するから、聞き手も「狼少年」だと思い、本質的で重要な要求が通 らないことがあるよ、と。 もちろん、「中田よ、とにかく日本に残って、フランスを屠ってくれ」と言う思いが強いからグジャグジャ文句を言ってるだけなんだけどね。もう仕方がない。中田はいない。ジダンを除くフランス人とカペロ氏とバティステュータとカフーとローマのサポータは喜び、日本人とトルシェ氏とアンチェロッティ氏とジダンとダビッツとデルピエロとユーベのサポータとディエゴを含むナポリのサポータとトッティは悲しむ。 と、ここまで書いて、ハッと気がついた。前向きになろう。主軸抜きのフランスは移動で疲労している、ホームグラウンドの有利さもある中田抜きでも、きっと勝てる。いや、勝つんだ。


2.豪州戦を振り返る

      明神の不在
  それにしても、前半の出来は酷かった。理由は簡単で、明神を使わなかったからだ。もっとも、私の今までの原稿を読んでいただくとおわかりでしょうが、私は明神が大好きなのです。だから、思いっきり割り引いて読んでくださいね。
 日本がここまで中盤のパス回しで優位に立てなかった試合は珍しい。「サンドゥニの惨劇」と「コルドバの幻」くらいではないか。ブラジル相手(先日の鹿島にしても、昨年の五輪にしても)でも、もっとつなげた。
 でも、当方のメンバを考えれば仕方がないところもある。中盤のつなぎに最も重要なポジションは、ボランチとサイドMFだが、この日は、右から波戸−稲本−戸田−小野。波戸と戸田は本来DFである。トルシェ氏は、豪州の高さを恐れたのかもしれないが、このMFではなかなか得意のパスワークは展開できない(一方でこの日のスタメンは本当にでかい選手ばかり、180ないのは、川口、小野、中田だけである)。
 だから、明神さえいれば...となる訳である。もちろん、服部でもよいが。 トルシェ氏、選手交替の妙 私は、前半押し込まれた時間帯から、戸田に替えて明神を使うのではないかと思った、いや期待した。ところが、予想外の事故が起こった。森岡の負傷である。このため、交替カードが一枚使われてしまったので、いっそう明神投入が困難になってしまった。私ならは、森岡に替えて明神を投入し、戸田をDFに下げたが。
 後半の服部と小野の交替は、なかなか判断が難しいところ。確かに1−0でリードしており、そろそろ豪州が無理攻めに切り替えそうなタイミングとなっていたところ。サイドに守備が強く、縦への突破ができ逆襲速攻に効果 的な服部を起用するのは理にかなってはいる(だったら、最初からスタメンでボランチかDFで使えばよい、しつこいけれど)。しかし、ここで小野を外せば、遅攻による崩しと、ボールキープはかなり難しくなる。タイトルマッチの準決勝であり、トルシェ氏としては、結果 を求め、逆襲への道を選択したのであろう。 ところが、その直後、氏の判断が実に適切であった事を示す大事件が起こる。鈴木の退場である。とすれば、勝っている日本は守りを固めるしかない(固めればよい)。もし、この時点で服部が投入されてなければ、おそらく波戸のみDFラインに下げて、変則の4−4−1を取り、様子を見ながら服部か明神を投入することになったはず。そうだとすると、退場直後、守備が落ち着く前に猛攻をしかけられた場合のリスクは高かった。しかし、既に服部が入っていたため、選手たちは落ち着いて、5DFに切り替えればよかった。 トルシェ氏は鈴木の退場まで読んでいたのだろうか。
  森島の投入も見事だった。森島と同時にゴール裏でウォームアップしていたのは、中山と明神。 もし、同点あるいは逆転されてどうしても点を取らねばならなくなった時は、中山投入(あの92年アジアカップ準決勝、松永が暴行で退場になった大ピンチ後に、感動の決勝ゴールを決めたのは、他ならぬ 交替出場した中山だったのを思い出したのは私だけではあるまい)。 一方、完全に中盤を制圧され、押し込まれるようだったら明神投入。
 そして、日本にとっては幸運にも、そのような不幸な事態は起こらず、森島が無事投入できた。森島ならば、攻守のバランスを崩さずに戦えるし、森島のスピードを警戒する敵DFが前がかりに来るのを防げる、もし万が一にその後失点し延長に入っても中田と森島で得点を狙える。しかも、その投入タイミングも絶妙だった。
 あれより早いと他の選手が負傷した場合、11対9で戦わねばならなくなるリスクが高くなる。あれより遅いと、森島を無視して力攻めをしてくるかもしれない。
 本当に素晴らしい選手交替だった。あれで、さらに森島が2つの決定機のどちらかを決めてくれていれば最高だったのだが。次は頼みます。
 それにしても、準決勝と言うのはいつでも厳しい試合になるものだ。ただし、試合中は、人数が少ないと言う恐怖を十分に愉しんだわけだが、敵に決定機はほとんど与えず、一方当方は中田と森島が2本ずつ決定機を掴んだのだから、退場後の試合運びは悪くなかった。
 もっとも、波戸と服部(外国人はこの2人の発音を巧く区別する事ができるのだろうか)に注文がある。75分あたりだったか、この2人がそれぞれ前線に進出し相前後してクロスを入れた場面 があった。あの場面は、巧く敵のつなぎをカットして逆襲できたが、中央の人数は足りていなかった。あそこからクロスに持ち込まず、敵陣深いサイドで拠点を作ってキープすれば、押し込まれていた時間帯から逃げ出せた可能性も高い。経験がまだ浅い波戸ならばいざ知らず、服部には冷静な判断をしてもらいたかった。
 また2人とも、守備面では中に絞りすぎていたように思える。中央には高さではそうはやられない松田と上村がいるのだから、両翼をもっと厳しく守ってよかったと思うのだが。
 ただし、強引なクロスで確保していたボールを失うのは感心しないが、状況に応じて大胆に攻め上がるのは重要。最大の決定機だった森島のダイビングヘッドの場面 、森島からのリターンを受けた中田の外側を、波戸が高速で駆け上がり敵DFを引き出し中田に余裕を与えた。いい攻め上がりだった。


3.決勝を前に

       思いっきり、尊大モードに戻ります。
 3位決定戦、決勝共に興味深い組み合わせとなった。3位決定戦は、そのまま南米−オセアニアのプレイオフの前哨戦となるかもしれない組み合わせである。お互い中核選手はいないが、秋口を見ての戦いになるかもしれない。
 一方、決勝は既にワールドカップ本大会出場権を確保し、上位進出を伺うチーム同士の戦いである。
 ここは冒頭の格言を思い出そう。 「類似の戦闘能力のチーム同士の戦いにおいては、両軍の中で一番巧い奴がいる方のチームが勝つ」
 我らには小野がいる。だから、我々が勝つ。 カメルーン戦、中田交替後、小野は全軍を指揮し、フィールドに君臨した。中田がいる以上、そのような機会が今後そうは訪れないのではないかと予想した(「フィリップ、もう大丈夫だよね −カメルーン戦−」)。しかし、そうではなかった。決勝戦、我々はフィールド全体に君臨する小野を愉しむ事ができる。 決勝戦、トルシェ氏には、小野に腕章を任せる事を提案したい。フランスを打ち破り、高々と世界一のカップを上げる小野。そして、欧州へ。



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