● 胸を張れ、フィリップ
  −コンフェデレーションカップを前に−
2001.05.30

1.若者たちの成長

     

 美しい軌跡のゴールだった。
 東アジア大会決勝戦。後半も煮詰まった82分。ここまで日本学生選抜は、豪州のアンダ20を相手に、見事な組織戦を展開しペースを掴んでいたが、どうしても崩しきれない。そこで迎えたゴール前のFK。ゴールの期待は高まった。
 私はここまでの試合内容に十分に満足していた。(素晴らしいプレイでの優勝と言う歓びを与えてくれた彼らには甚だ失礼ではあるが)この日プレイしていた選手は、この年代でのトッププレイヤとは言えない。彼らが今後A代表にまで進出するのは、かなり難しかろう。しかし、そのレヴェルのプレイヤたちが、ここまで高度なサッカーを見せてくれる。それだけでも、私は十分に満足していたのだ。
 ここまでのサッカーを見せてくれた選手たちの努力、彼らを育成したこれまでの指導者の方々、そしてチームをまとめ上げた瀧井氏とスタッフたちに、大いなる敬意を表したい。名著「ワールドサッカーの戦術」を著した瀧井氏は、理論面のみならず実践面でも十分な指導能力がある事を、今大会で改めて見せ付けてくれた。隠れた2006、2010年の候補の1人と言えよう。J1での実績が作られる事を期待したい。
 TV解説の楚輪氏は、このチームのエースである山根の一発を期待したようだったが、私は違った。もう2年の月日が経ってしまったが、あのワールドユース。イングランド戦で鮮やかなFKを決めた石川を忘れがたかったのだ。そして...十分な満足感のある試合は、さらに素晴らしいメインデッシュを終盤に提供してくれた。直後に大逆転で優勝決定戦を制した貴乃花の表情と共に、私はあのFKの軌跡を忘れないだろう。
 決勝進出したあのチームの唯一人の大学生、石川は着実に成長し、その左足は鋭さを増していた。藤枝が生んだ偉大な先輩、名波の左足を継ぐかのように。

 美しい軌跡のゴールと言えば、もう1つ。
 感動的な東アジア大会制覇の一日前、平塚で行われたベルマーレ−フロンターレ戦。
 前半立上りの5分。ベルマーレの高田保は、ペナルティエリア右角付近より突破を試みる。敵DFが抜かれるのを警戒し間合いを開け過ぎたのを見た瞬間、高田保は思いきりよくシュート。角度の無い所から放たれた一発は美しい放物線でGKの頭上を越え、逆サイドネットに吸い込まれた。
 高田保は、ここ数試合、すっかりベルマーレのエースストライカとして風格を身に付け始めている。元々この選手は、前線での質のよい動きで中盤からのボールの引き出しに定評があった。あのワールドユースでも、貴重な控え選手として活躍した。
 しかし、ワールドユース後の2シーズンは、フィジカルの弱さのため(それをカバーするほどの技巧にも欠けていたため)に、頑健なJリーグのディフェンダの前に精彩を欠いたように思えた。引き出しの巧さが特長の選手なのに、ウィングバックで起用されるなど、せっかくの才能が活かし切れていない感もあった。
 ところが、改めて最前線に起用されるようになり、ここ数試合は好調。特に上半身が昨シーズンより相当強くなったようだ。DFの寄せにも崩れなくなり、かつ素早いボール扱いと強気の姿勢により、再三単身でDFラインの裏を狙う。上半身の強化は、DFを抜き去った後も奏功し、立ち足をしっかりと踏み込んだシュートなりラストパスが狙える。
 この日の一発は、裏を警戒しすぎたDFの虚をついたもの。ようやく、ベルマーレ自前の好素材が本物になりつつある。

 この週末の2人の若手タレントの美しい軌跡のゴールを思い出しながら、一杯やりつつ、TVのスポーツニュースを見ていたら、代表合宿に参加中の小野がインタヴューで、並々ならぬ決意を表していた。
「今回がラストチャンスだと思っている」
 ワールドユース準優勝の精鋭たちは順調に成長を重ねている。高原と稲本は代表のレギュラをほぼ手中にした。中田浩も準レギュラの扱い。本山、小笠原、酒井、遠藤は完全に自チームの中軸選手として代表を伺う。またワールドユースでは控えだった播戸の成長も著しい。決して戦力的には十分と言えないコンサドーレがJリーグで上位で戦えているのも、播戸の安定したボールキープと突破がベースになっている。
 そのような状況下で、ワールドユースではキャプテンを務め、自他ともに認めるチームリーダだった小野としても、コンフェデレーションカップにかける意欲は相当なものがあるのだろう。小野からすれば、名波と中村が負傷離脱した今回は、本当に大きなチャンスである。今大会最も注目すべき日本人プレイヤである事は間違いあるまい。


2.コンフェデレーションカップにどう臨むか.

     

 以前述べたが、かつてのトルシェ氏は、日本代表が苦杯を喫したために錯乱しても、比較的早く立ち直っていた。しかし、「サンドゥニの惨劇」は、氏の自信(あるいは故郷に錦を飾ろうとする野望)を粉々に打ち砕いてしまった模様で、スペイン戦は氏には似合わない守備的なスタイルで戦った。内容こそ散々だったが、0−1と言うそこそこの結果を残す事ができたので、錯乱状況から回復してくれる事が期待された。
 ところが、残念ながらスペイン戦後の言動を見る限り、まだ回復していないようだ。その最大の例は、サッカーマガジンで酷評されたと言う理由での、連載掲載拒否だろう。もはや、その態度は子供である(旧作「トルシェ君は大騒ぎ」もお読みください)。

 私は日本代表が守備的でも構わないと思っている。個人的にこだわりたいのは、根底にある日本のサッカーのスタイル<浅い守備ライン(決してフラットには拘泥しないが)と素早いパスワーク>に準拠したチーム作りをしてもらう事だ。守備的でも、日本の特長を活かした魅力あるチーム作りは十分可能なはずだ。スペイン戦では、新しいやり方になじんでいなかった事もあり、パスワークはイマイチだった。しかし、あのスタイルをベースにして素早いパスワークを駆使して、時間帯を選んで攻撃的にシフトしたり、敵の隙を見つけてカウンタを狙うチームを作る事も可能だろう。それはそれで堅実で悪くないチームが出きる可能性も高い。むしろ、現在の日本からすれば、来年のワールドカップでベスト8以上を目指す上では最適な戦略かもしれない。
 しかし、もし本当にトルシェ氏が方向転換し、上記の「スペイン戦方式」をベースにしたチーム作りで今後戦い続けるとしたら、非常に残念に思う。以下理由を述べる。
1. トルシェ氏が昨年のアジアカップや五輪で見せてくれた、あの魅惑的な超攻撃的なチームが、もはや見られなくなってしまう。あのサッカーは、「スペイン戦方式」とは根底から相容れないものがある。
2. 中田、名波、中村、森島、小野と言った豪華絢爛な技巧あふれるMFを、「スペイン戦方式」では同時に並べて使うのが難しいではないか。つまりおもちゃ箱の中の宝物を他国に見せびらかす機会が減る。そもそもトルシェ氏の凄腕と魅力は彼らを同時に多数使用するところにあったのだが。
3. 「スペイン戦方式」で戦う以上は、戦い方の主体はあくまでも敵にある(流行言葉で言えばリアクションサッカー)。敵に対応しながら、細やかに布陣を切替えたり、駆け引きをする事が必要になる。しかしトルシェ氏はそのような采配そのものを苦手にしており、よい結果が期待できないように思える。スペイン戦の終盤だって、氏が適切な采配を振るっていれば勝てたはず。もっとはっきり言えば、氏のような「性格が素直な」人間には、陰険な策謀を駆使すべき「スペイン戦方式」は向いていないと思うのである。

 だから私は、あのスペイン戦は、「コルドバの幻」で終わらせて欲しいと思っている。コンフェデレーションカップは、ホームで戦う利点、さほど強くない敵(カナダよりは強かろう、カメルーンだってベストコンディションにはほど遠い、ブラジルだって1軍半)と言う条件を考慮すれば、十分「アジアカップ方式」で戦えるはず。そして、横浜で(ジダン、アンリ抜きだが)フランスに復讐戦を挑むのだ。
 名波、中村、高原と中核こそ欠いており、状況は確かに厳しい。しかし、セリエA制覇の現場に立ち会うと言う栄誉を捨ててまで中田が帰国してくれた(彼自身にとって、この選択が適切なのかは甚だ疑問だが、ここは素直に彼の判断に感謝したい)。 そして、何より並々ならぬ決意で今大会に臨もうとしている小野もいる。

 だからトルシェ氏には自信を取り戻し、再びあの攻撃的サッカーを指向して欲しい。望みたいのは、マスコミに対する尊大な態度ではなく、相手チームに対して自信のある態度である。
 冒頭で述べたように、ワールドユースから2年が経った。あの歓喜を与えてくれた若者たちは順調に成長している。あの若者たちを素材として作り上げたのは、80年近い歴史を持つ日本のサッカー界である。しかし、彼らに機会を提供し、世界への道筋をつける事にトルシェ氏が大いに貢献した事を否定する人はおるまい。
 あれだけ前途有為なタレントを開拓し、アジアカップを見事に制覇した事で、我々がトルシェ氏を雇用した意義は十分あったのであり、世界チャンピオンに敵地で粉砕されたとしても、その栄誉は薄れない。トルシェ氏は性格面、発言面には確かに問題はある。しかし、監督としての能力は間違い無く高い。だからこそ、トルシェ氏には立ち直り、本来の指向を活かして、堂々とフェデレーションカップを戦い、2002年を目指して欲しいのだ。

 そう、フィリップ、胸を張って戦ってくれ。


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