● トルシェ氏をどう評価するか (4) 2000.07.03

4. トルシェ采配の謎

     

 ここまで,トルシェ氏の長所、短所を述べてきたが、それらとは別に、 2年もお付き合いをしていながら、まだ謎な点も何点かある。本章ではそれを述べていく。

なお、「謎」と言うと、否定的な印象があるかもしれないが、 そのような意味で使っている訳ではない。 上記してきたように、トルシェ氏は素晴らしい点も多いが、 問題点もまた多いと思っている。
「謎」の裏は、楽しみ半分、不安半分とお思いいただきたい。


 ■4.1 フラット3をどう発展させるのか

     

 やはり、トルシェ氏を語るのに、フラット3の議論は必要だろう。
私が知りたい事は、 トルシェ氏が2002年の代表の守備の完成形をどのように考えているのかだ。 言い換えると、W杯で、ブラジル、アルゼンチン、オランダと言った世界最強国と戦うときに、 このディフェンスラインをどのように発展させて、守ろうとしているのか、である。

 最近のA代表の守備ぶりを見ると、 当初トルシェ氏が標榜していたフラット3からやや質的に守り方が替わって来たように思うのは私だけだろうか。

 Wユースでも五輪代表でも、ラインコントロールを軸に守備ラインを構成した。
一方で、最近のA代表は、松田と言う肉体的強さ、 柔軟な敵との対応、カバーリングそれぞれに満足できるディフェンダが軸に入った事で、 ラインコントロールのみならず守備者の個人守備能力で守る場面を多く見るように思えるのだ。
韓国戦の前半は、服部−松田−森岡とまさに個人守備能力が高い選手が、 ロングボールで攻めかける韓国の猛攻を見事にはね返した。 フランス戦でも、松田と森岡は、フランスFWをほぼ完璧に押さえた。 逆に言えば、Wユースの際はラインコントロールのみを軸にした先駆的な守備方法と言えたが、 最近のA代表は、イタリアやアルゼンチンも採用している普通の? ゾーンによる3DFになってきたようにも思えるのだ。 おそらくトルシェ氏の指向は、ラインコントロールを基礎として、 個人的な守備能力が強い選手を並べる事なのではないか。

 では、今後の守備ラインはどうなっていくのだろうか。
今後のベースとなるのは、韓国戦の3人と思われるが、 技巧的でラインコントロールに優れる中田浩と宮本が弱点の守備能力をどう高めるか。 逆に、守備能力には定評があるが、現状では選考外になっている秋田、 鈴木秀、薩川、上村あたりが、見直されるのか。
フラット3を採る以上は、個々の守備能力がどうしても重要になるので、 こう言ったタレントは重要になると思うのだが。

 面白い事に、若い頃守備能力が低かったが、 経験を積むに連れてその能力を高めた名ディフェンダはほとんど記憶がない。 井原、加藤久、堀池、皆代表にデビューした時から、守備能力は非常に高かった。
うまく言えないが、守備の個人能力を持ち上げるのは相当難しい気がするのだ。 と言うより、守備の感覚と言うのは、ある意味で攻撃以上に素質がものを言うようにも思うのだ。 だから、秋田らの能力を活かさないのはもったいないと思うのだが。

 余談だが、逆にストライカについては、デビュー時には全く役に立たなかったが、 後年大成する選手が多い。カズとか原とか。と言う事で、西沢に期待しよう。

 ラインコントロールと個々の守備能力とのベストの組み合わせが、 どのように探されていくのか、非常に興味のあるところだ。 そして、ブラジルなどの最強国に対し、3DF以外のオプションをどのように持つか (あるいは持たないつもりなのか)も着目したい。
Wユースでは、サイドMFをDFラインに加え、 フラット4なり5の守備ラインで守りきる策がしばしば採られた。 このようなオプションをA代表でどう持つつもりなのだろうか。

 シドニーやアジアカップでその将来構想の片鱗が見られることをまずは期待したい。 それにしても、もう2年も監督をしているのだから、片鱗くらいは見せて欲しい物なのだが...

 余談だが、フランス戦の松田の軽率なプレイによる2点目の失点は非常に痛かった。 あのまま2−1で終盤を迎えれば、フランスはさすがに猛攻に出ただろう。そうなれば、 日本にとって格好の経験になったのみならず、 トルシェ氏の守備オプションを垣間見る機会になったはずなのだが。


 ■4.2 工夫のない攻め

     

 守備ラインの組織化の指導について、トルシェ氏の能力は既に発揮されているが、 トップレベルでチームとしての攻めを創り出す指導力があるのかどうかはまだ未知数である。
ここで、「チームとしての攻め」とは、 コンビによる攻めとかチーム全体の約束事によるスペース作りの事である。

例えば、フランス予選終盤の岡田ジャパンでは、 北澤の陽動動作で左サイドにオープンスペースを作り、 名波の好フィードと相馬の判断よい飛び出しで、再三ゴールを奪っていた。 このようなチーム全体として狙った攻撃の種類が多ければ多いほど、 攻撃は厚くなる。増して、今の日本のMFたちは即興的な技巧を得意とする選手も多いから、 チームとして得意なパタンを持てば、その流れから別なオプションに切替えて、 多彩な攻撃が期待できる。あれだけの人材がいるのだから、そのような攻めを見たいではないか。

 そのような意味で、私は現状のトルシェ采配には不満が多い。ただし、 氏の強化プランが守備の強化から始まっているようなので、 今までじっと我慢して待っているのである。

 先日のボリビア戦の2点目のコンビネーションは、 細かなパスワークの練習の賜物、に見えた。が、同様のコンビネーションは、 その後は見られなかった。このような攻めの頻度が増えてくるのを期待したい。

 Wユースでは、メキシコ戦での右サイドから崩す作戦とか、 ウルグアイ戦での本山をフリーにする動きとか、監督の采配で敵を崩した風の事例が見られた。 しかし、現地で取材していた友人によると、 そのような練習は一切行われていなかったとの事なので、これらは氏の采配ではなく、 小野、本山、酒井らのイマジネーションと見るべきだろう。

 ただし、気になる点もある。FWの起用法である。 うがった見方かもしれないが、2トップの選手の役割指示が明確でないように思えるのだ。
例えば、先日のボリビア戦、西沢がサイドに流れ、 柳沢が中央で待つ形が再三見られた。これでは、持ち味が逆である。
同様の問題は五輪代表で、福田が再三オープンに飛びだし、 平瀬が中央で待ち受けるケースなどでも見受けられた。 相互のタイプを考えた役割の指示が出ていないのではないか。

 これは考え過ぎかもしれない。 それぞれ選手が独自の判断で不運にも相互の持ち味を殺しながらプレイしてしまった可能性も否定できない。
しかし、守備についてあれだけ細かな指示を徹底させている監督にしては、 攻撃について明確な指示が出ていないように思えて気になるのである。

 ともあれ、守備の整備がほぼ終わったように見うけられる今後は、 トルシェ氏も攻めの整備にかかってくれるのではないか。 まさか、自分が指導するのは「守備のオートマティズムまで」とは言わないだろうし。
まずはシドニーなりレバノンを期待して見てみよう。


 ■4.3 選手選考基準と起用法

     

 トルシェ氏の選手選考基準も興味深いものがある。
4.1で述べた秋田のような守備能力のある選手や名良橋、 相馬のようにオーソドックスなサイドバックも選ばれていない。 守備を重視するポジションの選手にも、 密集でもボールをそこそこキープする能力を求めているからだろうか。

 確かにフランス戦では、お互い厳しいプレスの中で、 追いこまれながらも日本の方が自分のペースでボールをキープできていた。 これは、短い時間とは言え、敵に囲まれても持ちこたえ、 隣の選手につなぐ、と言う能力がフランス以上 (少なくともあの試合に関してはですが)だったからだ!

 話を戻そう。このチーム全体のボールキープ技術と、 統制の取れた位置取りが、攻守両面に渡り今後もチームの基盤となるのだろう。 そのような意味では、現在の氏の選考基準は理解できる。

 しかし、一方でその基準に拘泥してしまうと、 チームの多様性をせばめてしまう危惧があるのではないかとも思う。

 例えば、右サイドのMFである。現在レギュラは、 望月または伊東である。この2人は、どちらも典型的な技巧派で、 上記したキープと言う意味では非常に有効な選手である。
特にフランス戦の伊東は、 短い時間でもとりあえずキープをして稲本と名波がよいポジションに移動する時間を稼ぐのに非常に貢献した。 サイドMFに技巧派を起用する事を好むトルシェ氏の期待によく応えたといえるだろう (もちろん、この日の彼の最高のプレイは2点目の起点となった名波へのロングパスだったが)。

 しかし、一方で攻撃面でこの2人のプレイには不満が多い。
望月は韓国戦でも中国戦でも、タイミングのよい攻めあがりから再三の決定機を掴んだが、 フィニッシュは酷い物だった。韓国戦での守備の失態は論外である。
伊東も再三このポジションで起用されているが、サイドの突破や守備面での活躍は少ない。 しかも悪い事に2人とも同タイプであり、どちらを起用してもキープ面では悪くないが、 変化は生まれない。

 例えば、名良橋ならば、キープ面では劣るので強敵との試合では不適かもしれないが、 同格以下の相手から点を取る意味では有効だろう。
若手がよいなら市川がいる。逆に守りを固めるならば、 明神や中西ならば違う守り方が可能になる。どうして、 こう言った違うタイプの選手を試さないのか、 いつも望月と伊東に拘泥するのか謎である。
ちなみに左サイドは、中村、名波、三浦淳、服部、 中田浩と様々なタイプの選手が試され、実績を挙げているのと偉い違いである。

 同様にディフェンダについても、 上記したように守備能力が高い選手たちを起用するのも面白いと思うのだが。

 選手の起用の拘泥と言えば、トルシェ氏の選手の起用方法に、 もう一つ大きな特徴がある。
氏は短気な性格に見えるが、かなり我慢強く、一部の選手にチャンスを与え続ける事だ。
例えば、伊東、望月は典型的である。また、 斎藤、田坂は昨シーズン、出来の悪い試合が続いたが、何回もチャンスを与えられた。
一方、久保のように、ほとんどプレイ時間を与えられない選手もいる。
このアンバランスは、興味深い謎である。

 一部に、トルシェ氏の選考基準は「自己の実力をよく主張する事」 ではないかと言う説がある。選手に対して再三「感情表現」を明確にした 「成熟した大人」であって欲しいと要求しているからだ。

 しかし、私にはそうは思えない。トルシェ氏が好んで起用する伊東は、 能力の割に最も自己表現が弱い選手の1人だと思う。
伊東の特徴は堅実なボールさばきと、時に見せる素晴らしい攻撃プレイだと思う。 フランス戦の2点目の起点となる名波へのロングパスは本当にすごかった。
しかし、一方で伊東に対する不満は、そのようなプレイをできるのに、 滅多に見せてくれない事である。もちろん、伊東の堅実さは大変な長所であるが。 逆になかなか起用されない久保のサンフレッチェでのプレイは、 実に「自己主張」にあふれている。守備的なチームのエースストライカゆえ、 絶えず自力での突破を要求される事もあろうが。
一部に久保は「無口だから氏の好みに合わない」と言う説もあるようだが、 伊東が能弁だとも思えないのだが...

 このあたりの独特な選手選考基準や起用方法の真意は、 今後明かされるだろうか?野次馬として興味深いネタである。


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