● トルシェ氏をどう評価するか (2) 2000.07.03

2. トルシェ氏の素晴らしさ

 ■2.1 Wユース準優勝、シドニー出場権獲得と言う実績

     

Wユースの快挙に文句を言う人はいないだろう。
日本サッカー界の若年層育成が誇られるのは当然として、 トルシェ氏の巧みなチーム作りと采配の貢献も大きかった。 本稿でも再三触れていく事になるが、 この大会はトルシェ氏が采配面でも創意工夫を凝らした貴重な大会となった。

一方、五輪出場権獲得は、相手国との戦闘能力差を考慮すると、 さほどの成果とも言えないかもしれない。しかし、 サッカーと言う非常に不確実な競技においては、 戦闘能力の劣る相手に確実に勝つことは十分一つの成果なのである。
そして、この予選をほとんど危うい場面なしに乗り切った事は評価されてよいと思う。 ホームカザフ戦試合前、友人が言った。
「加茂や西野なら采配ミスによる興奮が味わえそうなものだが...」


 ■2.2 若手の育成

     

トルシェ氏が優秀な若手選手を多数育成する事に成功した事を否定する人はおるまい。 フランス戦、フランスのメンバのほとんどがW杯メンバだったが、 一方日本はフランスでフィールドに立ったのは、中田、名波、森島だけである。 優秀な素材を供給したのは、日本サッカー界の若年層育成プログラムの勝利であるが、 以下述べるように彼らの成長に氏が貢献したのは間違いない。

 トルシェ氏が日本を去っても、優秀な選手は残る。

  2.2.1 スーパスター候補の大化け −中村、稲本、松田− 

     

 中田は現状で別格として、現在の五輪代表世代で稲本、松田、中村の3人はA代表で、 レギュラと言うよりは既に中核と言う存在になりつつある。彼らは中田の後を継ぎ、 世界的なスターになる可能性もある。この3人を代表に抜擢し、能力を発揮させた事は、 トルシェ氏の大きな成果である。

 3人はそれぞれユース代表の中心選手であり、 将来代表の中核に育つ事が期待された逸材だった。従って、 彼らがA代表の中核となった要因は、彼ら自身の素質であり、 トルシェ氏の指導はそれほど重要ではないかと言う意見も多いようだ。
しかし、私はそう思わない。この3人は皆、トルシェジャパンに定着するに当たっては、 それぞれトルシェ氏と一悶着起こしている事に注目しよう。

 中村が五輪代表に選抜された頃は、攻撃的MFとしての評価は小野の方が高く、 中田の召集があれば控えに退く事が予想されていた。トルシェ氏に左サイドのポジションを渡され、 不満をマスコミに漏らしたり、控えに回されたりしたのはそれほど昔のことではない。

 稲本はWユース前の負傷から始まった不調が長引き、 一時は五輪チームそのものから外された事すらあった。五輪2次予選前には、 レギュラはおろか代表に残れないのではないかとも言われた。

 松田に至っては、アジア大会のメンバから外されるなど当初から構想外だった。
2次予選前には、五輪代表に召集されながら、試合に起用されない不満を漏らし、 一度チームを追放されている。ジュニアユース時代から将来の日本の中核と期待された逸材は、 過去4年に渡って私の期待を裏切ってくれたと言う前科もあり、 ついにここまでかと失望したものだった。

 しかし、彼ら3人はそれぞれに単独チームでも代表でも結果を出し、A代表に定着した。 3人とも「好素材」から「トッププレイヤ」に大きく化けたのだ。そして、 それぞれの「大化け」のタイミングは、 それぞれのトルシェ氏との一悶着の解消と一致しているではないか。 トルシェ氏の指導が、彼らの成長に大きく貢献した事は間違いない。
 3人共近々欧州へ旅立つ事になろうが、数年後に彼らが世界的な存在となった時、 これらのエピソードが欧州に知られれば、トルシェ氏の名声はより高まるだろう。

  2.2.2 抜擢された選手たち 

     

トルシェの抜擢から、一気にトッププレイヤに上り詰めた選手は、 上記3人のスーパスター候補以外にも多い。

明神
明神は、豊富な運動量やボール奪取の巧さが特長だったが、 トルシェ氏の守備戦術の切り替えに応じて様々なポジションを任された。
明神は氏の期待によく応え、元々の長所に加え、 つなぎのパスのタイミングや好守両面を支えるポジショニングが格段に向上し、 五輪代表はもちろんレイソルでも完全な中心選手に成長した。 日本のMF陣は大変な激戦区だが、技巧派の選手が多い。 「技術もあり頭もいい労働者」である明神は、その長所である「労働」の量を一層増やす事で、 日本にとって非常に重要な選手に成長する可能性を持つ。

中田浩
中田浩二はWユースでDF不足時に左CBにコンバートされ、 そのまま五輪でレギュラを奪取。A代表でも同じポジションでレギュラを伺うまでになった。
アントラーズでは本来の守備的MFを基点に、 巧みに最終ラインに加わる一方で前線でのラストパスを狙うなど、 非常に広範な仕事を担当している。広範な仕事をこなすMFとして、 世界のサッカー史に名を残したトニーニョ・セレーゾ氏の指導の下、 どこまでその素質を伸ばす事ができるか。

森岡
森岡の成長にも是非触れたい。
昨シーズン、A代表に選考された事自体は、 彼自身が日本のトップレベルのプレイヤになったからであり、 トルシェ氏の抜擢とは言えないだろう。Jリーグで好プレイを見せている選手を起用しただけの事だ。
 しかし、不運な負傷でしばらく選考外となり、 その負傷が回復した後にすぐに代表に再選考したトルシェ氏の判断は高く評価したい。 代表ゲームで活躍できれば、自信を取り戻す事は容易である。 そして、トッププレイヤにとって、自信は非常に重要である。 森岡は中国戦で活躍し、一気にトップフォームを取り戻す事に成功した。 それどころか、読みのよさを活かした思いきりのよいインタセプトで、 1対1が格段に強くなり、昨シーズンより明らかに一段レベルアップしたように思える。
トップクラスのプレイヤに成長した選手の数に比べて、 トップクラスのプレイを長年維持できた選手の数は格段に少ないものだ。 森岡自身が日本のトップクラスと言えるレベルまで上がってきたのは、ここ1、2年のこと。 もし、負傷回復後すぐに森岡を代表に選考しなければ、 ここまで短かい期間に彼の回復はなかったのではないか。

一部に、氏の要求は非常に先端的なものなので若手の柔軟さがなければついていけない、 と言う俗説があるようだが、私は賛同しない。 最近のA代表のメンバからは、次第に五輪代表選手が外れ、 Jリーグで実績を挙げている中堅選手が主体となっているからだ。

当初、氏が若手選手を偏愛?したように見えたのは、 単に若手選手と接する時間が多かったからだけだろう。氏の良さは、 指導方針が先端的な事ではなく、上記したように、好素材の選手に機会を与え、 見事に成長させている事である。


 ■2.3 組織的で攻撃的なサッカー指向と実現
   −日本の伝統的スタイル、現有戦力との一致−

     

 トルシェ氏が指向するサッカーは、中盤で組織的なプレスをかけ、 浅いラインでオフサイドトラップを多用しボールを奪い、素早い攻撃を狙うものだ。 そして、その組織化のための反復練習は非常に見事なものだと言う。
A代表にその徹底がなされるのに、いささか時間がかかったと言う問題はあるが、 トルシェ氏は指向するサッカーと、その実現のための指導力は素晴らしいものがある事は間違いない。

 ここで重要な事は、日本の伝統的サッカースタイルが、 トルシェ氏の指向とよく一致している事だ。日本のサッカースタイルは、 以前より中盤での豊富な運動量による統制が取られたプレスと浅い守備ライン、 そして技巧的で素早い攻撃にある。トルシェ氏が韓国やUAEの監督に就任したら、 その国の伝統と自分の指向の乖離にさぞ苦労する事だろう。

 もっとも、中盤のプレスと浅い守備ラインはモダンサッカーとして、 欧州でも南米でもトップチームでは主流となっている訳で、 トルシェ氏の指向は決して珍しいものではない。 ただしその中でも、監督による色付けの違いがある。

最も極端な例だが、前イタリア代表のチェーザレ・マルディニ氏の指向も中盤での厚いプレス、 浅いライン、速い展開だったが、技巧に富んだ創造的な攻撃的選手 (はやりの言葉で言えばファンタジスタ)をFWとして1名しか起用しない点が独特のもの。
 前フランス代表監督エメ・ジャケ氏のサッカー指向も同様だったが、 攻撃についてはジダンに全権を任せるためか、カントナ、 ジノラのような他の創造的な選手は排除した。

 この両氏に限らず、ファンタジスタを並べると、お互いが干渉し邪魔しあったり、 ファンタジタにボールを配給する選手が不足しうまくいかない事を恐れる監督は多い。 したがって、ファンタジスタを多数保有しながら、 同時に起用する人数は最小限に留めているチームも多い。

 一方、トルシェ氏はフラット3を基礎にしているためもあるが、 サイドMFを含め中盤に多数の創造的な選手を起用するのを好み、 攻撃的なサッカーを狙う。そして、今の日本は創造的な中盤選手を多数有するのだ。
中田、中村、小野、少しスタイルが違うが、名波もその系列に加えてよいだろう。 今の所トルシェ氏は彼らをズラリと並べ、攻撃的サッカーを機能させるのに成功している。
このようなチーム構成と、攻撃的なサッカーへの指向は、 我々サポータの自尊心を満足させる。 自国のおもちゃ箱に入っている宝物は他国に見せびらかしたいではないですか。

 世界中の監督の多くは、「攻撃的サッカー」を目指すと公言するが、 内実は非常に守備的なサッカーを狙う場合が多い。しかし、 トルシェ氏のサッカーは本当に攻撃的だ。敵がブラジルだろうが、 メキシコだろうが、フランスだろうが、絶えず攻めを指向する。 もっとも、中盤の組織が機能しないと、ペルーに殲滅されるリスクもあるが。

 そう考えてみると、 創造的なMFを多数抱える日本とトルシェ氏の邂逅は見事なものだとも思えてきませんか。


 ■2.4 垣間見える鮮やかな采配

     

 トルシェ氏は、チーム作りは巧いが試合の采配は巧くないと言う批判の声をしばしば聞く。 確かに、思わず目を覆いたくなるような采配もある事は否定しない(それについえては後述する)。 しかし一方で、鮮やかな采配の切れ味も再三見せてくれているのだ。

  2.4.1 カザフ戦で見せた呪術 

     

 五輪2次予選、ホームのカザフ戦で見せたトルシェ氏の采配の見事さは忘れ難い。
試合展開などの詳細をご記憶でない方は以前の原稿「初めて見たトルシェ氏の呪術」 を参考いただきたい。ここでは簡単に振返るに留める。

  1. 前半終了間際の酒井の起用そのものが好守両面の改善だった事。

  2. 後半立ち上がりに本山を投入し、酒井、本山の両翼攻撃を狙う。
    この交替の時間差がカザフの対応の遅れを招き、 後半早々から両翼攻撃が奏効しカザフを完全に押し込んだ事。

  3. 後半半ばにこの日のベストプレイヤだった稲本に替え高原を投入。
    この時点でカザフの中盤は日本の猛攻への対応に疲労困憊していた。
    「配球者」より「敵陣への突入者」が必要とされたタイミングを適切に見ていた事。

事実、この直後の同点ゴールでは、 日本の大エースである中田が長時間サイドでフリーだったのにカザフはカバーできなかった、 つまり稲本なしでも攻撃が成立するほどカザフは疲労していた。そして、 高原の飛び込みにより、得点者の平瀬がフリーになった。

 この采配を見事と言わず何と言えばよいのだろう。
たとえ、カザフがやや格下であるにせよ、思わぬ失点を回復するための創意工夫を、 3枚と言う限られたカードで見事に実現した手腕。私はこの試合の采配を見ただけでも、 この怪人が日本に来てくれたよかったと思っている。

 余談だが、その前のホームタイ戦で、後半開始早々交替投入された平瀬が、 直後にCKから見事なヘディングシュートを決めた。「トルシェ采配ズバリ」 と絶賛する向きがあるようだが、あれはただの偶然ではないか。 あれでトルシェ氏を誉める人はトルシェ氏の本当の良さを理解していない。

  2.4.2 韓国戦、巧みな修正 

     

 先日の韓国戦は、(後で触れるが)河錫舟の一発以降、 トルシェ氏独特の錯乱采配が連発された事が多くの人に記憶されているようだ。また、 (これも後で触れるが)後半の切り札として準備していた森島と中村と言う大駒2枚を切るタイミングを逸したトルシェ氏の大失敗が、 直接の敗因として記憶される試合だとも言える。

 しかし一方で、あの試合は、 後半立ち上がりに見せた見事な修正を指示したトルシェ氏の監督としての能力を再確認した試合でもあった。
後半立ち上がり、キックオフ直後の中田を中心とするプレスはすさまじいものがあった。 その数プレイで、一気に韓国の前掛かりを押え込み、 後半を日本ペースにするのに成功した。 この修正は見事にチーム一丸として行われたが、 ほぼ間違いなくトルシェ氏によって行われたと見る。 ハーフタイムに適切な修正が行われたのだろう。

 不思議にこのような好采配は議論の対象にならないのは何故だろうか。

  2.4.3 Wユースの七転八倒 

     

 もちろん、Wユースの上位進出までに見せたトルシェ采配の七転八倒もまた忘れ難い。
特にこの大会では、サイドMFの控えの石川、加地、 FWの控えの播戸と高田と言う4人の選手を実に巧く使っていた。 時にはDFラインの数を3枚に限定せず、 4DFあるいは5DFで守り切るやり方を見せたのもこの大会の特徴だった。

 そして、この大会での氏のやりくりは、状況によっては彼もフラット3に拘泥せず、 色々なやり方を見せるのだ、と言う「将来の含み」を我々に残してくれた。

 シドニーとレバノンで、トルシェ氏はナイジェリアで見せたあの見事な七転八倒を、 また見せてくれるのだろうか。


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