広瀬一朗氏のコラム 第29回 (静岡新聞 3月15日掲載)
【スポーツと情報化】 〜システム決定に遅れ〜

 ついに20002W杯の予選が始まった。
 各大陸のトップを切って、 北中米カリブ海地区のトリニダードトバゴ対オランダ領アンティル戦が4日午後6時に行われる。 その1時間半後には、同じ北中米カリブ海地区予選で、ホンジュラスとニカラグアが対戦する。 日本と韓国、前回優勝で出場権をもつフランスを除き、全世界で195カ国・地域が参加して、約2年の長丁場を戦い抜く。 出場切符は残り29。
 「いよいよ」という感じがするが、一方準備の方はと言えば、TVの放送とIT関連の遅れが気になる。。 TVの方は今までも様々なメディアが取り上げているので、今回はIT。 ITというのは、「コンピューターを利用した情報の蓄積と流通」のことだ。 インターネットがその代表格だが、はやりの電子メールもそのひとつ。 その情報システム(IT)を提供する会社がなかなか決定しないのだ。 W杯の大会運営と情報通信の発展を歴史的にちょっと振り返ってみよう。 通信に関して、ファックスが導入されたのが86年のメキシコ大会の時。 公式スポンサーだったキヤノンが41台を提供しているが、同大会ではまだテレックスが主流であったため、ファックスの利用率は2〜3割程度ではなかったろうか。 ところが、88年のサッカー欧州選手権ではほとんどファックスによる通信が主流となり、既にパソコンを持ち込む記者も現れた。 トヨタカップの海外放映権の交渉においても、テレックスとファックスの使用率が逆転したのが、大体この頃であったと記憶している。
 90年のワールドカップ・イタリア大会は、単なるスポーツ大会の枠を越えた国家的プロジェクトの様相を呈していた。 当時のイタリアは世界第5位のハイ・テク産業国であったが、そのイメージは以前ファッション、料理、芸術、観光等のロー・テクなものが圧倒的に中心であった。 そこで、このギャップを解消し、先進的イメージを確立する絶好の機会と捉え、そのためにイタリア国営放送局(RAI)や電信電話局とオリベッティ社が、国家の全面的なバックアップのもとに、このプロジェクトを推進した。 3社からは何千人もの人がワールドカップ組織委員会に出向し、その中核となって実施運営にあたった。 その際オリベッティ社は、コンピューターを利用した一般の人にも利用しやすいデータベースと呼べるものを初めて開発したが、その開発費は数百億リラとも言われている。 この大会では、従来の顔写真を後から貼りつけるタイプではない、 写真と一体型のIDカードも初めて開発された。 公式スポンサーであった富士写真フィルムは、登録スタッフやプレスのデータベースに 写真画像情報を組み込むのに莫大な投資を行った。 但しこのシステムはローマにしかなく、登録証(ID)を取得するためには一旦ローマに赴く必要があった。 しかし94年のアメリカ大会では、会場となった9つの都市全てにこのシステムが備えられ、どこでもID取得が可能になり、通信ネットワークによる分散型処理化が進んでいた。 この大会は、ゴア副大統領が提唱する「情報ハイウェー構想」のモデルとして、「全米9会場を結ぶネットワーク」や「米国議会図書館が15個分のデータ量蓄積」「世界最速の通信回線」などの実現で、W杯のマルチメディア化が画期的に進歩した大会としても記憶されるだろう。 もっとも、我々が当時驚嘆したアメリカのシステムも、今や少なくともワールドカップでは最低条件になりつつある。 マルチメディア社会は確実に近づいていると言えるのではないだろうか。
 ところで皮肉なことに、IT産業の成熟化は、従来の「スポーツイベントを契機にした情報システムの開発」というものの価値を相対的に低下させているようだ。 つまり、情報通信産業が未成熟な段階では、その産業が「絵空事」ではなく現実化することを具体的に示すことが大変重要なのだ。 W杯や五輪は将にそういった「壮大な実験場」としての意味を持っていた。 研究室で開発されたシステムは、現実に機能するのか。 現実に利用する上で問題が生じたなら、それを改良することが、その大会運営のためであるのと同時に、自分達の技術ノウハウを高めるためでもあったのだ。 そのためには莫大な費用がかかったり、あるいは必要なスタッフを提供することは、開発に伴う当然のコストとみなされていたのである。 その上、これらの大会で利用された場合のPR効果と、ビジネス上の作業実績から得られる信用という大変具体的なメリットが、当時の公式スポンサーには確かに存在したのである。
 しかしながら今や高度情報化社会の到来が、現実的であることは誰にも否定できない段階に至っている。 既に巨大スポーツ大会運営に関わる実績というものが、この産業においてどこからも欲しがられるようなものではなくなってしまっているのである。 また世界に名が知れている企業にとって、W杯の公式スポンサーになるということがどれだけの価値があるのか。 「法外な値段のものを買った」としたら、株主から指弾されかねないのが今日の経済情勢なのである。  一方、いまやコンピューターによる情報システムの用意されていない国際スポーツの運営実施は考えられなくなっている。 このギャップを埋めるために、公式ITスポンサー決定には随分時間がかかっているようだ。
 2002年のワールドカップの時は、日本で情報ハイウェーはどこまで進んでいるだろうか。 そして共催の相手国たる韓国と、どのようなシステムを共有するのだろうか。 その時は、そのシステム上で日韓共通の文脈を持つことができているだろうか。 その時、そこから我々はその他の分野でも、コミュニケーションをすることが開始出来るかもしれない。


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