【W杯最初の一歩・予選ドロー】〜集まり始めた世界の目〜
|
1999年末に日本で展開されたサッカーのインターナショナルウィークのトリは、12月7日に行われた2002年W杯の予選組み合わせ(ドロー)である。
が、その前に静岡だけにはもう一つ重要なインターナショナル・イベントが12月4日に行われた。ジュビロ対エスパルスの静岡ダービー・マッチによるJリーグのチャンピオンシップの初戦である。何故これがW杯開催地にとって重要なことだったか、それを話そう。
静岡県に限らず開催が決まっている地にとって、W杯は海外への大きなPR機会でもある。各地ともどうしたら有功な情報発信を行うことができるか、知恵を絞っている最中だ。静岡県は、その第一歩としてトヨタカップで来日し予選抽選会まで滞日する外人プレスをチャンピオンシップに招待し、取材をしてもらい、併せて知事との懇親会をセットした。日本まではそれぞれが自前の費用で来日しているし、静岡県のチーム同志で日本一を争う試合に招待するということで、少ない費用で最も有効なPRができると思い提案させて頂いた。
言うまでもなく、国際的なスポーツ大会開催を契機にした国際的な情報発信という点は、大変重要な視点である。当然、そのためには外人プレスに対する対処が大きな鍵になる。この点の配慮を怠ると、せっかくの開催によって得られる成果は少なくなる。
先日行われた「公式マスコット」の発表の場で、フランスのレキップ紙の記者から「世界最大の国際スポーツ大会の公式記者発表が、日本語でしか行われないのは何故か?」と、質問とも非難とも受け取れる発言があった。「本日はスイスで世界に対して、ソウルでは韓国国内向けに、そしてここ東京では日本向けに発表した。」というJAWOCの説明に納得した外人プレスはどれだけいただろうか。
海外への情報発信を真剣に考え準備するなら、まず外人記者とはどういう傾向の人達なのかを理解しなければならない。県のスタッフにそういう機会を持ってもらうことも提案の意図ではあった。今回のスタッフの対応には、概ねプレスの連中は好意を持ったようだった。特に外人記者達は、トップとの直接インタビューを重視する。責任者に本人の(できれば個性ある)言葉で対応されると、例え意見は対立しようとその発言は尊重される。一番まずいのは「責任者がいないので分からない」といった対応だ。その瞬間「何かやましい事がある」と思われ、その思いが基本となった取材が始まる。そういった意味で石川知事の気さくな応答も含め、今回の試みは一定の成功を収めることができたと思う。
さて7日に行われたW杯の予選抽選会だが、会場の東京国際フォーラムには当日世界中からサッカー関係者が終結していた。久しぶりに会った昔の仲間達から、「Hey!
Long time no see!(久しぶり!)What are you
doing?( 今何してるの?)」などと声をかけられるのも楽しい。FIFAのブラッター会長ら幹部をはじめ、各国協会関係者、日本組織委員会(JAWOC)、韓国組織委員会(KOWOC)役員のほか、メディア関係など総勢2000人余が出席。このほか、一般招待客2000人が詰め掛ける。公募した観覧希望者は、定員400組(800人)に対し、約7000通の応募があったそうな。
史上最多となる197の国・地域がエントリーしている予選組み合わせを、大陸ごとに決める抽選会は大会最初の公式イベント。予選参加国にとっては、本選出場を目指した戦いが事実上スタートする。
抽選会はFIFAのゼンルフィネン事務総長の進行で、六つの大陸連盟ごとに順番に行なわれた。過去十数年、この役は前事務総長のブラッター氏が果たしていたので、きっと今日は手持ち無沙汰ではないか?等と思ってしまう。「ドロワー」(抽選のくじを担当)は、サッカー界から本大会での活躍が期待される小野伸二(浦和)と安貞桓(釜山大宇)の日韓の若手のホープ2人。小野君と並んだオランダ監督のライカールト氏がなかなかのスーツの着こなしである。(おそらくイタリアブランドと見た。)
抽選順位は、最も過酷で最も注目される欧州がトリ。しかもその最後の2つの枠が、イタリアとイングランド。8組の最後に入ったのはイタリア。従って最後の9組にイングランドが入る、と決まった瞬間、会場の一角から上がった歓声と拍手はきっとイタリアの関係者だったに違いない。前大会ではイングランドと同組で、プレーオフでやっと本大会への切符を手にしたのだから、気持ちはわかる。イングランドはドイツと同じ組で、またまた死のグループに入ってしまった。サッカーの神様はサッカーの母国に対して、なかなか過酷な試練を2大会連続して与えたもんだ。一方、比較的楽に本大会出場を決めそうなのは、スペインとスウェーデン。で、キャンプ地に名乗りをあげた浦和市が、そのスペインのサッカー協会と仮契約を結んだらしい。レッズはJ2に落ちたが、浦和はなかなかしっかりしていると見た。
会場を後にした時、NHK衛星TVでやっている「サッカー21」でおなじみの川原みなみちゃんと会った。「ついに2002年W杯に向けた最初の一歩を踏み出したんだ、と思うと感激して涙が出てきてしまいました。」と、上気した表情。そうだね。でもここからは、本当にすぐだよ。だからちゃんと準備しなくちゃね。
|
|