広瀬一郎氏のコラム   第12回 (静岡新聞 10月27日掲載)
サッカー王国・静岡】〜「日本の常識」は非常識〜

 静岡県を「サッカー王国」と呼ぶことがある。特に高校サッカー選手権のTV中継等では、毎年言われることなので余り違和感はない。実際静岡県の高校は全国大会では誇るに足る立派な実績を残しており、本県の出身者で現在のJリーグで活躍している選手の数は多い。暫く前の統計では、出身高校の上位3校が「静岡学園、清水商業、清水東」と静岡県が独占していた。今年は、Jリーグ初の同県内チャンピオンシップの可能性もある
では2002年になって、外国から訪れる大勢のサッカーファンに対して静岡県の説明をする時に、「サッカー王国」と言う言葉が何のてらいもなくできるだろうか。多くの人はそこで躊躇してしまうだろう。何故か。答えは簡単である。身もふたも無い話であるが、「日本自体のサッカーのレヘ゛ル」が低いからである。世界の中での日本サッカーのレベルについて多少の知識があれば、その中で「サッカー王国」と呼ばれているからと言っても、外国人に対してそう説明することは今のところ「とてもおこがましい」というのが正直なところであろう。
もっとも「前回のユース選手権で準優勝したのだから、日本のレベルだって国際的に中々なもんだ」と反論する人もいるかもしれない。確かにそれもまた一概に否定はできないのだが、問題になる「サッカーのレベル」とは実は単純に競技水準のことだけではないのである。「日本の常識は世界の非常識」とは、閉鎖的な日本の社会や経済についてよく言われる言葉ではあるが、「日本のサッカー」に関しても例外ではない。
例えば今年始まったシドニー五輪の予選では、その選手選考の過程で予選とJリーグの日程の調整をめぐって、トルシエ監督とサッカー協会とJリーク゛の間がギクシャクしたことがある。その時新聞では報道されなかったのだが、トルシエの漏らした感想は彼我の差を非常に象徴的に表していた。「五輪の予選期間に、国内のプロリーグをオフにしなければならないなんて、(世界の)常識では考えられなかった。」のである。
あるいは昨年のフリューゲルス消滅問題に関して、フランス勤務の経験が長く、欧州のサッカークラブ事情に明るい小生の友人の弁。「広瀬さん、欧州のクラブが財政が苦しくなった時、最初に切るのはトップチームなんですよ。クラブあってのプロチームですから、プロチームが無くなってもクラブは存続します。プロが無いからクラブも無くなるという考えは、欧州では理解できませんよ。」と言ってラシン・パリの例を挙げた。ラシンと言えばかつてウルグアイのエンソ・フランチェスコリが所属していたバリバリの有名クラブである。(フランチェスコリと言えば、マラドーナの翌年に南米最優秀選手に輝き、その後長くウルグアイの代表キャプテンを務め、96年のトヨタカップにアルゼンチンのリバープレートの一員として来日し、相変わらず優雅なプレーを披露してくれたのが印象的だった。)そのラシンが財政危機のためトップのプロチームを解消したのは数年前。現在のトップチームはアマチュア・リーグでプレーしているが、クラブを訪ねれば今も多くのクラブ・メンバーはそのままで、クラブのグランドでゲームを楽しんだり、クラブ員同志の交流も盛んであるという。
歴史的にまずクラブがあり、その後プロリーグができてプロチームが生まれるという経緯を経るのが世界の常識であれば、確かにその逆の日本は世界の非常識となる。おそらくスタジアムに関しても同様であろう。私の知るかぎり、ホームチームを持たないままスタジアムを作った欧米の例は二つ。世界陸上選手権を行うためにスタジアムを新築したドイツのシュツットガルト市と、昨年のW杯決勝を行った「スタッド・フランス」だけである。(パリSGのフランチャイズに失敗したため、パリ市は急遽2008年の五輪に立候補を決めた。どこにも泥縄はあるものだ。)
では日本で今回W杯の会場となるスタジアムはどうか。鹿島(アントラーズ)と大阪(セレッソ)以外は、W杯招致の際スタジアム建設が決定した後に急遽チームを作ったところか、あるいはホームチームを持っていないのである。それが悪いと言っているのではない。少なくとも世界的には非常識なのである。世界のサッカーの非常識を行う日本で「サッカー王国」と呼ばれている地方が、世界にそのまま「サッカー王国」と言ってもグローバル・スタンダードでは通じない訳が何となくお分かり頂けただろうか。(そもそも「サッカー」という呼称が一般的なのは日本と米国だけらしい。)
そこで私達が世界に誇れる事は何だろうか。逆説的に私は「サッカー」を誇ることを提唱したい。世界は日本が「サッカー後進国」であることを前提に来日するだろう。そこでサッカーに関する深い愛情が根づいており、高い理解や見識を示された時、世界はきっと「ムムッ!」と唸るに違いない。自閉した空間で内輪ウケのように「サッカー王国」と評されることに満足することなく、世界を唸らしてみようではないか。次回はその唸らせ方について考察する。

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