広瀬一郎氏のコラム   第11回 (静岡新聞 10月20日掲載)
【スタジアム・エコパ】〜利用者本意の施設に〜

 「良いスポーツ施設とは何か」という問いは答えに困る質問である。なぜなら、そこには「だれにとってよいか」という点が欠落しているからである。この「だれ」は単に利用者とは片づけられない。利用者にはA.競技者、B.観客、C.管理者及び関連事業者の三者が考えられる。施設の善し悪しはそれらそれぞれの立場から考えなければならない。
イベントプロデューサーであった経験から、施設と運営、特に興行として行う各種のスポーツイベントと施設機能に関していくつかのアイデアを披露しよう。
サッカーの試合を開催する場合、どうしてもハーフタイムにトイレに利用者が殺到し大変な混雑となる。これはその競技場の評判を落とすだけでなく、主催者にも苦情が寄せられる。トイレの混雑度を観客にインフォメーションするシステムを開発したり、TVモニターをトイレ付近に設置するなどの対応で改善は可能だろう。それができれば観客は適切な行動の判断材料を提供されることになり、トイレの混雑に対するフラストレーションもいくらか解消されるだろう。さらに、ハーフタイムをより有効に使えることによって、土産等の売店収入の増加も期待できる。
もうひとつは大型映像の位置。基本設計が終わった今では変更は困難だろうが、是非ゴール裏ではなくバックサイドに備えることを検討して欲しい。どうしても位置の変更が困難なら、是非メイン席に向くように角度が変えられるような工夫が欲しい。競技以外の多目的な利用を考えるなら、絶対この方が使いやすい。例えばコンサートやクローズドサーキットを行う場合、最も良い席のメインサイドがそのイベントの客席となり、その際大型映像装置が利用可能になる。1基数億円もする高額な設備の有効利用を検討すべきであろう。
要するに、利用者サイドにたって何が求められているかを基本に考え、対処して行くことが重要なのだ。それがマーケティングの視点であり、経営の根本なのである。
今、我々の周辺にある公共のスポーツ施設はそうしたマーケティングがなされているだろうか。利用者に対してはサービスの提供者というよりも、管理者としての発想で対応する(お上の)姿勢が依然として根強く残っているのではないだろうか。それが公共の福祉を目的とした施設の、21世紀における正しい姿とは到底言えないだろう。適切なマーケティングの手法を導入することで、今後の施設開発や改修、改善に役立ててほしい。
 「ある国が民主的であるか否かは、国民の社会への関わり合い、とりわけ地域社会レベルでの関わり合いの程度によって測ることができる。」というニューヨーク市立大学のロジャー・ハート教授の言葉には真摯に耳を傾けるべきであろう。
 そう考えると、スタジアムのデザインやネーミングはおろそかにするべきではない。それらには、住民のメッセージが込められている必要がある。間違っても「何々県総合競技場」などという安易なものにしてよいはずがない。(そこには理念やメッセージが読み取れまい。)
 幸いにして静岡県は新設のスタジアムに「エコパ」なる良い名を得た。エコロジー、(山間の地に響く)エコー、そして友達のパルからなる造語である。もっとも2002年に世界から訪れる多くの友人達にその謂れを説明する場合、エコロジーに関してはどういう説明をするのだろうか。気になるところではある。当然県の環境行政スタッフは、この点に関して、例えばゴミが周囲に出ないようなシステムや、太陽光などの自然エネルギーを利用する等の計画をもって参画しているに違いない。(と思う。でなければエコロジーの看板に偽りあり、ということになってしまおう。)
 もうひとつ提案がある。建築段階で県民の参画を図ること。新駅からスタジアムへの道の歩道部分を煉瓦敷にし、アトランタ五輪の時のように煉瓦を県民に売り出す。購入した県民の名前を刻んだ煉瓦が、スタジアムロードに敷かれるのである。購入した人だけでなく、ボランティアとして参加した人達にもその機会を与えるのもいい。W杯でここで最初にゴールを決めた選手の名を柱や入場門に冠して残したり、出場選手全員の足型(スパイク型?)を競技場のどこかに残す等も検討されたい。(ハリウッドのチャイニーズ・シアターを連想するとよい。)この地にたくさんの伝説を残すこと。その時エコパは単なる競技場から真のスタジアムになることができるだろう。

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