〜「市民クラブ」横浜FCの2年(4)〜

対立の構図 〜 市民を信じられなかった辻野・奥寺執行部

2001.01.13

 
 

 話がややこしいのは、赤字責任の所在をめぐって「辻野・奥寺以下現体制を守らなければJ2に昇格できない」と考えたソシオ理事会の多数派(理事の中でもこうした真実を知らされていたのはごく一部であるが)が、「市民の声を聞く民主的な組織体制を作らなければ、観客動員やボランティア運営、ひいては広告スポンサーなど、クラブの存立基盤そのものが揺るがされる」と考えた残り2人の株主(に加えて、そうした裏の事情や私的な対立感情を知らない少数の実務派ソシオ理事を中心とするサポーターの一部)の動きを、「昨年11月にいったん役員を退任したにも関わらず、宮崎氏は会社への復権と辻野社長の追い落としを狙ったもの」と読んだことにある。もちろん、一般のソシオ会員はそうしたことを知る由もない。
 それ以降の展開は会社内部の組織体制、リスク管理体制の問題から、「宮崎復権絶対阻止」を掲げて説得・根回しに走るソシオ理事多数派と辻野社長以下、会社スタッフらと、会社の資金繰りやソシオの基盤強化がいつまでたっても見通しのつかないことに心配といらだちを募らせる少数の実務派理事と財務・法律など専門知識を持ったソシオ会員ら間の議論のかみ合わない対立に発展していったのである。
 その後の展開は理事会の議事録、各種マスコミの報道などでもあらましを追うことができるので詳しくは省略するが、その後6月11日の公開理事会では宮崎氏によって役員退任の経緯、会社側加藤経理部長による予算編成の経緯が公表され、6月24日の公開理事会では会社から99年度末の貸借対照表と2000年度の予算表が公表された。また、8月6日の公開理事会では2000年度中間決算報告と、冒頭にも引用した来期の予算シミュレーションが公表された。
 会社からの財務データは、詳細はともかくとして全くの虚偽ではない(むしろ一般の未公開企業にはもっと悪質な粉飾決算が付き物)点で、いずれも一定の評価を与えられる内容が公表されている。それでも混乱した事態が収拾できなかった理由は、単純化の批判を覚悟でいえば、「ソシオの声をじっくり聞く場を、最後まで会社側が設けようとしなかった」ということに尽きると思う。おそらく、7月9日の臨時集会でも、8月26日のソシオ総会でも、とにかく丸一日かけて会社側がソシオの意見をじっくり聞き、辻野社長が具体的な問題解決に手と知恵を貸してくれるようにソシオに対してお願いをしていれば、これほど事態はこじれなかったであろう。実際、経営を心配していたソシオ会員の一部は、独自の運転資金調達プランから長い間の念願だった練習グラウンドの手配と具体的な整備計画まで準備して、会社側に提案できる機会を待っていたのである。遅くとも8月末までにこうした経営改善の提案が会社側に採用されていれば、横浜FCは今のような危機を迎えずにすんでいた可能性が高い。
 しかし、辻野社長とそのシンパの一部理事は、こうしたソシオからの経営改善の提案を受け入れることは、すなわち「宮崎氏の役員復帰、辻野・奥寺追い落としにつながる」と断じて、話し合いさえ拒否の姿勢を貫いた。かろうじて望月理事長が、こうしたソシオが自主的に設定した話し合いの場に出てきたが、彼は話を聞いていったん同意はしたものの、辻野社長や一部の強硬な考えの理事を話し合いに応じるように説得しようともしなかったのである(望月理事長は、辻野氏や強硬な理事から"反体制派"のソシオの言い分を確認して来るようにとの指示を受けて参加していただけだという指摘もある)。
 こうして、公開理事会での質疑や署名の提出など、さまざまなかたちでの改善提案がことごとくはじかれ、最後の頼みの綱だった辻野氏との直接会談(9月6日)でも、辻野氏に「法的手段にでも何でも訴えればいい」と一蹴されたことで、宮崎氏と鈴木氏は最後の手段に出ることを決意した。それは、株主権限による株主総会開催要請と、その場での新役員送り込みであった。2人が持つ株式を合わせれば、発行済み株式数の3分の2となり、役員の任命や代表取締役の解任といった、ほとんどの株主権限を行使することができる。「ソシオによる民主的な意思決定と経営への参画」をうたってきた両氏にとって、自分たちが「ソシオに代わって仮に持っているだけ」としてきた株式保有の権限を行使することは、それ自体大きな矛盾だった。しかし、彼らにはそれしか手だてが残されていなかったのである。彼らは周囲の専門知識のあるソシオ会員に、新役員として会社の経営を建て直すことを依頼して了解を取った上で、辻野社長に株主総会開催要請の通知を送りつけたのである。
 この後はマスコミにもさんざん書かれた通りの結末となった。辻野社長はこの最終手段をすでに想定していたのか、すぐさま反攻に出た。取締役会で資本金の増資を決議し、2人の株主が2000万円もの増資資金を1カ月もないうちに用意できないことを見越して、両氏が引き受けなかった株式を他のスポンサー企業などに買い取らせ、2人の株式保有比率を半分以下にしてしまうことを狙った。また、増資の件は伏せたまま、株主総会で自分が解任されるということを10月初めにマスコミにばらまき、同情を集めようとしたのだ。10月6日深夜から延々2日にわたる交渉の末、宮崎・鈴木両氏は株主総会の開催要請を取り下げ、彼らの会社改革の最後の望みは絶たれたのだった。10月末、非常勤で残っていた鈴木取締役は辻野社長に辞表を提出した。辻野社長も、11月11日の株主総会で役員を外れ、創業者はすべて舞台から去った。


 しかし、この一連の事件は皮肉にも広く世間に表沙汰になることで、Jリーグへの昇格審査にも決定的に大きな影響を残した。それまで会社内部の問題であった、横浜FCの経営体制の問題だったことが、Jリーグにとっても「市民クラブ」であるかどうかを左右する、きわめて重要な問題だということに認識が変わったのである。
 現在、創業者3人はいずれも会社の役員から退任したことで、「市民クラブ」横浜FCは宙に浮いている。株式も、最大の3分の1を奥寺社長自身が一時的に預かっていることで、宙に浮いたままと言える。これを「普通のクラブ」にするのか、それとも「本当の市民クラブ」へともう一度仕切り直すのか、それはまさに今後のソシオ会員をはじめとした、横浜FCに関わる人々すべてにかかっていることである。その意味で、僕らは2年前の振り出しに戻った。違うのは、与えられた舞台がJリーグかそうでないかということだけだ。
 横浜FCとは、「サッカー選手」だけが商品価値を持つ企業クラブと同一ではない。それは、本質的には「クラブの経営に参加する」ことそのものが、選手や監督をサポートし、いいゲームを楽しむこと以上に経済的価値の高いものであるということを証明しようとしている運動である。そして、多様な価値観と能力を持った「横浜FCを支えたい」という思いの人々の集合体である「ソシオ」を基盤にして、それがどこまで堅固で大きくなるかを、絶えず挑戦していくように運命づけられた運動である。
 今年起こったことを、決して後ろ向きにとらえてはならない。3人の創業者がそれぞれに持っていたクラブへの熱い思いを、マイナスの方向ではなく、プラスの方向へ転じていくのは、我々「ソシオ」全員の役割である。(青い翼通信編集部)

 
     

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