フットサルの代表選手は普段何をしているのか  
 

 

浜村  

今回、バンコクでフットサルのワールドカップ予選を取材されましたが、前回、日本が予選に出た時は取材されたのですか?

六川  

前回は海外に違う取材に行っていて行けなかったのです。

浜村  

その時もマリーニョ監督と密にコミニケーションをとったり、どのような選手が選ばれるとかの情報は持っていられたのですよね。

六川  

はい。

浜村  

その前回と比べて、今回の日本のワールドカップへの力の入れ方というのはどういう違いがあったんでしょうか。前回もすごく頑張っていたけど単に話題に上らなかっただけなのか、今回はお金のかけ方から全然違っていたのか、その辺の内容を教えてください。

六川  

今回は、簡単に言えば町のフットサルのお兄ちゃんたちを集めたチームだったということなんですけど、でも、日本のフットサルを支えているのは彼らなわけですから、やはり予選に勝って世界選手権に行ってもらいたかった。そうすることによって、今アマチュアスポーツがどういう状況に置かれているのか考えるきっかけになり得たと思うからです。

昔は日本にはステートアマというのがありましたが、それがどんどん崩壊していった。一方、プロ野球、大相撲というプロの団体があって、ま、サッカーは辛うじて一部プロフェショナリズムのクラブチームがありましたが、そういう状況の中で、いわゆるステートアマの一つの象徴的なスポーツとしてフットサルがある。それも、新しい「生き方」としてフットサルは存在していると思うんです。というのは、今まで企業におんぶに抱っこ。例えばラクビーにしたって、一応勤務時間は8時間ありますが、施設、経費、運営ははっきり言ってプロフェショナルです。

ところがフットサルの連中はそれこそ自分たちで生活費を稼いで自分たちで場所を借りて・・・。当然選手としての生活基盤を優先させるから、通常の会社組織の中で安定した収入を得るのは難しくなっている。例えば、今回みたいに一ヶ月前から選考合宿を三回やっているわけですが、まず普通のサラリーマンだったら参加できないですよ、企業に属している野球とか日本リーグとかの形じゃないんですから。そうすると、自分が今フットサルをやるということは、自分が「フットサルを生きる」という、自分の生き方そのものを表現する事になると思うのです。

だから何としても彼らに結果を出してもらいたかった。そして世界を目指しながら、新しい日本のスポーツのあり方、つまり自己責任においてフットサルをやっていくということを見せて欲しかった。新しい生き方を僕たちやフットサルの若い連中に提出してくれていると思うんです。でも実際、言うは易し行うは難しで、当然その限界があるわけですが、その限界を変えていくのが僕たちメディアであり協会の仕事であると思います。その問題提起を世界選手権でできたかもしれない。出ていってもきっとこてんぱんにやられるでしょう。イランだって歯が立たないわけですから日本だって歯が立つわけがない。でも、メディア的に今言ったようなことがアピール出来るのではないかなと思っていた。しかし逆に、僕が考えていた問題点がアジアでのっけから出てしまった。残念でした。なんて言うか、井の中の蛙という感じでした。
 

 
     

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