日本の歴史を貶めた功労者

― 旗振り役を演じた人たち ―


 私たち日本人が持つ昭和前期の歴史イメージ( ≒ 歴史観 ) といえば、中国をはじめアジア諸国を「 侵略 」し、各地で「残虐行為 」に明けくれたという負のイメージが大勢を占めているといってよいでしょう。そしてこの負の歴史イメージを決定づけたのは「侵略問題」 というより、日本軍・民が犯した「残虐行為」にあるのだと私は解釈しています。
 では、私たちは何をとおして、日本人による残虐事件や残虐行為を知ったのでしょう。また、その出所はどこなのでしょう。さらに、それらは多少おおげさな点はあるにしても、確かな事実なのでしょうか。
 私たちが日本軍民の残虐行為を知ったのは、60歳上であれば多分、活字メディアを中心に、これより若い世代は新聞にテレビ、教室が加わったといったところではないでしょうか。活字メディアの代表といえば、朝日新聞であることに異論は少ないでしょう。朝日が中国などから「残虐事件、残虐行為 」 を仕入れ、これでもかこれでもかと紙面に掲げたのは間違いないところですので。

       「中国戦犯」 の証言に関心を
 もうひとつ、重要なことがあります。それは、「中国戦犯」 と言われる人たちの「証 言」です。彼らの「証言」 の特徴の1つは、「想像を絶する」 としばしば形容されるような、異常というか、「吐き気をもよおす」 行為が語られているからです。それだけに、影響は大きかったと思います。
 少々、先走りすぎたようですので、順に話を進めます。

     1    よってたかって自国を悪者に

 1970年代の初め、つまり今から40年以上も前のことです。日本のメディアは「現地ルポ」などと称しては中国などに出かけ、日本軍・民の残虐行為、残虐事件を聞き出して、これでもかこれでもかと報じ、日本の過去を断罪しました。

加害者とされた日本側の裏づけ取材をしないままにです。

 先頭に立って煽(あお)ったのは間違いなく 朝日新聞 です。もちろん毎日新聞なども同様、ブロック紙、地方紙の多くも追随しました。
 さらに、NHK 以下のテレビが加わります。そして、これらが報じる残虐事件、残虐行為を事実と決めつけた大学教授、文化人ら によって、日本の過去断罪は一気に進みました。

    ・   「集団ヒステリー状態」 に
 報道された日本軍の所業は、ケタ違いの殺害数もさることながら、捕まえた中国人の内臓を取り出して食うといった「想像を絶する 」 行為が多数含まれていました。
 こんなことも手つだって、山本 七平 が言うように、日本人は「集団ヒステリー状態 」 に落ち入ってしまいました。そして、日本のメディアに火をつけられたのでしょう、日本軍の行為と日本の国家行動に対する謝罪、賠償 を迫る中国、韓国など海外の攻勢をまえに、日本はいく度となく謝罪を繰り返し、反省を表明します。
 そして報じられた日本軍の行為が中国、韓国、アジア諸国などに跳ね返えっては既定の事実となって、さらに欧米諸国をも含めて日本非難の声が大きくなる悪循環を引き起こしてしまいました。もちろん、これから先もつづくことでしょう。「南京大虐殺」「従軍慰安婦」 はその代表例ですし、他の問題もいずれ表面化、先鋭化するでしょう。
 このように、日本軍となるととにかく叩く悪癖が40年以上もつづき、日本のマスメディア、学者らにとって日本軍叩きは“正 義” となって、常態化したのです。

今日なお、学校教育、新聞報道などを通して、われわれに強い影響をあたえている「自虐史観」は、
ひとえに朝日新聞などマスコミがタネをまきちらし、さらに大学教授や文化人と称する人たちが加わって、
メディアとともに育てあげられたものなのです。にもかかわらず、
国民の多くはこれらを唯々諾々と受け入れたばかりでなく、むしろ同調したために、
メディア、学者らにとって日本軍叩き、自国叩きは商売としても繁盛するという奇観を呈したのでした。
このような状況が永くつづいたため、われわれの歴史観、歴史イメージは著しく歪んでしまい、
歪んでいること自体に気づいた人は、多少増えているとはいえ、まだまだ少ないのです。

 その結果でしょう、国家や軍隊は侵略戦争だの植民地化などという悪行をなす根源であるが故に、国家や軍隊はなければなくてよいものとばかりに軽視され、ときには国家の存在そのものが否定的に扱われる風潮へと結びついていったのだと思います。国家否定、国家意識の希薄化であり、「地球市民」などという浮ついた話につながっていきます。

     2    素晴らしい教育の「成果」

 「平和教育」 の名のもと、過去の日本を断罪する「日 教 組」は、これら一連の残虐報道に飛びつきました。残虐行為ほど生徒に分かりやすいものはなく、効果を期待できると踏んだからでしょう。
「カチンの森」発掘現場  戦後の日本の平和運動は「反米親ソ」 路線をとってきました。その理屈はというと、アメリカは帝国主義国家ゆえに「戦争勢力」であり、ソ連は社会主義国ゆえに「平和勢力」だとしました。したがって、ソ連の核兵器はよいけど、アメリカの核兵器はダメという理屈が堂々まかり通っていたのです。
 ところが、1970年代になると、スターリンが1930年代に行った大規模な党員処刑をふくむ残酷な政治弾圧 (大粛清 ) に見られるごとく、ソ連共産主義の実態が暴かれるにつれて、ソ連への幻想が失われていきました。かれらにとって、いわば心の故郷の喪失です。

    ・   カチンの森事件
 ソ連の悪の一例をあげましょう。画像は有名な「カチンの森」 事件の遺体発掘現場です。日米開戦前の1940年(昭和15年、第2次大戦の最中)、侵略したソ連軍に収容されたポーランド軍の将校中心に、ソ連秘密警察によって2万人以上がスモレンスク(白ロシア、現ベラルーシ)の近郊に連行のうえ処刑された事件です。
 ソ連はナチス・ドイツの悪行と戦時中から執拗に宣伝につとめましたが、多くの証拠の前に、やっと1990年に入ってゴルバチョフ・ソ連大統領が処刑はスターリン以下、ソ連指導者の命令で行われたことを認めました。実に50年が経過したことになります。

    ・   反 米 ⇒ 反 日 へ
 1980年代に入ると、日教組は戦争被害を教えるだけでは平和教育の目的は達成できず、加害の事実を教えること、つまり日本軍国主義の悪を教え込むことに力点を移していきました。「反 米」 から「反 日」 へのシフトです。日本軍による残虐行為は報道されただけでも山のごとくあるのですからネタには事欠きません。
 そんなとき、「教科書誤報事件」 (1982=昭和57年)が起こりました。事件というのは、高校用歴史教科書の文部省検定で、検定前の教科書に「侵 略」 とあった記述を「進 出」に書き換えさせたとして、日本のメディアが日本政府、文部省を集中非難したものでした。あたかも、中国や韓国からの非難を期待するような報道ぶりだったのです。
 ですが、書き換えの事実はなかったのです。にもかかわらず、中国、韓国の抗議に屈した日本政府は、教科書記述にあたっては中国、韓国など近隣諸国の批判に十分配慮するとした「近隣諸国条項」 が検定基準に加えられ、学問的に裏づけのない残虐事件も事実上フリーパスとなりました。なお、「教科書誤報事件と近隣諸国条項」については、⇒ こちら をどうぞ。
 このような動きに教科書出版会社が反応しないわけがありません。
 南京虐殺、三光作戦、強制連行など残虐行為を競うように取りあげ、教科書売り込みのセールスポイント になったのです。ですから、日本の歴史教科書と教師用の「虎の巻」(= 指導書 )は残虐事件の記述で溢れかえりました。
 大阪やほかの各地に建設された「平和博物館」 (=平和祈念館)だって視点は同じです。全国自治体に平和博物館を建てようと1983年、「平和博物館を創る会」が発足しました。
 呼びかけ人は永井 道雄 (朝日新聞論説委員、三木内閣で文部大臣)、家永 三郎 (教育大学教授)らでした。そこでの展示は、歴史教科書と同様、日本軍による加害を強調したものでした。
 こうした教科書、あるいは「平和博物館」を通じ、日本の過去断罪、国家否定という刷り込みが教室内で日常的に行われているのです。

    ・   国旗を踏みつける生徒の出現
 こうした教育の結果でしょう、国旗を踏みつける中学生 の出現です。報道(左画像)によれば、

〈 卒業式終了後、生徒たちが国旗を降ろし、
雪に埋めて踏みつけていたことが分かった。
式自体も、教職員らが国旗掲揚と国家斉唱を妨害するなど大混乱になった。 〉

 というのです。こんな例もありました。
 2000年3月の卒業式で、東京都・国立市立小学校の生徒が掲げた国旗を降ろすよう校長に要求。あげくに興奮状態になった学 童 は校長に向かって「あやまれ」「土下座しろ」と迫り、なかには泣き出す生徒もでてきたとのこと。そのうえ、保護者までもが「子供たちに謝ってほしい」と校長に向かって言い出す始末。
 世界のどこに父兄も参列する厳粛な卒業式で、自国の国旗を踏みつける生徒がいるでしょうか。また世界のどの国に校長に土下座を要求する小学生がいるでしょうか。判断力のない生徒たちは左がかった教師にそそのかされ、正しい行為のごとく錯覚し、ことにおよんだに違いありません。なんという教育の成果でしょう。
 卒業式での国旗掲揚、国歌の斉唱時に起立をしない( 不起立闘争 )ばかりか、気勢をあげるなどの妨害行為に出る教師が後を絶ちませんでした。その数も、例外などといって済まされない数に達しているのです。

    ・   「はだしのゲン」 で育つ学童たち
 2013年8月、マンガ本 「はだしのゲン」 を小・中学校の図書室で、生徒が自由に読めることが妥当かどうか、大きな問題となりました。
「はだしのゲン」  というのは、松江市教育委員会がこの本を「発展段階の子供に適切かどうか疑問」とし、生徒が自由に手にとって読めない処置をとりました。
 〈 閲覧制限はすぐ撤回を 〉 と朝日が社説で主張すれば、毎日新聞も〈 戦争を知る貴重な作品だ 〉 と書き、教育委員会の処置に反対を唱えたのです。
 「表現の自由を侵す」、 「戦争の悲惨さを覆い隠す」 などとする論調を前にすると、多くの国民は「もっともな主張である」と反射的に思ってしまいます。ですから、自由閲覧を禁じる措置をとった同委員会に抗議が殺到したのです。おそらく、本を手にしたこともなく、内容を知らないままに抗議した人がほとんどだったに違いありません。
 この本に描かれた日本兵の残虐行為は、朝日などメディアが報じてきたことが、見事に反映されたものといってよいでしょう。そこで、この「はだしのゲン」に描かれた日本兵の残虐行為を中心に要点をまとめましたので、⇒ こ ち ら をご覧ください。
 この内容を知った後でも、朝日や毎日が主張する自由閲覧が妥当とする意見に賛成しますか。

     3    日本軍・民の悪行を発掘、断罪した功労者たち

 日本軍・民の過去を断罪した功労者を以下のように分類すると分かりやすいかもしれません。
    ・  朝日新聞を筆頭とする活字メディア
    ・  NHKを筆頭とする放送メディア
    ・  大学教授、文化人など、いわゆる有識者
    ・  中国抑留者( = 中国戦犯 )
    ・  偽 証 者


    ・   朝日、毎日を筆頭に
 最大の功労者は日本の報道機関で、団体賞を受ける資格は十分です。わけても、朝日新聞社 が文句なしの筆頭選手です。朝日新聞だけでなく、「週刊朝日」や廃刊(休刊?) となった「アサヒ・ジャーナル」のいずれもが目の色を変えて断罪に邁進しました。
 南京大虐殺30万人、百人斬り競争、万人坑、三光作戦、従軍慰安婦などなど、かなりの部分は朝日が発信源ですから、かりに朝日新聞がこの日本に存在しなければ、歴史問題にかぎっただけでも、こうまで歪むことはなかったでしょう。また、国益が損なわれることもなかったはずです。
 活字メディアに限れば、毎日新聞 が2番手というのが大方の見方でしょう。もっとも、ブロック紙、地方紙の多くも大いに励んだとみて間違いないようです。
 毎日記者OBの某氏が、毎日新聞をして、「朝日の病める妹」 と表現したことがあります。言いえて妙と感心した覚えがあります。

    ・   共 同 通 信
 中央紙をふくめ、とくに地方紙の紙面づくりには、共同通信社 が配信する記事が欠かせません。
 共同通信社も日本軍の残虐事件、残虐行為となると熱心に加盟各社に配信しました。
 紙面に載せるかどうかは各紙の判断ですが、配信をうけた新聞社がいちいち事実かどうか確かめるわけではありません。目立つように見出しを工夫し、読者にとどけるのが普通でしょう。ですから、より誇張された印象を読者にあたえることになりがちです。
 左写真はその一例(福島民有)で、共同通信の配信記事にもとづいて、中国人慰安婦の強制連行が軍命令であったことが陸軍中将の「供述書」によって証明されたと報じたものです。
 陸軍中将というのは鈴木 啓久・第117師団長で、会津若松(福島県) 出身であったためにより大きく報じられたものと思います。鈴木中将はいわゆる中国戦犯で、師団長という最高位の軍人でした。同中将の「 供述書 」、中国人慰安婦の強制連行等については、( ⇒ 鈴木啓久中将の回想) にまとめてありますのでご覧ください。

    ・   ジャパン・タイムズ
 また、ジャパン・タイムズ を代表とする英字新聞も見逃せません。この新聞も共同通信、朝日などと同様、いやに残虐行為の糾弾に熱心だったのです。日本を任地とする欧米の報道記者、各国大使館関係者などは、言葉の関係から英字紙、とくにジャパン・タイムズを購読しているといいますから、影響は甚大です。ほんの一例ですが、⇒ こ ち ら をどうぞ。
 全国紙( 朝日、毎日等)が発行元の英字紙も同じ理由から重要と思いますが、英語力不足から調べたことがありませんので指摘にとどめます。
 ケント・ギルバートの論考( 月刊誌「VOICE」、2015年3月号 ) に「ジャパン・タイムズ」 に触れた下りがありますので、引用しておきます。

〈 ここで、忘れてはならない情報をお伝えしましょう。
日本の代表的な英字新聞『ジャパン・タイムズ』のことです。
あの天下の『朝日新聞』 さえ「慰安婦の強制連行はなかった」と認めたのに、
『ジャパン・タイムズ』はいまだに「慰安婦問題を引き起こしたのは日本のせい」の一点張りです。
極左とでもいうべきか、まったく日本側の立場を取材して書かない。
もはや読む気が失せますが、『ジャパン・タイムズ』が海外から見ると、
「日本の声」として判断されてしまう。この現実から目を背けてはいけません。 〉


    ・   皆 様 の N H K
 NHKなど放送メディアはそうなのですが、多くの人がビデオなりDVDにとっておかないかぎり、番組批判や見直しは難しくなります。新聞のように縮刷版を見、コピーをとればというわけにはいきません。ですから、放送メディアの監視は手薄になってしまいます。
 テレビの功労者ではやはりNHK が横綱で、TBS (毎日放送)あたりがこれにつづくと思います。
 毎年8月、12月になると、NHKは日本軍を断罪する番組を大量放送しました。それも繰り返し、繰り返し。8月は6日の広島原爆投下につづく敗戦(15日)、12月は日米開戦(8日)、南京攻略戦というわが国にとって歴史の節目となった年ですから、ある程度、放送が集中するのは自然でしょう。
 ですが、戦後70年に近い2010年代だって大差はなく、数多くの番組が流されました。それも、通年になったように思います。
 NHKは日本が過去に犯した「大 罪」 を忘れないように、国民教育が不可欠と判断したのでしょう。
 日本軍の侵略とそれに伴う残虐行為、また無謀な戦争に突き進んだ日本軍部の愚かさなどとともに、戦争の悲惨さを強調した番組を大量に放送します。以前は2月26日(2・26事件)、7月7日(蘆溝橋事件)などでも集中して放送があったものでした。
 「従軍慰安婦」報道は、思い込み、偏向のもとに行われた大量報道の一例です。この問題に関連する執拗な放送が、肝心な部分において、いかに誤った事実で成り立ち、われわれ日本人に誤った知識を刷り込み、日本軍への憎悪を駆り立てたかを証明しているものだと思います。ですが、NHKも他と同様、自らの番組を検証するでもなく、傍観者のように済ましています。⇒ こ ち ら をどうぞ。

     ・    中 国 戦 犯 ( =中国抑留者 )

 終戦とともに、ソ連に抑留された後、中国に送られた兵士を中心に、約1000人が、「中国戦犯」(=中国抑留者 )といわれる人たちです。ほとんどの人は中国で約6年間、「戦犯管理所」と称する2つの「監獄」に抑留されました。

    「想像を絶する 」 残虐さ
  日本軍の残虐行為を考えるさい、中国戦犯の「証 言」 を外すことはでません。並外れた日本兵の残虐が語られているばかりでなく、メディア、学者らの手を経て、広く国民の間に浸透したからです。
 ここでいう「証 言」を大別しますと、
  1  中国に書き残してきた「供述書」
  2   〃   〃    「手 記」
  3  それに帰国後の「証 言」
 の3つです。
 とくに、「手 記」は何冊もの本になり、また彼らの口から語られた帰国後の「証 言」は、多くのメディアが取り上げ、多くの日本人学者の論文や著作に引用されました。一例をあげれば、「中国人強制連行」について書いた本のほとんど(全部?)が、中国戦犯の「証言」を事実としてとりあげ、日本軍の悪辣さを強調しています。そのうえ、証言者が「中国戦犯」だとは書いてないために、読者はごく普通の日本将兵の証言と思ってしまうのです。
「撫順・太原戦犯管理所1062人の手記」より  彼らは帰国後、「中 帰 連」 (中国帰還者連絡会の略称 )を組織、さまざまな活動を行ってきました。自らが中国で犯した数々の残虐な行為を本にする人もありました。テレビ、新聞の取材に積極的に応じ、日本軍がいかに非道のかぎりをつくしたかを「告白・証言」する人もありました。ただ、同じ顔ぶれという特徴はありましたが。
 中帰連を主な取材源にして番組をつくり、あるいは紙面に紹介したのは、やはりNHKと朝日新聞 が突出しています 。これにジャパン・タイムズや学者も加わりました。
 幅広くメディアを利用することは中帰連の戦略の中心を成し、両者は協力(利用)しあいながら、あたかも「供述書」「手記」「証言」などが疑いのない事実のように報じ、人間の所業とは思えない日本軍の悪行を告発したのでした。
 上の写真は、1989(平成1)年8月15日にNHKが放送した番組のタイトルです。このあともかれらを取り上げた番組が放送されています。このため、中帰連の知名度はたかまり、かれらに多くの発言の機会が与えられたのです。「中国戦犯」については( ⇒ こちら )をご覧下さい。

    ・   大学教授、文化人などの有識者
 大学教授や作家、文化人など“有識者”と呼ばれる人たちも日本叩きに一役も二役も買いました。朝日、NHKなどの報道を肯定するという形が多いと思います。「南京大虐殺」 はもとより、「三光作戦」「中国戦犯」が犯したとする犯罪などはその典型でしょう。
 また、自ら中国、韓国などに出向いては現地の説明を聞いて丸呑みにする、あるいは提供された資料を鵜呑みにし、それらを事実として日本(軍)を断罪するケースもありました。
 でなければ、「現代用語の基礎知識1996」(自由国民社)の「歴史」分野で、「南京大虐殺」 の説明として、「南京市民にたいする無差別の掠奪により、中国側の見解によれば100万人の、あるいは少なめにみても2、30万人の命が奪われた」 とした樺山 紘一・東大教授、あるいは「40万人以上」 と教科書に書いてしまった東大の加藤 陽子・助教授(当時)らが出てくるわけがありません。
 また、南京問題で「大虐殺派」といわれる学者らが集まる「南京事件調査研究会」 という会がありました。この研究会に朝日新聞の後押しがあるのは、本多 勝一 朝日記者もメンバーの一人ということからも明らかでしょう。
 ですから、学者、文化人ら有識者については、朝日、NHKなどで報じられた問題を取り上げれば、そのなかに自然とでてくることになります。

    ・   偽 証 者
 偽証者がバカにならない数であることを知っていただきたいと思います。慰安婦問題で決定的ともいえる役割を果たした吉田 清治 、南京問題の東 史郎曽根 一夫 等々。

     4    WGIPについて

 ここまでお読みになって、東京裁判とGHQ(General Headquater 占領軍総司令部) のいわゆる

「 戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画 」
( war guilt infomation program =WGIP)

 が抜けているではないか、と思った方もおいでかと思います。GHQの宣伝プログラムが、当時はもちろん、今日にいたるまでも、いわれるような影響をわれわれの歴史観(歴史イメージ)におよぼしているとは私には思えません。もちろん、大きな影響を受けた人が、「インテリ層」を中心にいたことでしょう。でも、その影響はとなるとどうでしょうか。こう考える私なりの理由はありますが、この問題の議論は生産的でないと思いますので、ここまでにします。
 なお、WGIPについては、⇒ こちら に少し触れていますのでご覧ください。
 また、「東京裁判」と「東京裁判史観」、あるいは「自虐史観」等について大分前、⇒ ブログ  に書いたことがありますので、ご参照いただければと思います。

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