巨大なウソ「万人坑」まえがき

― ぞくぞくと建つ人骨展示館 ―
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 お知らせ
 この万人坑問題について多少の知識を持つ人も、「もう昔の話でないか」「もう時効だろう」などと考えているのではと思います。しかし、その認識は大きな間違いで、現在も進行している新しいと問題であって、むしろこれから先、日本にとってのっぴきならない形でクローズアップされるものと憂慮しています。万人坑問題は即、中国人強制連行問題でもあるからです。
 わたしの見方が当たっていれば世界の人々、わけても欧米人は、いやでもあの「アウシュビッツ強制収容所」でおこった凄惨な出来事と重ね合わせ、日本人の残虐さを再認識する事態になることでしょう。万人坑は中国の「巨大なウソ」であるにもかかわらず、現状を見たとき、万人坑をめぐる歴史戦に敗北する可能性が高いと思っています。というのも、関心も薄く、戦う用意ができていないからです。
 このため、私の知っていることを「武 器」として残そうと思い、このたびアマゾンより電子書籍として発行いたしました。書名は『中国の巨大なウソ「万人坑」―歴史戦にまた敗北か』 です。
 一人でも多くの方にお読みいただき、関心を持って欲しいと思います(価格は215円)。 ⇒ こ ち らからどうぞ。




まず、画像をご覧ください

 何重にも重なる白骨化した人骨の山。名づけて「万人坑」 (まんにんこう)。万単位、10万単位にのぼる人骨は中国人労働者のもので、死に追いやったのは日本人。しかも日本軍ではなく民間人というのですから、多くの日本人がビックリしたに違いありません。
 朝日新聞が報じたこの万人坑の存在は、加害者と名指された人たちにとって寝耳に水でした。というのは、「万人坑」なるものを見たことも、聞いたこともなかったからです。
 現在は東北部(旧満州)を中心に約20ヵ所が確認されています。また、中国側の「研 究」が進むにつれ、華北はもちろん、華中、華南にまで範囲が広がっています。まず、代表的なものから画像を紹介します。いずれも、中国が報道したもの、中国の百科事典などに載ったものです。

阜 新 炭 鉱


北 票 炭 鉱


豊 満 ダ ム


鶴 岡 炭 鉱



遼 源 炭 鉱


そ の 他 (左から撫順炭鉱、弓張嶺(鞍山製鉄⇒昭和製鋼所)、本渓湖の各万人坑)


 もっとご覧になりたい方は、⇒ こ ち らをどうぞ。
 どなたのサイトか知らないのですが、よく集めたものです。大量の人骨にビックリすることでしょう。これらが事実となり、海外で認知されれば一体どういうことになるのか。少し想像をはたらかせれば、深刻さに気づくはずです。


 慰安婦の二の舞か、外堀は埋められた
 桁はずれともいえる白骨遺体が、日本人の所業、つまり朝日がいうように、現地人を酷使したあげくにできた「ヒト捨て場」だとしたら、どういうことになるでしょう。
 20年以上、日本でこれといった問題にならないのが不思議だと思っています。日本のメディアはほとんど報じず、中国も大々的に報じていないようです(現地メディアは報じています)。だからといって、このまま済むわけがありません。現に、遺骨の展示館を中国は各地に建設しています。決して忘れたわけではないのです。もっとも効果のある時を選んで、一気に問題化させるだろうことは見当がつくはずです。
 上記の最初の画像は阜新炭鉱(遼寧省、瀋陽の西方約200キロ)ですが、これは2015年8月15日、つまり中国の「戦勝70周年」の記念にあたり、改築された展示館のセレモニーの様子を写したものです。現地のメディアは犠牲者7万人と報じています。
 やがてこれらが事実となり、慰安婦や南京問題と同様、わが国に大きなダメージをあたえるでしょう。白骨遺体という視覚に訴えるだけに、世界中につたわるのはアッという間です。中国が一声あげれば、ソレッとばかりにわが方のメディアが大騒ぎする。いつものパターンが目に浮かぶようです。こうしている間にも外堀が埋められ、本丸に進むのは遠くない先と思います。
 ですが、これは中国が演出する「国家ぐるみの大ウソ」なのです。

1 朝日がつたえた「ヒト捨て場」

 本多勝一記者に言わせると、万人坑とは主に満州(現在の中国東北部)における鉱山や大規模な工事現場で、中国人労働者に過酷な労働を強要した結果、病気や栄養失調、また過労や事故なので使いものにならなくなると、生きながらも捨てた「ヒ ト 捨 て 場」 だといいます。
 「中国の旅」は南満州鉱業(以下、南満鉱業)と撫順炭鉱の万人坑について書いてあります。とくに前者は遺骨展示館が建設されていたこともあって、詳細に記述されています。

(1) 南 満 鉱 業
 南満州の大石橋(だいせっきょう)に所在した南満鉱業 (なんまんこうぎょう)には3ヵ所の万人坑ができ、その1つ「 虎石溝万人坑」 が“発 掘” されました。ここの犠牲者だけで1万7,000人 にのぼったというのです。
 この発掘現場のうえに展示館 (左写真、右2枚は館内の模様) を建てるという念の入れようで、人民教育のために一般に公開されたのことでした。現在、展示館はリニューアルされ、規模も大きくなりました。

 館内に入った本多記者は、
〈私はまだ、ナチがやったアウシュビィッツ殺人工場の現場を見たことはない。
だからこの万人坑のような恐ろしい光景は、生涯で初めてであった。
 「不忘階級苦」(階級の苦しみを忘れまい)と正面に書かれた入り口からその中へはいったときの衝撃は、私の脳裏に終生消えることのないであろう擦痕を残した。累々たる骸骨の山だ。・・ 〉

 と衝撃の大きさをこのように記し、アウシュビッツ強制収容所と重ね合わせながら館内を見回ったことがうかがえます。

(2) 撫 順 炭 鉱
 また、国策会社であった満鉄(まんてつ:南満州鉄道株式会社の通称)が経営する満州最大の炭鉱、撫 順 炭 鉱 (ぶじゅんたんこう)にも万人坑ができたとしています。
 その数は「30ヵ所〜40ヵ所」 、犠牲者にいたっては 「25万〜30万人」 といいますから、あの「南京大虐殺」 と同等の犠牲者を出したことになります。
 しかも、民間人の所業というわけで、軍民の別なく日本人は残忍非道な民族だという結論が導かれますし、誰だったか忘れましたが、万人坑は「東洋のアウシュビッツ」 だと書き、日本を断罪していました。
 朝日連載「中国の旅」の見出しが示すように(左写真)、事実ならば、万人坑はその名のとおり、一つひとつが万単位の「ヒト捨て場」になります。
 となれば、日本人が経営した採炭事業は、中国人の命と引き換えに行った非道な「人肉開発」 であり、万人坑はその結果に過ぎないとする中国側の言い分も十分、説得力を持つでしょう。
 また、その過程で起こったであろう数々の残虐な仕打ちも、中国側の説明どおりに日本は受け入れざるをえず、「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」への非難とあいまって、人類史上にもまれな非道な民族として国際的な非難が起こっても、反論が困難になってきます。
 そして、日本はナチスと同様、許されない罪を犯したとして、半永久的に「人道に対する罪」から逃れられなくなることでしょう。
 単行本、文庫本『中国の旅』の写真版だと称する『中国の日本軍』(創樹社、1972年)に、本多は次のように記しています。

〈 撫順炭鉱には約30の万人坑ができたというから、
ひとつ1万人としても30万人になる。
40年間も日本に占領されていた炭鉱であれば、
この数字は決して「白髪三千丈」の次元のものでないことが、大石橋の例からも理解できよう。
だが、私にとってもっと大きな驚きは、このような事実が戦後20数年間たつまで、
私たち一般的日本人の前に明らかにされなかった点だった。〉


 思い込みというのはまったく困りものです。日本人の前に明らかにされなかったのは、本多が中国で吹き込まれてきた万人坑などというものは、そもそも存在せず、「完全なデッチ上げ」 だったからにほかなりません。
 少し考えれば「おかしい」と分かることなのです。例えば、南満鉱業の方は“発掘”されているにもかかわらず、30ヵ所もあったという撫順炭鉱の方は1ヵ所として発掘されたことはなく、展示館も建っていないという事実です。どうしてなのでしょうか。
 また、ピンときた方もおいででしょうが、撫順は「撫順戦犯管理所」 という日本人戦犯が収容された監獄の所在地でもありました。
 ここに1,000人近い日本軍将兵が約6年間、戦犯として収容されましたが、彼らが万人坑跡の見学や説明を受けたという話がまったくつたわっていないのです。どうしてなのでしょうか。
 この地で起こった平頂山事件については、彼ら戦犯は「学習」のために事件現場だっという場所に連れていかれ、運よく助かった生存者から説明を受けています。
 なかには、高級将校が涙を流して謝罪したとの話も伝わっています。この事実と比較すれば、明らかにおかしなことでしょう。

2 増えつづける展示館

(1) 南満鉱業の遺骨展示館
 上述のとおり、朝日連載「中国の旅」(1971年8月〜)は、撫順炭鉱とマグネサイト鉱石を採掘する南満鉱業の万人坑を取り上げ、撫順炭鉱は30ヵ所〜40ヵ所、犠牲者数は25万人〜30万人にのぼったなどと報じました。
 南満鉱業の発掘現場 (虎石溝万人坑) には、遺骨を並べた展示館が建設されました。しかし、30ヵ所以上もあったとされる撫順炭鉱の発掘例はなく、展示館も2015年5月の時点でも建設されていません。あるいは、辻褄合わせにこれから先、建てるかもしれません。中国はその程度のことは平気でやりますから。
 「中国の旅」に触発されたのでしょう、教職員をはじめ多くの日本人がこの展示館を訪れました。そして、軍部ばかりでなく民間人までもが行ったという底知れぬ残虐な行為に衝撃を受けて帰国、教職員は早速、生徒に日本人の悪事を叩き込んだに違いありません。
 この展示館の存在をもって「人肉開発」、つまり中国人労働者の命と引き換えに石炭を採掘したとする話がそのままに受け入れられ、中国側が説明するいかなる日本人の非道な行為に対しても、小さな声で疑いをはさむのが精一杯、そのまま押し切られて日本人の行為として肯定されていったのでした。
 まあ、無理もない話かも知れません。「アウシュビッツ」と比較されてもおかしくない人骨の山を見せつけられたのですから。
 まもなく、万人坑は日本の百科事典、歴史事典に載り、高校の歴史教科書にも掲載されることになったのです。ほんの少しだったようですが、国会でも取り上げられました。

(2) 江沢民時代以降、続々展示館が
 このほかに中国は大同炭鉱 (山西省)、豊満ダム (吉林省)、老頭溝炭鉱 など各地に同様の展示館を開設しました。
 左写真は大同炭鉱のある大同市( 山西省) が発行した案内図に掲載された写真の1枚です。
 説明によると犠牲者6万人 とあります。その後、研究が進み、犠牲者は15万5000人 にまで膨らんだという報道がありました。
 江 沢民が国家主席に就任した後の1995(平成7)年5月、江主席は突如、「死傷者3500万人」 とぶち上げました。この発言以降と思いますが、万人坑が「死傷者3500万人」 の根拠として浮上したことがあります。その後、公式の説明がないまま、死傷者3500万人だけが声高に指導者の口からでているのです、
 展示館建設が急ピッチで進んだのはこのことと、おそらく無縁ではないでしょう。今は鶴岡炭鉱、本渓湖炭鉱など大変な数の展示館が建設されているのは間違いなく、20ヵ所近くに達するのではないでしょうか。
 では、これだけ中国(主に満州=中国東北部) 各地でに万人坑が発掘され、展示館が増えたとなると、一つひとつの検証は無理ではないか、したがってそれらすべてが「デッチ上げ」とまでは言えないのではと思うかもしれません。もっともな疑問です。
 中国は日本がウムを言えないように展示館を次々と建設、「鉄証、山の如し」 と言いたいのでしょう。
 ですが幸いなことに、要点さえ押さえれば真偽の判断は、易しいとはいいませんが、それほど難しくないのです。
 私の調べた撫順炭鉱、南満鉱業、大同炭鉱、豊満ダム、老頭溝(炭鉱)の5事業所は、このホームページで概略を報告してあります。これらはいずれも日本のマスメディアによって報じられたもので、このほかに憲兵隊が関係したとされる水泉溝万人坑(4万6千人、熱河省・承徳)、ソ連と満州の国境近いハイラルにおいて、第8国境守備隊が関わったとされる万人坑も調べてあり、単行本に収めてあります。また、鶴岡炭鉱(黒竜江省)に「そんなものがあるはずない」という熱心な同鉱出身者の協力で調査済みです。
 問題は、これらのほかに新たな万人坑が見つかったとされ、遺骨を展示した記念館がぞくぞく建設されているという事実です。しかも、中国が主張する「死傷者3500万人」に直結する可能性が高いことです。もちろん、「強制連行」とともにです。

3 歴史教科書、百科事典にも

 「中国の旅」連載後、万人坑はわが国の歴史教科書と百科事典に堂々と取り上げられました。取り上げた根拠、つまり「ヒト捨て場 万人坑」を事実とした根拠が何かといえば、「中国の旅」一つだったのです。そこで、本多 勝一記者が記した次の文章を思い出してください。

〈第1に「中国の視点」を紹介することが目的の「旅」であり、
その意味では「取材」でさえもない。〉
〈私は中国側の言うのをそのまま代弁しただけですから、
抗議をするのであれば中国側に直接やっていただけませんでしょうか。〉

 つまり、こういうことでしょう。朝日新聞に連載した後、単行本・文庫本になった「中国の旅」は、中国の言うのをそのまま代弁したもので、「取材」でさえない、したがって「事実かどうかは関知しません」 ということになります。
 こんないい加減な「ルポ」が根拠になって教科書や歴史百科事典に載ってしまうのですから、常識では考えられないことです。これを事実だとした歴史学者らは、過去の日本を断罪することが「正義」とでも思い、日本叩きに目を奪われるあまり、事実かどうかを確かめることなどは2の次、3の次。ただ本多ルポに飛びついて尻馬に乗っただけなのでしょう。彼らにとって、叩ける材料であれば、何でもよかったのに違いありません。
 だから、朝日連載「中国の旅」のすべて、つまり犠牲者20万、30万人の南京大虐殺、三光作戦、犠牲者3千人とした平頂山事件、そしてこの万人坑が教科書、百科事典に載ったわけで、教科書にしても事典類にしても、こと近現代史に関してはよほど疑ってかからなければなりません。
 教科書(三省堂、「高校日本史」)ですが、以下のように書いてありました。

〈多くの中国人労働者が粗末な宿舎と食事をあたえられて酷使され、
日本人経営の一部の鉱山などでは、
死んだ中国人労働者の遺体をすてる「万人坑」がつくられた。〉

 前述したように、今は教科書から万人坑の記述はなくなっています。ですが、いつ復活するか分かったものではありません。
 この三省堂教科書の『指導資料』(教師用虎の巻)には、「露天掘りで有名な撫順炭鉱だけでも、30ヵ所あったという」 とし、『中国の旅』 『中国の日本軍』を「参考文献」 として掲げているのですから、メチャクチャな話です。
 これまでに、どれだけの生徒が虚偽の事実を教え込まれ、誤った歴史イメージを刷り込まれたことでしょう。
 百科事典から一例のみ紹介しておきます。

〈 多くの死体を合葬した所という意味の中国語。日中戦争後半期、中国東北地方にあった日本側の鉱山や大工事の現場では、
付近の破産した農民をはじめ、山東省、河北省などから連れてこられた者、
懲役労働の囚人などが増産命令のなかで酷使された。
事故で死亡した者、栄養失調で死亡した者などの死体に加え、
使いものにならなくなった者は生き埋めにされて、あちこちに万人坑ができた。
白骨が折り重なっている現場が広く日本に伝えられたのは、
本多勝一《中国の旅》(1971)によってである
本多が訪れた大石橋マグネサイト鉱山の虎石溝万人坑の上には建物が建ち、
参観できるようになっており、《階級の苦しみを忘れまい 》という垂幕と参観者の寄せた花輪があったという。
撫順炭鉱には約30の万人坑があるというが、東北全体にいくつあるのか、まだ明らかにされていない。 〉
(『大百科事典』、平凡社、1980)

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