従軍慰安婦と日本政府

― 信じがたい愚かな対応 ―



  1  「強制連行」が常態だったと国民は思っている

 もう5年以上も前のことになりますが、50代60代の兵役経験のない学校時代の友人などに、昔話の折に「従軍慰安婦」について聞いてみたことがあります。年代からいっても、慰安婦がいたことは常識として知っています。
 質問はたった一つです。つまり、慰安婦たちは日本軍や日本の警察などによって 「嫌がるものを無理矢理、連れて行かれたと思っているのか」 という問いでした。この質問自体、けげんな顔をされます。
 口には出さないけれど、「何をいい出すのか」と顔に書いてあります。「そう思っているんだろう」との問いかけに、だれも反対はしません。
 そうなのです。「強制的に連行された」と思っているわけです。もちろん、この問題に関心を持っているわけではないのですから、とくに知識というほどのものは持ち合わせていません。ですが、なんとなくイメージとして、慰安婦と強制連行は対になって頭のなかに宿っているのです。
 この状況は今も変わらないと思います。この年代でもこうなのですから、国民の大部分は強制連行説を自明のこととしてとらえているはずです。
 ですから、「強制的に連行したという証拠はないんだよ。自分で連行したと証言した日本人はいたけど、それがウソだったとわかるなどして、結局、証拠というものはないのさ」 などと話したところで、一層、けげんに思われるのが落ちなのです。
 「証拠がない」 という話が理解されるのは、ごく狭い範囲のことだと思います。当分、状況の変化は期待できないと思っています。


  2   もっともなのです、こう思うのも

 慰安婦について、普通の国民がこのようなイメージを持つのは、もっともなことだと思います。
 慰安婦問題が頻繁に私たちの目に入るようになるのは、1991(平成3)年頃からです。韓国人の元慰安婦が日本政府に対して補償の訴えを起こしたのはこの年の12月のことで、これを機に報道は一気に加速しました。宮沢喜一元首相が韓国を訪れた際、日韓首脳会談で慰安婦問題に言及、謝罪せざるをえなくなったのは 1992年1月のことでした。

河野談話

 「河野談話」 というのは、1993年8月4日、政府の第2次調査結果をもとに、宮沢喜一内閣の河野洋平・内閣官房長官(現、衆議院議長)が出したもので、少しでもこの問題に関心を持つ人ならばだれでも知っている有名なものなのです。なにせ、「強制連行」を認め、「おわびと反省」の意を表したものですから。
 ご記憶にあるでしょう。テレビでどのチャンネルを回しても従軍慰安婦、従軍慰安婦で話が始まり、新聞を見ればこれもまったく同じ。日本中が慰安婦報道で溢れかえっていました。もちろん、「謝罪を、補償を」と一緒になって叫ばれました。しかも、政府が認め、謝罪までしたのですから、ほとんどの国民が慰安婦=強制連行と理解して当然のことでしょう。
 それに、この頃はすでに、「日本軍=悪の権化」ぐらいが通り相場になっていましたので、「日本軍の悪逆さ」の証拠がまた一つ加わったわけで、「あの連中はとんでもないことをしてくれた」と国民は受けとったことでしょう。
 この間、軍歴のある人たちからは、「強制連行」について、強い疑問の声があがったのですが、メディアは耳を傾けないどころか、強制連行の証拠さがしに躍起になるあり様、まったくどこのの国のメディアなのかと言いたくもなります。


  3   でも、変だと思いませんか

 日本官憲に連行されたという元朝鮮人慰安婦が、韓国の日本大使館の前などで泣き叫んで日本を非難する光景はテレビ、新聞などを通じて、いやというほど私たちの目に入ってきました。これらの報道を見れば、強制連行を疑う人はほとんどいなかったはずです。
 慰安婦数については諸説あるのですが、朝鮮人慰安婦だけでも数千人(数万人説もある)はくだらないでしょう。この慰安婦を日本側が組織的に連行したならば、軍、警察など当事者である日本人から数多くの証言者も出たことでしょう。強制連行を否定する証言ばかりで肯定する声はほとんどででこなかったのです。1、2の例を除いては。
 やはりおかしくありませんか。人数は問題ではない、1人、2人でも十分ではないか、とあなたは思うかもしれません。たしかに、信頼できる証言なら一定の重みを持つでしょう。
 ですが、肯定証言は、いずれも「偽証」だったのです。ただ、偽証と証明されるまでに10年近くも経過していました。この間、「勇気ある告白」などと朝日新聞等で持ちあげられましたので、大きな影響力を持たせてしまったのです。
 また、強制連行が事実なら、日本、韓国の双方から証拠となる資料がでてきたはずです。ですが、そのようなものは見つからなかったのです。
 もし、これらのことをあなたが知らなかったのなら、それは「知らされなかった」のだと思います。現に、「勇気ある告白」などと誉めたメディアも、「偽証」であることを一行も報じていません。また、NHK、民放テレビ局 も報じませんでした。知らなかったのも無理はないと思います。


  4  これが真相でした

 写真は1997年3月9日の産経新聞社会面です。まず、見出しだけ拾ってみましょう。 河野談話の波紋  左上に 慰安婦強制連行 と囲みの見出しがあります。その右側に、認めれば問題収まると・・・ とあり、石原官房副長官の発言として 「河野談話は総合的判断」 となっています。
 なんとなく強制連行説を信じていた人もこの見出しを見て、「ちょっと、変だな」と思うのではありませんか。「認めれば問題収まると・・」というのですから、認めなくてよいものを、認めれば問題が沈静化するだろうと期待して、政治的判断とやらで政府は認めたのだ、と読めそうです。
   そこでリード部分を見てみましょう。河野官房長官を補佐した石原信雄・官房副長官は産経新聞のインタビューに応じ、次のように語ったとあります。
 「いくら探しても、日本側に強制連行の事実を示す資料も証言者もなく、韓国側にも通達、文書など物的なものはなかったが、総合的に判断して強制性を認めた」

 どう思いますか。日本側に強制連行を裏づける資料も証言もなかった、韓国側にも物的証拠はなかった、だけど「総合的に判断して強制性を認めた」のだと、この問題に深くかかわった高官本人の話です。要するに、あるのは韓国慰安婦の証言というわけです。悲しいほどにわれらが政府の愚行が露呈した話ではありませんか。
 国家はもちろん、国民一人ひとりの名誉にとってかくも重要な問題が、理由にもならない事情から認めてしまったのです。まったく信じがたいほどの愚かさです。念のために書いておきますが、産経新聞の報道に間違いはありません。
 政府が認めた根拠といえば、韓国側が用意した元慰安婦16人の証言でしたが、なすべき「裏づけ調査をしていない」(平林外政審議室長答弁)のです。それどころか、この証言を「プライバシー保護」を理由に、日本国民に知らせていません。16人の証言録は「外政審議会」に保管されているようですが、永遠に日の目を見ない"幻の報告書"となる可能性があるのです。
 これでは、証言にその程度の信憑性があるかの検証もできません。まったく、メチャクチャな話があるものだと、あきれ返るばかりです。ただ、16人の証言には、「強制連行」を裏づけるたしかな話はなかった、と思って間違いないと思います。
 このような経緯をへて、日本政府が公式に認めたことにより、韓国に国家賠償請求の口実を与え、国連の人権委員会からは、

日本政府に「国家賠償と責任者の処罰」を求めるのが国連の責任

 と勧告(マクドガル特別報告)される始末です。
 どうして、こんなバカなことが起こったのか、不思議に思いませんか。
 新聞報道やテレビの報道に政府が引きずられたという面はあったでしょう。しかし、それ以上に宮沢喜一、河野洋平両人の個人的特性によるものが多いと思います。
 「ハト派」と呼ばれることの多かった2人が、朝日新聞などからどう評価されるかを非常に気にしていたのは間違いのない事実と思います。新聞論調に同調すれば評価があがる、それがまた大向こうに受けるといった程度の見識だったろうと私は疑っています。なにせ、河野洋平は、事務所の職員採用試験にあたって、朝日新聞とNHKが使う試験と同じ内容のものを使っていたというくらいですから。

 ここで、先に書いた「偽証」を含め、朝日新聞を中心に慰安婦報道を振り返ってみましょう。

― 2005年 4月 1日より掲載 ―



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