あの国この国方丈記

旧約聖書のシリア


2011-2- 21

多 聞  真 一

tamonshi@zag.att.ne.jp


2011年2月、シリアのダマスカスで3週間、「電力マスタープラン」の調査に出かけた。シリアは金・土曜日と休日であるが、特に予定がないので新説日本の歴史「飛鳥石舞台と律令制度」をまとめ、査読を親しい人達にお願いした。

そのなかで堀内佐武郎氏が査読の感想とともに以下の旧約聖書のシリアに関する事項を取りまとめて送ってくれた。チュニジア、エジプト、リビア、イエーメン、バーレーン、ヨルダンなど民主化の嵐が吹く昨今でもあり、歴史的背景のおさらいとして、ご一読願いたい。

シリアのダマスコ(現、シリアの首都ダマスカス)は、旧約聖書に出てくるアラム人(イエス・キリストはアラム語を話していた)の本拠地である。エデンの園は、チグリス側とユーフラテス側にはさまれた上流(アッシリア、下流はシュメール)という説もある。また、ダマスコ近郊がエデンの園のモデルとも言われている。

アダムとイブが、エデンの園から追放された場所が、サウジアラビアのメッカで、メッカとジェッダのあいだには今でもイブの墓がある。現在のサウード家のサウジアラビア王国ができるまでは、イスラム教の巡礼者は、イブの墓に詣でてからメッカのカーバ神殿に赴いた。

ただ、現サウジアラビア王国は厳格なイスラム教国で、いかなる聖人崇拝も認めておらず、現在ではイブの墓はセメントで囲まれている。

旧約聖書の出エジプト記によれば、モーゼがエジプトからイスラエルの民を率いて40年後、後継者であるヨシュアがヨルダン川を渡るが、これは紀元前1300年ごろと考えられている。

この時期、トルコのヒッタイトとエジプトのラムセス2世がシリアの領有権をめぐり戦い続けていたが、今のシリアのカデシュ(下図参照)で、決戦をするものの引き分けとなる。

その後、トルコとエジプト両大国の力が、シリアを含むイスラエル地方からなくなり、ヨシュアが進撃したと言われている。

(補足)カデシュ(Qadesh、Kadeshの表記もあり)は古代のシリアにあった都市。オロンテス川に 面していた。現在のシリア西部の大都市ホムスから24km南西にあるテル・ネビ・メンド( Tell Nebi Mend)という遺跡がカデシュの跡とされる。

以上

編集者註:イエス・キリストが話していたと伝えられるアラム語を今も話している人々がいます。
     次の行をクリックして見てください。アラム語を話す人々の映像と音声が流れます。
     http://www.youtube.com/watch?v=Fo_DBFotuw8


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