句あれば楽あり ?

テーマ別俳句 雪 二

至遊(しゆう)



 雪の句は難しそうですね、との青木ウェブマスターの言葉でしたが、それより私の調査不足がたたっています。その上好きな句はすでに出した後で、解説抜きで載せるだけでしたし。気を取り直して

   衿干して衿のしづくのやうな雪     長谷川秋子

 女性のファッション感覚には疎い方であることを自認している。まして和装である。部品(?)の名前さえ判らないものが多い。昔、半衿というものがいかに和服の中でポイントかを従妹に教えられたことがある。本当は「しづくのやうな雪」は無いと思っているが、山本健吉氏は牡丹雪のような雪かと言っている。確かに乾いた雪ではなかろう。

   つひに見ず深夜の除雪人夫の顔      細見綾子

 除雪人夫に対する感謝の句と言えよう。夜を徹して除雪をしてくれて、お蔭で今朝は歩けるというのに、とうとうその顔さえ見ることはなかった。お礼も言えなかった。また一面では、誰が何時の間にやっているんだろうというような好奇心もちらりと覗かせている。

   雪だるま星のおしゃべりぺちゃくちゃと 松本たかし

 よく取り上げられる句で、私の稿でも一度取り上げた。寒い夜になって雪だるまはしゃんとする。空は一面の星空。そのまたたきが「ぺちゃくちゃ」と良く合っている。雪だるまは多分上を見上げてその会話を聞いている。星も珍しい雪だるまを話題にしているのかも知れない。一歩間違えると、奇をてらった句になる危ない句だがこれは成功例。

   雪達磨眼を喪ひて夜となる        角川源義

 同じ雪達磨でもかなり感じが違ってくる。達磨と漢字にしただけで重みが出る。多分いい加減に眼を入れられたのか、または昼間の陽に当たって少し崩れたのか、眼が落ちてしまった達磨がある。しかも夜になると見てくれる人もいないし、音もしない。自分の境涯を乗せたような句。

   夕影の甘酸っぱくて雪のひま       岡本 眸

 こんなところに「甘酸っぱい」なんて言葉を使うのは、私には思いもよらないこと。今まで降っていた雪が、多分一時だろうが止んで、夕暮れが忍び寄ってくる。それが「甘酸っぱい」とは、何だかありそうで、フィクション臭くて、その微妙な線がいい。

   綾取の橋が崩れて雪催          佐藤鬼房

 鬼房は先日亡くなった東北の大家。綾取りの橋だから崩れてもどうということはないが、多分、一緒に遊んでいた子供も綾取りに飽きたのだろう。ふっと手を休ませて窓を見る。今にも雪が降り出しそうな空模様。冬の陰鬱な天気にも飽きた感じで、その点前回の雪を待つ東京人とは違う。

   風花のかかりて青き目刺買う       石原舟月

 青天に雪が飛んでくるのを「風花」という。ちらちらと来る程度で濡れるほどではない。その青天と「青き目刺」が感じあっている。まだ私は風花を見たことがない。今年二度の雪国行きも、本当の雪になってしまったから。でも想像はできる。多分、青との対照は奇麗だろうと思う。

   たましひの繭となるまで吹雪きけり    斎藤 玄

 吹雪。身体を丸めて通り過ぎるのを待つ。ただ身体だけではなく心にまで影響を与える。魂が繭になるとは言い得て妙だが、繭の中に自らを閉じ込めた魂。少し暖かくなるまで出て来ないのだろうか。実際には作者の死に近いころの作で、もう出たくなくなったのかも知れない。

   雪催ふ琴になる木となれぬ木と     神尾久美子

 「琴になる木」は勿論桐である。従ってその他の木は「なれぬ木」ということになる。桐という言葉を出さずに、雪催ふ時季だから、葉を落としてしまった、まるで幹だけのような桐の木がまっすぐに天を指して立っているさまが見える。また琴で表現したところが女性らしい。「雪催ふ」が季語。

   雪割燈貨車一塊となりて着く      吉田北舟子

 「雪割燈」とは線路に雪が積らないように枕木を掘って埋めておくカンテラで灯油を燃やすそうである。東京でも八王子あたりで見たことがある。多分夜だろう。大正から昭和も戦後間もなくまでの人なので、貨車もまだかなり多かったとは思うが、どうしても夜のイメージである。静かな構内でチラチラと揺れている火の中へ「貨車一塊」というのは迫力がある。大きな鉄の塊である。作者は「雪割燈」という句集を準備していて、その発行を待たずに亡くなったという。

   歩くだけ生きるだけの幅雪を掻く    寺田京子

 雪の掻き方からその人の生き方まで見えてくるようである。最低限のものがあれば、それ以上は望まないつつましやかな生活態度が。そうではなくて面倒だったんじゃない?という人もいるかも知れないが「生きるだけ」が入っているから、そんな川柳的諧謔味を狙ったものではないことは明らか。

   雪雲や鵜は水中の幽さ見に        若泉真樹

 私の従妹は冬の雲が好きだという。冬の雲はどっしりしているというのがその理由である。私はあまり好きにはなれない。私のイメージの中では典型的な冬雲は一面を灰色で覆った雲であり、何の面白みもない。第一暗い。空が暗ければ水の中も暗いだろう。先生はこの幽という字が好きだ。他にも昏という文字も良く出てくる。「幽」の場合は単に暗いのではなくひっそりと、かつ何か得体の知れないものというイメージも併せ持つ。鵜は暗い水上から幽い水中を見に潜ったのである。一種の怖いもの見たさ、冒険である。