句あれば楽あり ?

テーマ別俳句 冬 二

至遊(しゆう)



 前回の冬の句に2つのご意見を頂いた。1つはこの青のアトリエのオーナーの青木さんからで
「冬は思いの外色彩があるものだと感じました。

   何求めて冬帽行くや切通し

この一句は色彩は感じられませんが、帽子とは非常に感性が鋭い観察に思えて大変印象に残ります。因みに私の亡父は帽子職人でした。

   鷺とんで白を彩とす冬の海

白は理論的には色彩ではありませんが、福山さんがご指摘のように、相対的に白を色と見た感性は、理屈で育った私には衝撃です。しかし三原色を合わせて白ですから・・・・また理屈です、どうも」

というもので、私も冬帽に触れていなかったことを思い知りました。勿論これは「帽」で人を表しており、解釈が変わるようなことはありませんが、人を言わずに人を表すところは洒落ています。

 もう1つは紀子(オバ)さんからで

「まあ、至遊さん、まるで作家のようですね。あるいは俳人というべきか。「集」や「葦」にも力作の評論を載せていらっしゃるし。

この冬の句では、

 冬菊のまとふはおのがひかりのみ

 大仏の冬日は山に移りけり

 鷺とんで白を彩とす冬の海

などが私は好きです。本当は、結構苦労している(?)のですが、色彩が目に浮かぶきれいな句に惹かれるようです。

 そういう意味でも至遊さんの

 人間にまだ未練あり冬薔薇

も単に心情だけでなく、美しさもあっていいと思います。まあ、これまでに拝見した至遊さんの句で惹かれるのは、

不老不死も渡海も望まず冬支度

が一番ですが、これは色彩感はないですし、最初で、印象が強かったのを差し引いても良いと思います」

というもので、私も「不老不死」の句は大好きです。だから「葦−第4集」では私の句のトップに持って来ました。ただこれは秋の句だったのでここに引用する対象から外していましたが、確かに「冬」という字が入っていますね。ウン!時には最近もいい句を詠んでいるんだ!と元気付けられました。

 では前回の続きを

   行く馬の背の冬日差はこばるゝ    中村草田男

 結構難解句が多くまた妻や子を詠んだ句も多いこの作者にしては、分り易くかつ客観的に和める句である。冬の日差が馬で運ばれるはずはないのだが、馬の背に日差を発見したのであり、その馬が進んで行ってもやはり日差は変わらないで差している。これを「運ばれる」と見たところが成功の要因だろう。

   冬晴れをすひたきかなや精一杯     川端茅舎

 前にも紹介した、入院生活の長かった人である。そのことを考えるとこの心境が非常によく分る。5句の連句の中の1つで、「冬晴れを我が肺は早吸ひ兼ねつ」を始め、ストレートな表現の句が並んでいる。だが茅舎を知らない人でも、この感覚は分るだろう。

   冬青き松をいっしんに見るときあり   石田波郷

 波郷も晩年は入院生活ばかりだったので、この句もそんな中から出たものと思っていたら、かなり前期(昭和11・12年頃)の作らしい。大らかな句風から私小説的俳句への転換期だったようだ。その後出征し病を得るころの作から、また句は命を得てくる。言いたいことがこの句の場合はっきりして来ない恨みはある。

   冬の鷺歩むに光したがへり       加藤楸邨

   冬鴎生に家なし死に墓なし       加藤楸邨

 楸邨の師は秋桜子である。その意味では波郷と同門である。ここに2つの句を挙げたのは、楸邨の句の変わりようを見て貰いたいからである。「冬の鷺」の方は秋桜子門下と言っても誰も驚かないだろう。秋桜子は前回「冬菊のまとふはおのがひかりのみ」を挙げたが、この美学が残っている。それが大学進学のために上京した途端に「人間探求派」的な句になっていく。周りの人たちも驚いたらしい。この後は厳しい句になっていく。

   冬空のビルジングの資本の攻勢を見ろ 栗林一石路

 これは好きで挙げた句ではない。一石路は碧梧桐−井泉水の流れを汲む俳人だが、プロレタリア俳句にのめりこんだようだ。これは芸術でも文学でもない。題材も限定されたものになり、不自由な世界を作り上げただけで、やがてしぼんで行く。

   立冬の女生きいき両手に荷       岡本 眸

 西洋のマナーでは荷物は出来るだけ男が持つことになっているが、何しろ女のひとは荷物をよく持つ。買い物が趣味のような人になれば、「生きいき」というのも眼に見えてくる。女性は男より瞬発力では負けるが、持ち続けることでは負けないのではないだろうか。いずれにしても寒さを吹っ飛ばす元気のいい女性である。

   冬晴れや土鈴は個々の音を持ち     瓜生和子

 それに引き換え、心中の耳を研ぎ澄ましたような、心象俳句である。買い集めた土鈴も形や大きさが違えば、音色も当然違ってくる。この土鈴の音が冬晴れに響いているからいいので、梅雨空では音が濁ってしまう。また個々の音というのも言われれば当然だが、作者としては発見なのである。

   冬海の水中海女の髪ひらく       古屋秀雄

 見たままと言われればそうである。最近は海女も見物客へのサービス業になっていて、防寒対策も十分行き届いていると聞く。鳥羽へお正月に行った時もこのアトラクションを見て来た。しかし本来は寒いものだし、しかも女の人でないと体が持たないらしい。生活のために海の底に向って飛び込んだ海女の苦労が、髪が開くという現象で、美化されている。見るものには美しく、潜るものには大変な仕事である。

   冬ばらの影まで剪りしとは知らず   長谷川秋子

 面白い。薔薇を切ればその影も切ることになるのは当たり前だが、切る時にはそんなことは全く意に介しなかったのである。切り取ってみると、今までと違って地上の影の形まで変わっている。そんな積りで切ったんじゃないと作者は言いたいのであろう。やってしまってから、しまったと思うことは良くあることである。そんな心の動きか。

   冬の海魅(ヒカ)れるものにトウシューズ  若泉真樹

 先生の句集「春潮」からの句である。もともとバレーをなさっていたので今でも手足の動きにその名残を感じることがある。好きだけど諦めざるを得なかった話はよく聞いているので、トウシューズを見ると黙って通り過ぎることが出来ないような気持は良くわかる。

 では「冬の海」との取り合わせはどうか。勝手な解釈だが、バレーを捨てる時には身を切られるような思いだったと推察できる。荒々しくも寂しい冬の海は先生の心境にぴったりだったのではなかろうか。今でもトウシューズを見ると憧れと口惜しさの入り混じったような気持が蘇って来るのである。