句あれば楽あり ?

テーマ別俳句 愛

至遊(しゆう)



 愛にも恋愛の愛、夫婦の愛、親子の愛、師弟の愛、友人の愛、若き愛、枯れた愛、普遍的な愛、神や仏の愛など様々なものが考えられる。ただ17文字という短い形なので、明らかに恋愛の句と言えるものは多くはない。恋愛が多弁なのに俳句は寡黙だからかも知れない。

 一番いい例が、黛まどか主宰の「月刊ヘップバーン」の席題だ。愛・恋にからんだテーマがあったにしても「別れ」や「片思い」で「ラブレター」がせいぜい。まどかさん自身の句にも、大っぴらに愛や恋を詠んだ句はまだ見つけていない。少しひねくれた視覚になっていたり、匂わせる程度に止まっていたり。投句にしてもそうで、例えば「ラブレター」で「松」となった句は

  恋文は要らぬ炬燵の二人かな    下田沙羅

という句で、「ラブレター」否定の句になっている。「恋する俳句」という本から取ってみてもこの程度だ。一番俳句が苦手とする分野かも知れない。
 匂わせるという程度では私も前に出した

  後悔も少しにわかの春迎え     福山至遊

の句が記憶にある程度で、ある人に催促されて詠んだ恋の句も、今見ればとても人前に出せるものではない。では先ず文(ふみ)に関する句から

  時鳥女はものの文秘めて    長谷川かな女

 何ともまどろっこしい句である。「ものの文」とは何なのか。誰に対して秘めているのか、何も判らない。ただ春を過ぎたころ、何か作者は秘め事を持っている。私が男だからそう思うのかも知れないが、女には秘密が似合う。だから何だか判らないその雰囲気がいいのかも知れない。

  日記果つ珠のようなる恋秘めて  山崎百合子

 前に一度紹介したことがある。これは情景がある程度はっきりしている。年末とともに作者はこの恋にも終止符を打とうとしているようである。自分にとっては美しい恋だったのに、何らかの事情があるのだろう。そこは「秘密」である。

  小鳥来て少女にふえし秘密かな   黛まどか

 小鳥は秋の季語。やはり大っぴらな恋の句とは言えない。思春期は当然誰にも言えないことが沢山出てくる。年を経てからは何でもないことが、その時は決して口に出せない「秘密」なのである。秋は「愁思」「秋愁い」等、物思いに耽る季節である。思えば思うほど、秘密も多くなる。

  少年の見遣るは少女鳥雲に    中村草田男

 さすが男ではっきり少女に惚れ込んでいることを言ってしまっている。「秘密」ではない。「鳥雲に」は春の季語で、秋冬と日本に来ていたいわゆる冬鳥が、北へ帰って行く時期である。春は思春期にも通じており、前句と違い幼いながら恋心が芽生える時期である。まだ悩みは深くはなさそうだがどうだろうか。

  初恋や燈籠によする顔と顔     炭 太祗

 江戸時代の俳人である。当時としてはかなり大胆な表現だったかも知れない。ただ燈籠が小道具としては旨く使われている。お盆であるから、そんなに華やいだ雰囲気でもない。どうしたら良いのか判らないでいる「顔と顔」である。

  万愚節に恋うちあけしあはれさよ  安住 敦

 へまな話である。思い切って恋を打ち明けたら、その日が4月1日だった。これは大人の恋なので、「うっそー!引っかからないわよ!」と言われて、はっと気づく。切れも明確でなく、俳句と川柳の中間とも言えるかもしれない。

  ひとひとりこころにありて除夜を過ぐ 桂信子

 これはまだ打ち明けてもいないらしい。今年もまたひそかに思っているだけで暮れてしまったのである。まだ作者も若かったころの作である。最近はこんなに奥床しい女性には仲々巡りあえないのではないか(などと言うと読者に怒られそうだが)。男も女も昔はそうだった。

  鞦韆は漕ぐべし愛は奪うべし    三橋鷹女

 こうなると愛も壮絶になってくる。有島武郎の「惜しみなく愛は奪う」に掛けた句であることは、すぐ気づかれることだと思う。ぶらんこを激しく漕いでいる女の、活動的で挑戦的な姿が浮かぶ。ぶらんこ、ふらここ、鞦韆(しゅうせん)はすべて同じ意味で、春の季語である。

  細雪愛ふかければ歩をあはす   佐野まもる

 色々なトラブルも経たかも知れないが、夫婦となっての落ち着いた愛の姿である。もう年配になってからの句かも知れない。どちらか歩の遅い方に、速い方が合わせる、当たり前のようなことだが、相手を見ているからこそこう出来るのである。

  入口も出口もあらず冬の闇     須田桜児

 奥さんが脳腫瘍の手術のあと、昏睡状態が続いていたときの、作者の慌てぶり、落ち着かなさが、奥さんへの情の深さを引き出している。このまま醒めなかったら、自分は出口も入口もない、閉ざされた闇の中に居るも同然という、恐怖のようなものがある。

  ふたたびの遇う日約せよ八重桜  須田日出子

 結局、この奥さんは意識が戻らぬままに、あの世へ旅立たれた。だからこの句はその前の春以前の作である。病のことを告げられていたのかどうかは判らない。ただこの2句を併せ読んでいると、関係があるような気がしてならない。

  妻二タ夜あらず二タ夜の天の川  中村草田男

  妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る  中村草田男

  虹に謝す妻よりほかに女知らず  中村草田男

 妻を詠んだ句は草田男に多い。他の人も詠んではいるのだろうが、何しろ大家であるから句も多く残っている。妻にベタ惚れという印象がどの句を詠んでいてもしてくる。こんなことを書くと怒られるかも知れないが、草田男の教え子だった人に聞くと、そうモテるタイプではなかったようだから、逆にこれだけ純粋に妻恋いの句が詠めたのだと思う。第1句目は解り難いかも知れないが、奥さんが2日間、家を空けられたときの句である。天の川という恒星群をすがるような気持で眺めていたのかも知れない。たった2日がこんなに寂しいのである。

  冬蒲団妻のかをりは子のかをり  中村草田男

 その妻が子供をもうけてくれた。父となった今は両者が同じように可愛いのである。2人とも同じ香りを持っている。乳をあげたりするのでどうしてもそうなってしまうのだが、そこがまた嬉しいのである。

  万緑の中や吾子の歯生えそむる  中村草田男

 そして愈々子供に歯が生えてくる頃になる。立った、歩いたと同じように親にとってはエポックなのである。この句があって、「万緑」という言葉が夏の季語として定着したとも聞くし、また草田男主宰の結社と俳誌の名前になった。草田男亡き今も、主宰なしで続いている。

  あはれ子の夜寒の床の引けば寄る  中村汀女

 これも親子の愛である。ただこれは母親にしか詠めない句かも知れない。以前、紹介したことのある句なので、詳述は避ける。

  蚊の声や妻恋子恋妻恋し      石田波郷

 病を得て戦地から昭和20年に帰還して、終戦を迎え、飢えの一番激しいころの作である。頼りになるのは妻だけだったのかも知れない。子恋が1回に対し、妻恋が2回繰り返されている。ましてまだ病がちの身であり、この時期と、一度治って仕事に復帰した後、再発で手術を受けた頃に一番あき子夫人のことを詠んでいる。

  花さげて虚しき秋の影法師     飯田龍太

 これは臨終の床にあった角川源義を見舞ったときの句だという。父親の蛇笏とも友好のあった源義だから、実際には年齢はあまり違わないが、龍太にとっては源義は先輩と友人を兼ねたような間柄だったのだろう。確かにこの時期になると慰めることも何もしてあげられない。そこには無力感と虚しさが残る。友情の終りを予感している。

  割りきれぬ別離その後の白日傘   若泉真樹

  愛という不確かなものシクラメン  若泉真樹

 俳句の思わせぶりなところの代表として、私の先生の句を2句。普通主語がないと、それは自分すなわち1人称である。だから「別離」も「不確かさ」を感じたのも、先生ということになる。だからと言って「相手は?」なんて野暮なことは聞かない。上品に押えが効いていて、俳句での恋はこの辺が適当なところかも知れない。