句あれば楽あり ?

選句の難しさ 一

至遊(しゆう)


 句会での選句は難しいものです。まして選句力=作句力と言われれば、結構張りつめた空気が流れます。しかし作句力がほぼ同等でも、個人差が出てくるのは否めません。正岡子規の「病牀六尺」の中にこれにまつわる文を見つけました。何しろ、今の我々にとって神様のような、虚子や碧梧桐が「碧虚」なんて簡単に呼び捨てにされていますから(子規から見ると当然ですが)愉快です。先ず、短いので全文を引用します。

 この頃茂りという題にて俳句二十首ばかり作りて碧虚両氏に示す。碧梧桐は

   天狗住んで斧入らしめず木の茂り

の句善しといひ虚子は

   柱にもならで茂りぬ五百年

の句善しといふ。しかも前者は虚子これを取らず後者は碧梧桐これを取らず。

   植木屋は来らず庭の茂りかな

の句に至りては二子共に可なりといふ。運座の時無造作にして意義浅く分りやすき句が常に多数の選に入る如く、今二子が植木屋の句において意見合したるはこの句の無造作なるに因るならん。その後百合の句を二子に示して評を乞ひしに碧梧桐は

   用ありて在所へ行けば百合の花

の句を取り、虚子は

   姫百合やあまり短き筒の中

の句を取る。しかして碧梧桐後者を取らず虚子前者を取らず。

   畑もあり百合など咲いて島ゆたか

の句は余が苦辛の末に成りたる物、碧梧桐はこれを百合十句中の第一となす。いまだ虚子の説を聞かず。賛否を知らず。

というものです。最後に「いまだ虚子の説を聞かず」と言っていますが、虚子が取らなかったことは確かでしょう。碧梧桐は最後は自由律に走り、俳句界から引退する羽目になってしまいますが、この頃は虚子との意見の差は顕著では無かったはずです。子規にとっては俳句の愛弟子の二人ですから、論は一緒に戦わせていたはずです。それでもこれだけの差です。

 よく「朝日俳壇」などで、同じ句が二人以上の選者に選ばれることは先ず無いですね、という話題が出ますが、これを見ていると当然という感じがします。「植木屋」の句のように無造作に詠んだものは両者が取り、苦吟した「畑もあり」の句では意見が割れた、従ってこれが句会なら「植木屋」の方が点は多く入ったということになります。多少そこに不満があってのこの文でしょう。

 子規が現代俳句を作り上げた功績は認めざるを得ません。では作句力は?というとそれ程の功績は無かったかも知れません。もし私にこの中から一句取れと言われれば「姫百合」の句を取るかも知れません。別に虚子に借りはありませんが。

 紀子さんからの新宿御苑での吟行句会の報告にあったように、この日初めて満点というのを経験しました。

   待つことを憶えし桜歳重ね   至遊

という句ですが、確かに満点というのは句会では楽しいのですが、一寸待てよ!と考えざるを得ません。万人受けするというのは大した句ではないと、自戒しなければなりません。子規の植木屋の句と同じです。