句あれば楽あり

二度目の京都

至遊(しゆう)




 今回は「鈴の会」での京都吟行である。前に「葦の会」で来た時には桜の盛りだったが、今回は青葉の季節である。同じ会社の者同志なので、会社の施設を使うこととする。全体では一泊だが先生や夏子さんとしては、折角京都まで行って一泊では勿体無いというので、妙心寺の傍にある花園会館を取ったとかで、同宿しないかという誘いがあった。もう一人遊山さんを誘って、同行することとした。

 この吟行句会に出かける直前に悲報が入った。この吟行を楽しみにし、具体的に昼食の店まで決めていてくれた蓬莱さんが急逝されたのである。一種の蓬莱さんの鎮魂を兼ねた吟行となる。だから出来るだけ彼が決めたルートで歩こうということになった。

 午前十一時、京都駅に三々五々とメンバーが集まってきた。結局はやはり一日では足りないという同じ考えの人が居て、前の日の夜行バスで来て、もう大分見てきたという人もいる。顔を見るのは初めての人もいる。簡単に紹介しあって、先ず南禅寺方面に向かう。

と言っても先ずは腹ごしらえである。「奥丹」が蓬莱さんお勧めの店だったので、そこへ直行。多少は良かろうということでビールまで出てくる。南禅寺の湯豆腐は有名だが前回来たときには食しなかった。その時は哲学の道を銀閣寺側から来たので、南禅寺は夕方で、宿に戻って夕食が待っている時間だったからである。

 湯豆腐と言っても色々と出てくる。味は上品である。すっかり堪能していたら、予定の時刻を過ぎてしまった。取り敢えず南禅寺の三門に向かう。先生や夏子さんは三門の上に登るのは初めてだという。ところが運のいいことに十三年ぶりとかで、三門の二階に安置されている多くの仏像が公開されていた。羽を持つ変な天女の天井画があったりして、ここでも予想外に時間を食ってしまった。後はさっと琵琶湖疎水の流れを見に行ったりして、早々に集合場所に戻ってきた。

  薫風に乗りて羽持つ天女たち  大山夏子

  禅寺の風涼やかに見栄を切る  福山至遊

 後は見返り阿弥陀で有名な永観堂や法然院を経由して銀閣寺まで歩く。

  膝折ればみ仏の顔かえでの実  福山至遊

 永観堂での吟である。堂の入口に立って仏様を拝もうとしても、梁の陰に隠れてお顔が見えない。自然と膝を折って拝むことになる。意識してそう作ってあるのかは知らないが、結果としては拝むのに自然な形になる。

  喉乾く法然院の青葉闇     福山至遊

 法然院の印象は春もこの初夏もあまり変らなかった。ただここまで歩いてくると、暑いだけに喉も乾く。ただ俳句としては未完成に過ぎる。

  病葉の流るに合わせ歩を緩む  福山至遊

 以前来たときは花筏が流れていた哲学の道沿いの小川も、今はそんな華やかさはない。

 法然院で夏子さんの体力を心配してか、銀閣はやめてそのまま宿に行こうという話も出たが、ここでも蓬莱さんが顔を出して、折角蓬莱さんが決めたルートだから行こうということになった。実際夏子さんも慣れているのでペースは分かるので問題はなかった。

  逝く人の即かず離れず揚羽蝶  若泉真樹

  無量寿院の入口に来て黒揚羽    〃

  見返れば風に流れる黒揚羽   福山至遊

 これらははからずも、二人とも黒揚羽を見て蓬莱さんを思い出して詠んだ句である。ある意味では挨拶句でもあり、鎮魂句でもある。この他にも先生には

  遺言のように人集まり来青葉の宿

という句があった。

 日立洛北山荘に行くまでのドタバタ劇はここでは省く。山荘の傍までくると流石に空気も澄み、水も澄みという風景になってきた。ここで先ず出句し、清記が終わったところで夕食に入る。山荘のご飯も美味しい。ここで時間を潰した後が句会である。句会用の部屋はない。仕方なく各々の部屋の机を持ち込み、鰻の寝床状になって選句に入る。

 翌日は雨と風が凄かった。龍雨さん、里山さん、佳仙さんの三人は我々を代表する形で、蓬莱さんの留守宅を訪ね、お参りするためにここで別れる。もう今回の吟行で句会は予定されていない。だから普通の観光旅行もできる。ただ、材料を仕入れておくには絶好のチャンスでもある。我々は叡山山頂にモネの庭を模したようなガーデンミュージアム比叡があるというのでそこへ向かった。

 ところが天気の悪い日に高いところへ行くので、段々視界は悪くなってきた。山頂に着いた時には風雨も強く、見通しも悪い。一休みした方がいいだろうということになり、ともかく全員集まるまで待っていた。ところが肝心の遊山さんの姿が見えない。携帯も圏外である。いつまで経っても来ないので、とうとうしびれを切らして、多分本人は庭園に直行したものと判断して雨の中を出発した。

 入口で入場券を買うときに聞いてみたが、何人かは入ったらしい。でもとても庭を見るような気候ではないので、先ず喫茶店を覗き、不在を確かめてから、簡単な美術館になっているところに避難する。そこから「君の名は」ばりのすれ違いが始まる。最後には反対側の出口を出たところで、涼風さん等と一緒に遊山さんも捕まえる。

 結局比叡では実質的に何も見ないで、そのまま京都駅行きのバスに乗る。京都文化博物館で南禅寺展をやっているというので、運転手に聞いて、一番近いところで降ろしてもらう。ここは予想以上にいい展示物があった。すっかり時間をつぶして、タクシーで京都駅へ行きそこからバスで妙心寺へ向かう。ところが周りを見ていると何か変だ。頭に入っている地名を通り過ぎている。確かめたら妙心寺の北側を走っている。そこで北門のところで降りて広大な妙心寺を突っ切って、南側にある花園会館にたどりつく。

 食事のあとでくつろいでいると先生から電話があり、桂春院へ行かないかという。桂春院は妙心寺にある四十七の塔頭の中の一つだが、そこで水琴窟が聞けるという。どんなものか分らないが行ってみる。水琴窟よりも先ず法灯を美しく並べた庭で静けさを聞く。視覚では法灯、聴覚は静寂。どこから来たのか多くの人で賑わっている。しかし誰も声ひとつ立てようとはしない。夏場にはここで沙羅双樹の落ちる音を聴く会なるものがあるそうで、先生から話は前に聞いていた。裏手へ回ると法灯はこちらがメインで上手い遠近法を使ったような法灯の並べ方で庭が無限に広がっているように見える。

  灯と闇の静けさ夏の寺   福山至遊

  塔頭を包む静黙と夏の闇    〃

  闇を見て静寂を聴く首夏の庭  〃

 その傍に水琴窟を聴く竹の筒が出ていた。聴いてみたがあまり感心した音ではない。今日の大雨のせいで窟の中に水が溜まり過ぎているのではないかという。いずれにしてもコストを掛けないで商売することの上手い桂春院である。でもすっかり満足した。

 翌日は荷物をホテルに置きっぱなしで傘まで借りて、先ずは妙心寺探検から始める。つまらないところもあったが、大心院は満足できた。修学旅行の一部らしい生徒に、女の人が熱心に瓢箪鯰の絵を説明している。禅問答のひとつと言っても、それがどんなものか分らないだろうから、説明も大変である。むしろ教科書だったか他の本だったかは忘れたが、その瓢箪鯰の絵は見たことがあるので、私の方が懐かしい思いだった。

 ここにも水琴窟がある。耳を当てると、昨夜の桂春院に比べると、ずっと澄んだ高い音が響いてくる。これが状況のいい時の水琴窟かと納得する。この大心院は庭も素晴らしい。

 一度、花園会館に戻って来た序に昼食をとる。精進料理だが昨夜も今日も美味しい。京都で必ず出てくるのが湯葉だが、今回ほど湯葉を堪能したことはない。

 そのあとどうしても遊山さんが行きたいという広隆寺へ行く。ここでも何度か道を尋ねながら行ったが、親切には教えてくれるが、何となくその通りではない。太秦の撮影所の前を通り過ぎて、やっとそれらしい寺を見つける。目指すは国宝の弥勒菩薩像である。そうは言っても他の仏像や秦氏夫妻の像まで見るものは多い。

 弥勒菩薩は教科書に載っていたのと同じ姿で優しい顔をやや下に向けている。やはり優美さという面では群を抜いている。この像を初めて拝むのは私だけで、他の三人は何度か足を運んでいる。しかし何かが前に来たときと違うという。説明等を良く読んでいたら、阪神淡路大震災の時に京都もかなり揺れ、弥勒菩薩の台座も壊れたという。そこで免振床にして、結果として少し観客からは遠くなったそうだ。そんなことまで敏感に感じる先生と夏子さんは凄いと思った。

  花菖蒲弥勒菩薩の姿真似る  福山至遊

 次に仁和寺に向う。大半の時間を白書院を見て回るのに使う。勿論本堂にも行ったが、印象としては、広いということだった。生け花展なのかコンクールなのか人が多く出入りしていて、忙しいが華そのものは見事だった。だから庭も見たが、大部分は華道展を見に来たようなものだった。

 次は竜安寺。勿論石庭は見なければならないが、先ず目を惹いたのは大きな池で、睡蓮の花がぽつりぽつりと咲いている。この景色が変に気取ったものより気に入った。石庭は思ったより小さい。しかも見物客でごった返している。

  睡蓮が主役となりし侘びの寺  福山至遊

睡蓮をバックに記念撮影をして妙心寺へと戻る。花園会館から荷物を受け取って帰途についた。最後に詠んでいて出さなかった、蓬莱さんの旅立ちへの挨拶句

  逝く人の京都の香り夏蓬    福山至遊

以上





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060422