句あれば楽あり ?

久保田万太郎の俳句 二

至遊(しゆう)


 本当の意味での戦後の作を今回は鑑賞する。

   わが胸にすむ人ひとり冬の梅

 前書きに「ひそかにしるす」とこれまた平仮名で書いてある。句集に出しておいて「ひそかに」もないものだが、この辺がいたずら心であろう。「梅」の項で述べたように、この句も梅の本意(ほい)を踏まえた上での作になっている。万太郎が俳句を「かくし妻」と呼んでいたことは前回述べたが、そのことと関係あるのか、本当に「すむ人」が居たかは知らないし、調べようとも思わない。

   鶯に人は落ちめが大事かな

 特に解説は要しないと思う。鶯も老鶯に近い季節かも知れない。小説に私小説という分野があるが、万太郎の俳句は私俳句とも言える。大上段に振りかぶるわけでもなく、このような人生観じみたことを淡々、さらりと言って退ける。「鶯に」問い掛けている風がなければ標語にでもなりそうな句である。

   花菖蒲たヾしく水にうつりけり

 「ただしく」映ったというのは、そのままの姿を映したということだろう。だということは水面には漣さえも立ってはいないことになる。そのままの姿を人に見せることの少ない人間関係が周囲にあると見ていい。作家のような商売では、時には空威張りをして見せたり、弱者を装ってみたりと、その都度色んな対応が必要だったかも知れないが、自分はそうはしていない、と言っているようである。単なる推定だが。

   きやうだいの縁うすかりし墓参かな

 これも実の世界なのか虚の世界なのかは知らない。虚ならその虚に騙されてみたいし、実世界でこんなことは良くあることだろう。幸い私の年代では兄弟も多いが、その兄弟姉妹全員がまだ元気である。ただ私より1世代前の人は戦争や結核で、かなり若くして逝った。父親の兄弟姉妹を見ていると、それが良くわかる。季語は「墓参」。

   煮大根を煮かへす孤独地獄なれ

 こんなに当たり前の行動から地獄を思うのは男だからではないだろうか。女の人が同じことをやっても地獄とは感じず、日常と感じてしまうのではないだろうか。ことに台所に立つことの少ない私などは、多分やはり地獄を感じるかも知れない。ただ幸い妻も元気で、私を台所に立たせようとはしないし、仕事、俳句、勉強、その他の遊びと多くの仲間にも今のところ恵まれている。同じ句境になることは無いかも知れない。

   ゆく年やしきりに岸へいどむ波

 ある時、年末から年始にかけて犬吠崎で過ごしたことがある。灯台の真下の岩に規則正しく寄せてきては散り、そして何ごともなかったように水に戻っていく波を見ていて、その様をなんとか句にしたいと思った。しかしその千変万化の色に気をとられて、17文字では表わせなかった。ここで「しきりに」「いどむ」という簡単な言葉でそれが表わされている。確かにこれで十分なのである。私にはこれで、あの色が蘇ってくるからである。一方で何やら大きなものに向って作者が無駄とも言える抵抗をしているようでもある。

   鉄瓶に傾ぐくせあり冬ごもり

 鉄瓶が傾ぐのか、または五徳が傾いでいるのか良く観察してみたい気になる。最近は火鉢に鉄瓶という生活もないので、若い人には詠めない句である。かろうじて私の世代は鑑賞は出来る。この句も単純に鉄瓶が傾いでいるだけではないだろう。作者も自分のひねくれ具合を多少は感じていたはずである。

   小豆粥親のなき子となりにけり

 「親のなき子」と言っても、かなり歳をとってからでもやはり「子」である。やはり「親」はいつまでも親であり、晩年は世話しながらも何か心の支えにはなっているはずである。そのつっかい棒が外れたことを、これほどに写生的に言って退ける。父の葬儀の後などはもっと肩に力が入っていた気がする。少なくとも父を詠もうとして、このように自分を詠む余裕はなかったような気がする。

   しらつゆや手かヾみのみの知るなげき

 田川飛旅子の「紅梅やすさまじき老手鏡に」や村上鬼城の「今朝秋や見入る鏡に親の顔」等を「老い」の稿で紹介したが、それらを思い起こさせる句である。その時この句は落とした。「鏡」を小道具に使った句が3つ並ぶのも嫌だったが、この2句には人の意表をつくものがある。その点、万太郎の句にはそんな非日常を思わせる言葉がない。むしろ「なげき」等という感情をそのまま持って来て、つい看過しがちな句になっている。私が詠めば先生に「なげき」を何とかしなさいと言われそうである。

   熱燗やはやくも酔ひしあとねだり

 やはり一時に較べれば私も酔いが早くなったと思う。残念ながら呑むときにかなり自重するようになっている。本当はそれでは楽しくない。この万太郎はすっかり心を許しているようである。「あとねだり」という甘えがそれを表わしている。やはりこの甘えには「熱燗」の方が似合う。

   死んでゆくものうらやまし冬ごもり

 いつか私もこんな気になるかも知れない。同年代の仲間を送る側に何度も立てばそんな気になりそうである。全然違うのだが何故か波郷の「雁やのこるものみな美しき」を思い出す。これは波郷が戦地に行くときに詠んだ句だから、全く逆で自分の方が死に直面しており、何故万太郎のこの句との連想が働くのか私にも分からない。「冬ごもり」が実景としても心象としても効いている。

   鮟鱇もわが身の業も煮ゆるかな

 「業」が一般的な人間存在そのものの業なのか、何か特定の自分の業なのかは分らない。しかし何か自分自身に業を感ぜざるを得ないような出来事があったと見たい。業が煮えるというと、もっとふつふつと業が頭を擡げて来ているのか、それとも煮えて煮汁の中に溶け去って行くのか、どちらとも取れる。多分「わが身の業」は煮ても減らないことを、まるで他人事のように見ている自分がいると見たい。俳句とは解釈の仕方で何とでもなるもので、1人歩きの例である。

   われとわがつぶやきさむき二月かな

 孤独の中だからつぶやくしかない。二月という一番寒い月に、思わず口に出たつぶやきは、なお更心まで寒くさせることがある。孤独の中でなおも孤独に追い込むようなつぶやきかも知れない。つぶやいたことを感じ取っただけでも十分に寒い。

   湯豆腐やいのちのはてのうすあかり

 久米三汀が万太郎の句を評して「絢爛たる枯淡」と言ったという。ここまで万太郎の句を並べてみて、ふと思ったことは表現は平安女流文学に似て絢爛、内容は前にも述べた私俳句的な枯淡といった思いはする。「絢爛たる枯淡」とは言いえて妙と言わざるをえない。この句そのものは以前取り上げたことがある。万太郎の末期の句である。「いのちのはてのうすあかり」等という表現は、やはり平易な絢爛さであろう。言っている内容は自分の死の先を見ているような、それでいて人生俳句を通り越したような淡々とした響きである。この辺が私が万太郎に惹かれる所以だろうと思う。