句あれば楽あり ?

軽井沢吟行記

至遊(しゆう)



 2003年5月24日。30分以上早く新幹線のホームに着いて、ぼんやりと先発の列車を眺めているうちに、何時の間にか同行のメンバーが三々五々と顔を出し始めた。こうなるともう俳句仲間は退屈はしない。もう軽井沢に着いたような俳句談議になる。今日は先生が身内の結婚式で夕方に合流されることになっているので、ここに集まったのは男どもばかりである。

 上野からまた数名乗り込んでくる。錦子さん、夏子さんという一オクターブ高い声が混じってようやく少し華やいでくる。高崎にも停まらない列車なので、軽井沢まではあっという間だ。そこには長野の大勢のメンバーが待ち構えていてくれて、急に吟行会らしくなる。長野の人が車を出してくれているので、レンタカーの手配もなく何はともあれ、勝手に分乗して出発する。私は千加さんの車に乗り込んだ。以降ずっとこの車のお世話になった。

 先ず向ったのは旧碓氷峠の見晴台とその麓にある熊野神社。熊野神社には2対の狛犬があった。1対は普通だが、他の1対はやたらと胴長である。しかも余程古いと見えて、どちらが阿で、どちらが吽か判別できないほどの顔面の痛みようである。長い胴には薄く唐草模様が見える。この神社は半分は群馬県、半分は長野県に跨っている。

   蒲公英の絮狛犬の目鼻失せ     大村錦子

 小さいながら絵馬を掛ける場所がある。その絵馬の文字を見ていて暖かい気分になった。殆んどが自分のことではなく、「○○さんの病気が治りますように」「××ちゃんが試験に受かりますように」という風に他人のことを祈っている。勿論、身内かもしれないが、それにしても東京で見る絵馬の「ジコチュー」に較べると楽しくなる。

   他人のための願いの絵馬や夏雲雀  福山至遊

 ヤマトタケルが吾嬬者耶(あずまはや)と弟橘姫を忍んで言ったと言われる場所がここであるらしい。そう解説した碑が建っている。

   老鶯や妻恋うヤマトタケルかな   井村真峰

 そこから少し登っただけで見晴台。夢女さんが準備良く麓で弁当を手渡してくれる。上に登りきったばかりのところにタゴールの像がある。「タゴールって何で有名?」と何人かが聞いてくる。たまたま「嫁してインドに生きる」という本で知っていたので「詩人」と答えられた。そこを過ぎるとちょっとした広場になっており、その真中をやはり群馬県と長野県の県境が走っている。

   胸像の詩人の鬚を青葉風      大山夏子

   タゴールの胸像映える若楓     樋口愚童

   玉子焼碓氷峠に蝿が来て      大村錦子

 次は旧三笠ホテルである。入る前に「エッ!」と思った。まるでペンキ塗りたてである。勿論手入れは欠かせないが、もう少し古めかしい色にした方がいいのでは?と思った。やはり使われていないホテルは、生活感がないから、泊るとしたらいいのか悪いのか判断し難い。

   ランプシェードの薄紅色も木下闇  木村尚草

   風薫る三笠ホテルの調度品     飯島千加

   窓枠は幾何学模様ブナ若葉     広瀬邊邊

 次に宿泊場所である小瀬温泉を通り過ぎて、白糸の滝へ向う。前に行ったことのある静岡県の白糸の滝をイメージしていたが、全く違った。三方を山に囲まれた場所ではあるが、そんなに深い山でもなさそうである。そして滝の上流というのは無さそうだ。いきなり土から水が溢れている。しかも名前のごとく糸のように細い流れを作りながら。良く見ると水の出ているところには白い石灰岩のような層がある。その層が水を遮っているらしく、その上からすべての水は溢れている。だから水の出る位置はほぼ水平になり、美しい白糸の滝となっている。

   新緑の地が創り出す滝の糸     福山至遊

   車椅子の娘の瞳爽かに滝見入る   池田紫音

 宿に入って句会の準備に取り掛かった。幹事でもないのにここでドタバタに巻き込まれ、清記を終えたら結局隣のホテルまで行ってコピーをしてくる。ところどころ黒ずんでいるコピーだったが、皆に集まって貰い、見えないところは読んであげてから、思い思いの場所で選句となった。そして時間になるとそのまま夕食に入る。

 遅れて来た和男さんが全くの初参加なので、相互に自己紹介を簡単にしながら、打ち解けてくる。そうやっているうちに先生到着。夕食は済まされていたのでテーブルの片隅を使って、選句に入ってもらう。申牛さんが飲みたいからと今日の句会報の執筆を邊邊さんに替ってもらったそうで、こころおきなく飲んでいる。

 その後再度句会の部屋に集まって句会。この日は月例句会なので吟行俳句は多くはなく、今までに挙げたのが明らかにそれと分かる句だった。この日だけで愚童さんと淳夫さんが帰る。千加さんも一旦帰るとのことだがまた翌朝来るとのこと。愚童さんを軽井沢駅まで送ってもらう。

 翌日は朝食前に時間があったので、宿の入口の傍から散歩道のようなところに入り、先に昨日とは別の滝があるらしいのでそちらへ向った。熊が出るという看板がある。出来るだけ音を出すかおしゃべりをしながら行けと書いてある。でも一人で来てしまったので、おしゃべりも出来ない。しばらく行くと目の前が谷になっていて、滝まで降りるにはちょっと時間が掛りそうだ。滝の音とおぼしき瀬音だけ聞いて引き返し始めた。

 そこへ先生、錦子さん、夏子さんの東京の3女性がやってきた。やはり滝へ向っているらしい。本当は鳥を見に行くとおっしゃっていたが、疲れで寝すぎたらしい。滝も諦めてもらって一緒に引き返した。錦子さんは鈴を持っていた。流石に用意がいいと思ったら別に熊対策ではなく偶然に持っていただけらしい。

   てっぺんに囀瀬音不意に止む    大山夏子

 2日目もまた白糸の滝へ行った。先生と和男さんが昨日行っていないこともあったが、もう一度見たかった。行く途中で和男さんの解説を聞いていると、かなり水が汚れてきているという。それを川縁の植物の生態から判断されるのには驚いた。2日目もここでいくつかの句が生れた。

   気を冷す滝は静かに生れ出る    青山和男

   ふたたびの滝にふたたび見入りけり 福山至遊

   水欲しいままに操り滝若葉     若泉真樹

   ごうごうと忘我の境糸の滝     遠塚青嵐

   神曲の如き滝音若葉風       井村真峰

   滝を見に延齢草の隠れん坊     坂口一会

   木下闇振り返り見る水の糸     篠原申牛

 次に野鳥の森へと向う。適当に車を停めて、そこから歩いて入って行くが、悲しいことに鳥の声はするが、何の鳥だか誰も分からない。先生たちとは別の道に入って来たのが失敗だった。ここでスカンポを見つける。皮を剥いて齧ってみた。確かに酸っぱい味がかすかにしたが、私には懐かしい味ではない。佐賀では食べたことの無いものだった。これが一番の収穫のようなものだった。

   野鳥の森鳥は声のみ酸模食む    広瀬邊邊

来てもいない愚童さんが

   野鳥の森で共同謀議更衣      樋口愚童

という句を投句して帰っていた。

 その次は真楽寺である。駐車場を出るとまず緑色の池が目に入る。小さな池だが、ここに言い伝えがあり、こんな話は俳句の格好の材料になる。

   竜神の吐息さざなむ青葉騒     若泉真樹

   万緑や伝説秘めて池眠る      池田紫音

 本殿は古い茅葺の屋根だった。そこへ行き着くまでに朴の花の下を通り、階段を登り、仁王門をくぐる。

   青葉背に仁王像立つ茅の屋根    篠原申牛

   風薫る伏目地蔵の赤き布      池田紫音

   カーナビで訪ねた寺の朴の花    広瀬邊邊

 登りきればかなり広い敷地に色んなものが混在している。何故か乳牛の像があったり、牡丹が咲き誇っていたり、鐘楼があり自由にお撞き下さいとある。誰かが早速鳴らした。余韻がいつまでも響くいい音だった。

   鐘撞けば青葉の余韻龍伝説     若泉真樹

   木下闇牛頭観音乳垂れて      大村錦子

   青葉騒慰霊碑の裏の小さき文字   福山至遊

   鐘一つ撞いて牡丹の花揺れる    福山至遊

   梵鐘の余韻こもれる新樹光     青山和男

 蕎麦屋で昼食を済ませてから、軽井沢駅ビル内とも言える「さわやかホール」という広く、便利なところで吟行句会をゆっくり行った。そして長野の運転をする人には申し訳なかったが、時間まで近くの居酒屋で久し振りの長野の人との懇親を深めた。そして帰りはやはりあっという間だった。軽井沢の近さを痛感した吟行句会でもあった。

 なお最近の葦の会の俳句は
http://www.nmcnmc.jp/haiku/haiku-index.htm
にも載せています。参照ください。(上の行をクリックして下さい。)