句あれば楽あり ?

テーマ別俳句 寒

至遊(しゆう)



 「寒」とは「寒の入り(1月5・6日)」から「寒の明け(2月4日頃)」の前日までの、約30日間をいう。「寒の内」ともいう。ただこの稿では必ずしも暦の上での寒にこだわらず、「寒」という字が入っていれば取り上げてみたい。ただ「寒XX」という季語は無数にある。中でも良く使われるものは別の稿に譲ることにしたい。

 驚いたことに、「寒」に関する句は、私の持っている限りでは各歳時記で殆んど同じ句が取り上げられている。稲畑汀子氏編のホトトギス季寄せには祖父の虚子、父の年尾、それに叔母の星野立子の句が目立ち過ぎるので無視した。先ずは巨匠の句から

   から鮭も空也の痩も寒の内     松尾芭蕉

 「から鮭」とは乾鮭のこと。空也は京都では有名な「鉢叩き」の空也念仏の僧。今で言えば三段切れの句で形は良くないかも知れない。しかし「三冊子」によれば、あの芭蕉が「数日はらわたをしぼる」と書いているからには、何か工夫があるのだろう。読んでみての響きはいい。K音で頭韻を踏んでいるからだろう。

 ただこの3つの素材が「も」で結ばれただけだが、何とも言えぬ調和をもたらしている。山本健吉氏に言わせれば「一幅の抽象画」だとベタ褒めである。小西甚一氏は「象徴の句」だという。腸を取って乾かした鮭も空也の痩せも、突き詰めて行くと「寒」で締まり、背後に深い悲痛・寂寥があるという。両者に全く賛成であり追加する言葉がない。

   きびきびと万物寒に入りにけり   富安風生

   大寒と敵のごとくむかひたり    富安風生

 よほど風生氏は寒さが嫌いだったと見えて、最初の句はともかく、後の句は剥き出しの敵対心である。そう言えば今年は私も寒さが身に沁む。歳を取ったせいか、地球温暖化説が間違っているのか、あと数回の冬を越して結論を出したい。風生氏も若い頃の作品ではないのでは?

   奥底の知れぬ寒さや海の音     遊女哥川

 哥川は越前三国の遊女だったという。加賀の千代女とも付き合いがあったらしい。日本海だと思うとこの句の写実性が見えてくる。風生氏と違ってここには自然には勝てないという諦めじみたものが伺える。黙って耐えるしかないのであろう。

   さむきわが影とゆき逢う街の角   加藤楸邨

 私の好きな俳人の1人に挙げた楸邨ではあるが、「街の角」がちょっと軽い。それ以外は流石である。身を縮めて歩いていると、ふと自分の影が眼に入る。ずっと一緒だったはずなのに、気付いたときが「ゆき逢」ったときなのだ。もしかすると今の「街の角」が明るすぎて、違和感を感じるのかも知れない。とすれば楸邨の罪ではない。

   寒鯉の雲のごとくにしづもれる   山口青邨

 鯉の動きは冬は緩慢になる。筑後川などでは「鯉取りまーしゃん」なる人物が、冬になると素手で捕まえていたという伝説めいた話もある。これは真鯉でなければならないが、少し濁った水の中に、水底より少し黒めの鯉がじっとしている様子だと見る。冬雲の色に近い。

   しんしんと寒さがたのし歩みゆく  星野立子

 これは稲畑季寄せとは関係なく、山本健吉氏推奨の句である。特に下五を「歩みゆく」と軽く置いたのが立子らしくていいという。虚子には出来ない技というのは納得するが、私自身はそれほど名句だとは思わない。無目的に「歩みゆく」としたらこれは散歩である。寒さを楽しみながらの散歩なんて、風生氏同様寒がりの私には理解出来ないからである。

   くれなゐの色を見てゐる寒さかな  細見綾子

 何を見ているかは言っていない。私の最初の印象は冬の夕焼けだと思った。これは虚を突かれる句である。紅と言えば暖色であり、むしろ熱い位の色である。それを見ている寒さというので、逆に引き込まれてしまう。そして何を見ているのだろうなどと考え始めたら、もうこの句の術中に嵌っているといえる。

   寒波来るや山脈玻璃の如く澄む   内藤吐天

 類句・類想はあることを承知で、やはりこの種の句が1句欲しいので入れた。この緊張感のある風景を詠むのには、俳句は適している。短く言い切るところに、その緊張感が維持される。

   うつし身の寒極まりし笑ひ声    岡本 眸

 俳句もだが文章も上手いし、対談などを聞いていてもきちんと話す人という印象がある。「感極まりし」の間違いではない。大野林火編の歳時記の表現を借りれば、「寒も極まるという日々、心は沈みがちである。(中略)大いなる寂しさの極みの笑いか」という。必ずしもそうではないという気がする。可笑しくも無いのに笑うことは日本人にはよくあることである。理由はともあれ、もっと陽気な笑い声という気がしてならない。

   納骨の経朗々と寒明ける      福山至遊

 これから以下は歳時記に取り上げられている句ではない。まず自分の句だがあまり評判は良くなかった句である。ただ自分では気に入っている。父の納骨式の折、新しく出来た墓の前で良く響く声で住職が経を読み上げた。もう1年前の葬儀の時の湿っぽさは無い。丁度季節も寒の明けという、実際にはまだ寒いが暦の上での春で、明るさがある。明るすぎるのが受けなかったのかも知れない。

   大寒波なかの一戸の灯に帰る   横溝由紀男

 下で挙げる飯田龍太の句に似ていると言えば似ているが、龍太の句が救いようのない寂しさを漂わせているのに対し、この句には暖かさがある。緊張感から安らぎへの移行をよどみなく詠み上げた句である。

   胸倉をつかんで蹴って寒稽古   海川すゝ子

 動きがよく見える句である。これは自分ではなく観察しているところだろう。多分柔道の寒稽古だろう。動きの速い軽量級の柔道は、実際には蹴っていなくても蹴っているように見える。

   黙礼はさびしい別れ寒の坂     若泉真樹

 どんな別れかは言っていない。私の脳裏に最初に浮かんだのは葬儀である。ではどの瞬間か。3通り考えられる。第1にご焼香を済ませて親族と黙礼を交わすときである。しかしこれだと「寒の坂」がぴったり来ない。次に葬儀を済ませて霊柩車を見送る時である。でもこれは黙礼というより合掌になる。最後にお暇をして家を振り返り、家に向って黙礼をした、という状況ではないかと勝手に考えた。私の先生だからその気になればいつでも聞ける、と思うから仲々聞かない。

 勿論、男女の別れと取ることも出来る。解釈が自由なところが説明にも困るところである。

 以下は以前一度出したことのある句なので、改めての注釈は入れず、ただ「寒」というとき外せないと思ったので載せた。

   うづくまる薬の下の寒さ哉     内藤丈草

   大寒の一戸もかくれなき故郷    飯田龍太

   大寒や転びて諸手つく悲しさ    西東三鬼

2002.1.6