句あれば楽あり ?

自分の俳句から 二

至遊(しゆう)


 次は同じく合同句集「葦」の第2集からです。第1集に遅れること2年の平成9年の発行です。

前回の句について、「分り易いですね」というご感想を青木さんから頂きました。今までが大家の句を主として紹介して来ましたので、それに較べれば歯ごたえがないかと思います。しかも大家の傑作ばかりですから。今回は最後に真樹先生の句を4句載せましたが、自分で一番大きく違うと思うのは、私の句は日常の平凡な経験をそのまま出しているのに反し、先生の句は非日常の世界を創り出していることです。それが理屈ではなく、詩になっているから真似できません。


   
球形の海従えて初日かな

   初日の出わが心にも神栖めり

 この2句は安房白浜で暮から年始にかけて宿泊したときの句である。本当に地球の丸さが分かる。その海上を初日が離れようとする寸前は、光の関係で仲々水と太陽が切れない。まるで水が太陽にくっついて引き上げられているような情景に見える。元々宵っ張りの朝寝坊の私だが、こんな土地へ来ては、初日も拝まないで帰るという訳には行かない。そして初日を眺めているうちに、なぜか厳粛な気分になる。日ごろ宗教を意識しないで生きている身にも、何らかの大いなるものを崇拝する気持は残っていることを痛感した。

   寒戻る缺け転がりし植木鉢

 実景である。他人の家の物干場になっているバルコニーのような場所に、植木も一緒に飾ってあったと見えて、幾つかの植木鉢が見える。ただ寒さから守るために、花木の植えてある鉢はひっこめてあると見えて、殺風景なバルコニーである。家人も余りそこには上がって来ないらしく、缺け壊れた植木鉢も転がったまま放置されている。生のかけらも見えないようなその情景が、なぜか心に残った。うっかり見過ごしそうな景が気になるところは、やはり歳か。

   芽柳の揺れ新しき人との間

 職場が変わった。従って部下になる者も私にとっては「新しき人」である。それらの人たちとの人間関係を作り上げるまでは、お互いに相手を測っている。まだどこまで踏み込んでいいのか、本当には分かっていないのである。だから最初は多少腫れ物に触る感じになる。まだ青みが見えない程度の芽柳と風もお互いどの程度吹けば、どの位揺れるのか測りかねているような、何とも言えない頼りない関係である。そのうち「間」が分かって来るとは思うが。

   戸を閉めてなお華やげり花の夜

 伊豆高原にある共有別荘に、その共有の仲間と庭の手入れに行った。時あたかも桜の時期。ただ作業をしているうちに暗くなった。炊事当番の人が「出来ましたよ!」と声をかけてくれると、待ちかねたように全員居間に集まり、酒盛りが始まる。食卓の上が寂しいからと、1人が庭の桜の枝を折ってきて、卓上に飾った。この一枝だけで、もう花見気分である。初案は「雨戸閉め」だったが、それだと夜は不要になる。むしろ「花の夜」を「桜花」に変えるという案もあったが、今のところこれで落ち着いている。

   どくだみの花白くして政治揺る

 我々が小さい頃には「どくだみ」はちょっとした腫れ物ができた時など、よくお世話になった。悪臭に似合わず白い可憐な花を咲かせる。一方政治は今は薬にもならないし、可憐さなんてとんでもない。ただワイドショーを賑わせているだけである。自・社・さが連合して与党になるなんて、理念も何もないものかと思ったりもした。ただ残念ながら、これが時事俳句に終らず、まだ意味を持つことの方が問題である。

   口ごもりつつ人を説く薄暑かな

 「人との間」も何とか取れるようになった。ただ私は人を叱るのが上手くない。ワンテンポ遅れたり、またはこの句のように面と向っている相手に言葉を選び過ぎる。その上大声も出さない。だから全く迫力がない。気温も暑くなり始めたかもしれないが、それより精神的に汗をかいている。自虐的でもあるが、こんな人間が会社の中に1人ぐらい居てもいいじゃないか、と半分開き直った感もある。

   妻脅す稲妻の去り古箪笥

 妻は雷が大嫌い。あまり好きな人は居ないかも知れないが、私は安全な場所にいる限り、光と音の間隔を数えたりしながら、結構楽しんでいる。だから妻を観察する余裕もある。「冷たい!」と従妹には言われたが、何とも出来るものではない。「稲妻」と「古箪笥」は意外に合う。これは置き換えられないが、「妻脅す」が何とかならないかという話は出た。確かに「脅す」と「去り」と動詞が2つ入っていて、必ずしも感心しない。でも未だに代案は出て来ていない(というよりそれほど過去の句のことを考えている余裕がない)。なお稲妻は雷と違って秋の季語。

   バス停の標識錆びて月見草

 八ケ岳の麓の、石田画伯の別荘にお邪魔したときの句である。石田画伯は「谷中百景」などの剪画を作成された日本剪画協会の会長である。自宅は小淵沢だが、別荘は美濃戸口にあり、バスでも結構な距離である。そのうちの行きだったか帰りだったか忘れたが、田舎のバス停の標識が見えないほどに錆びておりその周りを月見草が囲んでいた。錆は年齢とともに我々も身についてくるが、月見草が大きな救いになっていた。コスモスよりも月見草の方がいい。自己主張が弱いから。野村前監督は知りませんが。

   湯豆腐やゆっくり生きる術を知り

 豆腐は私の主食だ。だから俳句仲間で飲みに行く時は、大抵私のためにだけでも冷奴を頼んでくれる。家では冬はそれが湯豆腐に変わる。仕事を変わってから何となく人生に余裕が出てきた。と同時に、寝たきりながら行くと笑顔を見せていた父の姿とダブった。父の人生の前半は戦争の中で、波乱万丈。ただ戦後は公職追放だったこともあり、余りいい仕事にはありつけなかった。そんな父を一時は歯がゆく思ったりもしたが、今は金銭欲も名誉欲もない父の生活に同感できる。その父の時間は我々よりゆっくり動いているようだ。

   書類など捨ててその後の隙間風

 仕事が変わるとなると、今までの書類は整理して後任者に託さなければならない。捨てていいものも当然出てくる。予想外にその作業が早く終ってしまった。次の仕事の引継ぎを受けるまで、ぽっかりと時間の穴があく。別に全くやることがない訳ではないが、自分の分身のようだった資料を捨てたり、他人の手に渡したりするのは何とも物寂しい。

 同じ第2集の中の真樹先生の句を春夏秋冬各1句ずつ選んでみた。これは自句ではないので解説は出来ないが、違いを味わって頂きたい。

   たかんなの皮ぬぐ音の紺がすり

    (「たかんな」とは筍のこと)

   半日は汗半日を薄味に

   名月や常の時刻に火を落す

   言いわけのせりふ咥えてかいつぶり