句あれば楽あり ?

池田澄子論 (一)

至遊(しゆう)



 池田澄子は最近話題作を連発している。俳句らしくない俳句を詠む人だとも言われている。それもあるが私は彼女の俳論や鑑賞が好きだ。正木ゆう子然りだが、最近の座談会等見ていると、女性俳人の方が舌鋒が鋭い。先ず彼女に興味を持ったのは、俳人というより、論客としてだった。そうは言っても話題作と言った以上は、その類の句から始めたい。

   前ヘススメ前へススミテ還ラザル

 無季俳句である。「前ヘススメ」は旧軍隊の号令の一つであり、特にカタカナで書くと、当時の雰囲気を髣髴とさせる。誰のことかは知らないが、無理矢理「前へ進め!」と言われて、進んで、そのまま還らぬ人になってしまったという、俳句としては単純な構成である。この種の太平洋戦争を総括するようなシリーズが出て、物議をかもしている。私より2歳年上であるから、亡くなった人のこともより鮮明に記憶にある筈である。俳句がこのような問題提起や、過去の記録を止めて「歴史を繰り返させない」ように主張をしていくのも大切なことであると思う。

   八月十五日真幸く贅肉あり

 八月十五日は勿論敗戦(または終戦)の日である。実際にはこの日には戦争はまだ終っていなかった。天皇陛下の玉音放送があった日である。ポツダム宣言受諾で国内での戦闘は終ったが、9月2日の降伏文書への調印までは、戦争は続いていたのである。ポツダム宣言にはソビエトは参加していない。だからその間に北方領土や当時の満州を攻めたのだ。この日は俳人にとっては、敗戦忌というような季語が成立しているだけに、嫌でも思い出す日である。「真幸く(まさきく)」は「幸く(さきく)」と同じ意味で、敗戦後60年も経った今は、幸なことに喰うに困らないどころか飽食の時代になっている。日本人そのものにも贅肉のついた人が増えたが、政治・行政・経済、色んな面から日本全体に贅肉がついた。それを「幸く」というのだから、痛烈な批判でもある。

   忘れちゃえ赤紙神風草むす屍

 この句は前に「俳句の倫理」の稿で取り上げたので、繰り返しは止めるが、A誌とB誌の叩き合いの話もその時書いた。反国家的ということと、遺族に失礼ということと同時に、載せてもいいけど、この句をトップに持ってくるのが非常識だという非難と、それに対する反論だったと思う。確かに俳句という詩として優れているかどうかと言われると、頭を傾げるが、雑誌たるもの話題の提供も、仕事の一つだと思う。「忘れちゃえ」というからには、忘れてはいない。俳句は社会性を忘れてはならない。花鳥風月を美辞麗句を並べて感嘆するだけになったら、折角短歌から離れて、雅を俗に引き下ろして俳諧が成立したのにそれを否定することになる。またこの俳人は完全に口語体に徹している。私もそうしているので、親近感がある。

   泉ありピカドンを子に説明す

 「泉あり」は平畑静塔の句が念頭にあっただろうという人が居る。それはあったとしても大した意味はない。本歌取りと言える程の類似性がない、というより全く言葉が違う。広島にも長崎にも原爆記念公園には「平和の泉」というのがある。その前で子供に説明している姿を思い浮かべれば十分である。そうは言っても、原爆のことを、その恐ろしさを、戦争を知らない子供に理解させるのは口頭では容易ではないだろう。それでも我々は語り継いで行かなければならない。以前、女性社員2人を広島に出張させた時、平和記念公園を訪ねるようにと言ったら、2人揃って一瞬嫌な顔をした。怖いというのである。結局、広島での案内者が連れて行ってくれて、帰京後は行って良かったと言っていた。これ程までに、辛い現実からは目を反らそうという風潮があるのである。

 こんな句が池田澄子の本質だとは思っていない。ほんの一部である。例えば

   初恋のあとの永生き春満月

という句があるが、このような身近な題材で、機転の利いた句を詠むのが、彼女の句の本質だと思っている。そうは言っても、どの俳人でも多面性を持つ。三橋敏雄に師事していたのだから、当然そこからの影響もあり、

   髪つめたし世に古る月を斜め上

のような句もある。次回は池田澄子らしいと自分で思っている句を紹介する。




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050321