句あれば楽あり 4

俳句への入り方

至遊(しゆう)


 自分は俳句なんてやる柄ではないという人が結構いる。だが俳句とはそんなに気取ったものではないし、むしろ「俳」という字は「人に非ず」であり、短歌に比べて卑下したところからスタートしている。そう言われても敷居が高いという人は、下記のことを心に留めておいて頂ければ、いつか仲間になれると思う。

1.誘われたら始める

  これは絶好のチャンスであり、私のケースはこれである。それまで俳句とは全く縁が無かったのに、何故か「葦の会」という会を異業種交流の勉強会の中で創るに当たって、声をかけてくれた人がいた。「俺には川柳の方が似合う」なんていいながら、取りあえず参加した。そしていつの間にか10年を過ぎた。今では生き甲斐の1つにさえなっている。誰が誘ってくれたかは今は定かでないが、この楽しみを与えてくれた人には感謝しなければならない。

    芽柳の揺れ新しき人との間    至遊

2.「若いのに俳句なんて」の間違い

  俳句は限られた長さの中で、言葉を研ぎ澄ますだけに、みずみずしい感性が貴重である。それだけに若いうちにその感性を磨くことが、その後の生活を豊かなものにしてくれる。途中で投げ出してもいい。一度日本語の美しさや、人も含めた自然と接することの楽しさを経験しておけば、やったことは、必ず身に付いている。そしてまた始めたくなった時にはすんなり入って行ける。今日より明日は歳をとるから、今日始めた方がいい。

    会いたくて逢いたくて踏む薄氷  黛まどか(「恋する俳句」より)

 ちなみに黛まどか氏は、TVにもよく顔を出す、若くて美人の俳人である。

3.「忙しい」も言い訳にならない

  前にも述べたが、忙しい時に俳句の材料はよく見つかる。何か新しい経験をしているとき、それが仕事であれ遊びであれ、脳を刺激してくれるからだろう。仕事も人生の一部であり、新しい出会いや喜びや落胆もある。この感情の起伏を捕まえれば句材は山ほどある。だから「忙しいから俳句が出来ない」は嘘である。嘘だと思ったらやってみたら?

    書類など捨ててその後の隙間風  至遊

4.とりあえず「歳時記」か「季寄せ」を買う

  始めようと思っても、日本人の恥の文化が災いして、仲々実地に踏み出せない人も居る。取り敢えず「歳時記」とか「季寄せ」とか呼ばれているものを買うことをお薦めする。投資をしたからには元を取らなければ損である。そこでそこにある季語というものを織り込みながら、俳句らしいものを、出来るだけ沢山作ってみることである。勿論、季重ねとか三段切れとか、まだ知らないことは気にしないでいい。徐々に覚えればいいことである。

    サイレンの音遠ざかる秋の暮   至遊

 何の細工もしていない句であるが、これも立派に俳句になっている。この場合もサイレンの
 音が近づいて来てはまずい。「秋の暮」という寂しい語感から遠ざかる方が似合う。

5.句会に出る

  俳句を5句ばかり準備して、誘われた、または押しかけでも句会に出る。これですべては始まり、もう逃げられなくなる。色々と指導してくれる先輩が居るかもしれないが、都合のいいことだけを聞いていればいい。時には吟行会という小旅行もあったりして、楽しさは倍加する。やりたいけど誘われないとか、押しかけるところも無いという方は、筆者までご相談乞う。投句という方法は昔からあるが、遠方にお住まいの方でも、e-Mailのお陰でより簡単に参加することが出来るようになったから。

    一句二句三句四句五句枯野の句  万太郎(「芝のころ」より)