句あれば楽あり ?

俳句入門 四(写生と写実)

至遊(しゆう)



 先日、先生と話しているうちに「写生と写実」のことになった。「どこが違うの?」というのが第一印象。俳句を詠む人が皆同じ解釈をしているとは限らないが、一応下のように解釈した。

写生=目に見えるものをそのまま写し取ること。
写実=嘘ではないが、景色の一部を切り取って、焦点をそこに合わせ、不必要なものは消す。

 例えば飯田龍太に

   
一月の川一月の谷の中

という句がある。実際には木々も見えただろうし、家さえもあったかも知れない。上を見上げれば、多分冬の雲があった筈だ。そしてそれら全部を見ている自分も居る。しかしそれらのすべてを省略した。そこに何も取り立てて言う程のものも無い一月の川がクローズアップされ、緊張した景色になった。また

   
牡丹散ってうち重なりぬ二三片  蕪村

も写生ではない。写生なら「二三片」などと言う曖昧な表現は出て来ないはずである。蕪村の目にも心にも、その数の厳密さに対する関心は全くない。むしろそれを曖昧にしたところに「心ここに無い」ような晩春の気だるさを思わせる。

 では何のための写実か。それは全体を表現するより、焦点を絞ることにより、自分がどこに関心を持っているか、一種の心象を表現し易くなるという利点がある。写生を唱えたのは子規である。子規は最初芭蕉に惹かれたが、意外に写生句の少ないのに失望したらしい。そこから蕪村に中心を移すようになる。しかし、私に言わせれば、蕪村はもっと写生的ではなく、例えばその句だけを見ると一見写生句のように見えても、古典や文学以外の分野から材料を得て、遊んだ節がある。かなりの文化人であるから、遊びも複雑である。

 子規の後を受けたのは碧梧桐である。しかし研究熱心のあまり、俳句の型を段々外れて行き、自分でも行き詰まってしまう。そこへ小説家を志していた虚子が戻ってくる。小説にもモデルはあるだろうが、虚を混ぜないと面白みが無いと同時に、自分の主張が実からだけでは、言い尽くせないはずである。そんな小説家を目指していた虚子ではあるが、一度言い出した写生という看板を降ろす訳には行かなかった。自分の句は写生より写実に近いものが多い。

   
白牡丹といふといへども紅(コウ)ほのか  虚子

「紅ほのか」と言ったのは、白をより浮き立たせるためだと、今や直系の弟子の第一人者とも言える鷹羽狩行氏は言っている。確かに純白と言えるものは少ないにしても、「ほのか」なることをここまで強調すれば、単なる写生ではない。

   
手毬唄かなしきことをうつくしく    虚子

心象の世界であり、写生どころか写実とさえも言い難い。ただこころに浮かんだことを説明しているに過ぎないので、心象俳句としても評価できない。狩行氏も「こうした感慨とか断定的立言は、写生とは関係のないことです。」(俳句のたのしさ;講談社現代新書)と言い切っている。

 ホトトギスは段々仲間うちでしか評価出来ない文芸に陥って行く。そこに桑原武夫が「第2芸術論」を引っさげて斬り込んで来たので、反論は難しかった。今でもその論議はくすぶったままである。この話は別に譲るとして

   
鬼女たちまち闇に消えけり薪能   矢田挿雲

これは写生としか言いようがないだろう。今作者が見ている全景を詠っている。これ以外のものは見えないのだから、省略もしようがないというところか。だから私にはこれ以上の広がりも、ズームアップも感じられない。強いて言えば観客が消されているが、薪能ではそれは常識の部類に入るだろうし、もしこの場で観客を詠んだら、また新しい境地かもしれない。

   
ちるさくら海あをければ海へちる  高屋窓秋

 これは写生ではない。散る花びらと青い海の面だけに焦点を合わせ、多分ある崖も波も岬も、桜の木自体も省略している。論理的な表現ではないが、これで読者は十分にその美と哀れさ、無常観というものを満喫できる。これには「桜」という季語が大いに貢献しており、日本人は散る桜には、多くの複雑な思いを一遍に乗せることが出来るのである。だからこの句では散るのは桜でなければならない。牡丹では全く思いが違って来るのである。

 最後に評価は今から?という作者の句

   
旅終えてよりB面の夏休     黛まどか

 「月刊ヘップバーン」の主宰者である。「ヘップバーン俳句」というジャンルを築いた、というよりそんな呼び方をされている現在である。美人でよくテレビにも出るので、ご存知の方も多いかと思う。これは心象俳句と言える。理由は「B面」にある。この言葉で彼女は夏休みの後半の状況(予想)を表現しようとしている。勿論
A面に較べると目立たない、寂しい存在である。ただ「寂しい」と言った訳ではなく、物理的な「B面」として投げ出してしまったため、後は読者次第である。その意味では心象の写実である。



040313