句あれば楽あり ?

吟行句会の楽しみ 七

至遊(しゆう)


 過去の吟行について書いていましたが、1つだけ送り洩れがありました。過去の吟行の連続ものとしてはこれが最後になります。これは平成12年4月の吟行で、少し古くなりますが我慢して読んで下さい。その年の秋が前に書いた熊野への吟行でした。勿論、吟行は続きますが、翌年の春は私の都合で参加出来ませんでしたので、次の吟行からはその都度、何らかのタイトルをつけて報告します

 この春は日帰り吟行会でした。4月8日花祭りの日です。行く先は栃木県の大平山と栃木市を中心とする一帯です。東武の新大平下駅集合ということで、私は先生と一緒に、昔よく出張で使った浅草発9:10の準急に乗ることにしました。長野から西澤夫妻も見えるということで、総勢10人の予定です。もう家を出た時から吟行に入っている訳ですが、いくつかは電車の中の風景も出ました。

   顔黒の娘の膝小僧花ふぶき     愚童
   コンパクト覗く山姥花粉症     愚童

等ですが、やはりメインは桜です。実は大平山では平野部より1週間ほど開花が遅いということで、山の上の方はまだ3分咲きという程度でした。しかしそこはそれ、想像力も加味して、頭の中では満開です。

   人が来てまた来て去るや花の寺   三周
   花の道縁となりし故人のこと    三周

 この句は西澤夫妻への挨拶句です。亡くなった弟さんの縁で、今一緒に句会をやっているのですから。

   峯の風どこより生る花ひらら    尚草
   山社つがいの矮鶏が花の下     申牛
   わが墓に桜植えるな朝のティー   至遊

 本当は「朝のティー」なんていう洒落たものではなく「朝静黙」で、死んでから墓の上で大騒ぎをされては堪らんという意図だったのですが、静黙ではそれがダイレクトに出過ぎるというので、こう直して貰ったものです。「朝のティー」は逆にその意図が全く感じられなくなるので、もう一度見直す必要があると思っています。

 だが一方で、やはり桜が物足りなかったのか、他の花を詠んだ句も目立ちました。

   旋律が空駆けてくる白木蓮     真樹
   鶏鳴や死後こそ永き白椿      真樹
   天空に一重の椿社かな       至遊
   山の梅に合格祈願の絵馬かかる   申牛

 山を降りて来るに従って、花の密度も濃くなってきました。麓に大山寺というお寺があり、その境内に、大きな枝垂れ桜が、これは満開に咲いていました。

   天蓋の桜ピエタのマリア若し    真樹
   老木の花の虚と実風が立ち     真樹
   見上ぐ人見おろす人に花枝垂れ   三周
   しだれ桜バス待つ間吹雪たり    邊邊
   三百五十年殿と咲きおりイワシダレ 恒泉
   花盛るうねりの上の古御堂     恒泉
   夜桜となれば妖精に会えるかも   夢女

 この恒泉さん、夢女さんが長野から見えた客人です。

 ここで私は自信作として

   池欲しや枝垂れ桜をひたすまで   至遊

と詠んだのですが、空振りでした。例えば小石川後楽園の枝垂れ桜も、バックに池があり、また京都清水寺の夜桜が池に映った印象がまだ刻まれており、本当にここにも池が欲しいなと思いました。確かにはっきりした切れもありませんし、「池欲しや」と言ってしまったのは言い過ぎかも知れませんが、句材としては大切にしておきたいと思いました。別に

   つまずけば水仙の黄きわまれり   尚草

という句が出ました。大山寺の入り口のところで、先生がロープに躓かれたのは皆が見ていましたので、先生も「モデル代よこせ」と大笑いになりました。

 それから、邊邊さんの句にもあるように、バスで栃木市へと出ました。巴波(うずま)川のほとりで降りて、川沿いの道を散策し、また栃木市郷土参考館等を見て歩きました。蔵の街と呼ばれるだけあって、街並みも落ち着いた古さを見せていますが、巴波川のほとりでは鷺や燕など鳥にも多く出会いました。そして好古壱番館という蕎麦屋で句会です。この蕎麦屋は、句会ということで、こちらから声を掛けるまでは、ただ座敷を貸しているだけという風に気を遣って呉れました。お昼時はとうに過ぎていますので、何とか出来たのでしょう。
 美しい街並みも俳句の上では桜には勝てなかったようで、街の句はほんの少しでした。

   この町は小江戸と呼ばれ燕とぶ   三周

がその中の第一の句で、先生も今日の一番に推された句です。しかし先生の句が一頭地を抜いていることは否めませんでした。

 ここで蕎麦は勿論、飲み物も入れて、1日を振り返って話ははずみました。じっくり待ってくれたお店にもお礼を言い、栃木市を後にしました。わずかに半日程度の句会で動いた場所も狭い範囲ですが、書くと結構あるものです。


040109