句あれば楽あり ?

吟行句会の楽しみ 六

至遊(しゆう)



 平成11年の秋は信州の別所温泉への1泊の吟行の旅でした。葦の会の母体であるニューマネジメントクラブの初代事務局長をされていた西澤さんという方が、若くして亡くなられましたが、葬儀を縁にそのお兄さんと邊邊さんが知り合いになり、是非長野にということになったものです。

 初日は上田城址を見てから別所温泉へという計画。今回は先生の昔からの友人の夏子さんが同行されたので、このお2人には初日の句会から吟行句を出して貰うこととしました。お陰で

   城跡を巡れば過去へ昼の鴨   真樹

   シベリアの話を聞こう濠に鴨  真樹

   銀杏黄葉一期一会の風の色   夏子

   城址という時間空間渡り鴨   夏子

という上田城址を詠んだ吟行句が初日から出ました。私の印象に残っているのは、夏子さんが詠まれた銀杏の大木で黄葉が散り始め、初老の男が2人でせっせと掃き掃除をしている風景でした。また箒木の紅葉が見事で、薄紫色に染まっていました。この2つを句にしようと努力しましたが、結局いい句にはなりませんでした。

 それから別所温泉へ。司馬遼太郎が、「無位無階の私度僧は、本寺の本尊を慕いつつも、官僧の権威をおかすわけにいかないために、別の場所に住む。別所である」と言って、高野山と同じくここでもその地名の由来をそこに求めようとしたところです。では本寺は何処かということになると、今は2つだが昔は安楽、常楽、長楽という三つの寺が考えられます。今は長楽寺はありません。司馬遼太郎に対し、地元の人は、そんな別所温泉の謂れの話は聞いたことがないというすげない返事が続きましたが、常楽寺の住職が賛成してくれたことで安心したようです。

 宿に荷物を置いてその辺をぶらぶらし、夕方県立相染閣というところで11月分の句会です。上の4句もその時の句ですが、私は吟行とは関係のない句ばかりを出しました。以前別のところで紹介した

   秋深む星の大きなゴッホの絵  至遊

の他に

   ひょろひょろと木造三階秋の雲 至遊

   敷石の一つゆがんで秋の雨   至遊

等を出した時です。でも吟行句ではないので、これ位にしておきます。

 翌日は冒頭に書いた西澤さん夫妻が2台の車を提供して下さって、案内役を買って出て下さいました。安楽寺、常楽寺それにその観音堂に当たる北向観音を先ず回ることにしました。驚いたことにここには国宝級の建物が山ほどあります。平安末期から鎌倉初期、そして室町期に掛けてのもので、しかも中国の様式を模したものから、武家様式のものまで様々です。

   紅葉の魔力がつつむ八角堂   夏子

   一山秋色茅の甍の薬師堂    三周

 西澤さんのご主人は、県の文化関係の仕事なので、その辺はプロです。色々と説明して頂きましたが、あまりにも多すぎて、正直言って記憶にはあまり止まっていません。北向観音は善光寺と対にしてお参りさせるように、ちょうど善光寺の方を向いているそうです。両方参拝しないと願いも通じないとは、上手い理屈を考えたものです。

 それから塩田平を突っ切って前山寺、塩田城址、無言館を回りました。この辺は雨が少なく水不足に悩まされていたために、溜池が沢山作られています。土手が決壊しないように、未婚の女性を人柱に立てたという悲しい話も残っているようです。

   遠景の白鷺歴史の人柱     至遊

   満天星紅葉地に硬質の水流る  真樹

 前山寺は弘法大師の開基と伝えられており、門の仁王像は平安時代の作とかで、鎌倉の運慶等の作品に比べると力強さには欠けていますが、鄙びた親しみ易さがあります。ここでは欅の大木と並んで、紅葉が見事でした。

   錦秋の風吹き来たる塔高し   恒泉

   鬼女紅葉ひそみてあるか水鏡  夢女

   山城の祈願寺菩提寺林檎の実  真樹

   鶏頭や紅をさしたる如来像   尚草

 恒泉さんと夢女さんというのは、西澤夫妻のことです。我々を案内してくれながら、句会にも参加頂いたのです。塩田城址はもう雑草と雑木林しかありませんでした。ただ塩田野を一望の下に見わたすことができる絶好の位置で、遠く上田の市街地まで見えました。

 最後に訪ねた無言館は圧巻でした。画学生が学徒出陣で戦場に駆り出される時に書いた絵や、手紙等が展示されていて、「戦後は終わった」等と言ってはいけない雰囲気でした。中でも恋人の絵(それも裸婦像)が多かったのは余計に涙を誘いました。勿論皆若くして亡くなっているので、有名画家は一人も居ません。

 この後、「塩田の館」というところでの吟行句会となりましたが、無言館の印象は余りにも強く

   赤ん坊はと問う晩秋の無言館  夏子

   違う眼でコスモスを見る無言館 至遊

   若き死に生者は無言赤蜻蛉   申牛

   無言館裸婦の絵多き秋深む   青嵐

という風に、無言館の句が沢山出てきました。反省として、我々がショックを受けたということは、知らない人が多いということだから、「無言館」と言っただけでその意図が伝わるのかということでした。最後に別所温泉と西澤夫妻への挨拶句。

   苅田一望心優しき塩田人    三周

 ちなみにこれを機会に西澤夫妻は「葦の会」に入会され、他に二人の会員を誘って、今や「葦の会長野支部」の感があります。機関紙の「パスカル」にも恒泉さんが「木曽義仲」について、夢女さんが「塩田野の地名」について投稿される活躍ぶりです。今年の春の句会も夫妻の案で、4月21日から22日にかけて、高遠の桜を見に行く吟行会でした。残念ながら私は野暮用で参加出来ませんでしたが、まさに一期一会を地で行っているような付き合いになりました。