句あれば楽あり ?

吟行句会の楽しみ 四

至遊(しゆう)


 平成10年は、春に続いて秋も大旅行をしてしまいました。主な目的地は芭蕉と良寛ゆかりの出雲崎、歴史の矛盾に沈んだ会津鶴ケ城、智惠子の郷里二本松でした。先ず長岡まで新幹線で行き、出雲崎まではバス。長岡駅前に異様な飾りものがありましたが、早速持ってきた「街道を行く」を開いてみるとまさしくそれが、火焔土器のモチーフ。

   秋の雲まだ冷めきれず火焔土器   至遊

 バスの停留所が殆んど「市立XX前」という風に、公的施設。流石田中元首相のお膝元と、変に感心しました。ただ箱だけが遊んでいる風ではなく、人の出入りも結構あるようで、役には立っていて、最近の公共投資とは何かが違うと思いました。

 出雲崎に着くと生憎降ったり止んだりという天候。一寸早めの時雨という感じで、さっと降っては通り過ぎる。良寛の記念館を見て、そこから日本海を見下ろすと、こんな天候なので佐渡は見えませんでしたが、見えぬあたりが佐渡と勝手に考えることにしました。天の川が横たうことは絶対にないと思われますが、そこは詩の世界で、雰囲気だけは味わうことができます。

   荒磯海の秋良寛の細面       真樹

   良寛の「天上大風」佐渡は秋     真樹

 ここでは「妻入り」「番屋」「?田(ひつじだ)」というものの他に「兎跳ぶ」という表現を教えて貰いました。兎跳(飛)ぶというのは、波頭が白く見える程度に荒れている波の表現です。

   妻入りの街並み葉けいとうそろう  青嵐

   ?田の生えそろいいて越の国     青嵐
   秋風や番屋に暗き潮のとぶ     尚草

   十月やうさぎ飛ぶ海良寛像     尚草

   秋風や妻入り家並み戸を閉ざし   尚草

   海に沿う妻入り家並み秋しぐれ   愚童

   人気なき番屋二棟実紫蘇生う    愚童

   妻入りのさびれし旅籠走り時雨   邊邊

 新しく覚えたことを、すぐ句にする人は大体決まっているようで、私にはその才は無いようです。詠まなかった訳ではありませんが、句会に出すところまでは纏まりませんでした。
 新潟へ移動してそこで1泊。例の通り月例の句会はここで開きましたが、吟行とは関係ないにしても、私の句すべてに1点も入らないというショッキングな出来事の起こった句会なので、はっきり覚えています。

 翌日は阿賀野川を遡って郡山へ出ました。途中洪水のあとということで、川の周辺の木のかなり高いところに、ごみが引っかかっています。それも徐々に高地に入っていくに従ってなくなり、代わってまだ一寸早すぎた紅葉が見えるようになってきました。

   野分あと樹上にゴミや阿賀野川   青嵐

   分け入れば川活きかえる薄紅葉   至遊

   舞う鳶と笛を吹く鳶あがの川    真樹

 また遠くから見ると雪柳のような、白い花を沢山つけた低い木があちこちに見えました。聞くと、孔雀草という花木だそうで、これも新しい知識でした。

   白秋の風を晒して孔雀草      至遊

 鶴ケ城とその近辺ではやはり賊軍として討たれた当時のことが細かく刻まれています。長州の人とは仲直りが仲々出来ないという所以でしょう。

 その日のうちに二本松まで行くと、町が異様な雰囲気です。菊人形祭があることは知っていましたが、それとは違うようなので運転手に聞くと、大きな山車が町単位で競う祭が明日の夜だとのこと。着いた日の夜は各々の山車が自分の町内で気勢を挙げているだけということでした。この祭になると東京などへ出ている人も帰って来るので、一挙に市の人口が(観光客も含めて)倍増する由。「お客さんはいつお帰りで?明日ですか?残念ですね」という具合。

 翌日は安達太良山へ先ず登ろうとしましたが、強風のためケーブルカーが運転中止。良くあることだそうで、すぐ諦めて智惠子の実家に向う。

   逃亡をくわだて安達ケ原の芒    真樹

 造り酒屋だった実家は保存され、その裏手に智惠子美術館があります。病を得てからの貼り絵が大半だが、本物ではなくコピーです。糊付けしたものだから、本物は色が変わってしまうからとの説明がありました。その中にまだ元気だった頃に描いた油絵が1点飾ってありました。力強いタッチで、むしろ男性的な感じを受けました。多分智惠子に伸び伸びと芸術活動をさせていたら、光太郎を上回る才能があったのでは?と話したものでした。

   光る川智惠子の紙絵薄紅葉     真樹

 次に二本松城址で展示されていた菊人形展へ。私は本来菊人形というものがあまり好きではありません。むしろ菊だけが展示されている方がまだましです。無理に菊の衣を纏わされた人形に個性が感じられないのです。だから

   容保の夢慶喜の夢や菊人形     愚童

などと詠む人の中で

   りんどうを活けて一隅静まりぬ   至遊

なんて詠んだものです。菊にあふれた会場の隅に、竜胆が活けてあり、何となくほっとした記憶があります。そのコーナーは人ごみもあまり多くなかったこともあるでしょうが。

 最後に「ふるさと村」というところに行き、その中にある四阿を借りて句会となりました。「ふるさと村」全体は広く、花が咲き蝶が舞いといういい公園でしたが、四阿には机もなくかなり苦労して畳の上等で書き物をしました。何も知らない一般の入場者が、何をしているの?という感じで、じっと覗き込んだり、集中力も今いちでした。

   遊ぶこと働きしことしじみ蝶    真樹

 この稿で挙げた俳句は、全部その時の出句です。そしてようやく盛り上がり始めた、祭の中の二本松を後にしたのです。