句あれば楽あり ?

吟行句会の楽しみ 三

至遊(しゆう)



 ある意味では私は変わった人間かも知れません。約3年前(平成10年春)まで京都に行ったことがなかったのです。未だに奈良には足を踏み入れていません。そんな話をしていたら、では今年の花見吟行は京都でと皆が賛成してくれました。初めての京都ですから、すべて他人任せ、ただ宿の手配だけはしました。

 2泊ですが、初日は移動にも取られるので、東寺、東西の本願寺とその中間の街並という街中が中心でした。幸運にも西本願寺では聚楽第の一部が移築されたという、飛雲閣を見ることが出来ました。浄土真宗系では、蓮如の生誕500年祭とかで、特に東本願寺は落ち着かない雰囲気でした。その夜は東本願寺にほど近い旅館で、持ち越していた3月の月例句会。早速

   襖絵にこもる海鳴春の昼       真樹

   楊貴妃という名のさくら歩をゆるめ  真樹

   春晝や紅殻格子の中に人       尚草

   芍薬の芽の色旅にいでし朝      至遊

というような吟行句も飛び出しました。

 翌日は、平安神宮を振り出しに、銀閣寺から哲学の道を通って南禅寺まで。お寺だけでなく、無鄰罨の庭園を覗いてお茶を頂いたり、琵琶湖疎水に感嘆したりしました。南禅寺は実家の宗派が臨済宗南禅寺派で、ちょうど父を亡くして間もなくのことだったので、特に一度見ておきたかったところでした。そこで無理にルートに入れて貰ったのです。そして吟行句会。結局私はいい句は出来ませんでした。山寺同様圧倒されたのかも知れません。

   今日明日は花に埋もれむ南禅寺    至遊

   春の夢秀吉の夢飛雲閣        至遊

 何と深みのない句でしょう。それでも南禅寺の句は点も入り、先生にも最後にという感じで取って頂きました。元々固有名詞を入れると、あまりいい句は出来ないものなのに、欲張って記念に入れてしまいました。それに比べると

   うつし世の闇蔵したるさくら花    真樹

   それぞれの思いの歩幅花筏      真樹

   花に疲るパビリオンめく京都駅    愚童

   襖絵の白楽花は身じろがず      愚童

等には俳句らしさがあります。でも面白いことに、先生の句は別にして、愚童さんのこれらの句は当日は余り人気もなく、先生も取られなかった句です。ところが今見直すと、その日人気のあった句よりいいと思えるのです。例えば

   大甍町屋の甍春の夢         尚草

   懸崖の軸組高し枝垂花        愚童

   懐石のしゅんの菜花のあざやかに   路佑

が当日の特選でした。どう見ても先に挙げた愚童さんの句の方がいいのです。これは一種の麻酔状態で、その日の至るところでの感激が直截に出ると、皆まだ酔っている状態なのでつい点が入ってしまうし、先生もまた例外ではないのです。ここが吟行の危ないところです。

 その夜は清水寺の夜桜を見に行きました。清水の舞台から見下ろす夜景も、照明に照らされた桜も良かったのですが、地に降り立って、池に写った夜桜を見たときには凄みがありました。このときの景だけは忘れることが出来ません。

 翌日は先ず仇野念仏寺までバスで行き、そこから下りの道を歩くことにしました。念仏寺はすぐ句になりそうで、仲々なりませんでした。寂聴さんの庵の側を通り、去来の落柿舎へ立ち寄りました。この時去来の墓が小さかったのは意外でした。周りには毎年俳句に応募した人の中から特選の人の句が、石に刻まれて墓に並んで立てられて行く仕組みになっているようでしたが、それらの石の方が去来の墓石より大きいのです。秋になって

   墓石で人は測れず柿熟す       至遊

という句を詠みました。落柿舎という名前からして、その時の印象を秋に詠みたいと、残しておいたものです。その意味ではフィクションですが、確信犯です。

 竹林の中を通り抜け、天竜寺を見て、その後しばらくは嵐山付近で自由行動としました。美空ひばり記念館は相変わらず賑わっていました。

 このようにあちこち見ても、もう句会はやらない訳ですから、この次の句会にも、この時の吟行句が沢山出ます。

   水中の迷路におりし夜の桜     真樹

はあの清水寺の夜桜の筈です。

   三代の落柿舎守ぞ花の雨      愚童

   老木の花は後れて天龍寺      至遊

   宇治十帖澱み行き交う花筏     三周

等が5月の句会に出されたものです。記念写真の交換等も含めて、まだ余韻の中にいます。

 前回は1年(2回)分を纏めて紹介しましたが、この平成10年は、秋にも大旅行をしてしまいました。それまで纏めると長くなりすぎますので、次回に譲ります。