句あれば楽あり ?

吟行句会の楽しみ 二

至遊(しゆう)



 山形への吟行会では出遅れた。そのころは、私はまだ現役のサラリーマンだった。金曜日の朝出発というスケジュールに合わせられず、皆が上の山温泉、蔵王、茂吉記念館と楽しんで山形に入ったころ、私はやっと山形新幹線に乗った。後で聞いた話では、まだ3月なので、樹氷を見ることも出来たという。

 ホテルに着いたら、皆夕食に出かけたあと。今のように携帯電話が一般的な頃ではないので、連絡の取りようもなく、宿の人に聞いて、近くの蕎麦屋へ出かけた。東京と違って店の閉まるのも早い。やっとひとつの蕎麦屋を探し当てて、人心地がついた。その蕎麦の美味しかったことは今でも覚えている。

 スーパーの最上階にある、いわゆる食堂コーナーのようなところだったが、ひとりで食べていても、十分満足した。結局、山形市について私の印象に残っていることは、蕎麦が美味いということだけだ。

 ホテルに戻ってやっと仲間と合流したが、その日は何もなし。通常ならその夜に3月分の月例の句会をやるところだが、私が遅くなることが分って、スケジュールを変えてくれたのだ。

 翌日の圧巻は山寺だった。芭蕉が「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」と詠んだところである。その日はあいにく小雨が降っていた。しかし駅に降り立ったとき、その小雨にむしろ感謝した。本当に中国の山水画に出てくるような風景である。日本にもこんなところがあるのかと感激すると同時に、あの山水画は虚構ではないのだと分った。

 山寺は正式には立石寺(りっしゃくじ)という天台宗の古刹である。先ずはいろは坂風に山肌に付けられた道を、時々足を取られながら登り始めた。足の弱かった司馬遼太郎はここを途中までしか登らなかったが、我々は全員頂上まで無事到着。そこから見下ろす景色も、また山水画風で、すばらしいものだった。

 麓にある「風雅の国」というところで3月の句会となる。だからこれは吟行句でもそうでなくてもいい。来られなかった人の投句もある。だから

   引き算の美学に笑まむ春蔵王   尚草

というような吟行句もあれば、

   寒戻る缺け転がりし植木鉢    至遊

のように全く関係の無い句も出る。だから吟行の説明には不適なのでこの句会は省略するが、この句会が終わったころには、きれいに晴れ上がった。改めて山寺を見上げる。皆の口から一斉に出た言葉は、「さっきの小雨の中の山寺の方が良かった」である。

 正直言って山寺の景色には圧倒された。芭蕉が松島を前にして句が出来なかったと同様、仲々見たものが句にならない。悶々としながら天童へ向う。天童に着いたのもまだ早かったので、宿の近辺を少し歩いてみる。温泉と将棋の駒で有名だが、必死で観光客を繋ぎ止めようとしている努力が、街並みや橋の名前等に見られるが、何しろ山の中の温泉場ではなく、街の中に温泉があるという感じなので、温泉情緒には多少欠ける。

 女将が必要上、ときには俳句も詠まなければならないということで、句会の準備はちゃんとしてくれた。女将業も大変だ。ことに天童の女将会の会長だというから、こんな趣味も必要だろう。そして句もうまく纏まらないうちに、今日2度目の句会に突入。

   名刹を包む霞や時間(とき)止まる 至遊

   春きざす古刹無力な我を見る   至遊

等が人気はあったが、先生の評価はいまいち。今、自分で見ても不合格だ。独自の発見というものがない。

   山寺の庫裏に鶏飼う春しぐれ   愚童

   先人の文字岩に化し残り雪    三周

というように、風景の一部を切り取らないと、却って誰もが思うような句になってしまう。むしろ先生からは、一人夜汽車で山形へ向う途中で詠んだ

   トンネルの切れ間切れ間の残り雪 至遊

の方が高く評価された。奥羽山脈を越えるのだからトンネルは多いが、トンネルを出る度に列車の窓のぼんやりとした灯りの中に白い雪の谷が見えた。

 結局、この吟行会は俳句という意味では、散々な出来だった。その後で出した合同句集にも、この時の句は1句も入れなかった。それだけ失敗から勉強したことも多かったが。

 次は同じ平成9年の秋、軽井沢→鬼押出し→川原湯温泉(吾妻渓谷)という1泊の吟行会。鬼押出しまでは普通の観光コースだが、川原湯では「むささびの宿」と呼ばれ、夜になるとむささびが出てくるという宿に泊る。ここで月例句会をやり、夜中まで起きていてむささびを見る。翌日はチェックアウトしてから、吾妻渓谷沿いの道をかなり歩いてから、さる食堂で吟行句会を開催。

   秋冷ややがてはダムに沈む宿   真樹

   梵鐘の響き消えゆく岩の原    尚草

等が人気句。昨日泊った宿は、近々ダムの底に沈むという話だったので、先生の句があるのだが、最近の見直しムードでどうなったのか。もう土地等は売ったあとだと聞いた。私の句は

   黍飯の旨し戦中との落差     至遊

が先生に特選で採って貰った。そのむささびの宿で黍飯が出されたが、これが意外に旨い。いわゆる代用食として食べさせられていた頃とは、我々の感じ方の方も変わって来ている。世の中贅沢に慣れてしまっていて、却ってこの黍飯が旨いというのが驚きだった。他に

   浅間山檀(まゆみ)の花の弾けどき 至遊

という句を詠んで、そこそこ点も入った。檀は真弓とも書き、弓の材料に使われたそうだが、その花か何か分らないが、弾けて中から種子が出て来ているのを、鬼押出しで見た。勿論檀などという名前も知らなかったので、先生に聞きながら詠んだようなものだが、後で調べるとどうも花はとっくに散っていて、残った萼に種子がぶら下がっていたらしい。従ってこの句は間違いの句。

   浅間嶺の鬼が押し出す蛇笏の忌  愚童

 吟行句は皆が同じものを見ているので、点が甘くなりがちで、また時間がないせいもあって、必ずしもいい句が出来るとは限らない。しかし、吟行で覚えることは多い。それに旅行とのセットだから楽しい。特に初心の方や全くの始めての方にはいい勉強のチャンスだと思う。

 次回はまた不調だった平成10年の吟行を紹介する。