句あれば楽あり ?

杉田久女論 (四)

至遊(しゆう)



   
菊干すや東籬の菊も摘みそへて   (昭7)

   白妙の菊の枕をぬひ上げし      (昭7)

 松本清張の短編のタイトルにもなった「菊枕」の句である。これも連作の一部を抜き取った。菊の花を干し上げてそれを枕に詰めたものを使うと健康長寿のご利益があるという。それを久女は昭和六年秋から作り始めて、この年虚子に捧げている。虚子はどんな気分がしたものだろう。自分の想いは素直に通じると信じる久女も、まだ純真無垢な面を持っていたと言える。ただ俳句としてはこんな俗事からは離れて鑑賞した方がいいかも知れない。

 ここにも久女の薀蓄が見える。第一句は陶淵明の漢詩が使われている。有名な「帰去来辞」の中の「菊を採る東籬の下 悠然として南山を見る」という一節である。官を辞して故郷へ帰るに当たって、自然の中での生活を賛美している。その自然の中の菊も中に入れましたよ、ということになる。白妙だから白菊であるが、これを貰った虚子はさぞ荷が重かったことだろう。ちなみに久女が句集発刊の意思を示したのもこの年であり、俳句そのものも絶好調の頃であった。

   谺して山ほととぎすほしいまま    (昭6)

 名勝百三十三景について大阪毎日、東京日日で新しい俳句を募集した。選者は虚子だった。この句は英彦山を詠んだ句として金賞に輝く。飯島晴子はこの句が好きで、「女わざとは思えないスケールの大きい句」としているだけである。ところが山本健吉はこれはホトトギスの雑詠に投句したときは没になっているという池上浩山人の話を紹介している。同じ選者が一度は没にし、一度は金賞にしたのである。虚子も後で知って驚いたかも知れない。そんないきさつは別にして、この句そのものは素晴らしい。「谺」「山ほととぎす」「ほしいまま」のどれを取っても動かしがたい。素直にイメージを受け止めたいものだ。

   橡の実のつぶて颪や豊前坊      (昭6)

 豊前坊とは英彦山の中にある高住神社の別名らしい。実はこの句も前の句と同時に応募された作品であり、これも銀賞を受けている。橡の実が降りそそぐ情景が描かれてはいるが、やはり前の句には敵わない。一つには「豊前坊」そのものが知る人ぞ知るというものなので、久女と同じイメージは描きにくい。両方とも山岳の部での金・銀だから「豊前坊」としないと霊場らしい雰囲気が出なかったのだろう。

   風に落つ楊貴妃桜房のまま      (昭7)

 これも楊貴妃桜の連作の中の一句であり、前号で書いた仏生会シリーズとともにホトトギスの巻頭を飾ったものである。実際そうだったのだろうが、桜の落ちたところしか詠んでいない。この楊貴妃という名を持った桜は八重桜の一種だが、明らかに自分がそこに投影されている。もう四十を過ぎた久女だから盛りとは言えなくても、落ちてもなお色香を失っていない楊貴妃桜は格好の対象だったであろう。まるで悲劇のヒロインのようにナルシシズムの中に浸っておれたのであろう。美しさと悲しさを併せ持った句である。

   大空に舞い別れたる鶴もあり

 鶴についても連句がある。見ていると田鶴らしい。ただこの連作に関してはあまり感動するようなものが無かった。石昌子選の二百二十句の中に十二句も入っているのにである。理由は二つ考えられる。私自身が鶴の群を見たことがない。だから鑑賞できなかったのかも知れない。もう一つは結構固有名詞入りの句が多い。地名らしいが、九州育ちの私も知らない地名ばかりである。中で上の句だけはすんなり入ってきた。別れがテーマになっている。折角縁あって一緒に舞い上がった鶴でも、大空で別れてしまうのだ。人間社会のこと一般なのか、夫とのことか、またはどうにもしっくり行かない虚子とのことなのか。

   子のたちしあとの淋しさ土筆摘む

 娘の昌子が結婚したのは昭和十二年だからこの句より後だが、その前に中村汀女の世話で就職している。勤務地は横浜税関なので別れることになる。まだ二女の光子が居たかもしれないが、多くの情報がない。今私も夫婦二人の生活である。今ならそれが当たり前になって来ているが、昔は先ず子沢山だった。だから誰か男の子が残った。その上大抵親とも同居だったから、三世代は一緒に住むのが普通だった。久女の場合はどちらの両親からも遠い小倉に来ている。しかも夫とはしっくり行っていない。一人ぼっちになった気分だったであろう。

   雉子鳴くや宇佐の盤境(いはさか)禰宜ひとり (昭8)

 これも宇佐神宮での連作の中の一句である。これもホトトギスの巻頭を飾っている。全体に万葉集の世界に戻ったような句の連続である。だから難しい。巻頭を飾ったとはいえ、人口に膾炙していないのはこんなところにも理由があるのかも知れない。例えば「春惜しむ納蘇利(なそり)の面ンは青丹さび」という具合である。神功皇后等も祭られている由緒のある神社なのでわざとこのような雰囲気を出したのだろうが、少し行き過ぎたかも知れない。智に溺れた感がしなくもない。虚子はベタ褒めに褒めているが。



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040717